妖怪の横綱
「ふぅ、食ったのう」
「はぁ、美味しかった。オウカ、あなたはいつもこんな美味しいものを食べているのね」
「うむ、そうじゃぞ。エイタが来てからこの村に料理が流行りだしたんじゃ」
「これが教えてもらったお料理を書き留めた本なのです」
ヨウコはそう言って料理本を持って来る。西の国で記した分も合わせて、すでに4冊目に突入している。
「ほう、これは興味深い」
スクナヒコさんは料理本を手に取り、ページをめくりながら目を輝かせる。
「スクナヒコ、あなたこれ作れる?」
「ええ、作り方から材料まで詳細に書いておりますゆえ、作ることができると思います」
そういえば、スクナヒコさんはハクオウさんたちの料理番って言っていたな。
やはり料理番というべきか。ヨウコから渡された料理本をじっくりと読み込んでいる。
「どうじゃ、妾の料理番はすごいじゃろう」
「ぬうう、し、しかしだな」
ハクオウさんは俺のことをちらちらとみている。何か気になる所でもあるのだろうか。
「こやつは男であろう。嫁入り前の娘に男の料理番を付けるなど……」
「何言っておるんじゃ。スクナヒコだって男じゃろう」
「あれは長年仕えておる家臣みたいなものだから別じゃ!」
ああ、なるほど。
ハクオウさんが心配していることが分かった。
安心してくださいハクオウさん。俺はオウカどころか、この世界の住人に誰一人として勝てる気がしない一般人だから。
「そういえば、今日は何用で来たのじゃ、父殿」
「何を言っておるオウカ。そろそろ相撲大会であろう。わしが村のみんなに稽古をつけに来たという訳だ」
そういえば、村の至る所で四股踏みをしていたからな。
そこへ前回の優勝者でもあるハクオウさんが直々に稽古をつけに来るとなれば、村のみんなにとってはこれ以上ないほど心強いだろう。
「そろそろ大桜の前でぶつかり稽古でもしている頃じゃろう」
俺たちはそのまま大桜まで向かうことにした。
大桜の前に到着すると、そこにはいつ作られたのであろうか土俵が作られており、そこではアカシさんや木工屋の建設現場で働く鬼たちがぶつかり稽古をしていた。
まわしではなく、着物の上半身をはだけ、それを帯できつく締めている状態での稽古だ。
それでも体格の大きい鬼たちのぶつかり稽古はインパクトがすごい。特にアカシさんは見た目が力士だからな。そんな彼は他の鬼たちを軽々と投げ飛ばしている。
「ほう、今年はなかなか骨があるやつらが揃っておるのう」
ハクオウさんは嬉しそうに稽古をしている土俵へと向かう。それに気が付いたアカシさんや鬼たちが声をあげた。
「おお、ハクオウさんだ」
「ハクオウさんお久しぶりです」
もはや、この村では英雄扱いだな。
それも当然だ。前回の優勝者が自ら稽古をつけてくれるのだから、みんな嬉しくないはずがない。
……だが、一人だけ浮かない顔をしている人物がいた。
オウカだ。
「オウカ、何でそんな不満げなんだ?」
「むぅ~。父殿は確かに強いのじゃ。しかし、このところずっと父殿ばかり勝っておるからのう」
「別にいい事じゃないのか?」
オウカにとっては父親だし、身内が勝つことは嬉しいことだと思うのだが、オウカはなぜか不満げだ。
「父殿が勝つことでその町に活気が出るのはいい事じゃ。しかし、父殿は城下町に住んでおるからのう」
「あ、オウカの親父さんが勝つと城下町ばかり活気が出て、この村は大して盛り上がらないって訳か」
「そう言うことじゃ」
なんか複雑だな。別々に暮らしているから素直に身内を応援できないなんてな。
「そうね。それは旦那も気にしていたわ」
オウカの隣にいたレイカさんが苦笑しながら口を開く。
「最近自分よりも強い力士がいなくて退屈しているそうよ。確かに強いことはいいことだけど、それに匹敵する好敵手がいないと盛り上がらないってさ」
「なるほど、だからこうして稽古しに来たってわけですね」
自らの好敵手を育てるため直々に稽古しに来たって訳か。そりゃこれだけのカリスマ性もあるわけだ。
「さて、最初にわしの相手をするのは誰じゃ?」
「俺に稽古をお願いします。ハクオウさん」
先に土俵に立ったのはアカシさん。互いにぶつかり稽古をしていた鬼の一人が行司の代わりを務める様だ。
体格は同じくらいなのだがハクオウさんの圧がすごい。そう、例えるなら某アメコミに出てくる緑の巨人のような体格だ。
ハクオウさんは腰を下ろし両手を付けアカシさんを待っている。アカシさんは呼吸を整え、ゆっくりと腰を落とし、両手をつく。それが始まりの合図だ。
「はっけよい!」
