妖怪大相撲大会⑨
2戦目の2組目は、アカシさんの力強い勝利で幕を閉じた。続く3組目では、いったいどんな戦いが繰り広げられるのだろうか。
そんなことを考えていると、東から一人の力士が姿を現す。
今まで登場した大柄な力士たちとは正反対ともいえる、小柄な力士だった。
「東ぃ~! トウジロウ!」
トウジロウことアズキダさんが会場の歓声を受けて登場する。残っている力士の中では最小と言っても過言ではない。しかし、その表情には揺るぎない自信が浮かんでいた。
続いて西から現れた力士は……。
「西ぃ~! スクナヒコ!」
大柄な体格に太い4本の腕を持つスクナヒコさんが現れる。今回より初参加でありながら1戦目を突破しただけあって期待も大きい。
そして、西の観客席から聞き覚えのある声援が聞こえる。
「スクナヒコさん! 頑張ってください!」
見るとそこにはミクモさんの姿があった。
いつもお世話になっている醤油屋のアズキダさん。そして、サクラノ村に住む織物屋のミクモさんに一目惚れしてしまったスクナヒコさん。
どちらにも勝ってほしいと思ってしまう、なんとも複雑な組み合わせだ。
やがて二人は土俵へ上がり、向かい合って四股を踏み始める。
今までの力士たちの四股を見てきたが、アズキダさんの四股は、その小柄な体格もあってどこか頼りなく見えた。
一方で、スクナヒコさんの四股は他の大柄な力士たちにも引けを取らないほど力強い。
こうして並ぶと、体格も力も、その差は歴然としているように見えた。
――本当に大丈夫なのか、アズキダさん。
だが、当の本人からは恐怖や緊張といった感情はまるで感じられない。むしろ勝利を確信しているかのような、堂々たる佇まいだった。
「さあ、妖怪大相撲2戦目の3組目。今回の組み合わせはトウジロウ対今回初参加のスクナヒコ。この一番をどう見ますか?」
「ふむ、やはり相撲とは体格の差がものをいうからのう。圧倒的にスクナヒコの方が有利ではあろう。ただ……」
そこで村長は言葉を一区切りおいて再び口を開く。
「やはりトウジロウは何か策を考えているとみてもいいじゃろう。見てみい、トウジロウのあの表情を」
「むむっ、確かに随分と自信に満ちあふれていますね。普通なら、これほどの体格差があれば萎縮してしまうものです。それなのに、あの堂々とした態度……何か勝算があるということでしょうか」
確かに解説の言う通りだ。
2戦目1組目、ハクオウさん対タイゾウの一番では、タイゾウは当初、その圧倒的な威圧感に気圧され、本来の力を発揮できずにいた。しかし、対戦相手であるハクオウさんが活を入れたことで、ようやく全力でぶつかることができた。
だが、今回のアズキダさんは違う。
最初から一切気後れする様子がない。その胸には、この体格差さえ覆すだけの秘策があるのだろうか。
「さあ、制限時間いっぱいとなってきました」
土俵の中央でにらみ合う二人の力士。
先に腰を落としたのはスクナヒコさん。続いてアズキダさんがゆっくりと腰を落とす。
「はっけよい!」
その掛け声とともに、両者が同時に飛び出す。
まさかアズキダさん――正面からぶつかり合うつもりか!?
だが、俺の予想とは裏腹に、アズキダさんは激突する寸前で身をひらりと横へ流した。
同時に、中腰のままぶちかましを仕掛けてきたスクナヒコさんの頭と肩を、土俵へ叩きつけるように押し込む。
「ぬううっ!?」
スクナヒコさんの巨体が大きく前へつんのめる。
このまま倒れるかと思われたが、寸前で踏みとどまり、すぐさま体勢を立て直してアズキダさんへ向き直った。
その鮮やかな攻防に、会場は一瞬で大歓声に包まれる。
いつもの相撲なら、激しいぶつかり合いや組み合いが続くところだ。
しかし、この一番は違った。
互いに距離を保ったまま、じりじりと出方を探り合っている。
「ちっ、一筋縄じゃいかねえか!」
アズキダさんは不利な体勢であったスクナヒコさんに対して追撃をしない。
いや、正確には出来なかった。
なにせ相手は腕が4本もある両面宿儺。側面から攻めたとしても、結局2本の腕を相手取るしかない。
もちろん、圧倒的な体格差もある。力比べで押し出しや寄り切りを狙うのは最初から論外だ。
狙うははたき込みなどの相手の力を利用する技術的な決まり手だ。
体格の小さい彼は、この相撲大会のためにそうした決まり手を徹底的に磨き上げてきた。
「しかし、今回は相手が悪いな……!」
スクナヒコさんの隙の無さにアズキダさんに焦りが見える。
普通の力士なら、その体格差と力を利用して一気に押し込んでくる。
その勢いを利用して、いなしや肩すかし、はたき込みを狙うのが彼の戦い方。
しかし、相手はこの一瞬の攻防でアズキダさんの苦手とする見の戦い方に切り替えてきたのだ。
互いが互いの距離を保ちながら膠着状態が続く。
しかし、その膠着状態にいらだちを見せた観客が野次を飛ばしてくる。
「おらあ、ビビってんじゃねえぞ。さっさとぶつかれ!」
「そうだそうだ! 祭りの踊りでもしてんのか!?」
飛び交う野次に背中を押されたのか、スクナヒコさんが低く身構え、一気にアズキダさんへ突進する。
四本の腕を大きく構えたその姿は、正面から見れば思わず身がすくむほどの威圧感を放っていた。
「トウジロウ殿! お覚悟を!」
「そうそう、そうこなくっちゃな!」
スクナヒコさんの巨体が迫る。あの体格差だ、まともにぶつかったら土俵の外まで弾き飛ばされそうな勢いだ。
パァアン!
