妖怪力士
「あ、カタオ節がもう無いんだったな……」
昼食の準備のため、俺は棚の食材を確認していたのだが、そこで重大な事実に気付いてしまった。カタオ節が、見事に空になっている。
仕方ない。補充のため、俺はいつもの乾物屋へと足を運ぶことにした。
店へ向かう道すがら、どこからか奇妙な音が聞こえてくる。
ドンッ……ドンッ……。
まるで足を全力で地面に叩きつけているかのような、重く鈍い音だ。
「ふん!」
そこにはネコタさんが短い脚を必死に持ち上げ、勢いよく地面を踏んでいた。まるで相撲の四股を踏んでいるような動きだ。
「な、何しているんですか、ネコタさん」
「うにゃ、いらっしゃいだにゃ。旦那」
ネコタさんは慌てて店の中に戻る。
一体何をしていたのだろうか……。
俺はあまり気にせず店の中にあるカタオ節と昆布、魚の干物を手に取る。他に何かないかなと探していると……。
「お、これは切り干し大根じゃないですか」
「うにゃ、そいつは保存食として作ったやつですにゃ。旦那は何かいい料理に変えてくれるのですかい?」
こいつは煮物に使えるからな。保存もきくし、小鉢として使えるし、こいつも買っておこう。他には……。
「お、こいつは」
俺が見つけたのはスルメイカだった。こいつを水で戻せば料理の材料としても使えるぞ。
「そいつは乾燥ヤリカにゃ。海にいるヤリカを干したものだにゃ」
この世界ではイカをヤリカというのか。ちょっと名前も似ているな。昼食はこいつをメインに何か作るか。
「そういえば、さっき相撲の四股踏みみたいな事していましたけど……」
「うにゃ、そろそろ城下で相撲大会があるんだにゃ」
相撲大会? それじゃあ、さっきのは本当の四股踏みだったのか。まあ、あんまり強そうな感じの四股踏みじゃなかったけどな。
「あ、そういえば。タマさんに『たくあん美味しかったです。ごちそうさまでした』って伝えておいてください」
「うにゃ。旦那の糠漬けも美味かったですにゃ」
そう言ってくれるのは嬉しいもんだぜ。
俺は乾物屋で買い物を済ませると、次に肉屋へ向かった。
ドンッ!……ドンッ!……。
再び先ほど聞いた音が聞こえてくる。
おかしいな。ネコタさんの家はだいぶ離れたはずなのに。
肉屋へ着くと、店先でアカシさんが豪快に四股を踏んでいた。
身長は2メートル近くあり、肩幅も広い。腹は出ているものの、その体格はまるで力士そのものだ。さっき会った中年体型のネコタさんとは、天と地ほどの差がある。
「おう、エイタか。何か用か?」
アカシさんは四股踏みを中断すると店先に戻る。恐らくだが、村のあちこちで四股踏みが聞こえてくるのだろうか。
俺はドド肉と卵をいくつか買うと、次の店に向かう前に相撲大会について少し聞いてみることにした。
「相撲大会って城下町でやるんですよね?」
「ああ、サクラノ村からも何人か出るんだが、去年の秋場所は城下町のハクオウが優勝したんだよ」
ハクオウ? 今回の相撲大会の最強格の妖怪なのだろうか?
「なんてったってオウカの親父さんだからな。強いってもんじゃねえぜ」
オウカの親父さんか、もう聞いただけで強そうだよ。なんてったって酒呑童子の親父だぜ。どんだけ強いんだよ。
「ただ、うちにも強者はいるぜ。あいつ、今年は仕上がりがいいって言っていたからな。もしかしたらハクオウに勝つかもしれない」
「え? あいつって、アカシさんじゃなくて他にいるんですか?」
アカシさんは見た感じ力士体型で、現実世界でも力士としていそうな雰囲気だ。
そのアカシさん以外に誰がいるというのだ?
「まあ、村の中を回ればそこらじゅうで稽古してっからな。誰だかわかるんじゃねえか?」
そう言ってアカシさんは再び四股踏みを始める。赤鬼で力持ちのアカシさんにそこまで言わせる者とは一体誰なんだろうか。
アカシさんの店で買い物を終え俺は醤油屋へ向かうとそこでも四股踏みの音が聞こえる。
デンッ!……デンッ!……。
先ほどとはまた違う四股踏みの音が聞こえる。
「頑張ってくだせえ。親父」
「今年は優勝を目指しましょう。親父」
醤油屋の店先ではアズキダさんが力強く四股を踏んでいた。その周りには小豆洗い子分たちがアズキダさんを応援している。
どうやらアズキダさんも相撲大会に参加するようだ。
「おう、エイタじゃねえか」
「おはようございます。アズキダさんも相撲大会に参加するんですか?」
「おう。と言っても相撲大会は強者ぞろいだからな。どこまで行けるのやら」
それでもアズキダさんは四股踏みをやめない。代わりに店先には小豆洗い女将、トウコさんが店の中にいた。
「店番は代わりにアタシがやっておくよ」
「いやあ、村のどこもかしこも四股踏みしていますね」
「この時期はみんな相撲大会のために稽古しているからね。四股踏みの音が聞こえると相撲大会が来たなって思うわね」
俺は醤油屋で豆腐と無くなりそうになっていた醤油を買うと次の店へ向かった。
醤油屋の次は八百屋へと向かう。
ドシンッ!……ドシンッ!……。
……えっ!?
思わず俺は足が止まった。
今まで聞いていた音とは明らかに違う。まるで心臓に響くような振動が伝わってきた。
そこにいたのはカワマタさん。いつも背負っている甲羅は外して近くに置いてあるのだが。
ドシンッ!……ドシンッ!……。
音がすごい。まるで本物の幕内力士の四股踏みを見ているかのような圧倒的な力強さがある。
普段は着物と甲羅を背負っているせいか細身に見えるカワマタさんだが、今の姿はまるで別人だった。
肩から背中にかけて盛り上がった筋肉。太く引き締まった脚。
重心はどっしりと低く、全身から”相撲のために鍛え上げた体”という説得力が漂っている。
西の国にいたオーグランドさんとは違う筋肉の付き方をしている。重心は徹底的に下に置かれ、相撲のために鍛え抜かれた体といっても過言ではない。
オーグランドさんが戦士の筋肉なら、こちらは力士の筋肉だ。
……カワマタさんって着痩せするタイプだったんだな。
「おう、旦那じゃねえか。野菜をご所望かい?」
「あ、はい」
俺は必要な野菜を買い込むと相撲大会について聞いてみることにした。
「カワマタさんも相撲大会に出るんですか?」
「おう、もちろんさ。今年こそはハクオウをぶん投げてやるつもりだからよ」
やはり、カワマタさんも打倒ハクオウといったところか。
そういえば河童って相撲が強いって聞いたことがあるけど、こうやって見るとカワマタさんもそうとう強そうだな。
「サクラノ村の連中が優勝すればこの村もにぎやかになるだろうし、頑張らねえとな」
やはりこうしたイベントとなると村全体がにぎやかになる。前回の花祭りもそうだったけどみんなにぎやかな祭りごとが好きなんだろうな。
俺はカワマタさんの店で野菜を買い込むと屋敷へ戻ることにした。




