妖怪大相撲大会⑩
さて、二戦目最後の取り組みだ。
本日の取組はこれでいったん終了。残る試合は明日へ持ち越しとなる。
そして、本日の大トリを飾る力士が東から姿を現した。
「東ぃ~! ミズゴロウ!」
前回、大入道のダイジロウに背面を取りそのまま豪快にぶん投げた力士。
ミズゴロウことカワマタさんが現れた。
彼もまた、妖怪大相撲の中では小兵に分類される体格だが、それをまったく感じさせない豪快な取り口が持ち味である。
対して、西から現れた力士は。
「西ぃ~! カイエン!」
青い肌で坊主頭の大男。カイエンが現れた。海坊主だけあってその体格も大きい。
そして、前回、トロールのトーリスを投げた、まわしを掴まない投げ技『大波返し』を得意とする力士だ。
「さあ、本日最後の一番となりました。初戦で大入道のダイジロウに対し金星を挙げたミズゴロウと、前回の大会で3位になったカイエンとの取り組みです。さて、解説のセンジュさん、この一番をどう見ますか?」
「ふむ、まずカイエンじゃが。あやつも今年は調子がよさそうじゃのう。さらに、前回の上位者、シラタにダイジロウの2名が敗退しておる。番付昇格に期待がかかっておるのう」
たしかに、センジュ村長の言う通りだ。
シラタはアカシさんが、ダイジロウはカワマタさんが破った。
つまり、前回大会の上位陣で勝ち残っているのは、ハクオウさんとカイエンだけとなったわけだ。
ライバルが次々と姿を消した以上、カイエンが意識する相手はハクオウさんただ一人――。
俺はそう考えていた。
だが、現実はそう単純ではなかった。
「しかし、今年の妖怪大相撲はなかなかの荒れ具合。なにせ、上位者が敗退したということはそれに勝ったものがいるということじゃからのう」
「ええ、その通りですね。しかも、前回の上位者より強い可能性があるうえ、あまり研究されていない相手でもあります。そこが一番の怖さでしょう」
そうか、アカシさんやカワマタさんの強みはここにあるということか。
上位者は実績があるぶん、戦い方を徹底的に研究され、対策も練られている。
だが、それ以外の力士は情報が少なく、相手も十分な対策を用意できない。
そこに番狂わせを起こす余地が生まれる。
カワマタさんの前回の一番もまさにそれだ。圧倒的な怪力を誇る大入道のダイジロウのぶちかましを、カワマタさんは八艘飛びで回避し、背面を取ってそのまま投げるという荒業をした。
これも対ダイジロウの研究の末の戦法とも言えよう。
しかし、こちらも研究しているということは相手も研究しているということ。
前回は相手の虚を突くことに成功したカワマタさんだが、今回はさすがに同じ手を許してはくれないだろう。
そんなこんなで制限時間がいっぱいになってきた。
互いに四股踏みを終え土俵でにらみ合う二人。
こうしてみると体格の差が明らかに違う。
カイエンの方が頭一つ分大きく、肩幅も体重もあるだろう。そんな相手に虚をつく戦法は使えない。
カワマタさんはいったいどうやって戦うつもりだろうか。
カイエンが自信満々に腰を下ろし両手を突く。いつでもかかってこいとでも言わんばかりにカワマタさんを睨みつける。
遅れてカワマタさんは腰を下ろし構える。そして、両手を突いた。
「はっけよい!」
掛け声とともに、両者が同時に飛び出した。
――バチィィン!
激しい衝突音が会場に響く。
両者は真正面からぶつかり合い、そのまま力比べとなった。
体格差はあるはずなのに、カワマタさんは当たり負けしない。
いや、それどころか。
ほんのわずかではあるが、カイエンを押し込んだ。
「おお、カワマタさんがわずかに勝ったぞ!」
「ふむ、やはりカイエンのやつ、警戒して力が弱まったのう」
「警戒して弱まったってどういうことだ?」
つまり、思うようなぶちかましが出来なかったってことか。
しかし、なぜだ。
……いや、一つだけ心当たりがある。
「うむ、カワマタが初戦で見せたあの飛び。あれを見せつけられたせいで力任せのぶつかりは出来なくなったというわけじゃな」
「なるほど、もし飛ばれたら勢いがそのまま仇になるからか。相手も警戒せざるをえないというわけだな」
初戦で見せた一手が、ここで効いてきた。
警戒心そのものが、カワマタさんに有利な状況を作り出したのだ。
しかし、このまま素直に勝たせてくれるかと言ったらそうではない。ここから、土俵での駆け引きが始まるのだ。
わずかに押し込んだことにより、まわしを掴むことができたカワマタさん。一方、まわしを掴むことなく押し返そうとしているカイエン。
まわしを掴んでいるカワマタさんの方が有利に見えるかもしれないが、カイエンにはまわしを掴まない投げ。『大波返し』がある。
互いが互いを警戒し、勝負は膠着状態になる。
長い膠着状態の中、最初に動いたのはカイエンだった。
突如、カイエンの巨体が沈む。あれは、トーリスを破った奥義の一つ。『海潜り』だ。
しかし、それを読んでいたカワマタさん。カイエンが体を沈み込ませると同時に自身も同じように沈みこませる。
「ぬうっ! ならば!」
海潜りを防がれたカイエンはすぐさま次の行動に移る。
自身の腕をカワマタさんの脇の下に潜り込ませ差し手を取り返す。
相撲における技術――巻き替えだ。
さらにカイエンは体を少し捻ると。
「ぬぅううん!」
「な、なにっ!?」
カワマタさんのまわしを掴んでいた手を強引に振りほどく。さらにまわしを取り返すといった逆転技だ。
カワマタさんは外れた手を再び掴もうと伸ばすが、体格差はいかんともしがたい。
どうにか掴めたのは片手だけだった。
その隙を逃さず、カイエンは前へ出る。
このまま寄り切るつもりだ。
しかし――。
土俵際まで追い詰めた瞬間、カイエンの動きが止まった。
「ぬうっ! こやつ、動かん!?」
「『不動明王立ち』!」
カワマタさんがそう呟いた。
あれはサクラノ村でハクオウさんにも使った奥義。
腰を落とし、どっしりと構えたカワマタさんはまるで大岩のように動かなくなった。
カイエンは全身の力を込め、何とか動かそうとする。
だが、完全防御態勢に入った土俵際でのカワマタさんの粘りは、あのハクオウさんですら苦戦するほどだ。
しかし――相手は歴戦の猛者、カイエン。
防御に徹する相手であろうと、真正面から打ち砕く。
カイエンは右腕へ、さらに力を集中させた。
まさか、片腕だけで投げるつもりなのか!?
