雪女と冷凍庫
朝食は東の国では初めての朝パンにすることにした。
いつものだし巻き卵に、照り焼き風に炒めたドド肉。さらに千切りキャベツに薄切りにしたキュウリをパンで挟んだ、特製の照り焼きドドサンドだ。
そして、それに合わせるのは白菜のみそ汁とキュウリの糠漬け。
和なのか洋なのか分からない組み合わせだが、美味ければ問題ない。
本日の朝食
ドドの照り焼きサンド、だし巻き卵、白菜のみそ汁、キュウリの糠漬け。
「「「「いただきます」」」」
とはいえ、昨日作ったバゲットはまだ半分ほど残っている。
パン粉にする手もあるが、冷蔵庫ではせいぜい一週間程度しか保たないだろう。
「冷凍庫があれば、もっと長持ちするんだけどな~」
「冷凍庫じゃと? 無くはないぞ」
「え!? あるの!?」
氷の妖石で冷蔵庫があるくらいだ。冷凍庫もあってもいいだろうと思っていたが、まさか本当にあるとは。
……いや、待て。屋敷のは冷蔵庫はあっても冷凍庫はどこにも見当たらないぞ。
「冷凍庫は氷屋が所有しておる」
「氷屋か、そういえばそんな店あるって言っていたけど……」
名前を聞いたことがあるくらいで村では実際に見たことはない。
店だったら看板を掲げているのですぐに分かるはずだが。
「そんな店見たことないけど、この村にあるのか?」
「うむ、あるぞ。ただ、寒い時期は閉まっておるからのう」
冬の間は外に置いておけば凍るので、あまり冷凍庫は必要ないということらしい。つまり、これから暖かくなってくる季節は必要になるということだ。
「冷凍庫で凍らせて作る料理もあるにはあるんだけど……」
アイスとかシャーベットとかだな。
だが、あれはおかずではなくデザートの部類だ。今はまだ黙っておこう。
「このドドサンドというのはなかなか美味いな」
「……パンと一緒に食べると美味い。だし巻き卵を挟んでみるのは?」
「だし巻き卵サンドか……、それなら普通に目玉焼きにした方がいいな」
まあ、好みの問題か。
それでも、たまには朝食にパンというのも悪くない。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
***
朝食を済ませ、ひと通りの家事を終えた俺は、昼食の食材を買うために八百屋へ向かっていた。
いつものように通りを歩いていると、道の向こうから見慣れない馬車がやって来るのが目に入る。
馬車に乗っていたのは一人の女性だった。
白と水色を基調とした美しい着物を身にまとい、腰まで届く長い髪には雪の結晶を模したかんざしが挿されている。その姿はどこか幻想的で、まるで昔話の世界から抜け出してきたかのようだった。
……いや、この世界自体昔話のような世界だったわ。
しかし、この街では見かけたことのない人物、いや、妖怪だな。
不思議に思いながら眺めていると、馬車が俺のすぐそばを通り過ぎる。
その瞬間――。
「寒!」
ひやり、とした冷気が肌を撫でた。季節外れの寒さに思わず肩を震わせる。
気のせいかと思ったが、馬車が遠ざかるにつれて冷気も薄れていく。
……今のは、一体何だったんだ?
俺はそんなことを思いながら八百屋へと向かった。
「よう、旦那いらっしゃい。今日は何を買いに来たんだい?」
「おはようございます。カワマタさん。とりあえず、いつもの大根とナスとキュウリを」
八百屋では河童のカワマタさんが元気よく迎えてくれた。
糠漬けの野菜を一通り買った後、先ほどであった女性についてカワマタさんに聞いてみることにした。
「そういえば、先ほど村で見かけない女性が馬車に乗って来たんですけど」
「見かけない女? ああ、もしかして雪のかんざし付けてなかったか?」
なんだ、カワマタさんが知っている人、いや、妖怪か。
「ええ、確かに付けていましたね。あと、通った時、妙に寒気がして」
「そりゃそうだ。彼女はユキメさん、北の山国出身で春から秋の終わりまでこの村で氷屋をやっている店主さ」
なるほど、暑い季節に村にやってきて氷屋を開店し、その時に冷凍庫も解禁されるという訳か。
「オウカが言っていたけど冷凍庫を持っているとか」
「それだけじゃねえ、氷の妖石は知っているだろ?」
氷の妖石、冷蔵庫に取り付けられている妖石の一種だ。そういえば氷の妖石は氷屋で補充するって言っていたな。
「……まさか、冬の間に戻っているのって」
