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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国間話

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石窯オーブン設置②

 石窯オーブンが完成する前に夕食の食材を買いに行こうかと思っていた、その矢先のことだった。


「オウカ様。行商が来ているのです」

「なに!? 行商が来ておるのか!?」


 オウカはいそいそと出かける準備をする。場所は集会場前の広場らしい。

 行商か。確か城下町から来ているんだよな。いったいどんな商品が売っているのか気になる。

 結局、俺もオウカの後を追う形で広場へ向かうことにした。


 広場に辿り着いた時には、すでに凄まじい人だかり――いや、正確には“妖怪だかり”が出来上がっていた。

 食料だけではない。調度品、書物、衣類、織物と、まるで小さな市場そのものだ。

 その妖怪だかりをかき分け、なんとか前へと出ると、行商の店主らしき妖怪がいた。


 行商の馬車には暖簾が付いており、そこに巨大な顔が描かれている。遠目から見たら馬車に顔が付いているみたいだ。

 なるほど、妖怪朧車かな。いや、あれは牛車だったような。

 

「はいはい、押さないで。明日までいるし、今日はたくさん準備したからね~」


 藍色の着物を纏い、長い髪を揺らす女が、慣れた手つきで客を捌いている。


 恐らく彼女が店主なのだろう。

 その時、横からクダンさんが声をかける。


「オボロさん、ちょっとよろしいですか?」

「ん? なんだいクダン。新聞は買い取らないよ」


 オボロと呼ばれた女は、面倒くさそうに片手を振った。しかしクダンさんは動じることなく、淡々と話を続ける。


「お手数ですが、お帰りの際にこちらを城下町の印刷所に運んでいただきたいのですが」

「なんだい、これ?」


 差し出された冊子を、オボロは訝しげに受け取る。


「これは料理本でございます。少し前にサクラノ村に来た料理番によって作られたものでして」

「りょ、料理本だって!?」


 クダンさんから受け取った料理本をオボロはパラパラとめくって確認する。

 さらに印刷所の従業員が増版した本を持って行商へ運んでくる。その光景を見たオボロの目が、明らかに変わった。


「ねえ、これアタシが買ってもいい!?」

「ダメです。ここで買って向こうで高く売るつもりでしょう。そうは行きませんよ」


 クダンさんは背筋を伸ばしオボロを睨みつける。さすがはクダンさん、俺が言ったことをきっちり守ってくれている。


「こちらは印刷所で大量生産して、安く販売するつもりです。すでに向こうにも通達してありますよ」

「えええ、勿体ないなぁ。せっかく儲ける機会だっていうのに」


 オボロは肩をすくめ、残念そうにため息を吐いた。

 そんなやり取りを横目に見ていた俺は、ふと行商の荷の中に目的のものを見つける。いや、正確には馬車に掛けられていた木板の記述に目が留まったのだ。


「すみません、ギャウルの乳って売っているんですか?」

「売っているよ。量り売りじゃなくて缶売りだけどね」


 そう言ってオボロは馬車の中にある箱を開けギャウルの乳を取り出す。そうか、氷の妖石があれば持ち運び可能な冷蔵庫があるのと同じということか。

 ギャウルの乳は缶に入れられ、おおよそ、1本あたり1リットルくらい入っていそうだ。


「あ、中身確認してもいいですか?」

「別に構わないよ」


 俺は蓋を開け、中身を確認する。上部に乳脂が浮いているので、問題なくバターも作れそうだ。


「これを2缶ください。それと、こちらの小麦と、あとボアッカの肉もお願いします」

「あら珍しいわね。この村で小麦が売れるなんて」

「ああ、彼がその料理本を広めたエイタさんです」

「え!?」


 彼女はそう言うと俺の方へ振り返る。

 俺は照れくさそうに頭を掻いた。


「オボロさん、次回来た時にエイタさんに輸入された新しい食材等を持ってくれば興味を示すかもしれませんよ」


 クダンさんがオボロさんに耳打ちをする。それを聞いた彼女は頭の中でそろばんを弾いているのだろう。


「クダンさん、彼女はここ以外の村も回っているのですか?」

「ええ、城下町を起点にいくつかの村に訪れて行商をしています」

「なるほど、だったら彼女に本を広める手伝いをしてもらうのもありじゃないですか?」

「ふむ、そうですね。城下町の印刷所なら大量に増版出来ます。ここで初版を作り、城下町で増版してもらうという訳ですな」


 その通りだ。

 城下町から各地へ流通させれば、あっという間に広まるだろう。城下町には港もあると聞いているし、いずれは他国へ輸出することも可能かもしれない。


「というわけですので、城下町で増版された料理本を売ることは許可しますよ。もちろん少し値を上げて売っても構いませんが、あまり高すぎると在庫を抱えてしまう可能性がありますがね」

「うう、世に出回った後にかぁ。まあ、仕方がないか」


 オボロは残念そうに肩を落とした。

 だが、すぐに何かを思いついたように顔を上げ、俺へ向き直る。


「待てよ、つまりアンタが料理を広めれば、あたしの持って来るものがもっと売れるってことだよね?」

「ま、まあ、そういうことになりますかね」

「よし、それじゃあ、次来た時までに商品の品揃えをまとめておくからさ。気になったのがあったら言っておくれよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 どうやら、まさかのお得意様認定をされてしまったらしい。

