嵐の跡の休息時間
材料が無くなってしまい急遽店を閉めることになってしまったが、かなりの売り上げを出せたので店主と女将はホクホク顔だ。
さらに、本日手伝ってくれた他店の店主たちにもわずかながら色を付けて報酬を渡している。
「予定していたよりも売り上げが多いからね。色を付けておいたよ」
恐らく、途中から天丼に切り替えたことで利益率が上がったからだろう。
もちろん、俺とヨウコもいただいている。
そして、店主は報酬を渡すと同時に頭を下げてきた。
「今日は本当にすまねえ。アンタがいなかったら本当に何もできないままだったぜ!」
「いえ、俺が手伝ったのはほんの少しですよ。あとは、他の店の店主さんたちのおかげです」
「ははは、それもそうだな。お前らも、今日は本当に助かった!」
油屋の店主は改めて今日手伝ってくれた店主たちに頭を下げた。
「まあ、昔からの腐れ縁だしな」
「争うこともあるけどよ、なんだかんだで助けちまうんだよな」
なるほど、これもこの店の店主の人望なのかもしれないな。
「それよりもだ。今日兄さんが言っていた新作料理っていうのはいったい何なんだ?」
「そうそう、俺も気になってよ。名前だけでも教えてくれよ。なんならひとっ走り広報に行って宣伝してもらうからよ」
そうだな。ある程度どんな料理か教えておかないと、当日スムーズに作れないからな。
もちろん、これだけ大々的に発表してしまったからには、失敗するわけにはいかないしな。
「料理の名前はカツ丼です。この料理は名前にカツってついていることから、勝負ごとに『勝つ』としてゲン担ぎに食べることがあります」
「ほう、そいつはなかなか粋な名前をした料理じゃのう」
俺の説明にハクオウさんが興味を示したようだ。
「よし、我らの明日の昼食はそのカツ丼とやらをいただこう。もちろん貴様ら3人も我と同じものを食うのだぞ!」
そう言ってハクオウさんは店の中にいたスクナヒコさん、カワマタさん、アカシさんを見る。
「我ら4人が明日の相撲の花形よ。同じ飯を食らい、共に全力でぶつかり合おうではないか!」
「現横綱にそう言われちゃあ。やるしかねえよな!」
「ああ、俺たちの分のカツ丼も頼むぞ。エイタよ」
カワマタさんとアカシさんも明日はこの店で食べてくれるようだ。これは張り切って作らないといけないな。
一方、スクナヒコさんはハクオウさんの言葉に戸惑いを見せている。
「は、ハクオウ様、わ、私はいかようにすれば……」
「……スクナヒコよ。貴様、明日我とぶつかった時のことで悩んでおるな?」
その言葉にスクナヒコさんは言葉を詰まらせる。主と従者、本来スクナヒコさんはハクオウさんの補佐としてついているはずである。
だが、今回は自らの意思で参加を表明した。
そして、当然勝ち進めばこのような結果になるということは分かっていたはずである。
「スクナヒコよ。その時は全力で掛かってくるがよい! たとえそれで我が負けようとも恨みはせぬ!」
ハクオウはスクナヒコににやりと笑みを浮かべると話を続ける。
「ただし、我も手加減なしで戦わせてもらうぞ。思い人の前でみじめな姿を晒したくなければ、手を抜くではない!」
ハクオウさんのその言葉にスクナヒコさんは隣にいるミクモさんに向き直る。
「むしろ、ハクオウさんなんてぶん投げちゃって。スクナヒコさん」
「うむ! 明日は我が漢気をイトさんにお見せします!」
スクナヒコさんの迷いも無くなったようだ。
おっと、そういえば明日の時間を聞いていなかったな。
午後からだけとしか聞いてないから、何時から始まるか正確な時間が知りたい。
「そういえば、明日の準決勝と決勝って何時から始まるんだ?」
「明日は午後の3時から準決勝2試合が開始されるのじゃ。1時間の休憩後、3位を決める戦い。最後に決勝という流れじゃな」
なるほど、そうなるとこの店はせいぜい2時くらいまでしか営業はできなさそうだな。俺ももちろんだがこの店の店主たちも見に行くだろうし、その時間に客が来るとも思えないしな。
とりあえず、閉店になる店にいつまでも居座っているわけにはいかないしな。
「うむ、それでは妾たちは先に父殿の屋敷に戻っておるぞ」
「ああ、こっちはある程度片付けてから戻るよ」
