第八話 集結
外へ出る直前。
玄関で靴を履く陽翔を、結衣が静かに見つめていた。
「……ほんとに行くの?」
陽翔は手を止める。
「うん」
「行ってくる」
結衣は小さく息を吐いた。
「無理はしないでね」
「わかった」
短い言葉。
それだけで十分だった。
⸻
『おい』
クロが静かに声をかける。
「ん?」
『SランクBOOKのことは隠せ』
「なんで?」
『Sランクは、一人で戦況を変える力だ』
『知られれば必ず狙われる』
陽翔は黙って聞く。
『狙われるのは、お前だけじゃない』
『嫁も』
『娘もだ』
『家族を人質に取られれば、お前は従うしかなくなる』
『そうなれば、お前は誰かのための兵器になる』
『だから隠せ』
『模倣だとは誰にも話すな』
陽翔はゆっくり頷いた。
「……分かった」
結衣は二人を見つめる。
「気を付けてね」
「うん」
陽翔は軽く手を振り、家を後にした。
⸻
地下鉄で大通へ向かう。
不思議なことに。
地下鉄はいつも通り運行していた。
だが。
車内に会話はない。
スマホを見つめる人。
俯く人。
窓の外を眺め続ける人。
誰もが。
今日から始まる現実を受け止めきれていなかった。
⸻
大通駅。
地上へ出た瞬間。
昨日までとは違う空気が肌を刺した。
重い。
静かすぎる。
大通公園地下入口には。
すでに大勢の人が集まっていた。
BOOK所有者。
警察。
自衛隊。
政府職員。
そして、不安そうに様子を見守る一般人。
昨日までバラバラだった人々が。
一つの場所へ集まっている。
「……思ったより多いな」
『少ない方だ』
クロが淡々と言う。
『全国で見れば誤差にもならん』
⸻
陽翔は地下広場へ降りた。
壁一面には巨大なスクリーン。
映し出されているのは北海道全域の地図だった。
その中央。
大通公園だけが赤く光っている。
守護水晶。
北海道の命運を握る結晶。
⸻
『北海道政府対策本部より説明を行います』
放送が響く。
会場が静まり返った。
一人の男が前へ出る。
四十代前半。
黒いスーツ姿。
派手さはない。
それでも。
立っただけで空気が変わる。
「私の名は錬磨」
「北海道政府防衛隊長だ」
誰一人として私語を発しない。
錬磨は北海道の地図へ視線を向けた。
「北海道は当面、防衛に専念する」
会場がざわめく。
「BOOK所有者は部隊を編成する」
「戦闘向きの能力は前線」
「索敵、回復などの支援能力は後方支援」
そして。
「北海道は現時点で他県への侵攻は行わない」
「守護水晶の防衛を最優先とする」
スクリーンが切り替わる。
海。
青函トンネル。
港。
空港。
侵入経路が一つずつ表示される。
「北海道は防衛に適した土地だ」
「だからこそ」
「我々は守り切る」
静かな声だった。
だが。
その言葉には確かな覚悟があった。
「これより防衛配置を決定する」
「能力は自己申告で構わない」
「大まかな能力だけ教えてほしい」
⸻
炎。
水。
強化。
治癒。
次々と能力が申告されていく。
陽翔の番が来る。
「能力は?」
一瞬だけ。
クロの言葉が頭をよぎる。
――模倣だとは誰にも話すな。
「加速系です」
嘘をついた。
係員は頷き、次の人を呼ぶ。
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「陽翔!」
聞き覚えのある声だった。
振り返る。
そこには。
健太が立っていた。
「健太!」
思わず笑みがこぼれる。
健太も駆け寄ってきた。
「良かった!」
「無事だったか!」
「健太こそ」
二人は自然に拳を合わせる。
昨日から携帯は繋がらない。
連絡も取れなかった。
生きて再会できた。
それだけで十分だった。
「ここにいるってことは、BOOKを手に入れたんだな!」