声とともに二人の巨体がぶつかり合う。鈍い衝撃音が土俵に響き、砂が舞い上がる。大地そのものが震えたかのような迫力に、俺は思わず息をのむ。
アカシさんとハクオウさん、ともにまわし代わりの帯を掴んでいる。二人の力は拮抗しているように見えるが。
「どうしたアカシよ、そんなものか?」
「ぬううううう!」
アカシさんはなんとかして投げようと右に左に動かしているが、ハクオウさんはピクリとも動かない。やがてハクオウさんは力を込めるとアカシさんを土俵外まで押し出してしまった。
「あ、ありがとうございました」
「ふむ、アカシよ。前よりも覇気が出てきたな。力も増している」
「あ、ありがとうございます!」
「よし、次じゃ!」
ハクオウさんがそう叫ぶと、行司をしていた鬼が手を上げる。そして立ち会った力士たちをハクオウさんは片っ端からぶん投げていく。
そう、もちろんネコタさんやアズキダさんもだ。
「うにゃあああ!」
まるで町内会の相撲大会に出ているお父さんが、幕内力士にぶつかりにいっているみたいに体格差がある。
ネコタさんはそのまま片手で軽々とぶん投げられてしまった。
一方、アズキダさんは持ち前の身軽さを生かし、ハクオウさんの横から攻めるが。
「ほう、技を活かすか。しかし、力が足りぬぞ」
腰帯を掴まれ、そのまま寄り切られた。
「ありがとうございました」
アズキダさんも立ち会い後に礼をし、土俵を後にする。
「どうした。もうお終いか貴様ら」
村の力自慢が何度挑んでも全く倒せる気がしない。
やはり大会優勝者。その実力は本物だった。
「……次は俺だ」
村の方面からカワマタさんが歩いてくる。今まで稽古には参加しておらず、今到着したばかりだ。
「……ほう」
カワマタさんを見たハクオウさんがにやりと口元を緩める。
カワマタさんに何かを感じたのだろうか。改めて気合を入れるため、四股踏みをする。カワマタさんも同じように四股踏みをするのだが。
ズシンッ!! ズシンッ!!
ハクオウさんの四股踏みはもう次元を超えている。もはや地響きのような音が俺の心臓に響く。
対するカワマタさんも静かに四股を踏む。
派手さはない。
だが、その一歩一歩には揺るぎない重みがあった。
四股を終えたハクオウさんは深く腰を落とし、両手を土俵につく。
「さあ、来るがいい。カワマタ!!」
カワマタさんは自分の頬を両手で軽く叩き気合を入れる。静かに腰を落とし……。
「はっけよい!」
バチンッ!!
掛け声と同時に二人が激突する。
空気そのものを震わせる衝撃音が土俵に響き渡った。
そして、先にまわしをつかんだのは――。
「……ぐっ!」
「ふん!」
カワマタさんはハクオウさんに下手を取られたようだ。身長差と腕の長さの違いによりカワマタさんは帯を取ることが出来ずにいる。
そのままズルズルと足を引きずりながら土俵際まで押されていく。
しかし、カワマタさんはギリギリの間際で踏み止まった。
「ぬううううう」
カワマタさんは腰を落とし重心を下げハクオウさんの怒涛の寄りを耐える。
しかし、相撲とは耐えてばかりでは意味がない。勝つためには攻めなければならないのだ。
「ほう、中々の粘り腰。だが、甘いぞカワマタ!」
ハクオウさんが力を込めるとカワマタさんの踵が浮く。そのまま振り回すようにカワマタさんをぶん投げた。
ドシャア!
「……くっ」
「……ふむ、筋はいいがまだまだよのう」
そう言いながらハクオウさんはわずかに肩を上下させている。さすがの連戦に彼も疲れが見えるようだ。
(連戦続きの疲れではないな。この疲れは……!)
ハクオウさんはカワマタさんを見るとにやりと笑う。 まるで待ち望んでいた好敵手を見つけたような笑みだった。
「がっはっはっは。今年の相撲大会はなかなか楽しめそうじゃな」
豪快に笑いながら、ハクオウさんはその場を後にする。
一方、カワマタさんは悔しさを噛み締めるように土俵へ座り込んでいた。
「戻るぞ。エイタ」
「あ、ああ、分かった」
俺たちは屋敷に戻ることにした。おっと、あれを忘れるところだった。
「そうだ、オウカ。俺はちょっと氷屋に寄ってから戻ることにするよ」
「む? 氷屋に寄るのか?」
「ああ、昨日おやつを仕込んでおいたからな。それを回収しにいかないとな」
「おやつじゃと!?」
おやつという単語を聞いてオウカは早速反応した。
「今回のおやつは超特別製だ。冷凍庫が使える期間しか作れないからな」
「おお、そいつは楽しみじゃのう。早速氷屋へ向かうとするぞ」
オウカは急かすように氷屋へと向かっていった。