「我が大津波、受けきれるか?」
「いいぜ、掛かってきな」
その瞬間、カワマタさんの体が傾いた。
カイエンの奥義『大波返し』
しかも、今回は脇の下ではなく、まわしを掴んでの投げ。通常の『大波返し』よりもその威力は高い。
カイエンは、まわしを掴んだ腕をまるで大波を巻き起こすかのように上空へ振り抜く。
次の瞬間――。
カワマタさんの体が宙へ投げ出され、勢いのまま反転した。
空中で回転するほどの投げってどれだけの腕力なんだ!?
そのあまりにも豪快な一撃に、会場全体が揺れるほどの歓声が上がった。
「すげえ! まるで海で荒れ狂う大津波だ!」
「さすがカイエン! 河童を津波で飲み込んじまったぜ!」
誰もがカイエンの勝利を確信した。
それは、この大技を放ったカイエン自身も同じだった。
ドンッ!
その瞬間、カイエンは目の前の光景に言葉を失った。
あり得ない。
そんなはずがない。
カワマタさんは、大波に飲み込まれたのではなかった。
あえて飲み込まれに行ったのだ。
カイエンの『大波返し』の勢いに合わせて跳躍し、そのまま横に一回転しての着地。
もちろん、手は土俵についていない。
つまり――勝負は、まだ終わっていない。
「なっ……!?」
カイエンは驚愕する。
無理な体勢から奥義を放ったことで、わずかに反応が遅れた。
その隙にカワマタさんはカイエンの右側面から懐へと潜り込む。
側面に入り込まれたカイエンは逆転して不利な状況へと立たされる。
彼の奥義「大波返し」は片手で使う技だが、それは腕の力のみならず、体の捻りも利用して放たれる。
右側面からまわしを取られた時点で、『大波返し』は封じられたも同然だった。
カイエンは空いている左手でカワマタさんを掴もうとするが、それに合わせるようにカワマタさんはカイエンの右後方へ回り込もうとする。
互いの動きを封じようと、土俵上を回り続ける二人。
まるで巨大な渦が生まれているかのような攻防。
しかし――その均衡は、唐突に崩れた。
カワマタさんは、二人が回転する勢いを利用する。
左腕に力を込め、そして右手でカイエンの肩を下へ押し込んだ。
「ぬおっ!?」
カイエンの巨体が、前へと崩れる。
勢いを殺すことができず足が浮いた。
それは合気道の達人が相手の力を利用するかのように、カイエンの体がくるりと半回転する。
そして――。
ドォンッ!
巨体が、背中から土俵へと叩きつけられた。
そのあまりの光景に会場は一瞬、静寂に包まれた。
その静寂を破るように行司が軍配を上げる。
「東ぃ~! ミズゴロウの勝ち!」
その瞬間、一気に会場に歓声が巻き起こった。
「すげえぞ! あの河童、ダイジロウに続いてカイエンも倒しやがった!」
「どこの出身の河童だ!? あんなに強え奴知らねえぞ!?」
「明日の朝刊はこいつで決まりだな!」
会場が本日最後の一番の勝者を称えた。
そして、それは観客たちだけではない。
カワマタさんは土俵で大の字に倒れているカイエンに手を差し伸べる。
カイエンはそれに応えるように手を掴むと立ち上がった。
「まさか、ダイジロウに続き俺まで投げられるとはな!」
「あんたの大波返しも見事だったぜ。いい勝負だった!」
二人の力士は互いに固い握手を交わし土俵に一礼するとその場を後にした。
続いて、土俵に最初にあいさつに来たサンモト ゴロウザエモンが再び現れた。
「本日の取組はここまでとする。続きはまた明日行われるものとする」
サンモトは一礼し、さらに言葉をつづけた。
「最後まで戦い抜いた猛者たちに改めて拍手を!」
その瞬間、会場に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。もちろん、俺もその一人だ。
こうして、妖怪大相撲大会の1日目は幕を閉じた。




