新たなる妖怪力士
さて、今日の朝食はハクオウさんたちの分も作らないといけない。いつものだし巻き卵は作るとして、もう一品は出汁で戻した昆布を使おう。
「昆布と人参できんぴらを作るぞ」
「きんぴらなのですね」
ヨウコは味付けを覚えていたようで、すぐに準備に取り掛かる。
「ほう、この昆布というのは海に生えているカラマリではないか」
スクナヒコさんも俺たちと同じ時間に起きて、色々手伝ってくれている。
「この出汁と合わせることによって、味噌汁があそこまで美味しくなるのだな」
「ええ、今日はこの出汁を使ってだし巻き卵を作ります」
「だし巻き卵? 名前からして卵と出汁を合わせるのか?」
「はい。だし巻き卵はオウカの好物なので、ほぼ毎日、朝食に作っていますね」
俺は出汁と卵を合わせ、いつも通りのだし巻き卵を作っていく。
パタパタと焼いては折り込んでを繰り返していくと、スクナヒコさんは感心したように唸る。
「う~む。見事な腕前であるな」
「試しに焼いてみますか?」
「む? よろしいのか?」
ここは実際に体験してみたほうがいいだろう。俺はスクナヒコさんの隣に立ちながら、だし巻き卵の指導をする。
「ぬおっ!? し、しまった!」
やはり、最初はぎこちない。しかも、菜箸の持ち方も違うのでひっくり返す時に平鍋から少し飛び出してしまった。
しかし、スクナヒコさんはめげずに形を整えて巻いていく。
「よ、よし。なんとか焼けたぞ」
「さすがです。だし巻き卵は多少失敗しても取り返しが利きますので」
完成しただし巻き卵を切って皿に並べていく。ヨウコの方も人参と昆布のきんぴらは完成したようだ。
さて、準備ができたし、そろそろ朝食の時間だ。
「飯じゃ、飯じゃ」
「……朝ごはん。食べる」
朝食が完成すると同時にオウカとカナメがやってくる。さらにハクオウとレイカの二人も起きてきたようだ。
「む? この黄色い色の食い物は卵なのか!?」
「あら、すごく美味しそうね」
全員そろったので朝食をいただくとしよう。それでは手を合わせまして。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
「こいつはだし巻き卵じゃ。妾の大好物で毎朝作ってもらっておるのじゃぞ」
「むむ。こいつがお主の好物とな」
ハクオウはだし巻き卵を訝しげに見つめ、意を決して口に入れる。
「むほう。こ、こいつは!」
口に入れた途端アイスクリームの時と同じ顔になった。
「スクナヒコよ。貴様、こいつを作ることは出来るか?」
「え、ええ、先ほど作り方を教えていただきましたので」
ああ、これは気に入ってしまったやつだな。戻ったらスクナヒコさんに作ってもらうようだな。教えておいて良かった。
「んん~。美味しいわね。このだし巻き卵。私も好きになったわ」
「そうじゃろう母殿。こいつは絶品なのじゃ」
オウカとレイカはそう言いながらだし巻き卵を食べている。こうやって並んで座っていると本当によく似ている。顔は母親、性格は父親になのだろうか……。いや、たぶんそうなのだろう。
俺はにんじんのきんぴらを食べてみる。昆布との相性が良くこいつもご飯を進めてくれる一品だ。
「……それにしても、あなたたち器用なことしているわね。そんな棒みたいなもので食べるなんて」
レイカさんは俺たちが使っている箸に興味を持ったようだ。レイカさんやハクオウさんたちは、前にオウカ達が使っていた匙のようなもので食べている。
「試しに使ってみますか?」
俺は炊事場から箸を人数分持って来ると、レイカさんは早速試すことにした。
「ええと、ここをこうやって、こう持つのかしら?」
「違うぞ母殿。ここはこうやって持つのじゃ」
俺からオウカ達へ教えたことは今、オウカからその両親へと伝わっていく。
ハクオウさんもレイカさんも箸の使い方に苦戦をしている。そして、最初に箸を使いこなせた者は……。
「ふむ、先ほどだし巻き卵を作る時も使っておりましたが、このように使うのですな」
まさかのスクナヒコさんだった。まあ、彼は料理番だし、色々と器用な部分もあるのだろう。ハクオウさんとレイカさんは、まあそのうち出来るようになるだろう。
やがて朝食も終わりを迎え、俺たちは揃って食後の挨拶を口にした。
「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」
「ハクオウ様。このスクナヒコ。実はお願いがございます」
朝食が終わり、洗い物を終えた後のことだ。
突然、スクナヒコさんがハクオウさんの前へ進み出ると、その場で勢いよく土下座した。
ハクオウさんも大柄な体格だが、スクナヒコさんも負けず劣らずの巨漢だ。
そんな大男がいきなり頭を地面に擦りつけるものだから、思わず何事かと目を丸くしてしまう。
「な、何事だスクナヒコよ」
「このスクナヒコ、相撲大会に出とうございます!」
え? スクナヒコさん元々相撲大会に出る予定はなかったのか?
