妖怪大相撲大会⑦
俺たちは会場へ戻ると、元の席へ腰を下ろした。
会場はすでに熱気に包まれている。観客たちは、力士たちの登場を今か今かと待ちわびている。
やがて、土俵の中央へ行司の天狗が姿を現した。
「これより、妖怪大相撲2回戦目を開始する。1組目の力士たちよ。ここに集え」
その声を合図に、東から一人の力士が姿を現した。
身の丈は優に三メートルを超える巨体。異様なまでに長い両腕。
――だいだらぼっちのタイゾウだ。
「東ぃ~! タイゾウ!」
タイゾウは両腕を高々と掲げ、そのまま堂々と土俵へ上がる。
一回戦でネコタさんを豪快に投げ飛ばした力士。
あの規格外の腕の長さと、ネコタさんを軽々と宙へ放り投げた怪力。そのインパクトは観客の記憶にも強く刻まれている。
観客席から送られる声援も、一回戦以上の大きさだった。
一方、西から現れた力士は……。
「西ぃ~! ハクオウ!」
西から現れたのは、まさかの現横綱ハクオウだ。
自信に満ちた足取りで土俵へ向かう姿は、まさに王者の風格そのものだ。
先ほど以上の歓声が会場中に響き渡る。
さすがは横綱。その人気はまさに不動だった。
その歓声に負けじと、タイゾウは大きく四股を踏む。
長いのは腕だけではない。脚もまた異様な長さを誇っていた。
ドンッ! ドンッ!
高々と振り上げた足が土俵を打つたび、重い音が響く。
高い背丈はそれだけで威圧感がある。
タイゾウの四股踏みの力強さは優勝候補の四股踏みにも負けないほどの力強さを秘めていた。
――だが。
ドゴンッ! ドゴンッ!
それまで四股を踏んでいたタイゾウでさえ、思わず振り返るほどの轟音。
震えているのは土俵だけではない。
会場全体が揺れたかと錯覚するほどの一歩だった。
そして、その四股に呼応するように、会場は今日一番の歓声に包まれる。
「すげえ! さすがハクオウだ!」
「やっぱり最強はハクオウだよな!」
「あのタイゾウをどうやって倒すのか見ものだぜ!」
会場の空気は、完全にハクオウ一色だった。
その熱狂の中で、タイゾウの表情にほんのわずかな焦りがよぎる。
四股の音も、どこか力強さを失ったように聞こえた。
――このまま気圧されるわけにはいかない。
タイゾウは自らの頬をパンッと叩き、気合を入れ直す。
「さあ、今回の組み合わせ。だいだらぼっちのタイゾウ対現横綱、酒呑童子のハクオウ。なかなか面白い対戦が見られそうですね」
「ほっほっほ、しかし、会場はハクオウ一色ですな。タイゾウはこの空気に飲まれなければ良いのじゃがな」
しかし、土俵の上に立つタイゾウの表情には、わずかな焦りが浮かんでいた。
その動揺を拭い切れないまま、制限時間いっぱいとなった。
両者が土俵の上でにらみ合う。タイゾウはハクオウを見下ろし、ハクオウはタイゾウを見上げている。
圧倒的な体格差。
それでも、ハクオウの表情には一切の気負いがない。絶対王者らしい余裕だけがそこにあった。
ハクオウは堂々と腰を落とし、両手をつく。遅れてタイゾウが腰を落とし、拳をつける。
――しかし、つけたのは片方だけだ。
自分の拳が小刻みに震えている。
目の前にいるのは、幾多の強豪を退け、頂点に立ち続けてきた絶対王者。
その存在そのものが恐ろしく、知らず知らずのうちに体を縛りつけていた。
「どうした。タイゾウ!」
その様子を見抜いたハクオウが、力強く声を掛ける。
「己のすべてを賭けて掛かってくるがよい!」
ハクオウのその言葉に、タイゾウは笑みを浮かべ、その瞳には闘志が宿る。
勝ち負けではない。強者と戦うことこその喜び。その想いがタイゾウを恐怖から突き動かした。
「いくぞぉおおおお!」
タイゾウは力強く拳を土俵に叩きつける。
「はっけよい!」
バチィン!
