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4色目 青色の騎士

 修練場の門を潜る直前、メレズィムは自身の異能(アイズ)を発動させていた。右手の甲にある眼の紋様が仄かに熱を帯び、彼の身体が徐々に薄くなる。否、周囲の色に合わせて体表面の色彩が変化していく。これこそが彼のアイズ『保護色』の能力の1つであり、空間に溶け込み隠れ潜むことが出来るようになる力である。今回の場合は偵察相手である『バーチカル・K・ブライト』に見つからないようにするため用い、観客席に着く頃にはすっかり身体の色を周囲に同化させていた。その具合は、姿の見えぬ足音と気配を感じた数人の生徒が不気味さを覚えるほどであった。

 そんな彼は、観客席の1つに腰掛けると試合の舞台を眺める。模擬試合は既に開始されており、舞台上では3人の女生徒が相対している。より正確に告げるなら、その内の2人が残る1人に向けて明らかな敵意を向けていた。共に黒髪の短髪と長髪の女生徒がジリジリと距離を測っているのに対し、相手の青髪の少女──バーチカルは直剣を中断に構えてドッシリと動きを見せないでいる。

 余裕を持って試合に臨んでいるのが誰なのか明白な様子であった。


「おいおい、君たちから試合を挑んできた割に慎重過ぎないかね」

「うるさいです。“チカル”のクセに」

「そう、頑固女のクセに挑発なんてしないで」

「そうは言ってもね、私としては挑戦者(チャレンジャー)である君たちに先手を譲るのがせめてもの礼儀と思っているのだよ」

「ハッ!?」

「……スーッ」

「トーナメントも近いこの時期に模擬戦をやれるなんて、互いにとって都合が良いだろう。調整のためにも全力を尽くそうじゃないか」

「それは先手譲るくらいじゃないと全力を出せないってことですか」

「……それとも私たち相手には動くのも面倒なの」

「可能性はゼロではないね」


「「……潰す!」」


 黒髪の2人組がバーチカルへ急激に距離を詰める。向かってくる相手に対し、彼女は余裕の笑顔を崩さない。


「君たちのその突進がもしも無策であるというのなら──


 彼女は直剣の先端を空に翳して、2人を見据える。その目には冷たさと強さ、そして揺らめきが組み込まれていた。


──さあ、私の光で勝利を照らそうか!」


 バーチカルが直剣を振り下ろすと、魔力が斬撃となって宙を飛び、近づいてきた2人に襲いかかる。中距離魔法剣術『スロウスラッシュ』である。騎士やその他の剣士、多くの生徒が使うことができる基礎的な技であった。

 そんな技を黒髪の少女たちは左右に分かれることで難なく躱し、各々今度は攻撃の態勢をとる。短髪の少女が大地を殴りつけると、人の頭ほどの大きさの土塊が複数浮かび上がり、滞空する。土属性の中距離魔法『クレイボール』を発動させた少女は、バーチカルを見据えると土塊を一斉に射出した。

 その標的になったバーチカルは、飛来する土塊を手に持つ直剣で叩き落としていく。襲いかかる攻撃をすべて迎撃し、被弾を防ぐ彼女であるが、確実に動きは阻害されていた。

 その間に長髪の少女の手からは人1人をすっぽり覆うことが出来るほどの水が生み出され、球体を形成していた。それを彼女が腕で押し出すと、水の球はバーチカルに向けて飛んでいく。直後は緩慢であった速度もすぐに上昇し、瞬く間に水のハンマーは青の少女のいた場所へと着弾した。

 しかしバーチカルもそれを事前に察知し、クレイボールをスロウスラッシュでまとめて撃ち落とすと、その場から跳躍して水の衝撃を間一髪回避する。


「おっと、危ない危ない」

「チッです」

「そのまま当たれば良かったのに」

「そうはいかないよ」

「でもこれで準備完了です、一気に行くですよ、ロッちゃん」

「うん、行こう、ムーちゃん」

「おや?」


 砕かれたクレイボールに水がかけられたことにより、周囲の地面は動きづらい泥濘となっていた。短髪の少女は、そんな泥に手を突き刺しながらバーチカルを睨み付ける。目を細めたバーチカルに少女は宣言した。


