妖怪大相撲大会③
3組目のハクオウさんの戦いは圧巻の一言だった。
まるで重戦車同士の戦いを見ている気分だった。これがまだまだ続くのか。
と、思っていたら。
「東ぃ~。 トウジロウ!」
東から現れた力士はアズキダさん。小豆洗いの彼は身長が低く、先ほどの重量級力士たちを見た後ではとても小さく見える。
対戦相手は、いったい誰なのだろうか? これでだいだらぼっちとか来たらあまりにも不公平な戦いではないのか?
俺がそんなことを思っていると西から力士が現れた。
「西ぃ~。 ナミオ」
西から現れた力士はアズキダさんよりも少し高めな身長を持つ男。お地蔵さんみたいな姿をした醤油屋の主人。ミソナミだった。
「おお、ついに因縁の対決が見られるのですね。くじ引きの結果次第ではなかなか見られませんからね」
「ほっほっほ、因縁の醤油屋対決か。これは楽しみですのう」
アズキダさんはミソナミに相撲で決着を付けようと言っていたけど、このことだったんだな。
「ってか、この対戦ってくじ引きで決められているのか?」
「うむ、そうじゃぞ。ただ前回の1位から4位の力士に関しては1戦目で当たらないようになっておるぞ」
1戦目で当たらないようにか。なるほど、それは前回の勝者の特権というやつだな。
「2戦目以降はもう一度くじ引きを引き直して順番、対戦相手を決め直すという戦い方じゃ」
「つまり、この醤油屋対決はくじ引きで導かれた運命の対決という訳だな」
これは応援に熱が入りそうだ。なんてったって、東の力士は、俺がよくお世話になっている醤油屋の主人だからな。
「アズキダさん! 頑張ってください!」
俺の声が届いたのだろうか、アズキダさんは照れくさそうに片手をあげる。
さすがに、先ほどまでの重量級力士と違い、四股踏みでの地鳴りはない。
ってか、ハクオウさんの四股踏みが規格外すぎるだけだ。
しかし、アズキダさんの四股踏みは基本に忠実な、確実性のある綺麗な四股踏みだった。
そして、土俵の中央で睨みあう二人。
いま、因縁の醤油屋対決の幕が切って落とされた。
ゆっくりと腰を落とし構えるアズキダさん。遅れて腰を落とすミソナミ。
「はっけよい!」
ドシンッ!
二人の妖怪が地を蹴りぶつかり合う。
先ほどまでの音と衝撃はない。しかし、そんなことはこの二人には関係ない。
これは、男と男の意地のぶつかり合い。気に食わないことがあったら相撲で決着をつける。そんな思いが詰まった一戦だ。
ぶちかましの威力は互角。その後互いのまわしを掴み押し合うが、その力も互角。
二人は土俵の真ん中で膠着状態になる。
「アズキダぁ!」
「ミソナミぃ!」
ミソナミが力を込めアズキダさんを振り回すように揺さぶるが、アズキダさんは微動だにしない。むしろ、その動きを読んでいたかのようにその力を利用する。
「なっ!?」
ミソナミが力を込めて体を押し込む。その隙を逃さず、アズキダさんはミソナミのまわしから手を離す。
そして、その身をわずかに引くと同時に落とし込む。
ミソナミは込めた力を下に流されそのまま前のめりに倒れ込み……手を着いた。
その瞬間行司の軍配が上がる。
「東ぃ~。トウジロウの勝ち!」
おお、今のは確か引き落としだったか? 相手が押してくる力を利用して崩す技の一つ。
先ほどまでは力と力のぶつかり合いだったが今回の戦いもなかなか見ごたえがあった。
アズキダさんのように力で勝てなければ技で勝つ。それも相撲の醍醐味といったところだ。
「ぐっ! ちくしょう!」
「今回は俺の勝ちだな。ミソナミ」
アズキダさんは悔しそうにしているミソナミに手を差し伸べる。ミソナミはその手をがっしりと掴む。
「ちっ、次は負けねえぞ」
そう言って彼は土俵から下りていった。
続いて5組目の対戦。東から登場した力士は……。
「東ぃ〜。ミズゴロウ!」
河童のカワマタさんだ。
河童は相撲が強いと言うが、確かにその風格、四股踏みの力強さがある。
それにサクラノ村出身なので俺も応援に熱が入りそうだ。
そして、続いて西から現れた力士は……。
「西ぃ〜。ダイジロウ!」
2m50cmを軽く超える大男。大入道のダイジロウだ。
マジか。カワマタさん、あれと戦うのか。
身長、体重、肩幅、腕の長さ――ありとあらゆるものがカワマタさんよりも上だ。
「おお、前回惜しくも優勝を逃したダイジロウですね。これは力強い相撲が見られそうです」
「ふむふむ、対するはミズゴロウじゃのう。これは彼にとってなかなか厳しい戦いになるのう」
さすがの村長もこの組み合わせはカワマタさんが不利と見ている。
土俵の上に立つ二人の力士。その体格差は、誰の目から見ても絶望的だった。
西。大入道のダイジロウ。
まるで山をも吞み込むかのような巨躯。黒雲を思わせるような筋肉の塊。動くだけで周囲の空気をびりびりと震わせるような圧倒的質量。その姿はまさに動く要塞だ。
一方、東。河童のカワマタさんことミズゴロウ。
身長は170㎝前後。肩から背中にかけて盛り上がった筋肉。太く引き締まった脚。
しかし、目の前の動く要塞のごときダイジロウと比べたら、あまりにも頼りない。
観客席からもダイジロウの勝利を信じて疑わない歓声が響いている。
「おいおい、あの河童、運がねえな。相手は前回大関のダイジロウだぜ」
「張り手一撃で土俵の外まで吹き飛ばされるんじゃねえか?」
「いや、その前にダイジロウの奥義『巨岩砕き』でお終いさ」
中にはカワマタさんを馬鹿にするものまでいる。
しかし、カワマタさんの瞳は、怯えや恐れの色は微塵もなかった。
土俵に立つ二人が同時に腰を落とす。
先に両手を突いたのはダイジロウ。続いて、手を突くのはカワマタさん。
「はっけよい!」
行司の掛け声とともに空気が爆ぜる。
ズウウウゥゥンッ!!!
