油屋の危機を救え
「いいこと思いついたって、ありゃ他の店の店主だぞ」
「うちの天ぷらが人気になっちまったからね。殆どの客はうちが取っちまったから、他に客が流れていかないんだよ」
やはりそうか、思った通りだ。
「だったらあの人たちは手が空いているってことですよね。いますぐ雇いましょう」
「や、雇うだって!? アンタ本気で言ってんのか!?」
「ええ、そうでもしないと、この状況は乗り切れません」
油屋の店主は腕を組み、難しい顔で唸る。急な話だけに判断がつかないのだろう。
「分かった! アタシが話を付けてくるよ!」
「お、おい。まだ俺が考えてんだ……」
「うっさいよ! アンタはさっさと天ぷら揚げてな!」
油屋の女将はそう言って店主の頭を引っ叩いた。やはり、どこに行っても女房は強いものだな。
女将は外へかけていくと、店を伺っていた他店の店主たちに声をかけて回っている。
さて、その間に俺とヨウコは新たな火口で天ぷらの準備をしつつ、たまった食器を洗っていく。
やがて、女将が話を付けてきたのか、4人の店主たちが厨房に現れた。
「皆さん、ありがとうございます! それじゃあ、早速分担を決めますね」
俺は集まってくれた店主たちにそれぞれ指示を出し、分担を決めていく。
そうこうしている間にも注文は次々と飛び込み、店内は相変わらず戦場のような忙しさだった。
「おい、油屋。この兄ちゃん何もんだ!? なんで、こんな偉そうに俺らのことをこき使ってんだ?」
「たしかに、うちは油屋が繁盛しているおかげで閑古鳥が鳴いているがよ・・・」
「そうだぜ。うちだってこのままじゃ、せっかく作ったおにぎりが余っちまう」
「まあ、うちは食い物扱ってねえけどさ」
そう言って愚痴をこぼす店主たち。いくら雇われたとはいえ、自分たちの店よりも繁盛している店を手伝うのだ。あまり気乗りはしないだろう
「あの店主さん、この方たちはどんな店をしているんですか?」
「ああ、こいつらは右隣の店の肉屋と左隣の瀬戸物屋と向かいの2軒の米屋と最近出来たパン屋だ」
なるほど、肉屋は隣で串焼きを売っていたし、近くでおにぎりを販売しているって呼び込みをしていた店もあったな。
パン屋は……呼び込みをしていなかったような気がしたが。
「うちは、まあ、まだパンが未完成というか。ちょっと失敗しちまったっていうか……」
ああ、そういうことか。さすがに料理本がこちらに届いてから酵母作りをしてパン作りじゃ、時間が足りないはずだ。
今日のために何とか作ってはみたものの時間が全然足りなかったみたいだな。
それにしても。パン屋に米屋に肉屋、さらに瀬戸物屋か。この4軒をうまく取り込んで協力させ、さらに全員の利になる方法があればいいんだけど。
そんな都合のいい話があるはずないと思いながら考えていると、不意に一つの案が頭に浮かんだ。
「……あったわ。そんな都合がいい案が」
「どうしたのですか?」
俺の独り言にヨウコが心配そうに声をかけてくる。
俺は4人の店主、さらに油屋の店主を呼ぶとある提案を持ちかけた。
「皆さん、実は提案があります。今日この店を手伝ってくれたら、明日の昼、絶対に売れる料理をお教えします。どうですか、この提案乗りますか?」
「絶対に売れる料理って……お前さん、いったい何者なんだ?」
「実はよ、米屋。この兄さんはな、この料理本を流行らせた張本人さ」
油屋の店主の言葉に、米屋の店主は目を丸くした。
「つまり、あの料理本に書いてあったおにぎりを流行らせたのも」
「そう、うちで今作っている天ぷらを考えたのも、この兄さんってわけだ」
その一言で、米屋の目つきが変わった。
さっきまで半信半疑だった表情は消え、商売人特有の鋭い眼差しになる。
「つまり、こんなうまい話乗らない手はねえってことだな。よっしゃ、俺はこの話乗るぜ!」
「待て待て。そこの兄さんの話じゃ、その教える料理ってのはここにいる全員に教えるってことだよな。それじゃあ、客の取り合いになっちまうんじゃねえか」
