妖怪大相撲大会①
会場に到着すると、思わず息をのんだ。
そこには、見渡す限り妖怪や魔物たちがひしめき合い、熱気と喧騒が渦巻いている。
その中心には、ひときわ存在感を放つ立派な土俵が築かれていた。まるで現実世界でテレビ越しに見た大相撲の土俵が、そのまま異世界へ運び込まれたかのような堂々たる造りだった。
「オウカ。こっちよ、こっち!」
声の方を振り返るとレイカさんが手を振っていた。そこは土俵を正面に見ることができる特等席、いわゆる正面マス席と呼ばれる場所だ。いいのか、こんな特等席に座っても。
「明日もこの席だからね。正面だから迫力あるわよ」
「うむ、やはりここの席で見るのが一番じゃな。ここは言わば横綱の身内専用の席と言ったところじゃ」
なるほど、オウカ達は毎年この席で見ることができるという訳か。
「つまりそれって、ハクオウさんが負けたら次はこの席で見られないってことだよな」
「む、た、確かにそうじゃのう」
村の住人にハクオウに勝って欲しいと願う一方、特等席で見られなくなるというジレンマを抱えている。オウカにとってはなんとも複雑な心境だろう。
「いいのよ、それで。多くの観客はうちの旦那を見たいんじゃない。本音はそれを超える強者を見たいのよ。そして、旦那もそれを望んでいるの」
レイカさんは淡々と答える。やはり長年連れ添った夫婦だからこそ、分かる心境というものがあるのだろう。
「静まれぇぇぇぇぇい!」
突如、大地を震わせる声が響いた。
あれだけ騒がしかった会場が一瞬にして静まり返る。見ると、土俵の上に一人の男が立っていた。
身に纏っているのは、どこか神秘的な山伏の装束。背中には漆黒の羽が広がり、顔には控えめな顎髭が一本。
その姿は、妖怪というよりも、渋さと威厳を兼ね備えた「イケオジ」と呼ぶに相応しい雰囲気を放っていた。
「本日、この相撲大会の行司はこの”クラマ ソウテン”が務めさせていただきます」
なるほど、あの烏天狗が行司、つまり審判を務めるということだな。確かに手には軍配を持っている。
「え~、ここで、この町の長。サンモト ゴロウザエモン氏からご挨拶をいただきます」
その烏天狗が視線を向けた先から堂々とした佇まいで歩いてくる一人の妖怪。
まるで江戸時代の武士の正装のような衣装で肩衣と袴を着ており、背中には先ほどの烏天狗と同じような黒い羽。そして、その顔は威厳のある武将のような顔をしていた。
まさか、あれがこの町を収めるサンモトという妖怪なのだろうか。
「皆の衆、本日はよく集まってくれた。今年も我らが力を競い、互いを称える日を迎えられたことを誇りに思う!」
サンモトは腰に下げている刀を抜き、天に高々と掲げる。
すると、先ほどまで晴天だった空が一瞬にして曇りだす。空には雷鳴がとどろき、稲光が走る。
マジかよ。あの妖怪、天候を操っているのか!?
「勝者には名誉を。敗者には誇りを。そして全ての者に、最高の一番を!」
その言葉に、会場中から歓声が上がった。
「おおおおおおおっ!」
「頑張れよ! ダイジロウ!」
「カイエン! お前の力を見せてくれぇ!」
「うおおおっ! 負けんなよタウラー!」
妖怪や魔物たちの熱気が会場を震わせる。
次の瞬間、一筋の稲妻がサンモトの掲げた刀めがけて落ちてくる。しかし、サンモトは何事もなくそれを受けると刀を一振りし納刀する。
「これより、妖大相撲大会、開幕をこの”サンモト ゴロウザエモン”が宣言する!」
納刀した刀で土俵を一度突いた瞬間。空に立ち込めていた暗雲が一気に晴れた。
観客席では妖怪たちが歓声を上げると、最初に立ち会う力士が東と西から現れる。
「東ぃ~、キスケェ!」
そこにはサクラノ村の赤鬼ことアカシさんの姿があった。あんこ型体型も相まって、まわし姿がやたらと様になっている。
「西ぃ~、タウラー!」
西から現れたのは牛の魔物、ミノタウロスのタウラー。いや、ちょっと待ってほしい。あの鋭い角でぶちかましをされたら、いくらアカシさんでも大怪我どころじゃすまないんじゃないか?
