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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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紅茶とカトルカール

 朝、俺は目を覚ます。時刻は6時00分。西の国で過ごす最後の日だ。

 今日はデザート作りを教えるだけなので、いつもより遅めの朝だ


 俺は厨房へ向かうと、すでに料理番や下働きの子たちが朝の準備をしており、その中にヨウコの姿もあった。


「あ、兄貴、おはようございます」

「ああ、おはよう。朝食の献立はもう決まってるのか?」

「ええ、昨日は遅くまで考えていましたけどね。朝と昼はメイン以外まではなんとかまとまりました」


 朝だけじゃなくて昼も考えたのか。凄いな。俺は、台の上に置いてある献立を確認する。

 きゅうりピクルスのサラダ、食パン、ブラドベリージャム、かぶのスープ、ベーコン入りスクランブルエッグといったところか。


「ガロ、天秤借りてもいいか?」

「うっす、こちらっす」


 俺は小麦粉、卵、バター、砂糖を用意し、それぞれを天秤で量っていく。

 不思議そうな顔で見ていたガロが首を傾げた。


「これが昨日言っていたデザートっすか?」

「簡単な焼き菓子だよ。この四つの材料を同じ分量で混ぜて焼くだけだ」

「えっ!? それだけなんすか!?」


 驚くガロに、俺は苦笑する。

 実際、その通りなのだから仕方ない。

 材料さえ揃っていれば誰でも作れる。だが、そのシンプルさゆえに美味い菓子でもある。


「料理名はカトルカール。色々なアレンジもできる便利な菓子だ」


 今回はまず基本形だ。

 余計なものは加えず、そのまま焼いてみることにした。

 従者たちの分も必要なので、生地の量はかなり多い。

 混ぜ終えた生地を型へ流し込み、下働きの子たちに火を入れてもらった石窯オーブンへと並べていく。

 しばらくすると、厨房の中に甘く香ばしい匂いが広がり始めた。


「そろそろいい頃合いかな」


 石窯から取り出したそれは、こんがりと美しいきつね色に焼き上がっていた。

 表面はふっくらと膨らみ、甘い香りを漂わせている。


「わあ……美味しそう!」


 オーグリアが目を輝かせながら声を上げた。

 周囲の子たちも興味津々といった様子で焼き菓子を見つめている。

 俺は満足げに頷くと、焼き上がったカトルカールを台の上へ移し、粗熱を取るためにしばらく冷ましておく。


「ある程度冷めたら切って出してくれ。別に冷めても美味しいから、作り置きしておいても問題ないぞ」

「分かりやした。兄貴は食堂にいてください」

「うむ、そうだな。我らがこの先もしっかりと料理を作れるよう見守ってほしい」


 そこまで言われたら邪魔するわけにはいかないな。俺は厨房を後にし食堂へと向かう。


 館の廊下を歩いていると、窓を磨いていたメイドの姿が目に入る。


「……あっ!」


 次の瞬間、メイドが慌てた声を上げた。

 どうやら肘が近くに飾られていた花瓶に当たってしまったらしい。

 花瓶はぐらりと傾き――。

 ガシャアアアン!

