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1色目 オレンジ色の爽やかさ

『アイズ』

 個人が持つ特殊能力。魔法によって再現可能な能力もあるが、使用や発動に魔力は伴わない。

 異能所持者は共通して身体のどこかに眼の紋様が現れることから『(アイズ)』と呼ばれるようになった。

 





「いらっしゃいませー」


 小気味良いドアベルを鳴らしながらメレズィム・プラオーンは店の扉を開けた。店内は夕飯時ということもあってか既に客が入り、食欲をそそる香りの中で賑わいを見せている。そんな中で彼にかけられた店員の声は間延びしたものながら、はっきりと聞き取れる明瞭なものであった。


「すいません、ライエで……」

「おーい! こっちだよこっち」


 メレズィムの声をかき消して届く低音。目を向けてみると、彼に向かってヒラヒラと手を振る男が1人。


「おいライ、あっ、彼の連れです」

「かしこまりましたー。後ほどお冷やをお持ちしますー」


 パタパタとカウンターに戻っていく店員を尻目にメレズィムは男の向かいに座る。くすみのない金髪を短く切り揃え、メレズィムより頭1つ大きな男はニコニコと朗らかに笑っていた。


「お疲れ、“レジー”」

「おう、こっちは遅くなって悪いな、“ライエ”」

「いやいや、時間ピッタリだよ。そもそも俺がこの前の礼にご飯奢らせてくれって無理言ったんだ。気にしないでくれたまえ」


 笑う男の名前は、ライエ・ムーラン。メレズィムが学園に入学した頃から付き合いのあるクラスメイトであり、今では彼の気の置けない友人である。


「そうか。なら今日は遠慮なく食わせてもらうぜ。あっ、おすすめとかある?」

「ああ、それならチキンソテーが良い。ここの特性ソースとは相性抜群で俺もいつも頼んでいるのさ」

「お、いいな、ならそれ頼もう。あとは、ドリンクと……適当にサラダとパンでも頼むか」

「なら日替わりサラダも頼むと良い。店主が毎日新鮮野菜を見繕ってくれるからね」

「なら、それだな。すいませーん」

「はいー、すぐにお伺い致しますー」


 メレズィムが一声かけると先ほどの店員がお冷やを持って彼の席へと歩いてくる。彼がチキンソテーを初めとして適当に注文を終えると店員は再びカウンターの方へと戻って行った。

 その後、数分もしない内に頼んだドリンクが2人の席へと届けられる。

 メレズィムは柑橘系の鮮やかな橙色のジュースでライエは黒い発砲飲料だ。


「とりあえずは、まっ」

「そうだな」

「「お疲れさん!」」


 グラスを打ち付け、互いにドリンクを呷る2人。喉奥を鳴らしながら軽快に飲む姿はそれだけで小気味良い。


「クハーッ、やっぱり良いねえ。こう言うのは」

「おいおい、毎度のことながららしさがねえよな。ライエは。良いところのお坊ちゃんだろ」

「はは、よく言われるよ。って君の場合はいつもか」

「事実なんだからしょうがねえだろ。まあ、こいつが良いっていうのは同意するし、そっちの方が俺も付き合いやすい。今更変えられたらやりづらすぎるな」


 メレズィムはグラスを揺らしながら苦笑する。多少は違えど、ライエと食事をする際には最早恒例ともなっているやり取りに彼は安心感を覚えていた。


「それもそうだね。詰まるところ、俺の良さは親しみやすさとこの美しい筋肉ってことさ」

「……おい待て待て、まだ飲み始めたばっかりだろ」


 いつの間にか上着を脱いでいたライエが下着に手をかけていたところで、メレズィムは鋭い視線を向けながら彼に人差し指を向けた。

 手はそのままにピタリと動きが止まるライエ。彼は不適な笑みをメレズィムに送るが、送られた側はまた違った笑みを作りながら机を指でトントンと小突いた。


「……うん、チキンソテーも来ていないしね。前座が舞台では俺の筋肉も泣くというものか」

チキンソテー(主役)の後だろうが脱ぐな。俺は今日飯を食わせてもらいに来てんだよ。ライエの筋肉は飯時に眼に入れるには濃すぎてやってられねえ」

「……仕方ない。この前は世話になったしね。今日はレジーの顔を立てるとしよう」

「今日だけじゃなくて、脱ぎ癖についてはいつも気にしろ」

「ハハハッ、やっぱりこの店の一杯は格別だねー」


 グラスに口をつけて笑うライエにメレズィムは呆れた視線を向けるが、すぐに自身もジュースを喉に流し込む。柑橘系特有の清涼感は彼の形容しがたいやるせなさを押し流し、爽やかな後味を残した。


