さらば、西の国
館に戻った俺たちは荷物をまとめて東の国へ戻る準備をしていると、扉を叩く音が聞こえた。
「エイタ殿、今日帰ってしまうのだな」
「あ~あ、寂しくなるな~」
部屋の入り口にはオーグランドさんとオーグリアがいた。最後に見送りに来てくれたのだろう。
「エイタ殿。また会える日を楽しみにしているぞ」
オーグランドさんは手を差し出してくる。俺はその手をがっしりと掴み固い握手をする。
さらに背中をバンバンと叩いてくる。……痛い。
「君ならうちの娘を嫁にもらっても構わないからな」
「ちょ、ちょっとパパ!? 何言ってるのよ!」
オーグリアは顔を真っ赤にして抗議する。
俺はどう返していいのかわからず、苦笑するしかなかった。
昨日と今日で買った品々を麻袋にまとめ終えると、俺は二人へ向き直った。
「それでは……また会いましょう、でいいんですかね?」
「うむ、そうだな。また会おう」
「うん、また会おうね」
そんなやり取りを交わしたところで、部屋の扉の方で声がした。
「エイタ。支度はできたのか?」
姿を見せたのはオウカとカナメだった。
オウカは革製のバッグを背負っており、恐らくワインが入っているのだろう。
俺たちは館の入り口へと向かう。そこには伯爵家4人だけではなく、従者たちも見送りに集まっていた。
「やあ、そろそろ時間だね。寂しくなるよ」
「またいつでも来てちょうだいね」
アルバートとセラフィナが、それぞれ名残惜しそうに言葉を紡ぐ。
たった三日間の滞在だったはずなのに、不思議とそれ以上に長く感じられる濃密な時間だった。
「ディケム、龍門まで皆を頼んだぞ」
「かしこまりました。旦那様」
ディケムさんが馬車の扉を開けてくれ、オウカ、カナメが乗り込む。
あれ、ヨウコは?
そう思った直後、館の奥――厨房へ続く廊下からヨウコとガロが姿を現した。
ヨウコはガロに手を振り、ガロはそれを笑顔で見送った。
「す、すみません。遅くなりましたのです」
ヨウコは慌てて馬車に乗り込み、俺も馬車に乗り込もうとした時だった。
「ねえ、エイタさん」
ミルフィスに声をかけられ俺は振り返る。
「よろしかった、うちで料理番として働かない?」
「え?」
「あなたの腕ならどこでも――」
そこまで言いかけて、ミルフィスは言葉を止めた。
そして小さく息を吐く。
「……はあ。駄目ね、私。これじゃ優秀な者を囲い込もうとする強欲な貴族たちと変わらないわ」
彼女が何を言いたかったのかは分かる。きっと本気だったのだろう。
でも――。
「ははは、悪いな。うちの主はわがままだからな」
「ふふっ、ええ、そうね。引き抜いたら、怒られるわね」
「何しておるのじゃエイタ。早く馬車に乗らんか」
馬車の中からオウカが急かしてくるので、俺は早々に馬車へ乗り込む。
「また、いつでも来たまえ。我々は歓迎するぞ」
アルバートがそう言うと、背後に控えていた従者たちも一斉に恭しく頭を下げる。
俺も軽く手を振って応えると、馬車はゆっくりと動き出した。
館の正門を抜け、開かれた門の先へと進んでいく。屋敷を離れた馬車は、そのまま街の入口へ向かって走り出した。
「このにぎやかな街ともお別れか」
「うむ、そうじゃな。そろそろ東の国も恋しくなってきたからのう」
「……ご飯が食べたい」
「ははは、確かにな」
西の国ではパンしか食べていないからな。たまに米が食いたくなってくる。
まあ、西の国はパンが主食だし、柔らかいパンの作り方もパン屋のコボッタさんに教えたからな。大丈夫だろう。
馬車は街の門を抜け、ブラドベリー畑が見える街道を走る。
「よし、夕食は丼物にするか」
「おお。丼物か。楽しみじゃのう」
「……ナスの糠漬けも」
糠漬けか、久々に食いたくなってきた。あの糠床の匂いを思い出すだけでもお腹が空いてきた。
一応出かける前に冷蔵庫に入れておいたから1週間くらいは回さなくても何とかなるはずだ。