「氷の妖石の補充のためだ。暖かい季節になると、俺たちが持っている氷の妖石と交換して、預かった分を冬の間に補充してもらっているってわけさ」
それって相当重要な店ってことだよな。夏の暑い間に冷蔵庫が機能しなかったら、あっという間に食材が痛んでしまう。
それでも、夏の間は食材が痛みやすい時期だ。その為にも冷凍庫はありがたい存在になると言えよう。
「うちの野菜はあまり冷凍に向いていないけど。肉なんかは冷凍しないとすぐ痛んじまうしな」
「ええ、俺も丁度冷凍したいものがあるので行ってきます」
八百屋で買物を終えた俺は、一度屋敷に戻り、野菜をしまおうと冷蔵庫に向かうと、ヨウコが冷蔵庫の横で何かをしている。
彼女は冷蔵庫の横にある空になった氷の妖石を竹籠に入れているところだった。
「あ、エイタさん。氷屋さんが来たので空になった氷の妖石を運ぶのを手伝ってほしいのです」
「ああ、分かった。俺も氷屋の冷凍庫に用事があったから丁度いいや」
俺たちは氷の妖石を持って氷屋へと向かった。
すでに氷屋は、多くの妖怪で溢れかえっている。
店先では先ほど道ですれ違った女性、ユキメさんが客を捌いていた。
「はい、これ新しい妖石ね。次、持ってきて」
着物と同じように白い肌、少し離れていてもこの一帯だけ妙に気温が低い気がする。
なるほど、彼女は妖怪でいうところの雪女といったところか。
しばらくして、俺たちの番が回ってくる。ヨウコと俺は持っていた竹籠を渡すと、ユキメさんはその中身を数え始めた。
突然彼女の手が止まり竹籠の中から一つ、妖石を取り出した。
「ああ~、これもうダメかもね」
そう言って指で掴んだ空っぽの氷の妖石に軽く息を吹きかける。すると、彼女の息が白く輝き、掴んでいた氷の妖石に霜がかかる。
すげえ、一瞬で凍り付いたぞ。
「霜がかかっちゃうでしょ。この妖石は吸収率が下がってるわ。これは廃棄しておくわね」
「ありがとうなのです」
ユキメさんは再び作業を始め、妖石の数を確認していく。その数に合わせて馬車の荷台から妖石を取り出し、ヨウコへ手渡した。
なるほど。預けていた分は、冬の間に補充してもらえる仕組みらしい。
ヨウコが料金を支払い、俺は新しい妖石が入った竹籠を背負う。
そのとき、不意に店主のユキメさんと目が合った。
「んん~? アンタ、去年は見なかったね。新しい住人かい?」
「はい。彼はエイタさんっていうのです。私と同じ料理番なのです」
「へえ。アタイはユキメ。秋の終わりまでここで氷屋やってるから用があるなら言っておくれよ」
「ありがとうございます。そういえば、冷凍庫があるって聞いたんですけど……」
「ああ、冷凍庫ね。そこの扉の先が冷凍庫だよ。」
ユキメさんが指差した先には、氷屋の建物に併設された扉があった。
開けてみると地下へ続く緩やかなスロープになっている。
そのまま下まで降りると、さらにもう一枚扉があった。
「この先が冷凍庫だよ。基本使うのは氷屋が開いている時間帯だけにしておくれ」
そう言って地下の扉を開けると、冷気を帯びた風が隙間から流れてきた。
屋敷どころか西の国で使っていたウォークイン冷蔵庫の冷気よりも明らかに寒い冷気。
これなら入れたものは確実に凍りついてしまうだろう。
「もし使うんなら、ここに名前を書いておくれ。預けている間は預かり賃をもらうからよろしくね」
なるほど、貸冷凍倉庫というわけだな。俺は早速持ってきたパン粉を預けることにした。
ノートに名前を書いて、お金を渡す。預かり用の木札をもらうと、早速冷凍庫に預けに行く。
「うお、寒い!!」
「もし閉じ込められたら、ここにある鐘を鳴らしな!」
そう言って指差した先に小さな鐘が置いてある。これのお世話にならないようにしないとな。
改めて冷凍庫の中を見ると、西の国の冷蔵庫で見た氷の妖石並みに大きいものが3つも天井についている。
「ここがアンタの置き場だね」
冷凍庫の中は区切りで仕切られており、壁には番号が振られていた。この区切り内に自由にものを置いていいという訳だ。
「一応、秋の終わりには閉めちゃうからそれまでには空けておくんだよ」
春から秋の終わりまで使えるだけでもありがたいからな。俺はパン粉を自分の区画に置いて冷凍庫を後にする。
「それじゃあ、また用事があったらよろしく頼むよ」
俺たちは氷屋を後にして屋敷に戻ることにした。