「まあ、取り合いというか、協力関係っていう方が正しいですね」
「協力関係? どういうことだ?」
俺のその答えに肉屋は不審そうな顔で俺を見ている。
「俺が教える料理は、ここにいる五つの店がそろわないと成り立ちません。米屋、パン屋、肉屋、油屋、そして瀬戸物屋。その全員が必要なんです」
一度言葉を切り、全員の顔を見回す。
「そして、その料理は明日の相撲大会二日目にうってつけの料理でもあります」
「相撲大会にうってつけの料理だと!?」
明日の相撲大会2日目。
大会の盛り上がりは今日以上になるだろう。しかも開始は午後からだ。つまり、客は昼食を済ませてから会場へ向かう。
いや――その昼食こそが狙い目だ。
俺の考えが当たれば、その料理を求めて大勢の客が押し寄せてくるはずだ。
「ちっ、なんだか眉唾物だが仕方がねえ! 俺もその話乗ってやろうじゃねえか!」
「こ、ここにいる全員の協力が必要ってんなら、俺も乗らないわけにはいかねえな!」
肉屋に続いてパン屋も協力の約束をしてくれた。
「俺は何ができるって言うんだい? 食い物は扱ってねえ。扱っているのは食器類くらいだ」
「ええ、この料理にはこの店にはない食器を使います。それを用意してもらいたいんです」
「料理に使う食器だって?」
俺は明日の昼に作る料理の食器の特徴を瀬戸物屋の店主に伝える。
「ああ、そういう形の食器なら扱っているぜ」
「それじゃあ……!」
「仕方がねえ。俺も一肌脱いでやるとするか!」
ついに全員の協力を得ることができた。明日作る料理は必ず成功させなければならないな。
そのためにも、とりあえず、今の現状を何とかしないといけない。
「エイタ、妾はご飯が食いたいのう! ないのか、ご飯は!?」
勘弁してくれオウカ。今こっちは死に物狂いでこの現状を何とかしようとしているんだ。
「ご飯か!? ご飯ならうちにいっぱい余っているぜ!」
そういえば米屋はおにぎりを作っていたって言っていたな。
まてよ、それなら炊いた米がたくさんあるってことだよな。
「米屋さん。炊いた米は大量にあるんですよね?」
「ああ、あるけど。どのみち売れねえから明日使うか捨てるかしかねえな」
捨てるのは論外だ。勿体なさすぎるし、かといって明日使うのも気が引ける。
だったら今日使いきってしまえば問題ないよな。
しかし、それが実現可能か確認する必要がある。
「米屋さんはご飯を持ってきてください。ヨウコはそこにある鍋で天つゆをたくさん作ってくれ。肉屋さんは食材の下処理を。パン屋さんは接客で、油屋さん夫婦は俺と共に天ぷらを揚げていきます」
「おう、ご飯持って来るついでにうちの若いのに声かけて皿洗い何人か連れてくるぜ」
「それは助かります! 瀬戸物屋さん」
「おう、なんだ?」
「明日使う予定の器、今すぐ用意できますか?」
俺の問いに目を丸くして驚いている。しかし、口元を吊り上げ、にやりと笑うと。
「なめんなよ。5分で準備してやらあ!」
そう言って瀬戸物屋は自分の店へ走って行った。
「エイタさん。天つゆの準備が出来たのですが。まさか新しい料理を作るのですか?」
「ああ、そのまさかだ。だが安心しろ。作るのは簡単だし、揚げ物の負担が減るんだ」
「で、でもさ。もう客から天ぷらの注文が来ちまっているんだよ?」
しばらくすると、瀬戸物屋が何人かを引き連れて器を抱えてくる。
そして、米屋からも容器に入ったご飯を抱えて油屋にやってくる。
「安心してください。俺がお客さんの注文、全部そっくり変えて見せますから」
俺は厨房から客席に出ると大声を張り上げた。
「ご来店の皆様、注目! ただいまより、ここの天ぷらを使った新しい料理が始まります! 数量限定で今だけですよ! ご注文希望の方は!?」
俺が声を上げると先ほどまで料理を待っていた客がキョトンとしている。
その俺の声に応えるようにオウカが俺に食いついてくる。
