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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
城下町妖怪相撲編

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妖怪大相撲大会⑧

 2回戦目1組目が終わった。

 やはりハクオウの相撲は圧巻の一言だった。

 自分よりも大きい力士を投げるという格の違いというやつをまざまざと見せつけられた。


 そんな興奮も冷めやらぬまま2組目が始まる。


「東ぃ~! キスケ!」


 東から現れたのはアカシさん。1戦目は西の国のミノタウロスのタウラーとの戦いで力強い相撲を見せてくれた。同じ村の者として、是非とも勝ち進んでもらいたいところだ。

 そして、西から現れた力士は……。


「西ぃ~! シラタ!」


 西から現れたのは白い肌をした平たい巨人。ぬりかべのシラタだ。相変わらず真四角なボディが特徴的な妖怪だ。


「シラちゃん頑張れぇ!」


 西の方の観客席から黄色い声援が飛んだ。そこにはカナメより少し上に見える女の子がシラタに声援を送っていた。シラタと同じく肌が白く、おでこに目がある三つ目だ。同じぬりかべなのだろうがシラタと違い、真四角ボディではない。

 年齢的にカナメより少し上くらいだろう。あれはシラタの娘だろうか。


「おらぁ! シラタ! かみさんが応援してんだ。負けんじゃねえぞ!」


 いや、あれ奥さんかよ!? 見た目が色々とアウトだぞ、いいのか!? まあ、ここは異世界で妖怪だから事情は分からないが。

 そんな声援を聞いたシラタもなんだか照れくさそうに頭を掻いている。

 なんかほほえましい光景だが、上位にも残る力士だ。その実力は確かなのだろう。


「なあ、オウカ、シラタはどんな戦い方をする力士なんだ?」

「うむ、そうじゃのう。シラタは非常に堅実な戦い方をする力士じゃ」


 堅実な戦い方。つまり防御重視という意味だろうか。


「あまり自分から向かうことはないから面白味はないと言われるが、守りに徹すれば父殿でも苦戦する相手じゃのう。父殿もシラタにだけは桜吹雪を決めたことがないからのう」


 桜吹雪ってあの一本背負いだよな。あの必殺技が効かず、守りに徹すれば鉄壁の強さを誇るというわけか。まさにぬりかべの如くだな。


「逆に守りに重点を置いておるからのう。速さを生かした力士には翻弄されやすい。まあ、そういう力士は逆に力が足りないがのう」


 力もあって速度もある力士か、なかなか難しい注文だな。


「さあ、始まります2組目。東はサクラノ村出身のキスケ。1戦目はタウラーを圧倒的な寄りで勝ち星をあげましたからね。この2戦目も期待が持てます」

「うむ、しかし、相手はあのシラタ。この妖怪大相撲の中でも屈指の鉄壁を誇ると言われておりますからな。どのようにその鉄壁を攻略するかが見物ですぞ。ほっほっほ」


 もう、この二人がいるおかげで、相撲の実況を聞きながら見ている気分になる。

 おっと、そろそろ始まる時間だな。

 先に腰を落としたのはアカシさん。両方の拳を土俵に突き、構える。遅れて腰を落とすシラタ。その両拳が土俵を叩いた。


「はっけよい!」


 その掛け声とともにアカシさんが弾かれたように飛び出した。

 一方、シラタは微動だにしない。これがシラタの立ち合いの戦法。最初に来るぶちかましをすべて受け止める。

 たとえ相手が最強の王者、ハクオウが相手でも同じ。ハクオウのぶちかましですらシラタは受け止めてきた。

 その姿はまさに壁。すべてのものを通さない強靭な鉄壁が土俵の上を支配している。


 ドゴンッ!


「ぬうぅ!?」


 その鉄壁がわずかに揺らいだ。

 アカシさん渾身のぶちかましはその鉄壁にわずかな揺らぎを与える。そして、その隙をアカシさんは見逃さない。


 バァアン! バァアン! バァアン!