「ああ」
「何の能力だ?」
一瞬だけ迷う。
「加速系だよ」
「おぉ!」
健太は目を輝かせた。
「いいじゃねぇか!」
「健太は?」
健太は得意げに胸を張る。
「オレはな――」
「BランクBOOK《SWORDSMAN》」
陽翔は笑う。
「健太らしいな」
「だろ?」
健太は嬉しそうに笑った。
「これからもっと強くなる」
「絶対にな!」
昔と変わらない笑顔だった。
その時。
「見つけた!」
明るい声が会場に響いた。
陽翔と健太は同時に振り返る。
一人の少女が駆け寄ってくる。
フードを深く被った少女。
昨日。
札幌駅で見かけた少女だった。
「昨日いたよね?」
「あ……」
「やっぱり!」
少女は嬉しそうに笑う。
「私は香恋!」
「君、名前なんて言うの?」
初対面とは思えないほど距離が近い。
人懐っこい笑顔だった。
「陽翔」
「陽翔君ね!」
香恋は満足そうに頷く。
今度は健太を見る。
「こっちは?」
「健太」
「健太君!」
健太は少しだけ目を丸くした。
「よろしくな!」
香恋も笑顔で頷く。
「よろしく!」
初対面とは思えないほど自然だった。
⸻
香恋は二人を見比べる。
「ねぇ」
「私も一緒に行動していい?」
健太は迷わず答えた。
「もちろん!」
「一緒に行こうぜ!」
そして陽翔を見る。
「陽翔もいいだろ?」
陽翔は少し考えた。
「いいけど」
「なんでオレたちなんだ?」
香恋はあっさり答えた。
「昨日見てたから」
「陽翔君、一般の人を助けてたでしょ?」
陽翔は昨日の駅前を思い出す。
「あとはね」
香恋は照れくさそうに笑う。
「一人は不安だったから」
「それに」
「陽翔君、優しそうだったし」
断る理由はなかった。
「よろしく」
「うん!」
香恋は満面の笑みを浮かべる。
無邪気で。
人懐っこい。
それなのに。
どこか掴みどころのない少女だった。
⸻
少し離れた場所。
二人の男女が人混みを歩いていた。
周囲から見れば。
ごく普通のBOOK所有者。
誰も気に留めない。
女が人混みへ視線を向ける。
その瞳が淡く光った。
BランクBOOK《APPRAISAL》
能力──鑑定。
視界に映る能力者の力量を色で判別するBOOKだった。
青。
黄色。
青。
黄色。
見えるのは。
ほとんどがその二色。
女――メルは小さくため息をつく。
「全然ダメね」
隣を歩く男。
るうが振り向く。
「一人もいないか?」
「黄色ばっかり」
「青もそこそこいるけど」
「期待外れ」
るうは舌打ちした。
「ちっ」
「北海道中から集まるって聞いたから期待したんだけどな」
「こんなもんか」
北海道最大規模の招集。
もっと面白い能力者が集まると思っていた。
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その時だった。
メルの足が止まる。
「……ん?」
るうも立ち止まる。
「どうした」
メルは目を細めた。
人混みの向こう。
三人の姿が見える。
陽翔。
健太。
香恋。
メルは小さく笑った。
「あの三人」
「全員、赤よ」
るうの表情が変わる。
「本当か?」
「ええ」
「見間違いじゃない」
るうは腕を組み。
三人をじっと見つめる。
「あいつか……」
「昨日の能力者」
メルが首を傾げる。
「加速能力者だったっけ?」
「そう見えたが……」
るうは数秒考えたあと。
小さく笑う。
「しばらくマークだな」
「特に真ん中」
「昨日から妙に目立ってる」
メルも口元を緩めた。
「久しぶりに面白そう」
二人は何事もなかったように歩き出す。
⸻
もちろん。
陽翔たちは気付かない。
自分たちが。
北海道最大級の組織に。
目を付けられたことを。




