すき焼きと多腕の者たち
「あ、しまった。干し椎茸を切らしていた」
夕食の準備の前に足りない食材があったのに気が付いた。
「ほう、干し椎茸を料理に使うのか。あれは薬の材料としてしか使わぬと思ったのだが」
「お屋敷ではお料理としても使うのです。水で戻すととても美味しい出汁が出るのです」
「出汁か。昼食の時のみそ汁でも使っておったな」
炊事場には俺とヨウコの他にハクオウさんたちの料理番、スクナヒコさんもいる。なかなかの勉強熱心で、ヨウコから借りた料理本を何度も読み返している。
「今から薬屋へ行って干し椎茸を買いに行きましょう」
***
「いらっしゃい、なにが欲しいんだい?」
俺たちは薬屋に到着すると干し椎茸を手に取る。他に何か目新しいものは無いか確認すると、思いがけないものを発見した。
「こ、これは……! えのきだけじゃないですか!?」
まさかのえのきだけを発見した。しかも生の状態だ。今日作る夕食に是非ともこいつを入れたい。
「そいつはエキダケだね」
エキダケって名前か。まあ、見た目えのきだけだし、問題ないだろう。今日作る料理だけじゃない。みそ汁の具や付け合わせ、いろいろ使うことができる便利な食材だ。
そんなことを考えていたら薬屋に他の客が入ってきた。
「あら、エイタさんじゃない。こんばんは」
「あ、ミクモさん、こんばんは」
織物屋のミクモさんだ。彼女は棚にある不思議な形をした植物の根っこをいくつか手に取っている。
「ぐはぁあ!」
突然、スクナヒコさんが奇声を発した。何事かと思って彼を見ていると、ミクモさんを見て固まっている。
「あの、スクナヒコさん?」
「え、エイタ殿、彼女はいったい?」
スクナヒコさんは俺の肩を4つの腕で掴みがくがくと揺さぶっている。やめてください、振動が通常の2倍の威力です。
「ええと、ミクモさんですか? 彼女は織物屋の女主人ですよ」
「ええい、そうではない! 彼女は独り身なのかどうかだ!」
「え? いや、それは分かりませんけど」
なるほど、どうやらスクナヒコさんはミクモさんに一目惚れしたようだ。
あいにく俺はこの村に来て間もないからな。他の家庭の事情は分からないのでヨウコに聞いてみることにする。
「なあ、ヨウコ。ミクモさんは独り身か?」
「はい。ミクモさんは少し前にサクラノ村に来た方で、結婚はされてませんよ」
俺の質問にヨウコも察したのか、小声でスクナヒコさんに伝えている。その答えを聞いたスクナヒコさんは声を出さずにパクパクと口を動かしている。
そんなやり取りをしていると、ミクモさんは買物を終え店を出ていく所だった。
ええい、ここは後押しをしてやるしかないか。
「あ、ミクモさん」
「あら、なあに?」
俺はスクナヒコさんの後ろに隠れ背中を物理的に押す。
「ぬ、ぬわ。な、何をする!?」
「ほら、何か声をかけてください」
「え、え~と。え~と」
スクナヒコさんはしどろもどろになりながらなんとか声をあげたのだが……。
「す、素敵な4つ腕ですね」
「あら、ありがとう。あなたも素敵よ」
スクナヒコさんは二つある顔を両方とも真っ赤にして固まっている。
いや、なんだ今の会話は!? 素敵な4つ腕って聞いたことないぞ。
ミクモさんは笑顔を見せて店を後にした。その場には俺とヨウコ、そして顔を真っ赤にして固まっているスクナヒコさんが残された。
さすがにいつまでもここにいるわけにはいかないので、俺たちは屋敷へと戻ることにした。
***
屋敷に戻ってもスクナヒコさんはまだ上の空のようだ。仕方がないが彼のことは放っておいて俺たちは夕食作りをしなくてはならない。
「今日はギャウルの肉があることだし、人数も多いからな。すき焼きを作ろうと思う」
「すき焼きなのですか?」