行司の掛け声と同時に、両者が真正面から激突した。
激しい衝突音が土俵中に響き渡る。
互いの衝撃で大きく弾かれ、一瞬だけ距離が開く。
だが、その次の瞬間には再び踏み込み、激しい張り手の応酬が始まった。
タイゾウの長い腕から放たれる張り手がハクオウを襲う。その一撃がハクオウの顔面を捕らえる。
バァアン!
会場を響かせるほどの張り手。普通の力士ならその一撃で意識を持っていかれるほどの強烈な一撃。
しかし、ハクオウは倒れない。
さらに2回、3回と張り手を繰り出すが、避けることなどしていない。むしろすべて受けきっている。
ハクオウも張り手で応酬するが、身長差で顔には届いていない。
圧倒的有利のはずなのに、ハクオウは余裕の表情。そんな中、タイゾウは張り手から切り替え、まわしに手を伸ばす。
「おお! 来るか!? タイゾウの奥義『山嵐』!」
奥義『山嵐』? そういえばカイエンの時も奥義とか言っていたな。
まさか、力士それぞれに相手を倒す必殺技みたいなのがあるのか!?
タイゾウは己の長い腕を生かして体を捻る。その怪力で土俵の外へとぶん投げるタイゾウの奥義。それが『山嵐』である。
――しかし。
「がっ! な、なに!?」
タイゾウの投げが止まる。相手がまるで足の裏に根でも張っているかのように動かない。
身長、体重、腕の長さから足の長さまで勝っている。
しかし、唯一勝っていないもの、それは……。
「おお! 両腕だけでタイゾウの『山嵐』に耐えきっているぞ」
「すげえ! さすが鬼神のハクオウだ!」
ハクオウは投げられる瞬間に相手のまわしを掴み、その腕力だけでタイゾウの投げを耐えきったのだ。
タイゾウのあの巨体だ。もちろん腕力も並ではない。
しかし、それすらも上回る力。酒呑童子の名は伊達ではないということだ。
「その程度の嵐では、我を折ることは出来ぬぞ!」
ハクオウはそう叫ぶとタイゾウの腕を取り捻るようにして背を向けながら一歩、深く踏み込む。
くるりと背を向けると、相手の腕を自分の肩へ滑らせるように担ぎ上げる。
「おお、あの構えは!」
「来るぞ! ハクオウの奥義『桜吹雪』が!」
ハクオウはそのまま背負うようにタイゾウの腕を引き込んだ。
タイゾウが体勢を立て直そうとした時には遅かった。
肩を支点に、脚で土俵を力強く蹴ると、タイゾウの体が浮いた。
山のように大きなタイゾウの体が信じられないほど軽々と宙へ舞い、空と地面が逆転する。
世界がひっくり返ったような感覚に、タイゾウの目が大きく見開かれた。
ドォオオン!
タイゾウの巨体が背中から土俵へ叩きつけられる。
凄まじい衝撃音と振動が、会場全体を揺らした。
「西ぃ~! ハクオウの勝ち!」
ハクオウが放った技は一本背負い。柔道の技かと思ったけど、確か相撲にもあるって聞いたことがある。
しかし、あの巨体を軽々とぶん投げるなんてなんという豪快な勝ち方だ。
一方、投げられたタイゾウは土俵の上で大の字になって悔しそうな表情をしている。
「貴様、タイゾウと言ったな!」
ハクオウは笑みを浮かべ、タイゾウを見下ろす。
そして、そのまま手を差し伸べた。
「良い試合であったぞ。まだまだ我には勝てぬが、いずれ強い力士となるであろう。精進せよ!」
「あ、ありがとうございます!」
差し伸べられた手を掴み、起こされたタイゾウは深々と一礼する。
そして静かに土俵を後にした。
……さすが横綱だ。
強さだけではない。
勝者としての器も、まさに別格だった。