しばらくすると、龍門が見えてきた。俺たちは着くまでの間、今日の夕食は何にしようかなどと話していた。
やがて、馬車が止まると、運転席を降りたディケムさんが、馬車の扉を開けてくれた。
「ご到着いたしました」
「うむ、ご苦労じゃったぞディケム」
ディケムさんは一礼すると扉を閉め、運転席へと戻る。
「それでは失礼いたします。またの来訪、お待ちしております」
「うむ、達者でなディケム。アルバートやミルフィスたちにもよろしく伝えておいてくれ」
俺たちはディケムさんに別れの挨拶を済ませると、龍門へと入っていった。
***
俺たちは龍門を通り東の国へ戻った後、乗り馬車を使ってサクラノ村へと戻ってきた。
着いた頃には午後の5時過ぎになっており、すぐにでも夕食の準備をしないといけない。
「ふう、ようやく戻ってこれたのじゃ」
オウカは背負っていた革の鞄を下ろして、中からワインを取り出した。
俺も背負っていた麻袋から食材や調理器具を取り出した。
――さて、夕食の準備に取り掛かる。
まずは米を研ぎ、水を張って火にかける。久々の炊飯だ。あの湯気と香りを思うと、自然と気合が入る。
「ヨウコ、わかめを戻して、きゅうりの酢のものを作ってくれ」
「分かりましたのです」
ヨウコが作業に取りかかるのを横目に、俺は味噌汁の準備へと移る。出汁を取り、大根を切っていく。
「食材は、確かボルアッカの肉が残っていたよな」
塊肉だから消費期限はそこそこ持つはずだ。今日はこれを使った丼物を作ろう。
バラ肉とロース肉をそれぞれ薄切りにし、玉ねぎは薄切りにする。
たれは醤油、酒、砂糖におろししょうがとニンニクを加える。
平鍋に油をひいて玉ねぎを軽く炒めて、しんなりしてきたら、バラ肉とロース肉を入れ、色が変わるまでしっかりと炒める。
混ぜておいたたれを一気に加え、中火で煮絡めて少しとろっとするまで加熱する。
「そろそろご飯が炊ける頃だな」
釜の蓋を開けると炊き立てのご飯の匂いが立ち上ってくる。
――ああ、久々だなこの匂い。
器に炊き立てのご飯をよそって、その上に先ほど炒めたバラとロースを乗せる。
「よし、完成だ」
本日の夕食
スタミナ豚丼、大根のみそ汁、わかめとキュウリの酢の物、ナスの糠漬け。
「「「「いただきます」」」」
さあ、久々の米だ。俺は早速スタミナ豚丼を口に運ぶ。
「ああ~! 久々に食う米は美味えな!」
「うむ、やはり米を食わないとな」
「……久しぶりのご飯、美味い」
「このたれ、ご飯が進むのです」
「うむ、おかわりじゃ」
「……カナメも」
知ってた。分かっていたから今回は多めに作っておいたぜ。
ご飯をよそって、バラ肉とロース肉を乗せ、オウカとカナメに渡す。
俺もスタミナ豚丼を完食するとおかわりをする。しばらくしたらヨウコもおかわりをした。
やはりみんな米が恋しかったのだな。
「そういえば、明日は石窯オーブンを設置するのか?」
「うむ、明日は早めに石切り屋に頼むとしよう」
「……でも、小麦粉がないよ」
……なんてこった。
肝心の小麦を買うのを忘れていた。
バターなら最悪、なたね油で代用できる。だが、小麦粉がなければパンそのものが作れない。
石窯オーブンを作っても、焼くものがないじゃないか。
「小麦粉なら私が持って帰ってきたのですよ」
「え? いつの間に買ったんだ?」
「ガロ君にもらったのです。小麦粉とブラドベリーなのです」
すげえ。
俺たちが忘れていた食材をきっちりと持ち帰ってきている。
これなら石窯オーブンが完成してすぐにパンが食えそうだな。
そして、パンが出来るということは他の料理も作れるということだ。これは石窯オーブンの設置が楽しみになってきた。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
2026/7/3は投稿をお休みします。