「そうだ、礼をされる俺が言うのもなんだが、この前のでちゃんと単位取れたんだろうな」

「もちろんさ。レジーのおかげで最高評価だったからね。これまでのと合わせて合格点(ライン)には乗ってるよ」

「なら良いけどな」


 彼らの言う単位とは、メレズィムたちが通うトロナデオン魔法学園の進級や卒業に必要なものである。

 魔力を用いる技術である魔法を学ぶことのできる学校の1つであるトロナデオン魔法学園は、異能(アイズ)を持つことを入学条件とはしているものの、それ以外の一切を問わず入学することができ、現在様々な身分や経歴の生徒たちが通っている。

 しかし、入学が許されているからと言って、その流れのまま卒業できるかと問われればそうではない。課せられる試験や演習を合格して単位を取得できなければ、卒業を待つことなく学園を去らなければならないのである。


 ライエの場合はとある事情から単位取得が危ぶまれていたため、直近の演習でメレズィムに助っ人を頼んだのである。


「ったく……、この前のは複数(チーム)での野外演習だったから俺も手伝えたけど、個人試験だったらどうしようもなかったぞ」

「そこは俺も調整してるってことさ。というより、今回がイレギュラーだよ。もう起こらないさ」

「だと良いけどな」

「そういう君は単位は大丈夫なのかい?」

脳内熟成筋肉(ライエ)を手伝えるくらいには余裕だよ」

「おっと(筋肉の)出番が……」

「ねえよ」


 2人が四方山話に花を咲かせていると、店の奥から店員が料理を運んでくる。

サラダやパン、メインのチキンソテーが配膳されると空腹には酷な香りがメレズィムたちの鼻を撫でた。


「お、キタキタ」

「今日も良い香りだ。店員(リム)ちゃんありがとう。店長にも伝えておいてよ」


 わかりましたー、こちらこそいつもご贔屓にーと店員が去って行くのを見送った後、2人は料理に視線を移す。


「美味そうだなー、さすがライエのおすすめだ」

「こちらこそ鼻が高いよ。まっ、冷めないうちにいただこうよ」

「それもそうだ、それじゃ早速いただきます」

「いただきます」


 2人は腹の虫の機嫌に従い、思い思いに料理を頬張った。メレズィムは香ばしそうに焼けるチキンソテーを口に運ぶと、悦びの声を漏らしながら眼を瞬かせた。


「うん、美味い。食い応えがあるくらいでかいのに柔らかい肉は良いな。それにライエが推すソースも美味い。甘めだけどしつこくない。チキンの脂を上手い具合に引き立ててる。相性抜群ってのも頷ける美味さだ」

「そうだろう。俺の一押しさ」

「それに……」


 ライエが得意げに鼻を鳴らすのを視界に映しながら、メレズィムはサラダに手を伸ばす。


「日替わりだったか。かなり新鮮で……ハムッ、ンッンッ……こいつも美味い」

「日替わりサラダは店長が特に力を入れているらしいからね。毎日独自に新鮮なものを仕入れているんだってさ」

「なるほどな。……俺入学のためにこっち来てから、ここまで新鮮な野菜食ったの初めてかも知れねえ。店長さんの力の入れ具合が想像できないな」

「フッフッフ、料理への彼の情熱は尊敬に値するからね」


 チキンソテーとパンを食べながら言うライエに納得しながら料理に舌鼓を打つメレズィム。

 その後、合間に演習のことやライエが先ほど店員を名前で呼んだことなどを話ながら夢中で食事を続け、気付けば料理もあと少しとなった所でライエは向かいの男へ何気なく問いかける。


「いやー、料理は美味いし、店の雰囲気も好みだし、こっちで見つけた店の中でもかなり良かったな。この前の礼とは言え、今日はありがとな、ライエ」

「そう言ってくれるとこちらも嬉しいよ。……おっと、そうだレジー、そう言えば今日こそはどうだったんだい?」

「……どうって?」

「おいおい、分かってるくせに。君がいつも言ってるじゃないか『変わりてー』って」

「……そうだっなー。ぼちぼちってところだな。可もなく不可もなく、目に見えてってわけじゃねえけど、進行中みたいな」

「ふーん、俺それ前にも聞いたことある気がするんだけどねー」

「気のせいだろ」

「気のせいか、なら良いけれど。まあ、手詰まって手が必要になったら教えてよ。手伝うからさ。いつも世話になっているしね」

「おう、その時は頼らせてもらうぜ」


 メレズィムはチキンソテーの最後の一口を味わった後、ジュースを喉に通す。柑橘系の爽やかさは、腹の底へと流れていった。



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