2色目 金茶色に合わせて
「お前ら、試験お疲れさま!」
教壇に立つ男が快活に笑いながら、教室内を見渡した。彼の視線の先には、机に突っ伏していたり、窓の外を眺めながら呆けたりしている者も多少いるがほとんどは男に意識を向けていた。
その中には、メレズィム・プラオーンの姿もある。
「望む結果だった者も芳しくなかった者もいるとは思うが、そこで立ち止まるようなことはせず、これからも勉学や修練に励むように。もうすぐ長期休暇とはいえ、お前らは学園の生徒なんだからな」
教壇で話している男の名はパワラ。メレズィムやライエのクラス担任であり、学年副主任も務めている教師である。特筆すべきはその体格であり、一般的には大柄と呼ばれるライエよりもさらにゴツく、丸太のような四岐が特徴的な男である。
「あと、忘れていないとは思うが成果発表会の申し込みは今日までだからな。出場するつもりの者は忘れないように」
『成果発表会』
それは生徒が学園で学んだことを用いて実績を示す場のことであり、戦闘や探索、生産などの実技から研究発表などの座学に類するものまで幅広いものが用意されている。
尤も、研究発表に出てくる者たちは大抵卒業間近の生徒ばかりであり、トロナデオン学園の生徒となって2年目のメレズィムたちにとってはあまり関係のないものであった。
逆に実技系のものはクラスの一部の生徒たちにとって決して見過ごせない行事であり、該当の生徒たちはパワラの発言に一様に反応を示している。
その理由は、至って単純である。
「……特に単位数が危ない者は必ず出るように。発表会で良いところまで行けば単位が認められるからな。まあ、先生と一緒に休暇中も補習を受けたいというのであれば、歓迎するぞ」
「イヤだー補習なんてイヤだー」
「私だってパワラ先生の補習なんて受けたくないわよッ」
「補習になんてなったら親父や姉貴になんて言われるか……」
「自分も休暇中は実家に必ず帰ってこいって言われとるからな……」
「俺なんてすでにギルドからの依頼とっているのにッ。チクショウ、ダンジョン探索用装備がカンニング扱いされて追い出されるなんて想定外だぜッ」
「「「「いや、お前なにやってんの!?」」」」
単位数ギリギリの生徒にとって、成果発表会は補習回避や休暇謳歌のための最後のチャンスなのである。そのため、彼らは皆猫に追い込まれたネズミの如き焦りと真剣さで行事に挑もうとしていた。
「フフ、あそこまで力が入りすぎていると逆に下手を打たないかと心配になってくるね」
「いや、10日前に俺に泣き入れてきてなんとか崖っぷち回避したライエが言えた口じゃないと思うんだが」
一部生徒の叫喚で教室がざわめく中、後ろの席に座っていたメレズィムとライエはこっそりと軽口を言い合っている。
発表会での実績による単位取得に賭けなければならないほど切羽詰まっているわけではない2人ではあるが、ライエの場合はそうなる可能性も十分にあったというのが笑えないところ。風の吹き具合によっては彼の尻に火が付くことも大いに考えられた。そんな彼が今では、慌てる生徒を見て得意げに微笑を浮かべている。隣に座っていたメレズィムは、己の友人が騒ぐクラスメイトたちに見つかったらドヤ顔に1発くらい拳入れられるだろうなと心配になった。
(ライエの場合は喜んで受けるだろうし、大丈夫か)
心配したが、すぐ解決した。
「お前ら、ホームルーム中は静かにしろ。……ったく、元気と反応が良いのは結構だが場所を考えな。……あっ、さっきはああ言ったが、ギリギリじゃなくても少しでも出たい者は積極的に出た方が良いぞ。成長とは挑戦することだからな。希望者は後ろにある出場申請を書いて最終下校時刻までに先生に提出するように。それじゃ、今日のホームルームはここまで」
「起立、礼」
『ありがとうございました』
ホームルームが終わって一部の生徒が我先にと出場申請を持ち去っていき、教室の生徒がまばらになった頃、ライエは帰り支度を済ませたメレズィムに声をかけた。
「で、レジーどうするのさ」
「でってなんだよ?」
「成果発表、出るの?」
「あー、どうするかな? 別に単位数には困ってねえし。無理に出る必要はないな」
「でも悩んでるってことは、出たら駄目な理由もないわけだね」
「ま、まあ、そうとも言えるな」
「よし、なら出ようよ!」
「えっ、え、えっ」
声を張り上げ、提案するライエに理解が追い着かず、声を漏らすメレズィム。
「パワラ先生も言ってたじゃん『成長とは挑戦すること』だって。なら挑戦してみようよ、成果発表会」
「でもなあ……」
「成長ってことは今より大きくなること。つまりは変わるってことだよ。レジーの“やりたいこと”にピッタリじゃん」
「……そうだな。俺もそろそろ変わらないといけないからなあ」
「そうそう、成果発表で良いところまで行けたらさ、レジー自身が納得する変化の実感を得られるんじゃないかな」
「まー、そんなもんか」
「それにレジーにやらせて俺だけ外野で応援なんてズルいことはしないからさ。俺も出場するよ」
大柄なライエがグイッと顔を近づけると殊の外強い威圧感がメレズィムを襲い、彼は堪らず目の前の巨体を手で押し戻す。
「あーOK、分かった、分かった。出場するから。だからその大きい身体と爽やか顔を急に近づけんな。ビックリしちまうだろうが」
「おーう、ゴメンね」
いそいそと距離をとるライエ。頭に手を当てながら申し訳なさそうににへらとする彼を見て、メレズィムは観念したかのように溜息を溢した。