オウカ達やカワマタさん、アカシさん一家も解散となった。
俺は油屋を手伝ったこともあるし乗り掛かった舟だ。最後まで付き合うとするか。
「私も最後まで手伝うのです!」
どうやらヨウコも最後まで残ってくれるようだ。
――というのも。
ぐぅううう。
「……あ」
「そういえば忙しすぎて何も食っていなかったからな」
しかも、それは俺とヨウコだけじゃない。
「俺も忘れてたけど、食ってねえや」
「ははは、俺もだ。今更だけど腹減ってたのを忘れてたぜ」
他店の店主だけじゃない、最終的にはその家族も手伝ってくれていた。
仕方がない。ここはレシピを教えると同時に賄いでも作るとしよう。
「よし、丁度いいし、明日作るカツ丼の作り方を教えると同時に夕飯にしましょう」
「な、なに!? 俺たちが先に食っていいのか!?」
「ええ、もちろん。作る側の特権ってやつですね」
俺はニヤリと笑ってみせると米屋さんに声をかける。
「米屋さん、ご飯ってまだ残っていますか?」
「あるにはあるが、この人数分は足りねえな。新しく炊くか?」
「ええ、お願いします!」
俺は油の入った鍋を火にかけながら指示を飛ばす。肉屋さんにはボアッカ肉、パン屋さんには失敗したパンと小麦粉。瀬戸物屋さんにはここにいる人数分の丼をそれぞれ用意してもらおう。
「パンはあるにはあるけど、全部失敗作だよ。レシピ通りにやったんだけどうまく膨らまなくってさ」
パン屋さんはそう言って竹籠に入ったパンを持ってくる。
やはり膨らまなかったのが原因か。恐らく酵母を作る時間が足りなかったせいだろう。安心しろ、そのパンは無駄にはしない。
「ええ、失敗したやつでも構いません。そいつが必要になるんです」
「俺の失敗したパンがか?」
パン屋の店主は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「おいおい、随分と焼いたもんだな」
「この日のために石窯まで設置したんだけど失敗続きでさ。捨てるのも忍びねえし、これ以外は冷凍庫に保管してあるんだよ」
冷凍庫。そうか、村にもあるってことは当然ここにもあるってことか。
なんということだ。冷凍庫があるなら、前日に大量に仕込むことができるじゃないか。
とりあえず、パン粉を作るため人海戦術。いや、妖海戦術でパンを細かく刻んでもらう。
「ボアッカ肉を持ってきたぜ。部位は肩の部分でいいんだな」
「ええ、これをこのくらいの厚さで切ってもらっていいですか?」
俺はボアッカの肩ロースを1.5㎝の厚さで切って見せた。
肉屋さんは頷くと、さすが肉屋というべきか、あっという間にカツ用の肉が出来上がっていく。
「それでは作り方を説明します。まず、これくらいの厚さに切ったボアッカの肉に小麦粉を付け、続いて溶き卵。最後に先ほど皆さんに刻んでもらったパン粉を付けたら揚げていきます」
「おお、そいつは料理本に書いてあったチキンカツってやつにそっくりだな」
そういえば西の国で作った料理の本も出回っているんだな。
「あれ? そういえばなんで肉屋さんはボアッカの串焼きを売っていたんですか? チキンカツやから揚げなんかを売れば人気が出たと思うのに」
「ああ、うちではボアッカの肉専門で扱ってっからな」
「え? もしかして、店によって扱う肉が違うんですか?」
「ああ、そうだぜ。肉屋でもボアッカ、ギャウル、ドド。それぞれ店ごとに扱うものが違うんだ」
そうだったのか、だから天ぷらの中にドドが無かったのか。
「料理本が出て新しい店を始めるやつが出るのは構わねえんだけどよ。似た店を作られて売り上げが減るのを恐れて、食材を売らねえ店もあってよ、なかなか思うようにいかねえんだよな」
まさか、料理本を出した弊害でそんなことが起こっているとは思わなかった。
料理を発展させたくてやったことが返って仇になってしまったのだろうか。
「なに、そんなしょげた顔してんだよ。俺もだけど、町のみんなも料理っていう文化が入ってきて活気が出てきてんだ。お前さんは間違ったことはしてねえよ!」
そう言ってくれるとなんだか引っ掛かっていたものが取れた気分だ。
この町の発展のためにも、教えられることはしっかり教えていかないとな。