「チカルが調子に乗れるのも今日までです。あたしとロッちゃんのアイズの前にあなたなんか瞬殺です」

「既にチェック」

「ふむ、互いにある程度手札を知った仲だから、ここからの展開は予測出来るよ。でも、まだ私の中の騎士は諦めていない」


 バーチカルは直剣を握る手に一層力を込める。持ち手の革がキュッと音を立てながら、彼女の魔力は剣を巡り、仄かに光を纏う。


「フンッ、チカルのちっぽけな騎士なんて呑み込んでやる……です!」


 短髪の少女の叫びと共に3人の足元にある泥が波立ち始める。バーチカルはそれと同時に魔力強化した脚を地面に叩きつけ、近くの泥を弾き飛ばした。それからすぐに泥は蛇のように伸びて形を成す。地面から生えたそれらはゆらゆらと揺れながらバーチカルの周囲を取り囲んだ。


「『泥々(どろどろ)』。泥多頭蛇(マッドヒュドラ)!」


 泥の蛇たちは一斉にバーチカルへと殺到する。それに対し彼女は淀みない体重移動により、その場で回転しながら横凪にスロウスラッシュを放つ。円状となった斬撃は周囲の蛇を根元から切断した。しかし、泥の蛇たちは一瞬動きが止まるものの、すぐに地面から伸びた新たな泥と結合し、再起動する。全方位から埋め尽くすように襲いかかるそれらだが、バーチカルは蛇の再生は想定内だと言わんばかりに剣を正面へ向けて水平に構えていた。


「フーッ、ハァッ!」


 腰の捻りを解放して放つ突きと共に彼女はその身を射出して蛇の壁を吹き飛ばす。剣に纏わせた魔力の回転で貫通力を高める剣技『スパイラルスラスト』である。

 そして蛇を突破し空中に躍り出た彼女の視線の先には、短髪の少女が今も腕を泥に浸けていた。剣を向けられた者としては剰りにも無防備と言える姿ではあったが、少女の口はニヤリと弧を描く。

 バーチカルはすぐに短髪の少女から視線を外すと、“空中を歩いて”右から迫って来ていた長髪の少女との間に直剣を滑り込ませた。


「『私の足元に道はある(ロード・ロード)』。さあ、吹き飛べ」


 直後、バーチカルに襲いかかる衝撃。長髪の少女の鋭い蹴りが剣による防御ごとバーチカルを泥濘の中に弾き落とす。泥が彼女の肌と服を汚すが、構う暇はないと急ぎ立ち上がろうとする。

 しかし、泥はそんな自由を許さぬと彼女のしなやかな身体に纏わり付いて拘束し、バーチカルの身動きは封じられた。


「グッ……壊れないか……」

「1度捕まったらあたしの泥から逃げらないこと忘れたんですか」

「チェックメイト。やっぱり調子乗っててもチカルなんてこの程度だね」


 泥に四肢を覆われた彼女は力を込めるが、拘束が外れる気配はない。その様子を2人の少女は勝ち誇った顔で見つめていた。


(関節ごと捕まってるな。あれじゃ力が入らねえ)


 観客席から試合を伺っていたメレズィムもバーチカルの劣勢を感じ取っていた。


(今捕まってる青髪が恐らく予選相手のバーチカルさん。で、戦っているのは『ムード』さんと『ロッド』さんだっけか。全員ブレファロクラスだから、仲良く練習試合かと思ったが、そう言うわけじゃないらしい)


 2人の少女、ムードとロッドがバーチカルに向ける感情が友好的なものではないことは、短い試合の中で彼も感じ取っていた。


(あの状態から逃げようってんなら、射撃魔法でムードさんの注意を逸らしてその間にってところだが、そんな隙はなさそうだな。それ以外だと“バースト流”とか“プロード流”とかなら泥ごと……いや、バーチカルさんが使っているのは明らかに騎士剣術のそれだ。細かな流派は分からねえけど、四肢が拘束された状態から抜け出せる技はなかったはず……これは詰みか?)