「とにかく、出るなら出るで何に出るかさっさと決めないとな。下校時間までそんなにねえし」
「そうだね。急ごうか。まず、座学は除外だね」
「当然だな。発表することがない」
「うん。ならば、実技系だけど……」
「迷っているなら、戦闘トーナメントはどうかしら?」
ライエが腕を組み、次の言葉を選んでいたところで彼らに鈴のような声が投げかけられる。2人が声のした方を向くと、そこには茶色の髪を腰にまで伸ばした少女が胸にノートを抱えて立っていた。
「あっ、代表。俺たちの話聞いてたの?」
「ええ、発表会で何に出るか迷ってるのよね」
「うん、そうだよ。俺とレジーで出ようと思ってさ」
彼女はシェイナ・オールドと言い、メレズィムたちのクラス代表である。毅然とした態度でクラスメイトを牽引しつつ、個々人の相談にも積極的に乗りながら状況を鑑みて融通も利いてくれる、人望の厚さとノリの良さが魅力の少女だ。
「レジー君にはいつもクラスの雑用を手伝ってもらっているし、こう言った相談くらいには乗ってあげたいのよ」
「アレ俺は?」
「ライエ君はついでね」
「ひどくないかな」
「……あなたの脱ぎ癖で他の子から度々相談が来るのだけど」
「確かにライエ無駄に脱ぐからなあ」
「それは俺の異能の都合上仕方ないのさ」
ライエは芝居がかったような口調と動作で上半身を開けさせていた。彼の分厚い胸板と左胸に刻まれた異能の証である眼の紋様、それに割れた腹筋がシェイナとメレズィムの前に晒される。
本来ならば驚きで声の1つでもあげて良いところだが、このクラスの人間にとっては最早慣れたことであり、2人とも眼を細めるだけであった。
「戦うときならともかく普段は関係ないでしょう。公序良俗に反しないように、その癖直しなさい」
「俺も代表に同意だな」
「……善処するよ」
ライエは先ほどよりも明らか沈んだ雰囲気を纏いながら服を着直すのであった。
「それで話を戻すけど、発表会に出るならトーナメントがお勧めね」
「その心は?」
「消去法とレジー君の目的ね」
「あー、消去法ってのはなんとなく分かる。生産とか俺道具持ってなくてできないからな」
「そう。似た理由で特別に資格が必要な治療や調教系も駄目ね。レジー君持ってないでしょ」
「いや、持ってはいる」
「えっ、そう!? レジー君確か司書や調合の資格も持ってたはずだったけど、他のもなの?」
「ああ、他にも解体や調理、審判員資格とかも持ってる」
「……さすが“スケットマン”ね」
「ただの器用貧乏だ。どれも3級や見習い程度にしか使えねえよ」
「私からすれば羨ましいけれどね。それよりもどうする、資格あるなら戦闘以外のものに出場する?」
そこでメレズィムは右手を顎に当てながら思案する。
自分探し的な意味合いから様々な技能に手を出していた彼は、出場資格という意味であれば公開発表会のすべてに出場することができる立場にあった。
しかし、彼自身仮にそれらに出たとしても他の出場者に勝てる、もしくは上回る評価を得られるとは考えていなかった。
(だってどれも基礎や基本を押さえているってレベルでしかないからな)
技能を使えるだけでしかない己が、道を選んで研鑽を続けている者たちに叶うとは思っていなかったからである。実際、彼の治療や調合などの腕は甘く見積もっても2流レベルに届きうるかと言ったところでしかない。良いところまでいけるなんて考えること自体、傲慢であると彼は考えていた。
(資格が必須になるものは“本職”や“委員”のヤツらには勝てねえし。かといって、戦闘に強いかって聞かれても、“俺なんかより”強いヤツもたくさんいるからなあ)
迷った彼は半ば無意識にシェイナへ言葉を返していた。
「いや、せっかく勧めてくれたからな。戦闘系のトーナメントに出ることにするぜ」
「……勧めた私が言うのもなんだけど。本当に良いの? レジー君流されやすい所あるし」
「……あっ、いやそんなことねえって。1番勝算があると思ったし、最も変化を実感出来るって考えたからだ。自分で決めたんだよ」
「ふーん……」
(クソッ、また無意識に“合わせちまった”。しかも見栄まで張って、ホント格好悪いなあ、俺)
訝しげに見るシェイナから視線を反らしながらメレズィムは内心で後悔する。変えるべきと考えている己の性で自己嫌悪に苛まれずにはいられなかった。だが結局、吐いた唾を呑み込むこともできず、彼は勢いに任せることにしたようである。
「疑わしげだな代表、心配すんなって。それよりも出るものが決まったんだからさっさと紙を書いてパワラ先生に渡してくるぜ」
「……レジー君がそう言うならもう私は聞かないわ。まあ、あなたなら運が悪くなければ良いところまで行けるでしょ。応援してるわ」
「ありがとな。でも代表って運営側じゃなかったか? 立場的に個人への肩入れはまずいんじゃあ」
「応援くらい他の子もしてるわよ。それに、そんなこと言い出したら、食育の副長とかどうなるのよ」
「あー、確かにあの人と比べたら応援とか可愛いもんだな」
話に結論が出て2人で雑談に興じようとしていたところで、隅っこでいじけていた筋肉が戻ってくる。
「おおレジー、出るものが決まったようだね。なら俺も同じくトーナメントに参加することにするよ」
「あっ、萎え筋が復活してるわ」
「だな、見せたがり筋肉が蘇ってやがる」
「……君たちやっぱり当たり酷くないかな!?」
「「ハッハッハ」」
「そこで息合うんだね君たち!」
存分に笑った後、メレズィムはライエと共に出場申請をパワラへ提出しに行くのであった。




