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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国間話

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包丁と研ぎ師

 さて、昼食も済んだことだし、俺は再び買い物へ出ることにした。

 というのも、この世界に来たときの俺は文字通りの一文無し。身一つで放り出されたようなものだった。

 当然、自分専用の調理器具なんて持っていない。

 だが、料理人たるもの、自分の得物くらいは持っておきたい。

 幸い、西の国での仕事で多少の臨時収入もあった。オウカへの借金はまだ残っているが、包丁を一本買うくらいなら問題ないだろう。

 ……もちろん、勝手に買うわけにもいかないので、事前にオウカへ確認は取ってある。

 すると――


「別に構わんぞ」

「お、いいのか? てっきり却下されるかと思ってたんだが」

「何を言うておる。料理番にとって包丁は商売道具じゃろう? それを取り上げるような真似はせぬわ」

「まあ、それもそうか」


 さて、主から許可ももらえたし、早速俺は鍛冶屋へと向かうことにした。


 相変わらずの熱気と鉄を叩く音が響く。店先には鍛冶屋のボスことタタラさんと、あれは息子さんだろうか。

 確か、ボルアッカ捕獲の時に少し顔を合わせたくらいだな。年齢的に俺と同じくらいに見えるが、やはり鍛冶をしているだけあってガタイはいい。まあ、妖怪だから実年齢は分からないが。


「いらっしゃい。おや、君はボルアッカ捕獲の時にいた料理番だね」

「おう、小僧か。久しぶりだな。今日は何用だ?」

「あ、実は包丁を探していまして。予算は金銭5枚くらいまででして」

「ふむ、包丁か。おう、シロガネ。おめえの打った刃物見せてやれ」


 シロガネと呼ばれたタタラさんの息子は、店の奥へと姿を消すと、やがて細長い木箱を抱えて戻ってきた。

 箱の中には、包丁が収められているであろう箱が並んでいる。


「一応僕が打ったものだけどこの中にあるやつは自信作かな」


 そう言いながら、一つの木箱を開けて見せる。

 現れたのは刃渡り20㎝ほどの包丁だった。

 木製の柄は手に馴染みそうな作りで、何より刃が美しい。透き通るような輝きを放ち、まるで芸術品のような仕上がりだ。


「ちょっと持ってみてもいいですか」

「ええ、どうぞ」


 俺は試しにその包丁を握ってみる。

 悪くはない。けど、少し物足りなさを感じる長さだ。

 屋敷にある包丁はこれよりも少し短い。

 恐らくヨウコが長年使っていて、手入れしているうちに短くなってしまったのだろう。


「もう少し長い包丁はありますか?」

「長いやつか、そうなるとこの辺りかな」


 そう言って3つほど木箱を取り出した。

 俺はまず一つ目の箱を開ける。

 刃渡り27㎝ほど。

 一般家庭で使うには少々長すぎるだろう。どちらかと言えば料理屋の厨房向けだ。

 長い分だけ重量もあり、扱うにはそれなりの慣れが必要そうだった。


 次の箱を開けてみる。

 刃渡り24㎝ほど、俺が仕事で使っていたのもこれくらいの長さだ。

 試しに持ってみるとなかなかしっくりくる。こいつは第一候補だな。

 

 最後の箱を開けてみる。

 先ほどと同じ24㎝ほどだが、少し幅が細い。刺身包丁よりかは広いけど牛刀包丁よりかは細い。

 持った感じ、悪くはないのだが、ちょっと欲しいものとは違うな。


「決まったかい?」

「ええ、こいつに決めました」


 俺が選んだのは2番目の包丁。こいつがなかなかしっくり来て使い勝手がよさそうだ。


「ええと、そいつは金銭2と銀銭8だね」

「じゃあ、こいつでお願いします」


 俺は金銭を3枚渡してお釣りの銀銭2枚を受け取る。


「一応、研いではあるけどあまり期待はしないでね。一度研ぎ師の所に持っていった方がいいかも」

「研ぎ師?」


 この世界には研ぎを専門とした職があるのか。現実世界だとあまり聞いたことがない職だな。


「研ぎ師ってのはその名の通り研ぎを専門にしている職だ。俺も研げなくはないがさすがに本職には勝てねえからな」

「そ、そんなに凄いんですか研ぎ師って」

「ああ、研ぎに関しては俺なんか足元にも及ばねえよ」


 タタラさんにそこまで言わせる者。一体何者なんだろうか。


「その研ぎ師の方って、一体どこにいるんですか?」


 俺のその質問にタタラさんはキョトンとした顔をしている。え? 俺なんか変なこと聞いたのか?


「何言ってんだ小僧。おめえの寝泊まりしている屋敷の隣に住んでいるじゃねえか」


 ……屋敷の隣に住んでいる。

 え、まさか!?


