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BOOK ―神のゲーム―  作者:


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9/13

第九話 開戦


 午前八時。


 神が告げた開戦の時間。


 大通公園には、張り詰めた空気が漂っていた。


 テレビ塔の前。


 北海道の守護水晶が静かに輝いている。


 高さは十メートルを超える、青白い巨大な結晶。


 その存在感だけで、人々を圧倒していた。


 周囲には警察、自衛隊、そしてBOOK所有者たち。


 誰もが武器を手にし、いつでも動けるよう身構えている。


 しかし――


 何も起きない。


 敵の姿はない。


 爆発もない。


 ただ風だけが、公園を静かに吹き抜けていく。


「……始まったんだよな」


 健太が小さく呟く。


 陽翔も守護水晶から目を離せなかった。


 確かに神は言った。


 午前八時。


 ゲーム開始。


 それなのに。


 あまりにも静かだった。



 やがて、一人の政府職員が前へ出る。


 マイクを握り、周囲を見渡した。


「北海道政府対策本部より通達します」


 公園が静まり返る。


「本日より、守護水晶の防衛体制を開始します」


 背後の大型モニターに資料が映し出された。


「戦闘向きのBOOK所有者は十人一組で警備を担当していただきます」


「三時間ごとの交代制です」


「警備終了後は自由時間となります」


 モニターが切り替わる。


 休憩施設。


 宿泊施設。


 医療施設。


 保護施設。


 次々と案内が表示されていく。


「現在、BOOK所有者とそのご家族が安全に生活できる環境を整えています」


 昨日から一睡もせず準備したのだろう。


 その慌ただしさが伝わってきた。



 すると職員が、小さな箱を配り始めた。


「こちらもお受け取りください」


 陽翔は箱を受け取る。


 中には手のひらほどの、小さなBOOKが入っていた。


「これって……ニュースでやってた」


 職員が頷く。


「通信用小型BOOKです」


「BOOK所有者と、そのご家族へ優先配布しています」


 香恋が興味深そうに手に取った。


「スマホみたいなもの?」


「その認識で問題ありません」


「小型BOOK同士で通話ができます」


「通信障害の影響も受けません」


「へぇ……」


 健太も感心したように見つめる。


「本で電話する時代か」


 陽翔は小さく笑った。


 昨日まで想像もしなかった世界だった。


「緊急時には、このBOOKを通じて一斉連絡を行います」


「他県BOOK所有者の侵入を確認した場合も同様です」


「異常発生時は、直ちに招集します」


 さらに職員は続ける。


「支援系、回復系、生産系BOOK所有者は、保護施設の運営へご協力ください」


「北海道全体で生き残るため、皆様の力を貸してください」


 不安そうだった人々の表情が、少しだけ変わる。


 まだ希望はある。


 そんな空気が、わずかに広がっていた。



 陽翔たちは第一警備班へ配属された。


 午前八時から十一時まで。


 守護水晶周辺の警備を担当する。


 陽翔。


 健太。


 香恋。


 そして七人のBOOK所有者。


 十人が一定の距離を保ちながら配置につく。


「暇だな」


 健太が苦笑する。


「そうだね」


 香恋も辺りを見回した。


 九時。


 異常なし。


 十時。


 異常なし。


 空は青く。


 街は静かだった。


 それでも誰一人、気を抜く者はいない。


 敵が来るなら。


 突然だ。



 午前十一時。


 交代の合図が鳴る。


「第一警備班、任務終了です」


 ようやく緊張が解ける。


 健太が大きく息を吐いた。


「何もなかったな」


「平和すぎて逆に怖い」


 香恋も小さく頷く。


「静かすぎるよね」


 陽翔は守護水晶を見上げた。


 戦争は始まった。


 それなのに。


 まるで嵐の前の静けさだった。


 嫌な予感だけが。


 胸の奥に残り続けていた。



 警備を終えた陽翔たちは、政府が用意した保護施設へ向かった。


 札幌市内の大型ホテル。


 一棟まるごと、BOOK所有者とその家族のために開放されている。


 入口にはBOOK所有者が警備に立ち、館内にも複数の能力者が待機していた。


「ここまでやるんだ……」


 香恋が辺りを見回す。


 館内には食堂、医務室、仮眠室、保育スペース。


 さらに、物資を管理する倉庫まで用意されていた。


 一般の調理師や看護師に加え、生産系や支援系BOOK所有者も慌ただしく動き回っている。


「すげぇな……」


 健太が思わず声を漏らした。


 陽翔も静かに周囲を見渡す。


 結衣と美月を預けるなら。


 少なくとも今は。


 ここ以上に安全な場所はない。


 そんな安心感が少しだけ胸に広がった。



 その時だった。


 館内のテレビが一斉に切り替わる。


 ロビーの大型モニター。


 廊下のテレビ。


 食堂の画面。


 すべてが同じ映像を映し出した。


 神。


 昨日と同じ笑顔。


 いや。


 昨日以上に楽しそうだった。


 館内の空気が凍りつく。


『皆様』


『ゲームを楽しんでいますか?』


 誰も答えない。


 神は気にも留めず笑みを深めた。


『それでは』


『経過報告です』


 嫌な予感がした。


 胸騒ぎが止まらない。


 そして。


 神は楽しそうに告げる。


『最初の脱落県が決定しました』


『埼玉県です』


 館内が静まり返る。


 誰も言葉を発しない。


『埼玉県の守護水晶を破壊したのは』


『群馬県です』


『群馬県へ一点加算します』



 映像が切り替わる。


 埼玉県。


 住宅街。


 駅前。


 商店街。


 道路。


 何も変わっていない。


 建物も。


 車も。


 信号も。


 昨日までと同じ景色。


 だが。


 人だけがいなかった。


 一人も。


 誰一人として。


「……全員、死んだのか」


 健太が震える声で呟く。


 誰も答えられない。


 映像だけが静かに流れ続ける。



 さらに画面がゆっくり拡大した。


 砕け散った守護水晶。


 その中心に。


 一本の矢が突き刺さっている。


「……矢?」


 誰かが呟く。


 館内がざわついた。


「どういうことだ……」


 陽翔も画面を見つめる。


 その時。


 クロが静かに口を開いた。


『街を見ろ』


「え?」


『戦闘の跡がない』


 陽翔は改めて映像を見る。


 道路も。


 建物も。


 そのままだ。


 壊れているのは。


 守護水晶だけ。


『……正面から攻めた形跡がない』


 クロが低く呟く。


『守護水晶だけを狙い撃ったのか』


 陽翔は思わず息を呑む。


「そんなこと……できるのか」


『出来たから埼玉は落ちた』


 クロは短く言った。


『その事実だけ覚えておけ』


『化け物だ』



 神は満足そうに笑う。


『それでは』


『引き続きゲームをお楽しみください』


 映像が消えた。


 館内は静まり返る。


 誰一人として動けなかった。


 クロが静かに告げる。


『頭に入れておけ』


『この戦争は力比べじゃない』


『能力一つで』


『県が滅ぶ』


 陽翔は窓の外を見る。


 遠くに見える。


 北海道の守護水晶。


 あれが砕かれた瞬間。


 結衣も。


 美月も。


 自分も。


 全員が死ぬ。


 その現実だけが。


 胸に重くのしかかっていた。

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