紅の烏天狗
ドォオン!
油屋で明日のためのカツの衣付けをしていると、突然外で大きな音が鳴った。
何事かと思って入り口を凝視していると、しばらくして店の入り口が勢いよく開かれた。
「アブラヤのおじさん、まだやってる!?」
そう言いながら店の中に入ってきたのはオウカと同じくらいの紅色の髪の少女。山伏の装束に漆黒の羽、手には錫杖を持ち、足袋に一本下駄を履いた烏天狗だ。
「悪いなカエデ。実は売り切れで早めに店じまいにしちまったんだよ」
「え!? そ、それじゃあ、もう天ぷら残ってないの!?」
カエデと呼ばれた少女はその髪色とは対照的に、顔を真っ青にして、その場に崩れ落ちた。
その様子を厨房から覗いていたヨウコが声を上げた。
「あ、カエデさんなのです」
「あれ、ヨウコじゃん。ってことはオウカもいるってこと?」
カエデは店内をきょろきょろと見渡してオウカを探している。
「オウカ様は先にハクオウ様のお屋敷に戻られました」
「あ、そうなんだ。で、何でアブラヤのおじさんの店の厨房にいるの?」
「ええと、凄く忙しかったのでお手伝いしていたのです」
「どんだけ忙しかったかは分かんだろ? 売り切れちまうくらいだからよ」
カエデは納得したようにがっくりと項垂れる。そんなに食べたかったのか、天ぷら。
「なあ、ヨウコ。この烏天狗と知り合いなのか?」
「ええ。といっても、私ではなくオウカ様の知り合いでカエデさんはオウカ様の幼馴染なのです」
「そうそう、しかもカエデちゃん、こう見えて天狗衆の一人だからね」
ヨウコの説明にアブラヤさんの奥さんが補足して説明してくれる。ってか、天狗衆っていう新しい言葉が出てきて余計に混乱してくるぞ。
そんな俺の様子を察したのかヨウコが説明してくれる。
「天狗衆はこの町の治安維持を務めるお仕事をしているのです。犯罪を取り締まったり、喧嘩などの仲裁に入ったり、火事などの対応にも動いたりするのです」
「特にこういう祭りごとの日なんかは喧嘩や犯罪は多くなるからね。天狗衆も大忙しだろうね」
なるほど、現代で言うところの警察機関みたいなものか。
そんな、町のために働いているのだから腹も減るよな。それなのに、いざ飯を食おうと思ったら売り切れで閉店じゃ落ち込みもするだろうな。
「デンサクさん。ごはんまだ残っていましたっけ?」
「ご飯か? たしか、まだ残っていたはずだ。余ったから、明日おにぎりにして食うつもりだったんだよ」
残っているのならちょうどいい。
俺は厨房から出てカエデに声を掛ける。
「君、カエデって言ったか。天ぷらじゃない料理なんだけど、よかったら食べないか?」
「天ぷらじゃない料理?」
カエデはしばらく考え込むと意を決したように顔を上げる。
「まあ、今から他の店探すのもめんどくさいし、いいよ」
その言葉を聞いた俺はさっそく調理に取り掛かる。
油は火を止めたとはいえ、まだ冷めていないため、すぐに揚げ始められるだろう。
カツはすでに衣を付けたものが何枚も作ってあるため、やることは油が温まるのを待つのと、ご飯をよそうくらいだ。
「ってか、アブラヤのおじさん、あいつ見ない顔だけど、新入りでも雇ったの?」
「あ、いや、あの兄ちゃんもヨウコちゃんと同じで助っ人に入ってくれたんだよ」
「エイタさんは私と同じで、オウカ様の屋敷の料理番なのです」
「へぇ~、オウカの所の料理番ねぇ~」
彼女の職業柄だからだろうか、俺のことを警戒しているようなその目つきでじっと見つめてくる。
「まあ、私はここの天ぷらが一番だと思ってるよ。もし、ここの天ぷらに勝てる料理があれば食べてみたいもんだけどね」
カエデはそう言って席に座ると、大きく背伸びをする。
「あ、いや、それなんだがよ……」
「ん? どうしたの? アブラヤのおじさん?」
「はい、お待ちどうさま。カツ丼だ!」
俺はカエデの前に大盛りのカツ丼を置いた。油もまだ冷めていなかったのですぐに作ることができたぞ。