 両の手から放たれる張り手。それはシラタの顔面を捕らえ、その巨体をわずかに後退させていく。


「す、すげえ! あのシラタが押されているぞ!?」

「ひょっとすると、2人目の上位者敗退が見えてくるんじゃねえか!?」


 アカシさんの攻勢により、観客席は熱気に包まれる。二人目の金星が見られるかもしれないと、観客は大いに盛り上がった。

 しかし、アカシさんの攻撃は最初のうちは押していたものの……。


「ちぃっ! なんて硬さだ!」

「ふん! 効かぬぞ!」


 アカシさんが攻めあぐねたその一瞬の隙を、シラタは見逃さなかった。

 のっそりと、しかし圧迫感に満ちた動作で長大な腕を伸ばし、アカシさんのまわしを捕らえんとじりじりと距離を詰めてくる。


「下手を取られたらマズい! ならば!」


 そう直感したアカシさんは張り手をやめ、体を沈めてシラタの懐へと潜り込んだ。

 土俵際での激しい手押し、もみ合い、そして互いの指がまわしの生地を力任せに掴み取る——!

 アカシさんは何とかシラタの内側に両手を差し込み、深々と下手を取ることに成功した。

 しかし——シラタの巨腕はアカシさんの上から覆いかぶさるように巻きつき、がっちりと上手を握りしめていた。


「ぐぬう! こ、これは!?」


 張り手で距離を保っていた序盤こそ、スピードと打撃力でアカシさんが優勢に見えていた。

 しかし、こうして互いにまわしを掴み合う「組んだ状態」になれば話は別だ。


 見上げるほどの全高と、横幅のある圧倒的な質量。

 組んだ状態での力比べにおいて、ガタイの大きさで遥かに勝るシラタの有利は動かしがたいものだった。

 シラタが上手にぐっと力を込め、上から体重をかけてくるだけで、アカシさんの腰がミチミチと悲鳴を上げ始める。

 剛腕を誇る鬼族でさえその態勢を保っていなければ力を発揮することはできない。

 なんとかその重みから逃れようと後退するが、それに合わせるようにシラタが前進してくる。アカシさんは徐々に土俵際まで追い詰められていく。


 シラタは勝利を確信したかのように、その横幅のある体を斜めに傾け、アカシさんを俵の外へ押しつぶさんと全体重を預けてのしかかってきた。


「おお、出るぞ! シラタの奥義『巨壁潰し』だ!」

「いけえ! そのまま押しつぶせぇ!」


 視界がシラタの灰色の体で埋め尽くされる。ミチミチと骨が鳴り、呼吸すらまともにできない。


「おらぁ! アンタ、シャキっとしな!」


 アカシさんの背後で会場の声援すらもかき消すほどの声が響いた。そこにいたのはアカシさんの奥さんのセキナさん。

 ――そして。


「父ちゃん頑張れぇ!」

「負けんな父ちゃん!」


 アカシさんを応援する小鬼たち。

 そうだ、アカシさん、あなたは一人じゃない。みんなが応援している。もちろん俺も――。


「アカシさん、頑張れ!」


 声を出して叫んでいた。

 その声を聞いたのかどうかわからない。絶望的な状況の中でアカシさんは――笑っていた。


「こんなんじゃ、負けられねえよな!」


 アカシさんは俵に足をがっちりと引っかけると、のしかかってくるシラタの巨体を、下手を深く差し込んだ腕と腰のひねりだけで強引に持ち上げ始めた。


「な、なんだと!?」


 シラタの表面に、初めて明らかな狼狽の色が浮かぶ。自分の体重に加え、押し込む力がすべて空を切ったのだ。浮き上がる巨体。天地がひっくり返るような浮遊感。

 アカシさんはかかと一枚で土俵際に踏みとどまったまま、体を限界まで反らせた。

 渾身の力を込めたうっちゃり。

 シラタの圧倒的な重量と推進力をそのまま利用し、アカシさんは宙へ浮いたシラタの体と共に土俵の外へと落ちていった。


 ズドォォォォォンッ!


 激しい衝撃音とともに、土俵の外へ豪快に転がり落ちる二人の力士。巻き上がる大量の砂塵。

 静まり返る会場。そして次の瞬間、行司の扇がアカシさんへと向けられた。


「東ぃ! キスケの勝ちぃ!」


 行司の軍配と同時に、会場を割れんばかりの歓声が包み込んだ。


 土俵の外ではシラタの平たい体の上にアカシさんが覆いかぶさっている。

 アカシさんは体を起こすと、そのままシラタに手を貸して起こしてあげる。


「ハクオウにも投げられなかったこの俺を投げるとはな。あっぱれだ」

「ありがとよ。お前も強かったぜ。シラタ」


 勝負を終え、決着がついた二人の力士は固い握手を交わした。

 絶体絶命の土俵際で見せた、赤鬼の執念の勝利であった。

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