一足先の勝利飯
「そういえば、重要なことを忘れていました」
「ん? どうしたんだい兄さん?」
ボアッカツを揚げている俺はふとあることを思い出した。
明日の昼にこのカツ丼で勝負を仕掛ける油屋、肉屋、パン屋、米屋、瀬戸物屋の5人なのだが……。
「みなさんの名前、聞いていませんでした」
俺のその言葉に数人がずっこけそうになった
「おい、兄さん、俺たちの名前も聞かずにすげえ計画立てようとしてたのか」
「おいおい、無警戒すぎるだろ。ははは!」
確かに、名前も知らない相手によくこんな計画を吹っ掛けたもんだな、俺は。
「ええと、とりあえず俺からです。家名はハヤマ、名前はエイタです。一応、オウカの所で従者をしています」
「わ、私もオウカ様の従者で家名はタマモゼン、名前はヨウコです」
俺に続いてヨウコも自己紹介をしてくれる。
ってか、ヨウコの家名は初めて聞いたな。タマモゼンって言うのか。
……タマモゼン、玉藻前、玉藻の前。いや、ちょっと待て、俺でも現実世界で聞いたことがある妖怪の名前だぞ。もしかしてヨウコはどこかの凄い家系の血筋なのだろうか。
まあ、気にしても仕方がない。ヨウコはヨウコだ。
「俺の家名はアブラヤ、名前はスマシだ。かみさんの名前はスミコだぜ」
油屋さんはそう言って鼻をすすりながら自己紹介してくれた。
驚いた。まさか家名まで油屋とは思わなかった。
なるほど、この妖怪はアブラヤさんと呼ぼう
「俺は家名がアオタ、名前はゴンゾウだ」
そう言って肉屋の店主が笑顔を見せた。青い肌に頭には角を生やしている。鬼族なのだが、アカシさんのように大きくはなくスラッとしたやせ型体型の青鬼だ。
この店主はアオタさんだな。
「家名がシロイ、名前はキネゾウだ」
パン屋の店主は肌がやたらと白い妖怪だ。まるで白粉でもつけているような肌をしている。
なるほど、シロイさんだな。
「わしは家名がノヅチ、名前がデンサクってんだ」
そう言って少し出ているお腹をポンと叩くのは米屋さん。少し厚めの唇に、蛇のような肌が特徴的だ。
妖怪の野槌だろうか。彼はノヅチさんと呼ぼう。
「俺は家名がセト、名前はオオマサだ」
瀬戸物屋さんはまるで陶磁器のような肌をしており、動くたびにカチャカチャと音が鳴る。ぶつかって割れたりしないだろうか心配だ。彼はセトさんと呼ぼう。とても分かりやすい。
全員の自己紹介が終わったところで、カツがきつね色に揚がった。
俺はカツを油から上げ、容器に移して油を切っておく。
そのまま次のカツを油に投入。どんどんカツを揚げていく。
そして、必要な分のカツを揚げ終えたら、今度は小さい平鍋を準備する。
「ヨウコ、味付けは親子丼と同じでいい。そっちを頼めるか?」
「任せるのです!」
もうある程度のことは簡単に説明するだけでできるようになった。随分と成長したものだ。
俺は店主たちにカツ丼の作り方を説明しながら作っていく。
「まず、揚げたカツを程よい大きさに切って平鍋に入れます」
隣ではヨウコが俺と同じ手順で作っていく。
気づくと各店の店主の奥様方も平鍋を構えて並んでいる。
俺は苦笑しつつも続きの説明を始めた。
「そこに砂糖、醤油、酒を混ぜたもの、または料理本に書いてあった麺つゆでも構いません。これらを入れたら、水を少々入れた後、火にかけます」
「え、エイタさん、これではせっかくサクサクに揚げたカツがべちゃべちゃになってしまうのです」
ああ、その通りだ。まったくカツ丼を考えた人はなぜサクサクのカツにわざわざ水分を含ませて煮ようなんて考えたのか。でも、これが美味いんだから仕方がないよな。
「確かに不思議に思うよな。せっかくサクサクに揚げたカツをなんでわざわざ汁に浸けて柔らかくしてるなんてな」
しばらくすると、カツの衣が汁を吸いこみふやけてくる。そこに溶き卵を落として蓋をする。
「でも、考えてみろ。その衣が煮汁を吸い込んで、それを肉やご飯と一緒に食うのをさ」
俺がそう言うとその料理を想像したのか、周りからゴクリと音が聞こえる。
そう、これが料理の不思議なところだ。誰も試したことのない方法が新しい料理を生み出すのだ。
「卵を半熟くらいに火を通したら、完成だ」
蓋を開けると汁を吸い込んだカツを卵でとじたカツ煮の完成だ。これをご飯の上に乗せることによりカツ丼になるというわけだ。
「ご飯の準備は出来ているぜ!」