そして、カエデは目の前に置かれた出来立てのカツ丼を見て目を丸くしている。
「え、な、なにこれ!? カツドン!?」
やがて、その匂いに両手を合わせる。
「い、いただきます!」
箸を取り、カツ丼を口に運ぶ。
「んん!?」
すぐさま二口目、三口目と口へ運ぶ。
「美味! 美味! なにこれ!? 美味!」
かき込むようにカツ丼を食っている。
恐らくだが、これはおかわりが来るだろうな。
「おかわり!」
うん、知ってた。
なんだろう、この烏天狗、オウカと同じ感じがする。さすがあいつの幼馴染だ。
俺は空になった器を受け取るとすぐさま2杯目を作ってやる。
「私の中で美味いもの順位が更新された……。ってか、あいつ何者!?」
「いやあ、実はよ。今この町で流行ってる料理本あるだろ」
「うんうん。今、凄い人気よね。あれのおかげでアブラヤのおじさんも天ぷら屋始められたからね」
「あの料理本出したのあの兄ちゃんなんだよ」
「……え?」
カエデが目を丸くして固まっている。ああ、あれはパソコンで言うところのフリーズしたってやつだな。
「へい、カツ丼2杯目お待ち!」
そんなふうにフリーズしててもお構いなしに俺は2杯目のカツ丼をカエデの目の前に置く。
そして、ようやくフリーズから解除されたのか、カエデが俺とカツ丼を交互に見つめる。
「りょ、料理本出したのがアンタってホント!?」
「ええ、まあ。記録していたのはヨウコだけどね」
やがて、カツ丼に視線が戻ると、2杯目のカツ丼に手を出した。
「しかし、兄ちゃんよ。こいつはちょうどいいかもしれねえな」
「え? ちょうどいいとは?」
「明日は相当数の客が来るだろう。ただ、そうなると同時に争いごとも増えちまうもんだ。そういうときにこそ天狗衆の力を借りて場を収めてもらうのが一番なんじゃねえかい」
確かにその通りだ。マナーが良い客ばかりではない。ルールを守らない者や横暴な態度をする者。中には犯罪を犯す者も現れるかもしれない。
現実世界でも、人が多く集まるイベントには警察が出動することもよくある話だ。
「……もしかしてだけどさ。明日これを売りに出すの?」
「おう! もう広報にも宣伝打っておいたぜ」
アブラヤさんはそう言って最高の笑顔を見せる。それを見たカエデは逆に頭を抱えているようだ。
「もう、そういうこと広報に打った後は天狗衆にも伝えてよ! 明日混雑確定じゃん!」
「お、おう。確かにそうだったな。すっかり忘れていたぜ」
アブラヤさんはすまないといった様子で頭を掻いていた。
いや、ホントこの妖怪は行き当たりばったりの行動ばかりしているな。
「とりあえず、私は直ぐにこのことを天狗衆に伝えてくるよ」
「お、おう、頼んだぜ!」
カエデはカツ丼の残りを平らげると、懐から巾着を取り出した。
「ええと、このカツ丼はおいくら?」
その問いにアブラヤさんは首を傾げ俺を見つめる。
そういえば値段も決めていなかったよな。ははは、何から何まで決めていない。
「まだ値段すら決めてないからタダでいいよ」
「え!? こんな美味しいもの食べておいてタダはちょっと気が引けるな」
「いいっていいってカエデちゃん。天狗衆にはいつも世話になってっからさ」
「そ、そこまで言うんじゃ」
カエデは申し訳なさそうに巾着をしまった。
錫杖を手に取り店の外に出るとこちらに振り返る。
「それじゃあ、明日のこの辺りの警備について話してくるから、明日頑張ってね」
「おうよ、任せておけ」
カエデは一本下駄を一度鳴らすと空へと飛びあがる。そのままものすごい速度で夜の城下町の空を駆けていった。
とりあえず、こちらも人員や配置などを決めておかないとな。
当日になってから、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に行動するなんて真っ平ごめんだからな。




