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5色目 朱色の風

異能(アイズ):『誘虫光(インセクライト)

手からの発光により昆虫及び虫系統の“魔生”を誘き寄せる。あくまでも誘うだけであり寄せられた虫を自由に操ることはできず、また光の及ぶ範囲内の対象すべてに作用してしまい調整も難しい。

擬態する虫を見つけ出す際にはは有効である。

バーチカルの持つ『催思光』の“覚醒”前の異能(アイズ)




「さてと……」


 模擬試合が決着し観客席を眺めていたバーチカルであったが、何を思ったか泥の中で眠るムードとロッドへと近づいていく。そして、彼女の指先が2人に触れようとしたところでドスの効いた声が修練場の入り口から響いた。


「それ以上何をするつもりだいチカル!」

「……」


 メレズィムが声へと視線を向けると、そちらには朱色の髪を持った長身の女生徒が叫び声を上げながら舞台へと走る姿があった。


(でけえ、体格(ガタイ)はともかく身長(タッパ)ならライエ並みだな。しかも走り方もブレがない……。格闘系の流派か?)


「倒れてるムードとロッドに手を出すなら、私も黙っちゃいないよ!」

「……イヤイヤ、それは心外と言うものだよ。騎士に憧れる私がそんなことするわけないじゃないか」


 舞台際まで近寄った長身の女生徒は吠えながらバーチカルを睨む。舞台上の彼女も視線を交差させながら、否定の言葉を紡いだ。


「なら勝負が着いたのに何で2人に近付いたんだい」

「泥の中で眠ったままじゃ可哀想だろう。だから医務室に連れていこうと思っただけさ」

「それなら私が連れていくよ。チカルはさっさと自分の部屋にでも戻って休むんだね」

「……引き受けてくれるのなら任せるとしようか。彼女たちのことは君が適任だろうからね」

「ああ、任せな」


 長身の女生徒は足早にムードとロッドに駆け寄ると2人の様子を診る。そして、彼らに目立った傷がないことを確認すると軽々と彼女らを肩に担いで、バーチカルに向き直った。


「それじゃあ2人が世話になったね」

「うん、丁度良かったよ」

「……フンッ、その言葉の意味は聞かないでおくよ」

「おっと待ってくれないか」


 女生徒がそう言って背中を向けて歩き出そうとすると、バーチカルはそれを呼び止めた。不機嫌そうに顔を向けた彼女にバーチカルは続けた。


「……何だい?」

「質問をしたい。どうして君は私が眠った2人に手を出そうとしたと思ったのかな?」

「……最近のアンタを知っていたからさ。2年になってからのアンタが試合相手にしていることをね」

「なるほどね、でも私は成すべきことをしているだけだよ」

「相手の心を折ることがかい。それが騎士の在り方か?」

「必要だったからだよ。聞いたことはあるだろう」


『成すべきことを見定め、

 進むべき道を見通し、

 守るべきものを守る』


「騎士の有名な心得だ。だから私は成すべきことを見定め、理不尽には屈せず抗った。その結果相手が膝を折った、ただそれだけだよ」

「そうかい、私は騎士についてとやかく言える立場じゃないけど、チカルがそう変わることを良しとしたのならそれで良いさ」

「……変わってないし、変わるつもりもないよ、私はね」


 女生徒が目細め、目の前にいる青の少女を射貫く。眉1つ動かさずそれを受けるバーチカルの表情からは感情の機微を読み取ることはできない。


「……アンタがまだそんなことを言うのなら3日後も容赦する必要はなさそうだ」

「その方が私もありがたい。正直君たちにはどうするか迷ってたんだ。でも向かってきてくれるなら、遠慮なく借りを返せるよ。その2人みたいにね」

「言うじゃないかい。なら潰させてもらうとしようか、意地っ張りの欲張り娘を。この2人のためにもね」

「では私の光に焼かれないように頑張ってくれたまえ、『ウェインプ』さん」

「ハッ、精々偶々手に入れただけの(チカラ)に縋っていると良いさ、チカル。それじゃあな」


 長身の女生徒──ウェインプは今度こそバーチカルに背を向けると、ボソリと何かを唱えた。すると彼女の側に風が巻き起こり、その四肢を覆っていく。そしてドンッと言う轟音を響かせたかと思えば大量の砂煙残してウェインプは修練場を後にした。砂の中から彼女を見送った後、その場の雰囲気を読んだのかバーチカルも別の出入り口から去って行くのであった。


 それらを見届けてから漸くメレズィムは観客席から腰を上げる。


(さっきの身長(タッパ)がデカい人がウェインプさんか。偵察はバーチカルさんだけのつもりだったが運が良かったな。これで前に偶々野次馬したゼスタの野郎を含めて予選相手の顔は確認できた)


 彼は、徐々に生徒たちがさっきの試合について賑わっていくのを聞きながら思考に耽る。


(まずバーチカルさんの戦い方は明らかに騎士のそれだ。基本的な技しか使ってないから断定はできねえが、身体捌きや構えからして恐らく流派は“フィーツ騎士武術”。王道の流派だな)


『フィーツ騎士武術』

騎士が学ぶ武術の1つ。剣や槍などの騎士の一般的な武器はもちろんのこと、弓矢や徒手格闘、捕縛術に至るまで様々な技術を擁する流派。

国や領土の垣根を越えて広まっており、最も多くの騎士たちが学ぶと言われている。


(ウェインプさんの方は去り際の感じからして“射撃格闘(ショットアーツ)”のどれか。で、ゼスタは確か剛剣で有名な“グランド流剣術”。総合、格闘、剣と、被ってはいないが遠距離主体がいなくて近中距離で固まってやがるな)