「もしかしてヤマネさん!?」

「ああ、ヤマネさんは伝説と呼ばれた研ぎ師だぜ。なんだ、お前さん知らなかったのか」


 マジか。そんなすごいお方だったのか。優しいお隣のおばあちゃんってイメージが強いんだよな。

 そんな近くにいるとは思わなかったし、これは包丁研ぎをお願いしてもらおう。


「必要なものがあったらまた来てくれよ」


 俺はそのままお隣のヤマネさんの家へ向かった。


「失礼します。ヤマネさんいますか?」

「あら、エイタさんいらっしゃい。丁度良かったわ」

「え?丁度良かったって?」


 ヤマネさんと息子の嫁さんのマヤさん、二人が瓶を見せつけてくる。


「ほら、糠漬けを漬けたんだけど、味を見てもらいたくてねぇ」

「私は漬物を漬けたの食べてみて」


 そういえば、各家庭の糠漬けがそろそろ完成する頃か。せっかくだしいただくとしよう。

 ヤマネさんは糠漬けを取り出して糠を落として切ってくれた。


「いただきます」


 お、これはしっかりと漬かっていて美味い。

 糠漬けは作る人によって味が変わると言われている。この糠漬けは屋敷の糠漬けとはまた違った味わいがする。


「次は私の漬物よ」


 そう言ってマヤさんが見せつけてきたのは


「それってまさか、からし菜ですか?」

「え? これってそんな名前なの?」


 見せてもらったそれは現実世界でも見たことがあるからし菜の塩漬けだった。ツンとしたからしの風味がたまらない野草の漬物だ。

 こいつを炊き立てのご飯の上に散らして食べるのが美味いんだよな。


「ほら、お義母様がわさび菜の醤油漬け作ったのを見て私も似たようなのを作ってみたくってね」

「食べてみてもいいですか?」

「どうぞどうぞ、ちょっと待ってね」


 俺は切ってくれたからし菜を食べてみる。ツンとした風味がたまらない、こいつはご飯が欲しくなる味だ。


「美味いっすね、これ。ご飯が欲しくなります」

「え? 本当に!?」

「ええ、後でうちの糠漬けと交換しましょうよ」


 もう完全に俺たちは糠友……いや、漬物の仲間だから”漬け友”と言ったところだろう。他の家庭も作っているのだろうな。どんな漬物が出来ているか気になる。


「あら、そういえばエイタさん。何か御用があるんじゃないのかしら」


 ヤマネさんのおかげで俺がここに来た本来の目的を思い出した。


「ああ、そうだった。鍛冶屋で包丁を買ったんですけど、タタラさんが研ぐならヤマネさんの所がいいって言われまして」

「あら、クロガネちゃんがそんなことをねぇ」


 クロガネって、恐らくボスの名前だろう。

 そうなるとタタラは家名だったのか。

 タタラさんがボスなら、ヤマネさんはその師匠という立場なのかもしれない。クロガネをちゃん付けで呼んでいるくらいだし、かなり昔からの付き合いなのだろう。


「包丁、見せてもらってもいいかしら?」

「あ、はい、こちらです」


 俺は手にしていた包丁をヤマネさんへ差し出した。

 ヤマネさんは箱から包丁を取り出すと、刃を上に向けてじっと見つめる。

 その表情が、わずかに変わった。


「ふふふ。クロガネちゃんも、まだまだねえ」

「まあ、お義母さまの研ぎが見られるんですか? 勉強させていただきます」


 そう言ってマヤさんが身を乗り出す。


 ヤマネさんは家の奥にある作業場へ向かう。そこではヤマネさんの息子が包丁を研いでいた。なるほど。研ぎ師というのは、ヤマネさん一家の生業だったらしい。


「研ぎの仕事は息子に譲って私は隠居していたんだけどねえ。たまに研ぎたくなっちゃうのよ」

「え、そうなんですか?」


 ヤマネさんは水に浸けてあった砥石を取り出し、その上に包丁をそっと置いた。

 次の瞬間だった。


 シャリン――。


 耳に澄んだ音が届く。だが、その音は妙だった。俺の目には、すでに包丁が動き終わった後に聞こえたのだ。

 気のせいじゃない。ヤマネさんの手が速すぎるのだ。

 俺の視線が追いつくより先に刃が走り、後から研ぎ音だけが耳に届く。

 まるで達人の居合斬りでも見ているようだった。


「……すげえ」


 思わず声が漏れる。

 刃先が淡く光を反射し、先ほどまでとはまるで別物に見える。

 素人の俺ですらわかる。

 ヤマネさんのこの研ぎだけで、切れ味が何段階も上がったのだと。


「はい、これでどうかしら?」


 ヤマネさんはそう言って、俺に包丁を返す。

 俺は改めて、研がれた包丁を確認する。

 (しのぎ)が煌めき、寸分のズレもない。まさに職人が仕上げた業物と言えるだろう。


「ありがとうございます、あ、今お代を……」

「あら、そんなのいりませんよ。エイタさんには色々よくしてもらっているもの。もし、また切れ味が落ちてきたら言ってね」


 ここまで言われちゃ断れないな。やはり、持つべきものは良き隣人だな。

 後で何かお礼でも持ってこよう。


「そうだ。エイタさん、この後お時間ありますか?」

「ええ、夕食の準備にはまだ時間がありますけど」

「実はね。これから村の主婦たちによる漬物会をしようと思うのよ。一緒にどうかしら?」


 え!? 漬物会!?

 なにそれ、凄い気になる。


「行きます。いや、行かせてください」

「ふふふ、それじゃあ、早速向かいましょう。あ、場所は集会場よ。漬物を忘れないでね」

「わかりました」


 俺はウキウキしながら屋敷に戻った。

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