 盛大な音を立てて床に落下し、粉々に砕け散った。


「も、申し訳ございません!」


 メイドは顔を真っ青にしながら、その場にしゃがみ込む。

 慌てて破片を拾おうと手を伸ばした、その時だった。


「痛っ!」


 小さな悲鳴が上がる。

 鋭い破片で指を切ってしまったのだろう。白い指先から赤い血の玉がじわりと浮かび上がった。

 大丈夫か――そう声を掛けようとした時。


「何事だ?」


 後ろから聞き慣れた声が響く。

 振り向くと、この館の主の息子――オルフェウスがこちらへ歩いてきていた。


「大丈夫かい、アリア?」

「お、オルフェウス様……」


 オルフェウスは迷うことなく彼女の前にしゃがみ込むと、その手を優しく取った。そして懐から取り出したハンカチで、手際よく傷口を覆う。


 さらに、物音を聞きつけて駆けつけてきた別のメイドへ視線を向けた。


「レイラ。アリアを医務室へ連れて行ってあげてくれ」

「か、かしこまりました」


 レイラは慌てた様子で頷く。

 オルフェウスは安心させるように微笑んだ。


「大きな怪我じゃなくてよかった。気を付けるんだよ、アリア」

「は、はい……!」


 アリアの頬がみるみる赤く染まっていく。

 というか、アリアだけじゃない。

 レイラも、周囲で様子を見ていたメイドたちも、なぜかみんな顔が赤い。

 ……いや、気持ちは分かるけど。凄いな、この人。もしかして従者全員の名前を覚えているのか?

 しかも名前だけじゃない。相手を気遣う態度も自然そのものだ。

 顔が良くて、性格も良くて、身分も高い。

 ――無敵かよ。


「おや、君はオウカ嬢の料理番のエイタ君だね。こうして話すのは初めてだね」


 オルフェウス様はそう言って自然に右手を差し出してきた。俺も慌ててその手を握る。

 相変わらず爽やかな笑顔だ。


 しかも女性相手だけじゃない。俺みたいな男に対しても態度がまったく変わらない。

 嫌味のない自然な笑顔。

 これは男の俺でも認めざるを得ない。本物のイケメンってやつだ。


「今日で西の国から去ってしまうんだね。残念だよ。もっと君の作った料理を味わいたかったからね」

「そう言っていただけて光栄です。あ、あと、今日の朝食はデザートが付いてきますので」

「ははは、分かっている。すごく楽しみだね」


 俺とオルフェウスはそのまま一緒に食堂へと向かう。


***



 食堂へ入ると、すでにオウカとミルフィスが席に着いて談笑していた。

 カナメは……、あいつはまだ寝ているだろうな。


「エイタ、今日の朝食のデザートはなんなのじゃ?」


 席に着くなり、オウカが身を乗り出してくる。

 昨日の話を聞いてからというもの、デザートのことが気になって仕方ないらしい。


「今日のデザートは……いや、ここはあえて言わないでおこう」

「むう、なぜじゃ。教えてくれてもよいではないか」


 不満そうに頬を膨らませるオウカ。

 そんな彼女を見て、ミルフィスがくすりと笑った。


「オウカ、ここはあえて聞かないほうがいいのではなくて?」

「む? 何でじゃ?」

「その方が楽しみが増えるでしょ?」

「むぅ……それもそうかもしれぬのう」


 オウカは仕方なしと言わんばかりにテーブルに突っ伏す。

 しばらくすると、アルバートさんやセラフィナさん、さらにヨウコも食堂にやってくる。


「最近は食事の時間が楽しみでね」

「ふふふ、私もよ」


 二人とも、楽しそうな笑顔を浮かべながら席に着いた。

 しばらくして、執事長のディケムが食堂へと姿を現す。


「お待たせいたしました。本日の朝食をお持ちいたしました」


 恭しく一礼すると、次々と料理が運ばれてくる。

 