「おい、オウカ、西の力士のあの角はありなのか!?」
「何を言っておる。アカシも角が生えておるではないか?」
いや、確かに生えているけど、形も大きさも違う。明らかにミノタウロスの方が殺意マシマシの形しているじゃないか。
「この妖大相撲大会では一切の武器、妖術、魔法を禁止とする。それが規則の一番最初に書いておる」
「つ、つまり、あの角はそのどれにも該当しないからありという訳か?」
「そういうことじゃ。例えば、だいだらぼっちのタイゾウは妖術を使えばもっと大きな体になることができる」
え、あれでも大きいのにさらに大きくなることができるのか。
「しかし、ちょっと待て、妖術って言ったよな今。ってことは使わないであの身長ということなのか」
「うむ、そういうことじゃ。つまり、持って生まれたものはそれを利点として戦ってよいという訳じゃ」
そうか、よく考えたらスクナヒコさんは腕が4本ある。それでも大会に出られるということはそれが彼の持って生まれた利点だからだ。
「図体がデカかろうが、腕が4本あろうが、武器や術、魔法を使わなければよい。それがこの妖大相撲大会という訳じゃ」
そう言われると、この1戦目、凄い戦いになるんじゃないか?
「さあ、最初の1戦目から熱い試合となりそうですね」
突如、俺たちの後ろで解説のような実況が始まった。振り返ってみるとそこには……。
「本日は解説役としてサクラノ村の村長、センジュ氏にお越しいただいております」
「ほっほっほ、今日はよろしく頼みますぞ」
センジュ村長がいた。隣にいる鼻高天狗がセンジュ村長に問いかけ、それに答えているという形だ。
「今年のキスケさんはなかなかの仕上がりと聞きますがどうなんですか?」
「ふむ、確かに去年と違って覇気が出ておるのう。もしかすると上位を狙えるかもしれんぞ」
「ほう、その要因とはいったい何なのでしょうか?」
「そうじゃのう。やはり、料理が広まったことが最大の要因ともいえる」
その言葉を聞いたところで俺は視線を背ける。村長も俺が広めた料理の影響を知っているのだ。ここで見つかったら実況の天狗に色々と詰められそうだ。
「料理ですか。最近城下町でも話題ですよ。サクラノ村から流れてきた料理本によって城下町もその影響を受けたとも言えます。中には料理店なるものを開く者も現れたと」
「ほっほっほ、そいつはどんな店なのか楽しみですな」
「しかし、キスケのあの四股踏みを見てください。去年とは違い、とても力強く感じます」
俺も村でアカシさんの四股踏みを見たけど凄い迫力だった。そして今も、凄い迫力のある四股踏みをしている。
それに対してミノタウロスのタウラーも……。
「ふんっ!」
ドスン! ドスン!
アカシさんに負けないくらいの力強い四股踏み。
そして、両者が土俵の中央で向き合った。
「さあ、制限時間いっぱいとなりました」
アカシさんがゆっくりと腰を落とし、両手を土俵につく。対するタウラーも一拍遅れて腰を落とし、迎え撃つ構えを取った。
「はっけよい!」
行司の声と同時に、二人がほぼ同時に踏み込む。
――ドォンッ!!
雷鳴にも似た轟音が会場を揺らした。
ぶつかり合った二つの巨体。その片方――タウラーの体がわずかに揺らぐ。
「ぬおっ!?」
「ぬうううぅぅん!」
タウラーがわずかに後退。いや、一気に後退する。
アカシさんは渾身のぶちかましで相手をひるませると、その隙を逃さない。一気に前へ出て、圧倒的な勢いで土俵際まで押し込んでいく。
タウラーは土俵際の俵を踏みしめ何とか耐える。しかし、アカシさんに完全にまわしを取られており、押し返そうにもどうすることもできないでいる。
「ぬぅぅぅ……!」
アカシさんはそのまま力を込めると、タウラーの踵がわずかに浮いた。
こうなってしまっては耐えることはできない。
タウラーはそのまま土俵外へ寄り切られた。
「東ぃ~! キスケの勝ちぃ!」
アカシさんに軍配が上がった。会場から大きなどよめきが巻き起こる。
それにしても凄いぶつかり合いだった。今の立ち合いはまるで大型トラック同士が正面衝突したような迫力だった。
これが妖怪の相撲。いや、片方は魔物だったか。
そんな細かいことはどうでもよくなるほど、圧巻の一番だった。
これだけの熱戦を見せられたら、この先の取組も期待せずにはいられない。