さすがに鍋一つじゃ足りない可能性があるからな。俺が作る隣でヨウコも同じように作ってもらうとしよう。
まず鍋に入れる野菜を切ってもらう。白菜、長ネギ、豆腐、えのきだけ、水で戻した椎茸だ。
「ギャウルの肉の脂身を少し切って鍋に塗るのに使うんだ」
鍋を熱してギャウルの脂を溶かし、切った長ネギを焼いて香ばしさを出したら、ギャウルの肉を入れて焼いていく。
ある程度焼いたら醤油、砂糖、酒、みりんもどきを入れる。
白菜、水で戻した椎茸、えのきだけ、豆腐を入れ、中火で10分ほど煮る。
「よし、完成だ」
「これを器に移すのですか?」
「いや、この鍋ごとちゃぶ台へ持っていくんだ」
「え!? このまま食べるのですか」
俺は鍋敷き代わりの平らな板をちゃぶ台に置き、その上にすき焼きの鍋を置いた。さらにそれをよそうための器を人数分用意した。
「こいつはこれに浸けて食うと美味いんだ」
そう言って俺が用意したものはすき焼きの必需品。
「生卵なのです」
「さあ、食うぞ夕食の時間だ」
俺たちとオウカの親父さんたちでそれぞれ鍋を分けることにした。さすがに7人分を一つの鍋に入れるというのは無理だったからな。
本日の夕食
ご飯、すき焼き、きゅうりの糠漬け
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
さて、いただきますと言ったはいいもののやはりというかハクオウさんたちはどうしたものかと迷っている。
俺は器に生卵を落とし、それをよく溶いてからすき焼きを器に取る。
「この溶き卵を絡めて食べると絶品ですよ」
「な、なんじゃと!? 溶いた卵をそのまま食べるというのか!?」
「そ、そのまま食べるのはちょっと引けるわね」
「う、う~む。こいつは本当に美味いのだろうか?」
やはり生の卵を食べるのは抵抗があるのだろう。しかし、そんなことはお構いなしと言わんばかりにオウカが食べ始める。
「んん~! こいつは美味いのう。溶いた卵との相性が最高じゃ」
「……美味い! ご飯が進む」
「ギャウルのお肉に味が染みて美味しいのです」
すき焼きを美味しそうに食べる3人を見てレイカが意を決してすき焼きを口に運ぶ。
「……あら、なにこれ、美味しい!」
「う、うむ。これは絶品だ。まさか生卵がこれほど美味いとは」
スクナヒコさんも卵を絡めてすき焼きを食べている。途中熱々の豆腐を口いっぱいに含んで火傷しそうになっていたな。
「ええい、ままよ!」
ハクオウさんも意を決して口へ運ぶ。口に入れた途端、目をかっと開いて叫んだ。
「なんじゃこれ!? 美味い!」
ハクオウさんも気に入ってくれたようだ。
「父殿、この夕食は酒が合いそうじゃのう」
「うむ、確かにそれはわしも思ったぞ」
二人は懐から盃を取り出すと、それぞれに酒を注ぎ始めた。さらにハクオウさんはもう一つの盃を取り出すと。
「おう、エイタとか言ったな貴様」
ハクオウさんは俺を睨みつけてくるが、少しだけ口元に笑みを浮かべている。
「まだ貴様を認めたわけではないが。これは美味い飯を食わせてくれた礼じゃ。飲むがいい」
そう言って盃に入った酒を俺に勧めてくる。これは断るわけにはいかないな。
「ありがとうございます。いただきます」
俺は盃に入った酒を一気に飲み干す。ああ、やはりすき焼きと日本酒の相性は最高だな。
「ああ、うめえ!」
ハクオウさんの前だというのに思わず本音で叫んでしまった。そんな俺の様子を見たハクオウさんは笑いながら俺の肩をバンバン叩く。
「がっはっは。そうかそうか。なかなか分かるではないか貴様」
俺の本音の叫びが気に入ったのか。ハクオウさんは上機嫌に盃を傾ける。
その後、オウカも加わり物凄い勢いで酒が無くなっていった。夕食はいつの間にか酒盛りで幕を閉じていたようだ。