ダイジロウがその巨体からは想像もつかない速度で踏み込む。凄まじい突進がカワマタさんに襲い掛かる……はずだった。
「な、なにっ!?」
ダイジロウがその巨体をぶつける相手は、すでに目の前から消え失せていた。
なんと、カワマタさんは、ダイジロウの巨体の脇へ舞うように飛び込んでいた。
「おお、八艘飛びだ!」
思わず俺は叫んでいた!
現実世界でも、超重量力士相手に小兵の力士が使い、勝利を収めたってばあちゃんが言っていた。その時使った技が八艘飛びと呼ばれている。
「八艘飛び? なんじゃそれは!?」
「超重量力士相手に、体の小さな力士が使う技の一つだよ。相手の虚を突く戦法でここぞっていうときに使うんだ」
オウカの問いに俺は熱く語ってしまった。
でもさ、見てみたいだろ。圧倒的な強さを誇る相手に勝つという下剋上。相撲ではこれを大金星というらしい。
立ち合いと同時に突進したダイジロウはぶつかる相手がおらず、速度の乗ったその巨体を簡単には止められるはずもない。
いち早く着地したカワマタさんはダイジロウの後ろからまわしを掴む。
相撲で背後からまわしを取られることは、敗北を意味する。踏ん張りの聞かない背後から、さらにまわしも一方的に掴まれた状態になる。格闘技で例えるならマウントを取られたも同然だ。
「オラァァァアアアアッッ!!」
カワマタさんは相手の突進の勢いをそのまま乗せるように背後から押し出していく。
背後から襲いかかる、信じがたいほどの質量。 大入道のダイジロウは必死に足を踏ん張り、土俵際、徳俵ぎりぎりのところで耐えようとする。
「すげえ! ダイジロウの『巨岩砕き』を避けやがった!」
「うぉおおおお! あの河童すげえ!」
「いけ! ダイジロウを押し出せぇ!」
予想外の展開に会場の空気はガラリと変わる。先ほどまでカワマタさんを馬鹿にしていた妖怪まで応援する始末だ。
会場にいるすべての妖怪たちがカワマタさんを応援している。
それに答えるかのように、カワマタさんが腕に力を込める。
「どすこおおおおおい!」
このまま力任せに押しても押し出せないと察したカワマタさんはさらに腰を深く落とす。
次の瞬間――
カワマタさんが……大入道のダイジロウを持ち上げた。
踏ん張るはずの足が地面から離れ、焦りだすダイジロウ。カワマタさんはそのまま、ダイジロウとともに土俵外まで転がり落ちる。
ここで、行司が軍配を東に上げる。
「東ぃ! ミズゴロウの勝ち!」
その瞬間、会場に割れんばかりの歓声が響いた。優勝候補の一人。大入道のダイジロウに黒星を付けた河童。絶対に勝てないと言われた相手に勝つ。それこそが――金星だった。
「うぉおおおお! やりやがったあの河童!」
「すげえぞ! ミズゴロウ!」
「あのダイジロウを持ち上げたぞ! すげえ根性だ!」
会場にいる妖怪たちはまさにこの瞬間を見たかったのだ。
そして、それは見るものだけではない。戦う力士たちも同じだ。
「いい勝負だったぜ。ダイジロウ!」
「まさか、俺が負けるとはな。このままハクオウにも負けんなよ!」
二人の力士は互いに固い握手を交わし、5組目の対戦は幕を閉じた。