 メレズィムが思考の海に沈む中、試合を見ていた一部の観客も試合は決着したと考えていた。

 だが、他ならぬバーチカルはそんなこと考えは一切過らないとばかりに余裕な表情を崩さないでいる。


「おっと、 まだ私はアイズを使っていないのにもう勝った気でいるのかい?」

「強がるなです。ピカピカ光って虫が寄ってくるだけの力がこの場面で何の役に立つですか」

「そもそもチカルの『誘虫光(インセクライト)』が手からしかでないのを私たちはよく知ってる」

「そうです。だから泥で手足を覆ってしまえば、チカルのアイズは完全に無意味です」

「なるほど、君たちの言いたいことは分かったよ。でも、わざわざ気にする当たり警戒はしてくれているみたいだね」

「ヘッ、減らず口をです。さっさと降参するです」

「頑固なだけのチカルは改めて己の身の程を弁えるべき」

「……でも、君たちは“今”の私を知らな過ぎる。いや、知ろうとしていないのかな」

「フェッ?」

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ。今の私は君たちの知っている私だけじゃない。できることが増えたのさ。だから騎士として成すべきことを成すよ」

「やっぱり調子に乗ってるんだ。現実を見ない騎士擬きのくせに」

「……よりによって……」

「ん?」

「……ムーちゃん?」

 

「チカルがそんな言葉を吐くな! やるべきこともやってない臆病者のくせに!」


 バーチカルの言動のどれかがムードの琴線に触れたのか、口調は荒くなり目に宿る敵意は激しさを増す。そして、胸の激情に合わせるように腕をさらに深く泥へ突き刺した。


「泥々ォ! 泥呑(マッドスループ)!」


 地面が泡立ち、バーチカルの四肢を縛る泥も胴体へと侵食していく。加えられる力も高まっているのか苦悶の声を漏らす彼女だが、笑みが崩れることはない。そうして、首元まで泥が上がってくる中彼女は叫ぶ。


「騎士として降りかかる火の粉は払う、いや掻き消す! それが今の私が成すこと……だ!」


 瞬間、バーチカルの口から眩い白光がムードとロッドへと放出される。壁のように迫る巨大な光の奔流が突然現れたことに、2人の少女も目を見開くことや驚愕の声を漏らすことしかできず、無防備に光へ姿を晒した。


「エッ、口か……」

「ホエッ!?」


 光は彼女らとメレズィムの向かいの観客席を呑み込みながら数秒ほど続く。そして次第に光が収まると、舞台の上は静寂に満ちていた。

 先ほどまでは蠢いていた泥も動きを止め、ムードとロッドは指の先まで固まり、視線は虚空に向けられ力がない。

 その中で肩の力を抜いて長く息を吐いたのは、光を放った張本人であるバーチカルであった。


「フーッ……はい、油断したね。まあ、そうでなくても光からは逃げられない」

「……」

「……」

「それじゃ、まずは(コレ)外してくれるかな、ムードさん」

「……はい」


 ムードが“お願い”に対して幽鬼のごとき返事をしたかと思えば、バーチカルを覆っていた泥が引いていく。スルスルと地面へと帰っていく泥の後には、拘束される前以上に綺麗となった彼女の肌と衣服が顔を出した。


「おおっ、身体や制服に着いた汚れまで取れているじゃないか! 君の泥々にこんな効果があったとは知らなかったよ。ありがとう」


 バーチカルはまるで三流役者のようにわざとらしく話し始めた。大袈裟な身振り手振りで言葉を紡ぐその姿は、違和感しか覚えない。しかし、眼前にいる2人はそれに何のリアクションも返さなかった。


「……反応はなしと、これ以上は蛇足だね。さて、審判もいない練習試合、終わらせ方は……やっぱりこうかな?」


 彼女はゆっくりと2人へ歩を進めた。散歩のような気安さで少女たちの領域(スペース)に侵入したバーチカルは、これまた挨拶するような自然さで言葉を発する。


「おやすみ、2人とも」


 その瞬間、ムードとロッドの全身は弛緩し、ドサリと無抵抗に倒れ伏す。体が泥に汚れる中、2人からはスウスウと吐息が聞こえ始めた。

 あまりの状況の転換に観客席の生徒たちは息を吞む。それを一瞥し、バーチカルは先ほどの口調のまま宣言する。


「はい、これにてブレファロクラスの模擬試合を終わります。観客席の皆様、ご観覧ありがとうございました」


 ペコリと仰々しく頭を下げるその姿も脈絡もない言葉も、彼女の不気味さをより引きだたせる。言葉を発さず、異物を見る視線を向ける観客を見上げながら彼女はボソリと吐き捨てた。


「ああ、やはり私の光は強いなあ」



『バーチカル・K・ブライト』

異能(アイズ):『催思光(さいしこう)

光を放出して、それを浴びた者の思考を操れる。

光は身体のどこからでも出せる。



 底気味悪い雰囲気に包まれる会場の中、メレズィムは彼女を見据えて、ふと思い立つのであった。


「……あの異能(アイズ)俺には利かなくねえか?」



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