「本日の朝食はきゅうりピクルスのサラダ、かぶのスープ、食パン、ブラドベリージャム、ベーコン入りスクランブルエッグでございます」


 さらに、紹介された朝食とは別に違う皿も運ばれてくる。


「本日は食後のデザート、カトルカールもご用意しております。ご賞味くださいませ」


 伯爵家の四人は、右手を胸に当てて祈りを捧げる。

 俺たちは、両手を合わせていつもの言葉を口にした。


「「「「いただきます」」」」 


 俺はまず、サラダへと手を伸ばす。

 ピクルスの酸味が野菜とよく絡み合い、絶妙な味わいを生み出していた。


「ほう、こいつは昨日食ったサラダとやらに似ているが……」


 オウカは少し首を傾げた。


「少し食感が違うのう。こっちの方がパリパリしてて美味いぞ」

「前回はカブでこっちはキュウリで作ったピクルスだな」

「これは東の国でも作れるのですか?」

「ああ、ただ、酢が違うから少し味が変わるかもしれないぞ」


 東の国では米酢だが、西の国ではワインビネガーを使っている。そうだな、今日帰る前に買いたいものが増えてきたな。


「酢、ワインに小麦粉、いや、トマトやブラドベリーもいいな」

「……このジャムが欲しい。売ってないの?」

「残念なことに自家製だから売ってないんだよな」


 恐らく、ブラドベリーは西の国の特産品だろう。つまり、ここでしか食べられない果物なのかもしれないな。

 俺は食パンにブラドベリージャムをつけて食べる。現実世界のブドウジャムに近い味で、パンにはもちろん、ヨーグルトにも合いそうだな。

 ……ヨーグルトか、この世界には無いのかな。まあ、あれは現実世界でも偶然の産物で出来たって聞いたことがあるからな。


「……ジャム作って。東の国で食べたい」

「ブラドベリージャムか」


 そういえば、東の国へ戻るのが昼過ぎくらいって言っていたな。それならもう一品教えるついでにブラドベリーのジャムを作るのもありだな。


「ちょうどいいし、もう一個教えていくか。」

「お、そうなのか。次は何を教えるんじゃ?」


 そうだな、最後に教えるのはあれにしよう。スープにもなってメインにもなる料理。


「ブラドベリージャムを作るのでしたら、いくらでも使って構いませんわ。ねえお父様」

「ああ、君たちには世話になったからね。ワインでもブラドベリーでも好きに持っていって構わないよ」

「え? いいんですか?」

「おお、それじゃあ、妾はワインをもらうのじゃ」


 いや、オウカに酒を選ばせるのはマズい。絶対高いやつ選ぶぞ。


「ただし、オウカは一本までよ。アバラチア・ブラッド3等級までで我慢なさい」

「むう、仕方がないのう」


 どうやら俺が心配するまでもなく、先に釘を刺しておいてくれたようだ。


「おっと、そうだ。エイタ君に報酬を渡しておかないとね。ディケム、後で忘れずに報酬を渡しておきなさい」

「かしこまりました。お嬢様」


 そういえば、料理を教えた分の報酬を渡すって言っていたよな。


「そういえば、オウカからの手紙に書いてあったわね。大切なお酒の樽を壊して借金を作ったって」

「そうじゃのう。あの時はさすがに怒ってぶん投げてやったからのう」


 まあ、報酬をもらったとしても、そのほとんどがオウカへの借金返済で消えてしまうんだけどな。


 調理器具とか食材はオウカに言えば購入してくれるし、今のところ、個人で必要な物は無いからあまり気にする必要はないけどな。

 そんなことを考えていると、食堂の扉が開いた。


「失礼致します。デザートのカトルカールをお持ち致しました」


 朝食を食べ終わると同時に、デザートのカトルカールが食堂に運ばれてくる。

 さらに、食後の紅茶も一緒に出してもらった。


「あら、これがカトルカールというデザートなの?」

 

 今回は食べやすいように、ショートケーキのような形に切り分けてもらっている。

 ミルフィスはフォークで一口大に切り分けると、そのまま口へ運んだ。


「んん~。しっとりしていて、卵の風味と甘さがとても美味しいわ」

「……美味い。エイタ、これも作って」

「うむ、石窯を作ったら、東の国でも作るのじゃ」

「ああ、分かったよ」


 これは石窯を作るのは決定だな。まあ、パンやケーキ以外にも使えるし、俺も欲しいと思っていた所だからな。


「ふむ、シンプルながらも非常に濃厚な味だ」

「ええ、これは紅茶ととても相性がいいわね」

「母さん、これはお茶会の時にお茶請けとして出してもらうのもいいかもしれないよ」


 その通り。だから紅茶と一緒に出してもらったという訳だ。

 カトルカールの濃厚なバターの風味と甘さを、紅茶がすっきりと洗い流してくれる。そしてまた次の一口が欲しくなる。

 互いの良さを引き立て合う、実に相性の良い組み合わせだ。


 食後のデザートも相まって、非常に満足のいく朝食となった。

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