「ふむ。お主は元々、わしの補佐に回る予定であったはずだ。何故そこまで出場を望む。理由を申してみよ」
「そ、それは……」
スクナヒコさんの顔がみるみる赤く染まっていく。
……なるほど。大体事情は読めた。
「ほ、惚れた女性のためにございます!」
「な、なんと!?」
「あらあら、スクナヒコったら」
さすがにこれはハクオウさんもレイカさんも驚いているようだ。
見た感じ堅物感があるスクナヒコさんが、まさか好きな女性のために相撲大会に出たいといっているからな。
そして、その想い人というのは――十中八九、ミクモさんだろう。
「ほう、惚れた女のためにか。がっはっはっは、これは愉快だ」
ハクオウさんはスクナヒコさんの答えに大笑いしているが、その顔は馬鹿にしている様子は微塵も感じられなかった。
「良いではないかスクナヒコよ。男の戦う理由などはそんなことで十分だ。貴様の相撲大会への参加。わしが許可しよう」
「あ、ありがたき幸せ!」
スクナヒコさんは再び頭を深く下げ、ハクオウさんに感謝をする。
「しかし、スクナヒコよ。もし、相撲大会で相見えた時は全力で掛かってくるがいい」
「は、ははっ! もちろん、そのつもりでございます!」
スクナヒコさんの覚悟も決まったような顔で俺の方に振り返る。いや、正確には2つのうちの1つの顔が俺の方へ向いたのだが。
「お主には私の宣言を見届けていただきたいのだ」
スクナヒコさんはそう言って頭を下げてきた。なるほど、これからミクモさんの所へ行くというのだな。
俺は了承し頷くと、スクナヒコさんはもう一度頭を下げる。
頑張れスクナヒコさん。
俺はスクナヒコさんと共にミクモさんの店へと向かう。ミクモさんは店の中で糸車を回している。
「ミクモさん。おはようございます」
「あら、いらっしゃい。エイタさんと昨日いた方」
ミクモさんは俺の隣にいたスクナヒコさんにも気が付いたようだ。スクナヒコさんは意を決したようにスッと前へ出ると。
「拙者はハクオウ様の従者をしております。名前はスクナヒコ。家名はリョウメ。一目お見かけした日より、其方のお姿が片時も脳裏を離れませぬ。もしご縁をいただけるのであれば、どうかお名前をお聞かせ願えぬであろうか」
スクナヒコさんはミクモさんの前に跪いている。その姿に戸惑いつつも、その顔は赤く染まっている。
「わ、わわ、私の、な、なな、名前はイト。い、家名は、み、ミクモです!」
ミクモさんはしどろもどろになりながらもなんとか答えている。突然の告白にかなり戸惑っているようだが、嫌がっているような感じはしない。
「自分は今年の相撲大会に参加いたします。願わくば、相撲にて拙者の覚悟を見ていただきたい」
「は、はい。もちろんでございます」
スクナヒコさんは立ち上がり踵を返し、そのまま屋敷へと戻っていく。後は相撲大会でその雄姿を見せるということか。
その場には俺とミクモさんが残された。しまった、完全に付いていくタイミングを逃した。
「どどどど、どうしよう、どうしよう!?」
「ど、どうしたんですか。ミクモさん」
ミクモさんはその4本の腕をあっちこっちにぶんぶん振り回している。その顔は真っ赤に染まり、それを鏡で見たミクモさんは4つの手で顔を隠してしまった。
「男性にあんなふうに想いを伝えられたのは初めてなのよ」
俺もあんな堂々とした告白をするとは思わなかった。いや、この世界ではこれが普通なのかもしれないな。