 次に彼女が村へ来た時か、それとも俺が城下町へ行った時か。

 その時には、必要なものや珍しい食材を持ってきてもらうよう相談してみるのも悪くないだろう。


 行商でギャウルの乳が手に入ったのは運が良かったな。これでバターを作ることができるぞ。

 おっと、帰りにパンを伸ばすのに使う麺棒を探しに木工屋へ寄っていかないとな。



***


 木工屋で麺棒を探してみたら、入って1分で見つかったよ。入り口の横に丁度いいのが置いてあるんだもの。

 さて、石窯オーブンが出来る前にパンを作ってしまおう。

 まずはリーンパンだ。

 小麦粉、水、塩を加え、そこにドライヴァイスベリーで作った酵母を加え、よく捏ねる。

 もう一方はリッチパン。

 小麦粉にバター、牛乳、塩、砂糖、卵、酵母を加え、こちらも丹念に捏ね上げた。


 そのまま1時間ほど放置して1次発酵を促す。


 その間に俺は小豆を煮ることにした。

 せっかくパンを作れるようになるんだ。東の国でしか作れないようなパンを作るしかないよな。

 小豆を煮て、粗熱を取り、出来た餡子をピンポン玉くらいの大きさにまとめておく。

 1次発酵が終わったパンを分割し、成形する。


 リーンパンは細長く成形してバゲット風に。

 リッチパンは餡子を包み込み、丸く整えてそれぞれ二次発酵へ。


 二次発酵を待っていると、近くで石窯オーブンを組み立てていたセキヨウさんが声をかけてきた。


「できたよぉ、ズレもないしぃ、熱の抜けもないはずぅ~」

「おお、これが石窯オーブンですね」


 炊事場の一角に置かれた石窯オーブンは、西の国で見たものよりは小さいものだが、焼くには十分な機能を備えていそうだ。

 早速試運転してみなくてはならないな。


「ちょうどパンを準備してあるので、試しに使ってみてもいいですか?」

「もちろんだよぉ、使ってみて感想ちょうだ~い」


 俺は石窯オーブンに薪を入れ火を点ける。すぐに窯の温度が上がり焼ける準備が整った。

 鉄板に乗せたパンを石窯に入れしばし待つ。


 すると、その様子を見つけたのか、後ろからオウカの声がした。


「お? 早速使っておるのか?」

「ああ、さっき完成したばかりだから試運転といったところだな」


 窯の前で待っていると、次第に香ばしい匂いが漂い始める。

 焼ける小麦の香りに混じって、ほんのりと甘い香りも鼻をくすぐった。

 どうやら上手く焼けているらしい。


「ふむ、少しばかり小腹が空いたのう」

「そう言うと思ってな、おやつを焼いているところだ」

「な、何!? あれはおやつだというのか!?」


 オウカは待ちきれないと言わんばかりに窯の中を覗き込む。


「あの丸いパンじゃな? 楽しみじゃのう」

「そろそろ焼けるぞ」


 俺は石窯から鉄板を取り出す。そこには、綺麗な焼き色が付いたパンが並んでいた。

 バゲットは小さめなのを1本、あんぱんは7つ。俺はバゲットとあんぱんを2つ、分けて置いておく。


「ほら、おやつにするぞ。セキヨウさんもぜひ食べてみてください」


 俺はお茶を淹れ、オウカにカナメとヨウコを呼ぶように声をかける。しばらくすると畑仕事をしていたヨウコが現れ、天井裏からカナメが降りてきた。



 本日のおやつ

 あんぱん


「「「「「いただきます」」」」」


 オウカは早速、あんぱんにかぶりついた途端、驚きの声をあげる。


「なんじゃこれ、餡子が入っておるのか!?」

「……餡子入りのパン、美味い」

「そういえば、西の国には小豆が見つからなかったのです」


 さすがヨウコ、よく気が付いたな。

 伯爵家ではひよこ豆は見つかったが、小豆は見つからなかった。


「んん~。甘くてぇ、おいしい~」


 セキヨウさんも満面の笑みであんぱんを食べている。バゲットはそのままでは食べず、勿体ないがパン粉を作る予定だ。オウカがカツを所望しているからな。


「エイタ。アンパンはこれで終わりなのか?」

「……エイタ。あんぱんを2個、別にしてある。ズルい」


 カナメは俺が別にして残しておいたあんぱんを見つけたのか。狙ってくる。


「ああ、これはだな、クダンさんと行商のオボロさんに持っていってやる予定だ」


 そう言った途端、カナメは手を引っ込めた。

 さすがに他の人にあげるものには手を出さないようだ。


「……エイタ、今度カトルカールも作って」

「そうだな。あれもすぐに作れるしな」


 そんなこんなでおやつの時間もあっという間に過ぎていった。あまり食べすぎると、夕食に響くからな。ほどほどが一番だな。



「「「「「ごちそうさまでした」」」」」

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