突如、会場に響き渡る一拍。あまりの音に俺は思わず目を瞑ってしまった。
そして、それは会場のみならず、突進をしたスクナヒコさんも同様だった。
多くの生物は音に反応する。それは人間も妖怪も同様なのだろう。そして、突如鳴り響く音に生き物は反応し、一瞬その動きを止めてしまう。
相撲でも、その反応を利用した技が存在する。……その技の名前が。
「マジか、ねこだましだ」
一瞬、目を瞑り、動きを止めてしまったスクナヒコさん。
次に目を開けた時、目の前にいたはずのアズキダさんの姿が消えていた。状況が呑み込めず、思わず焦りの色を浮かべる。
この間わずか1秒。
たったの1秒。されど1秒。この1秒で相撲は勝負が決まる時もある。
突如、スクナヒコさんの背後に衝撃が走る。
「背中、取ったぜ!」
「な、何だと!?」
アズキダさんはあの一瞬で背面に回り込みスクナヒコさんのまわしを掴んでいた。
「な、なにが起きたぁ!?」
「わ、わかんねえ! 一瞬大きな音が鳴ったかと思ったら、トウジロウが背後に回っていた!」
「今の音は妖術か!? 反則じゃねえのか、行司!」
しかし、行司は軍配を下げない。
妖術や魔法などの使用が認められた瞬間、行司がすぐに止めに入る。それがないということは試合続行だ。
スクナヒコさんは突如の背面取りに焦りを見せる。
アズキダさんは土俵際にいたため、背面を取ったことで二人の位置が入れ替わってしまった。つまり、今、土俵際へ追い詰められているのはスクナヒコさんだ。
もちろん、アズキダさんは容赦なく押し込んでいく。
「おらあ! そのまま押し込んでやらあ!」
「ぬぉおお!?」
相撲で背面からまわしを取られたら敗北を意味する。
それは1戦目のカワマタさん対大入道のダイジロウで見せつけてもらった。
背面取りは圧倒的に有利であり、防ぐ手立てはない。
――かに思われた。
「私を見くびるなよ!」
「な、なに!?」
スクナヒコさんは首をぐるりと背面にいるアズキダさんに向け、もう一つの顔の目が開き声をあげる。
4本の腕のうちの2本がアズキダさんのまわしをがっしりと掴んだ。
普通なら掴めるはずがない。しかし、スクナヒコさんの体の特徴がそれを可能にした。
この世界の多腕族は、右半身には右腕、左半身には左腕を持つのが基本である。
しかし、スクナヒコさんは両面宿儺。
右半身に右腕と左腕、左半身にも右腕と左腕という特殊な構造を持っている。
2人の人間が背中合わせにくっついた妖怪。それが両面宿儺なのだ。
そして、その特異な肉体は――背面取りが一切通用しないという、常識外れの強みでもあった。
もちろん、これは妖術や魔法などには分類されない。持って生まれた才能であり、この相撲大会においても認められている。
「そ、そんなのありかよ!?」
さすがのアズキダさんもこれにはお手上げだった。技術で勝つつもりが、まわしをがっしりと掴まれてしまっては元も子もない。
さらに、追い打ちをかけるように。
「おお、4本の腕でまわしを掴んだぞ!」
「すげえ、ああなっちゃもう逃げられねえぞ」
2本は逆手にはなるものの、それでも4本でまわしを掴めるというのは圧倒的な強みだ。
上手と下手、その両方を完全に押さえられれば、相手を自在に崩し、投げ飛ばすことさえできる。
「ぬぅりゃあ!」
「うぉおおお!」
スクナヒコさんは4本の腕でアズキダさんを豪快に投げ飛ばした。技術面に力を入れてきたアズキダさんは成すすべなく土俵の外へと落とされる。
「西ぃ~! スクナヒコの勝ち!」
西のスクナヒコさんに軍配が上がる。
背面を取られてからのまさかの逆転勝利に会場は一気に盛り上がる。
一方、アズキダさんは悔しそうな顔をするがすぐに立ち直り、スクナヒコさんと熱い握手を交わす。
「まさか、背面を取られて逆転する奴がいるとはな。いい勝負だったぜ!」
「あなたの技術には驚かされました。ありがとうございました」
握手が終わりスクナヒコさんは土俵に一礼をする。
この妖怪大相撲、最後の最後まで勝負が分からないな。




