第七話 開戦前
8月2日 AM7:00
綾瀬家。
リビングでは、陽翔がソファに座っていた。
手にはコーヒー。
時計は午前七時を指している。
キッチンでは、結衣が朝食を作っていた。
ベーコンの焼ける音。
味噌汁の香り。
昨日。
世界が変わったとは思えないほど。
いつも通りの朝だった。
⸻
その時。
窓の外が白く光った。
「……?」
陽翔が立ち上がる。
「なに?」
結衣もキッチンから顔を出した。
同時に。
テレビの画面が切り替わる。
スマートフォン。
タブレット。
パソコン。
街中の大型ビジョン。
北海道中の画面が。
一斉に同じ映像を映し出した。
昨日現れた神。
その顔には。
昨日以上に楽しそうな笑みが浮かんでいた。
『おはようございます』
まるで。
普通の朝の挨拶だった。
『それでは』
『ルール説明の時間です』
陽翔の表情が変わる。
クロも静かに画面を見つめていた。
『各都道府県に守護水晶を設置しました』
画面に映し出される。
巨大な水晶。
全部で四十七個。
『この守護水晶を』
『他都道府県の者が破壊してください』
一つの水晶が映る。
次の瞬間。
砕け散った。
同時に。
日本地図から一つの県が消える。
『守護水晶を破壊された都道府県は』
『その県に住む人間全員が死亡します』
部屋が静まり返る。
結衣の手が止まった。
陽翔も言葉を失う。
神だけが。
楽しそうに笑っていた。
『そして』
『五つの都道府県の守護水晶を破壊した都道府県は』
『その時点で生存が確定します』
陽翔は画面を見つめる。
つまり。
生き残るためには。
他の県を滅ぼすしかない。
『最終的に生き残れる都道府県は五つ』
『そして』
神が笑う。
『生き残った都道府県には』
『代表者一名へ』
『どんな願いでも一つだけ叶える権利を与えます』
陽翔は無意識にスマートフォンを握った。
画面には。
家族三人の写真。
結衣。
美月。
願いなんていらない。
金も。
名誉も。
力も。
そんなものはいらない。
ただ。
家族と笑って暮らせれば、それでいい。
『ゲーム開始まで』
『残り一時間』
神は最後に。
楽しそうに告げた。
『どうぞ、お楽しみください』
映像が消える。
⸻
静寂。
「……あと一時間」
結衣が呟く。
陽翔はようやく理解した。
昨日与えられた二十四時間。
あれは。
戦いが始まるまでの準備期間だった。
『ここからが本番だ』
クロが静かに言う。
⸻
その時。
テレビが再び切り替わった。
【北海道政府 緊急会見】
画面には北海道知事が映っている。
『先ほど発表された神によるルールを確認しました』
『北海道政府は現在、守護水晶が札幌市中央区・大通公園に存在することを確認しています』
陽翔は画面を見つめる。
『BOOK所有者の皆様へお願いします』
『札幌市内の指定施設へ、至急お集まりください』
『守護水晶の防衛にご協力をお願いいたします』
さらに。
『BOOK所有者および、そのご家族には』
『住居、食料、医療を優先的に提供します』
『ゲーム開始まで』
『残り50分です』
『北海道の未来は、皆様に託されています』
会見が終わった。
「一気に変わったね……」
結衣が呟く。
『当然だ』
クロが答える。
『BOOK所有者には価値がある』
『BOOK所有者に対抗できるのもBOOK所有者だけだ』
『政府も、それを理解したんだろう』
⸻
「パパぁ……」
眠そうな声。
二人が振り返る。
そこには。
目を擦りながら歩いてくる美月がいた。
まだ。
何も知らない。
ただ。
パパとママを探しているだけだった。
結衣が美月を抱き上げる。
「おはよう」
「おはよぉ……」
美月の頭を撫でながら。
陽翔は静かに思った。
守る。
何があっても。
絶対に。
⸻
それから。
三人は朝食を食べながら、これからのことを話した。
気づけば。
時計の針は七時半を指していた。
テレビでは。
繰り返し神のルールが流れている。
それでも。
今だけは。
家族の時間だった。
「陽翔はどうしたい?」
結衣が聞く。
「正直、分からない」
陽翔は美月を見る。
「でも」
「二人だけは守りたい」
結衣も頷く。
「私も」
「二人を守りたい。」
『おい』
クロが口を開いた。
『お前は行け』
「なんでオレだけ?」
『忘れたか』
『お前の能力は模倣だ』
『BOOK所有者が集まる場所へ行け』
『能力を見なければ模倣できん』
陽翔は黙る。
『使える能力は、多いほどいい』
『守りたいなら、なおさらだ』
陽翔はしばらく考え。
静かに頷いた。
「……分かった」
クロは結衣を見る。
『嫁は今日は家にいろ』
「なんでよ」
『お前の能力は回復だ』
『回復系BOOKは利用価値が高い』
『その中でも、お前の能力は上位クラスだ』
『狙われる可能性が高い』
結衣は黙る。
『今のお前は』
『まだ自分を守れん』
『だから今日は動くな』
「……確かにそうだけど。」
結衣は美月を見る。
「美月を一人にはできない」
陽翔は少し安心したように頷いた。
「ごめん」
「ありがとう」
結衣が笑う。
「任せて」
ゲーム開始まで。
残り三十分。
静かな朝食の時間は。
もうすぐ終わろうとしていた。
⸻
札幌市内。
高層ビルの屋上。
五人の男女が街を見下ろしていた。
遠くには。
守護水晶がある大通公園。
そして。
その周囲を走る人々の姿が見える。
「始まるな」
ガイが呟く。
仲間たちも静かに頷いた。
ガイは街から視線を外さない。
「オレの意思に賛同できるやつを探してきてくれ」
短髪の女が頷く。
「分かったわ」
隣の男も立ち上がる。
「オレも行く」
「じゃあ、二人に任せる」
ガイは二人を見る。
「分かってるとは思うが」
「回復系BOOKの所有者を見つけたら、必ず報告してくれ」
「上位クラスだ」
女の表情が変わる。
「……回復系ね」
「ああ」
「もちろん」
二人が屋上を離れていく。
残った三人。
ガイは再び街を見下ろした。
これから。
この街は戦場になる。
⸻
一方。
別のビル。
その屋上。
一人の少女が立っていた。
フードを深く被っている。
表情は見えない。
少女は空を見上げる。
ゲーム開始まで。
残り三十分。
やがて。
視線を札幌駅の方へ向ける。
昨日。
戦闘があった場所。
そこに。
誰かを待つような視線を向ける。
「……君なら来るよね」
返事はない。
少女は小さく笑った。
「楽しみにしてる」
風が吹く。
フードが少しだけ揺れる。
それでも。
少女はその場を動かなかった。
まるで。
誰かが来ることを。
最初から知っているかのように。
⸻
そして。
北海道中で。
BOOK所有者たちが動き始める。
守る者。
奪う者。
逃げる者。
戦う者。
それぞれが。
自分の生き残る道を探していた。
⸻
午前七時三十分。
ゲーム開始まで。
残り三十分。
そして。
北海道の戦いが。
始まろうとしていた。