「なんじゃと新しい料理じゃと!? なんじゃ!? どんな料理じゃ!?」
「天ぷらとご飯を使った料理。その名も天丼だ! 数量限定、早い者勝ちだ!」
「妾は食うぞ! 天ぷらもいいがそっちが食いたいのじゃ!」
うん、やはりオウカが食いついてきた。
さっきご飯が食べたいって言っていたし、ちょうどいい。
そして、このオウカの注文が他の客を後押しするはず。
「ほう、オウカがそこまで期待するのであれば我も食ってみたいのう。よし、我らの分も作るのだ!」
「うむ、天丼なるもの、非常に興味がありますな」
ハクオウさんやスクナヒコさんまで食いついた。
こうなると、あとは雪崩式だ。
「あのハクオウが興味を引く料理だって?」
「俺も食ってみたいな」
「すみません、こっち天ぷらから天丼に変更で!」
この店にいるお客さんの注文をすべて天丼に変えてきた俺はホクホク顔で厨房に戻ってきた。
その光景を見て店主と女将さんは唖然としている。
「まさか、本当に変えてくるとはねえ……」
「で、でも、エイタさん。これって注文を変えただけで何が変わったのですか?」
そう、ヨウコの言う通り、これでは注文を変更してきただけ。傍から見たらただそれだけだ。
しかし、先ほどまで料理を待たせていたピリピリしていた客席の雰囲気が和らいでいる。
「さっきまで、料理を待たせていた雰囲気が嘘のように無くなっているよ」
「ええ、でも一時しのぎです。ここから巻き返しましょう」
俺は瀬戸物屋さんが持ってきた器を受け取り、それにご飯を盛った。
「天丼の作り方は簡単です。揚げた天ぷらを平鍋に入れてそこに天つゆを入れ、ある程度煮立たせます。あとは溶いた卵を落として半熟になったらご飯を盛った器に盛るだけです」
「こ、これは、親子丼と作り方が同じなのです」
よく気が付いたなヨウコ。まさにその通りだ
「本当に簡単に出来ちまった。たしかに親子丼は料理本にも書いてあったな」
「でも、これでなんで揚げ物の負担が減るんだい? むしろ負担が増えているんじゃないのかい?」
「いえ、実はそうでもないんですよ。天ぷらだけでお腹いっぱいにするとなると、結構な量揚げないといけないんですよ」
「確かに天ぷらの盛り合わせ2、3回頼む客もいるからねぇ」
後は、この店と他の店の食べ方の形態が違うことにも問題がある。
他の店は持ち帰り形式なのに対し、この店は店内で食べる形式になっている。
店内で食べる形式だと席に座ることが多いため、その店だけでお腹いっぱいにしようと考えてしまう。結果、他の店に行かないということになってしまう。なので、天ぷら屋だけ繁盛してパン屋や米屋、肉屋に客が寄り付かなくなってしまったというわけだ。
それに、あまり天ぷらだけでお腹いっぱいにするのはよくない。
かの有名な将軍も天ぷらの食べ過ぎで死んだという説もあるほどだ。
ご飯と一緒に食べることで、天ぷらの食べる量を減らしつつ、満足感を得ることができるというわけだ。
「あとは、米屋さんの炊いたご飯が勿体ないからですかね」
「あんたはホント救世主だぜ。売れ残ったらどうしようかと思っていたんだ」
こうして、米屋の炊いたご飯を無駄にすることなく、かつ、油屋の店主の天ぷらを揚げる作業量を減らすことに成功した。
さらに、食べ終わって出ていく客に宣伝もしていくのも忘れない。
「実は明日の昼にこれとは違った新作の料理が出るんですよ。よろしかったら食べに来てください」
「え、そうなの!? 天丼ももちろん美味しかったけど、その新作料理も気になるわね!」
「そんなこと言われたら食べに来るしかないじゃないか! まったく商売上手だな、ははは!」
お客さんたちはみんな満足そうに帰っていった。
そして、閉店時間になっていないにもかかわらず、店を閉めることとなった。
――なぜなら。
「すまん! もう天ぷらの材料が無くなっちまった!」
「うちも炊いておいたご飯がほとんどなくなっちまった」
この大騒動は材料切れという形で幕を閉じた。