「で、ミクモさん的にはどうなんですか。スクナヒコさんは」
「うん、すっごくいい男。……ってなに聞いてんのよ!」
そう言って俺はミクモさんの4本の腕でべしべしと叩かれた。これは早々に退散しないと大変なことになりそうだ。
「と、とにかく、応援していますから頑張ってください!」
「う、うん、ありがとう」
俺は未だに顔を真っ赤にしたミクモさんを残して屋敷へと戻っていった。
遅れて屋敷へ戻るとそこには城下へ戻ろうとしているハクオウさんたちがいた。
屋敷の前には彼らがここまで乗ってきた馬車が置いてあり、ハクオウさんやレイカさんとオウカが話し合っている。
「それでは我らは行くとするぞオウカよ」
「うむ、次に会うときは相撲大会じゃのう」
そんな話をしているとハクオウさんが俺が戻ったことに気が付いたようで、俺に向き直る。
「確かに貴様の料理は凄いが認めたわけではないぞ」
「何が”認めぬ”よ。あなた、美味しそうにバクバク食べていたじゃない」
「むう……、そ、それは」
さすがにどの時代にも奥さんに勝てる旦那はいないのだろうな。
「し、しかしじゃ。貴様、あの時わしが言ったことを覚えておるであろうな?」
「料理でこの村の力士たちを育てろって話ですよね。もちろん覚えていますけど」
料理でこの村の妖怪たちを強くしろってことだよな。なんとも無茶な要求だがやれるだけやってみるしかないよな。
「スクナヒコよ。それではそろそろ出発するぞ」
「ええ、参りましょう。ハクオウ様、レイカ様」
スクナヒコさんは馬車の扉を開け、馬車の中にハクオウさんやレイカさんが入ると自分も馬車の運転席に乗り込む。
「あ、スクナヒコさん。こちらをどうぞなのです」
「む、こ、こいつは料理本ではないか。よろしいのか?」
「はい、それは印刷された物なのです」
「あら、それがあれば向こうに戻ってもここで味わった料理が作れそうじゃない」
馬車の中でレイカさんは嬉しそうに笑顔を見せる。
「一応、これと同じものを行商に渡してあるので、近々城下町でも料理本が流行りだすと思います」
「むむ、それは誠であるか。そうなれば城下町も一層賑やかになるであろうな」
それは楽しみだ。まさか俺の料理本がそこまで役に立つとは思わなかったな。
相撲大会の時は城下町で行われるのだろう。彼らとはその時までしばしお別れだ。
「それでは今度は相撲大会の時で」
「ええ、また会いましょう」
スクナヒコさんは馬車を走らせ屋敷を後にした。
屋敷の前には俺とオウカとヨウコが残された。
「しかし、とんでもないことを頼まれてしまったな」
「ん? 何がじゃ?」
「いや、料理でこの村の力士を育てろって話」
引き受けてしまったが、正直いって自信がない。相撲大会の日がいつなのか分からないが一朝一夕で育てられるほど単純ではない。
「そういえば、相撲大会っていつなんだ?」
「ふむ、確か来週じゃったのう」
来週か、さすがにそれだけでどうにかなるとは思わないが、何もしないという訳にはいかない。やれるだけやってみるとしよう。
「そうなると、まずは食事から変えていくしかないようだな」
これは相撲大会に出場する村のメンバーもとい力士たちの奥さんたちにも協力してもらう必要があるようだな。
いや、力士の奥さんたちだけではない。今回はあの人――もとい、あの妖怪にも手を貸してもらおう。




