脂と油とかたくり粉
さて、夕食は少し豪勢にしたいが、現実世界と違い、〇〇のタレ〜とか、〇〇の素〜とかは一切無い。
昼食の後は、まず、夕食の仕込みを済ませることにしよう。
カワマタさんの所で買った大根を皮を剥き、薄く銀杏切りにして、砂糖、塩、酢で漬けておく、こちらは大根の甘酢漬けだ。
おっと、皮は捨てないぞ。こいつを細切りにして、醤油と少しの砂糖を入れる。大根の皮のパリパリ漬けだ、ご飯が進むんだよな、これ。
漬物の仕込みが終わり、メインの仕込みといきたいところだが……。
「このイモが非常に気になる」
「ベタイモのことなのです?」
ジャガイモと同じで皮はあるが真っ白だ。俺は試しに皮を剥いてみる。中も真っ白、剥いた面に触れてみるがベタベタせず、むしろ少し滑る様な感触。どうやら熱すると、ベタベタになるらしい。
触れた部分が乾いて白い粉のような跡が残っている。……ん? 粉?
「そういえばあれってジャガイモの……。 ヨウコ! 何かすりおろせるようなものはあるか!?」
「えっと、お薬の材料をするようなのですか?」
ヨウコはおろし金のようなものを持ってきてくれた。この世界だと薬の材料をするのにも使うのか。
俺はベタイモをおろし金でおろし、容器に水を入れ混ぜ合わせた。
「はわわ、全て溶けて真っ白になってしまったのです」
「なるほど、こいつの正体が分かったぞ」
ベタイモが溶けて真っ白になった水をしばらく放置すると……。
「あ、水が綺麗になって、そこに白いものが溜まっているのです」
「やはりか、こいつはかたくり粉だ」
ジャガイモもすりおろした後に、水に溶かして濾過するとかたくり粉が取れる。このベタイモは、通常のジャガイモよりも大量のかたくり粉が取れるみたいだ。
待てよ、かたくり粉が手に入ったのなら、あれが作れるのではないか。鶏肉に味をつけて、かたくり粉をつけてカラッと揚げる。そう、唐揚げだ!! ……いや、油がねえ!!
「このかたくり粉があれば揚げるという調理法が出来るんだけど、油がない」
「えっと、ドドの脂だけじゃ足りないのですか?」
ドドの脂はあるが少量しか取れないため、圧倒的に足りない。 豚や牛なら大量に取れるかもしれないが、この村の中ではまだ見たことない。
「すまないがヨウコ、午後は油を探してくる」
「分かったのです」
ヨウコに了承をもらった俺は、大量の脂か油を探しに行くことにした。そういえば、昨日の料理対決の時の食材探して油屋というのがあったな。
「あった、ここだ」
店の看板に油屋と書いてある、俺は店の中に入ると、目的のものを探そうとしたが……。
「あら、いらっしゃい、何かお探しかしら?」
「あ、いや、えっと……。」
俺は思わずドキリとした。店の奥から出てきたのは着物を肩まではだけた色っぽい女性だった。
髪がしっとりと濡れており、長い髪をかんざしでまとめている。うなじから肩にかけて蛇の鱗のようになっているようだ。妖怪で言うと、恐らく、濡女だろうか?
「食用の油を探していまして」
「食用って、アンタ変わった趣味しているんだねえ。ってアンタ、最近入ったオウカのとこの従者だね」
女店主は煙管をふかし興味深そうな顔で覗いてくる。いや、あの、目のやり場に困ります……。
「うちで扱っているのは髪油さね、鬼族の女は自分の髪の毛に自信を持っているからねえ。特にオウカは髪油にこだわりを持っているのさね」
女店主は棚から瓶を一本見せてくれた。手のひらほどの瓶で赤い半透明の液体が入っている。
「あの娘がいつも使っているのはこいつ、鬼神椿の種から取った髪油さね、これ一つで金銭5枚だよ」
あ、あんな小さな便一つで金銭5枚って、やはり異世界でも女性の美への追及は変わらないようだ……。
ここは油屋でも、俺が求めていた所とは違うのか……。そう思いかけた時、棚に置いてある瓶の中に興味深いものを見つけた
「……なたね?」
「ああ、なたね油かい、それ人気ないんだよ。香りも良くないし、売れ残りやすいからねぇ。昔は行灯でつかっていたけどさ、今は妖石があるからねぇ」
そういえばヨウコが白い石を日当たりのいい場所に並べていたな。
夜でも屋敷の中は明るく、天井で光を放っているのだが、普通に考えたら電気もないこの世界で夜に明るいっておかしいことなんだよな。
現実世界で夜でも電気があるから普通に違和感なく過ごせてたけどあれも妖石だったのか。なるほど、朝のうちに光を溜め込んで夜に使うってわけか。やっぱり便利だな妖石。
いや、それよりもだ、この油が今日の夕食を決めると言ってもいい。
「売れ残るくらいだから安いってことだよな、鍋いっぱいでいくらだ?」
「鍋いっぱいって、ちょっと待っておくれ、今計算するさね」
女店主はそろばんのようなものをパチパチ弾いて計算する。
値段を聞いた俺は、一度屋敷に戻り、鍋を取ってきた。
なたね油、現実世界で食用油としても流通していたが、体に悪影響がというイメージが定着しつつあり、あまり見なくなってしまった。まあ、実際のところ、摂取しすぎればどんな油だって体に悪影響を及ぼすに決まっている。