 姿を消したまま、往来の生徒の間を抜けてメレズィムは修練場出入口へ向かう。頭の中で情報を整理しつつも生徒にぶつかるようなことはない。


(魔法は流派からしてウェインプさんが頭1つ抜けてるとして、問題は異能(アイズ)か)


 様々な技能に手を出している彼にとって、無意識でも周囲の情報を感じ取り、障害を避ける程度は簡単なことであった。


(ウェインプさんは情報が足りねえし、ゼスタの“アレ”とは正面からやり合いたくはない。というか数の暴力とやりたい奴なんかいねえか。……一方でバーチカルさんの光のアイズは普通なら回避不可の一撃必殺なんだろうが……)


 修練場の外に出たメレズィムは、穏やかに『保護色』を解除してからグッと背を伸ばす。身体を解しながら、彼は口を真横に結んだ。


(まだ推測だが十中八九俺とは相性が悪すぎる。いくら強力でも光って時点でな)


 彼は内心でバーチカルのことを憐れとすら感じていた。己のアイズが持つ能力の一部が彼女のそれに対して有利を取っていたが故に。


(そうなってくると、取り急ぎ調べるべきはウェインプさんのことか。で、その後は予選への準備と。持ち込める道具の確認もしとかねえとな)


 彼がこれからの行動方針を簡単に決めたところで『ゴーン』と言う鐘の音が響き渡る。定刻を知らせるトロナデオン学園の大鐘の音であった。


(おっと、もうこんな時刻か。バーチカルさんの試合の後考え込み過ぎたみてえだな。ウェインプさんのことを調べたかったがしょうがねえか)


「よし、『風裂弾(ストームショット)』」


 メレズィムは短く息を吐くと呪文を唱える。すると目の前に風の球体が生まれたかと思えば、すぐに彼の脚を覆っていく。それは先ほど見たウェインプの去り際の姿に瓜二つであった。

 そしてメレズィムは己の脚を一撫ですると、風のように駆け出して修練場から離れるのであった。





 メレズィムがバーチカルの練習試合を傍観した次の日。

 彼の姿はトロナデオン学園近郊の森の中にあった。

 2日後に予選を控えた彼が、何故学園の外にいるかと言うと。


(持ち込み用の材料が軒並み品切れとはなぁ)


 予選に持ち込むアイテムを作成するために材料採集をするからであった。

 普段であればそう言った材料は学園内に揃っているのが常であるものの、今は成果発表会の期間。多くの生徒が同様の理由で材料を欲したことにより、学内在庫が枯渇状態となってしまっていた。無論、例年であればこの状況を見越して教師陣やオープス所属の生徒たちが平時より多くの資材が仕入れるのだが、今回はその予想を大きく超えて一般生徒たちが求めた次第である。


(備品管理の奴らもぼやいていたし。誰が何で集めまくったんだよ……。ウェインプさんのこと崖っぷち組(アイツら)が知ってたから時間に余裕ができたと思ったんだけどなあ)


『ウェインプさんのこと? ギルドの依頼で一緒になったことがあるわよ』

『自分もウェインプはんの試合なら見たことあるで』


 メレズィムの脳裏に森へ来るまでにした会話が過ぎる。彼らによってウェインプの情報を手に入れることが出来たのは縁に恵まれたと言えるだろう。

 そのおかげで、彼はこうして予選のために用意するアイテムを妥協せずにいられるのだから。

 ちなみに今彼が集めているのは、止血薬に必要な薬草とトラップ用粘着剤に用いる樹液である。


──ガサガサッ


「ん? ……ああ」


 そんな彼の背後で葉や枝の擦れる音が響く。視線を向けながら、その正体を察するとメレズィムは嘆息した。そして、子どもよりも小さな1つの影が飛び出してくる。


「コクルゥ!」


 四足歩行で長い耳を持ち、緑色の体毛に覆われたその獣は独特な声で鳴いた。


(ラビット系の“魔生”……大きさからして子供か)


 魔生とは魔力を持つ生物の総称である。魔力を持たない生物と比較して高い運動能力を持っていたり、特異な生態を有していたりすることが多い。また、魔力を宿す性質上その肉体は魔法や魔道具の媒体としても重宝されている。


「コクルルゥッ!」

「ちょっ!?……チッ!」


 そんな魔生、『フォビット』は金切り声を上げながら真っ直ぐメレズィムに突進してくる。彼は驚きの声を溢すがすぐに迎撃の姿勢を取った。


(何でかは分からねえが興奮してるっぽいな。とりあえず止めて落ち着かせるか)


「『粘着(スティッキ)──ッ!?」


 彼が呪文を唱えようとしたその時であった。

 フォビットの背後、メレズィムの視線の先から何かが押し寄せてくる。

 それは彼が昨日見た極大の白光であった。迫る光がフォビットを呑み込むのを見て、メレズィムは反射的に己のアイズを発動させる。


(屈光色(リフレイト)!)


 光は彼に当たった瞬間、細分化して四方八方に飛び散っていく。そして時間にして数秒後、光の激流は静かに終息したのであった。


(……咄嗟に使ったがやっぱり曲げれるか。で、今の光はもしかしなくても……)


「ねえ……」


 光が来た方向から草木を掻き分けて1人の少女が顔を出す。それは、メレズィムが先程から脳裏に浮かんでいた人物と同じであった。


「……今私の光を弾いたよね!?」


 青い髪が乱れるのも構わず、バーチカル・K・ブライトは目を見開きながらメレズィムへと問いかけた。



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