「分かりました。それではどんどん作っていきましょう」
「あ、そうだ! すまねえが一人分余計に作っておいてくれるか、あいつを呼んでくるからよ!」
そう言って、瀬戸物屋のセトさんが店を出てどこかへと走って行った。
いったい誰を連れてくるのだろうか……。
それにしても、さすがの家庭の食事を支える奥様たちだ。俺が作るの見せたらあっという間に作ってみせる。
ものの数分もしないうちに人数分のカツ丼が出来上がった。
「カツ丼は全員分行き渡りましたか?」
「カツ丼がねえ奴はいるか? いたら手を上げろ」
どうやら人数分行き届いたようだな。
ちょうど、セトさんも戻ってきたようだ。そして、セトさんの後ろから犬耳の獣人が顔をのぞかせた。
「この町の広報担当のイヌモテさんだ。このカツ丼の宣伝をしてもらうなら、食べてもらった方が手っ取り早いと思ってよ」
「こんばんはっす。イヌモテっす。広報や宣伝はあっしにお任せくだせえ」
西の国にいたクボッタさんはそのまま犬のような顔だったけど、このイヌモテさんは人の顔に犬耳を付けたという感だな。
なんだろう、妖怪人面犬だろうか。
とりあえず、広報も含め全員そろったので、早速食べることとしよう。俺は手を合わせるとみんなも手を合わせてくる。
「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」
俺はさっそくカツ丼を口へと運ぶ。カツの衣が汁を吸い、その味を肉と卵で調和させる。それがカツ丼だ。
しかし、今の俺にはそんなこと関係ない。腹が減っているので、ただがむしゃらに掻き込んでいる。
「うめえ! なんだこれ、箸が止まらねえぜ!」
丼物の不思議なところはまさにここ。食い始めたら完食するまで止まらない。
事実、この店にいる全員、箸が止まる気配がない。
「ぷはぁ、食ったあ!」
「俺にはわかる。こいつは売れるぜ!」
「ここは5店舗で協力して販売した方が効率的ではないか?」
すでに店主たちは今後の店舗展開を考えている様子だ。
そして、広報担当のイヌモテさんもようやく箸が止まったのか、口を開いた。
「いやあ、これは食べたら止まらないですよ。間違いなく人気が出る料理ですよ」
イヌモテさんは持ってきた小さなノートに色々と書き込んでいる。
「しかも、聞いたところによるとこの料理は勝負ごとの前に食べると良いと言われているとか。なるほど、これは明日の相撲大会の日にぴったりの料理ですね。こいつは人気が出ますよ!」
よし、広報のイヌモテさんにも好感触なようだ。これなら明日の広報での宣伝効果で相当数の来客が見込めるぞ。
「あの、エイタさん、お客さんが来るたびに衣を付けてから、揚げて、煮てだとお店が回らないのです」
「た、たしかに、そこの嬢ちゃんの言う通りだな。特に衣を付ける作業は時間がかかりそうだな」
「確かに大変かもしれませんが、これについてはいい方法があります」
確かに、衣を付けておけばすぐに揚げることが可能だ。しかし、長い間置いておくと肉から水分が出てしまい、場合によってはパン粉が剥がれてしまう可能性がある。
だったら、水分を出させなければいい。
「パン粉まで付けたら、いったん凍らせます」
「凍らせるって、氷屋の冷凍庫に保管しておくってことか!?」
「ええ、そうすれば肉から水分が出て衣が剥がれる心配もなくなりますし、余った時でも冷凍だから長期保存が可能です」
さすがに明日は余ることはないと思うが、これからも続けるとなると、そういう保存もできるということを覚えておいてもらった方がいいだろう。
「つまり、今日のうちに仕込めるだけ仕込むのですか?」
「ああ、そういうことだ。カツは衣付けと麺つゆを大量に仕込んでおけば……」
「当日は余計な手間は省けるって訳か」
アブラヤさんは納得したように頷いた。
「というわけで、これを食べ終わったらみんなで仕込みましょう。この人数なら、あっという間に終わります」
「ははは、なんか悪いな兄ちゃん。せっかく相撲大会見に来たってのにさ」
たしかに相撲大会も気になるが、この店の行方も気になる。俺の料理本の影響で始まった飲食店だ。気にならないと言ったら嘘になるだろう。
さて、今日は忙しくなりそうだ
「「「「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」」」」