「まあ、何使うかとかはどうでもいいけどさ、間違ってもオウカに髪油として渡さない方がいいよ。もしやったら、アンタ、ぶん殴られるからねぇ」
それは勘弁願いたいところだね、ははは。必要な食材を見つけた俺は、屋敷に戻ることにした。
屋敷にいるヨウコは鍋を見るなり首を傾げ……。
「エイタさん、今は行灯は使っていないのです。それにこれ、一番安い髪油なのです」
「いや、髪油じゃなくて、こいつを料理で使うんだよ」
その為には、まずドド肉の下ごしらえからしておかないとな。
親子丼の時はむね肉を使ったが、今回はもも肉を使うぞ。まず一口大に切ったドド肉に醤油、酒を漬け込んでおく。本当はニンニク、ショウガを入れたいところだが、八百屋に無かったので仕方ない、今回は無しだ。
「よし、これで30分ほど漬け込んでおく」
やはり食事は一汁三菜が基本、一つは昼に仕込んでおいたので、もう一品作ることにした。
用意するものは、にんじん、卵、醤油、塩、砂糖、酒、鰹節、そして今日手に入れた油だ
まず、ニンジンの皮をむく、と言いたいところだが、表面をよく洗って皮も食べることにしよう。皮をむかずに千切りにする。卵を溶いて、軽く塩を入れる。平鍋に油を垂らし、熱したらにんじんを加える。にんじんに火が通ったら、醤油、砂糖、酒を入れさらに炒める。にんじんを平鍋の端によせ、そこに溶き卵を入れ、混ぜる。器に盛って、上から鰹節をかけて、お手軽簡単、にんじんの尻尻の完成だ。
大根の甘酢漬けはいい具合に漬かっている。あとは器に盛るだけだ。
「さあ、今日のメインだ」
漬け込んだドド肉にかたくり粉と卵を混ぜていく。本当は小麦粉も入れると良いんだけど、ないものは仕方がない。
「ヨウコ、その火傷するから油には触れるんじゃないぞ」
「わ、分かりましたのです!」
油を使った調理は火傷に注意だ。気を付けて調理しよう。
試しに油の中に衣を少し落としてみる。少し沈んだのち、浮かび上がり、音を立てる。そろそろだな。熱した油の中に、カタクリ粉と卵の衣をまとわせたドド肉を入れていく。
じゅわわわわわわわ
油の中で肉をからりと揚げていく。現実世界と違い、自動で温度調節もなければ、自動消火機能もない。色、音、経験が頼りだ。
ヨウコも隣で真剣な眼差しで見ている。この世界で揚げ物という調理は初めてなのだろうか。
「なんじゃなんじゃ、なんだか腹が減ってくる匂いと音じゃのう」
オウカは音と匂いでもう待ちきれない様子だ。気持ちはわかるが我慢してくれ。
表面がきつね色になり泡の数も減ってくる頃が丁度いい。平たい器に移し、いったん油を切る。
「よし、完成だ!」
全てを揚げ終えた俺は、大皿に盛ってちゃぶ台へと運んでいく。
「おおおお! な、何じゃこれは!?」
本日の夕食
ご飯、大根のみそ汁、ドドのもも肉の唐揚げ、にんじんのしりしり、大根の甘酢漬け
「「「「いただきます」」」」
オウカとカナメは早速、唐揚げにかぶりついた。
「はふはふ、ドド肉か、これ? 柔らかくて凄く美味いぞ!!」
「ほふほふ」
やはり唐揚げは揚げたてに限るよな、美味さが段違いだ。
「髪油を熱してその中で茹でるって事でいいのですか?」
うん、まあ、大体発想は当たっている。正確には水の沸点よりも高い温度の油に入れることによって、食品の水分を飛ばすことなんだが、まあ、説明しても難しいよな。
「なに!? こ、これは髪油を使ったのか?」
「ああ、使ったと言っても、一番安いって言ってたなたね油だ。俺の世界じゃ、普通に料理で使われていたんだよ」
流石にあの女店主が言っていた鬼神椿の髪油は使わないさ。
「ふむ、髪油を食すのか、変わった国じゃのう、なんという国じゃ?」
「そうだな、日本。ってか、恐らくこの世界とは全く違う異世界から俺は来たようなもんだな」
俺は改めて、こことは違う世界からきた異世界人だと説明した。俺のいた世界ではオウカやヨウコ、この村の妖怪たちは空想の生き物で、現実世界には存在しないということも。
「まあ、妾はそんな細かい事気にはせんぞ。お前が人間? っていう種族だろうと、違う世界から来たやつじゃろうと、美味いもの作れることに変わりはないんじゃからな……、ってカナメ、お前食いすぎじゃぞ」
「うまうま」
うん、次からはちゃんと別皿に盛ろう。オウカとカナメは少し多めに盛ってな。
異世界に来ても変わらない……か。確かに料理して、美味いもん作るのは変わってないな。そうだな、難しいことを考えるのはやめだ。
俺は唐揚げにかぶりつく、やはり、ニンニクと生姜が欲しいところだな。しかし、油とカタクリ粉を手に入れたので、料理の幅が一気に広がった。
「ぬわ、もう唐揚げが無いぞ!?」
……はい? 待て待て、まだ俺一個しか食ってないぞ、もうなくなったのか?
「わ、私のを一つあげるのです」
さり気なく、ご飯の器に3つほど確保していたヨウコが一つくれた。
「ぬうぅ! エイタ! そいつを妾に寄越せ!」
おっと、食わせるか! 俺はヨウコにもらった唐揚げをすかさずつかんでかぶりつく。
「むぅ、妾の唐揚げがぁ」
いや、お前のじゃねえぞ。てか、どれだけ食ったんだ。結構な数は揚げたはずだぞ。うん、絶対別皿に盛ろう。
「「「「ごちそうさまでした」」」」




