従者たちのコース料理
夕食の時間になった。
しかし、今日は何が出てくるのか、まったく分からない。思えば、俺がこの世界に来て、飯を作らなかったのは一番最初と、足を怪我した時の昼と夜くらいか。
「そういえば、ヨウコはどこにいるんだ?」
「ヨウコなら厨房に残っておるぞ。なんでも、今日の夕食の試作を味見していたみたいじゃのう」
味見か、今の今までやっていたなら夕食は食べられないだろうな。
「エイタ君、今日はうちの料理番に何を作るか一切指示をしていないというのは本当かい?」
「ええ、今日の夕食は何をどのように、どんな手順で作るかを一切話していません。全て、自分たちの判断で作ってもらいます」
アルバートはしばし考え、納得したように頷く。
「たしかに、元々は彼らが夕食を作っていたのだからな。君は少しだけ作り方やアドバイスをしただけにすぎないと言ったところかな」
「でも、少しだけ、不安かしらね。あれだけ美味しいもの食べた後だと、前の食事には戻れないわよ」
ミルフィスは少し不安げに呟いた。確かに、一度贅沢を味わってしまうとそれから抜け出せないのと同じなのだろう。
「まあまあ、今まで食べてきたものよりはいいものが出るんじゃないかな?」
オルフェウスは笑いながらそう話すが、セラフィナは少し不安そうで、一言も喋らない。正直なところ、彼女もアルバートと同様、エイタを料理番として迎え入れたい一人でもある。
しかし、それは叶わぬ願いであり、無理に引き抜くようなことはしたくない。
以前にも、この街で鍛冶屋が王都へ引き抜かれたことがあり、その悔しさは身に沁みて分かっているからだ。
「失礼いたします。本日の夕食をお持ちしました」
ディケムが恭しく一礼すると料理が運ばれてくる。
さて、伯爵家の料理番たちは一体何を作ったのだろうか……。
「最初のお料理は、前菜、卵とオラブのサラダでございます」
オラブってオラブオイルのことだよな。
そういえば、ガロが普通に食べることもあるって言っていたけど、サラダで食べるのか。
これはちょっと楽しみかもしれない。
目の前に皿が置かれる。ゆで卵をスライスしたものとオラブの実、レタスとトマトで盛り付けてある。南フランスの料理の”ニース風サラダ”に近い感じだな。
伯爵家族は右手を胸に当て祈りをささげる。
「「「いただきます」」」
俺たちも手を合わせいただきますを言う。
「ふむ、以前にオラブを入れたサラダは食べたことあるが」
なるほど、つまりこのサラダは伯爵家でも普通に出すようなサラダなのか。
「あら、以前とは味が違うわ。とても食べやすくて美味しい」
「ふむ、これは不思議だな。食べているというのに食欲が沸いてくるようだ」
ドレッシングには、塩、コショウ、オラブオイル、それに少しニンニクも入っているんだな。
これがオラブの実か、現実世界のオリーブの実とあまり変わらないな。
「エイタ! これ、きゅうりが入ってても美味そうじゃな」
「あ、確かにそうだな。少し食感が追加されて美味いと思うぞ」
ニンニクの風味により食欲が刺激されあっという間に食べてしまった。
サイズも丁度良くて、前菜にもピッタリだな。
そんなことを思っていたら次の料理が運ばれてきた。
「失礼いたします。お次はパンとトマトスープでございます」
トマトスープか。まあ、スープはベースとなるブイヨンがあるからな。みそ汁と同じで具を変えるだけで無限大に作れる。
と、思ってスープを覗くとまたもや驚かされた。
「あら、このスープ、具材がたくさん入っているわ。とても食べ応えのあるスープね」
「うん、それに、このパンとスープの相性もとてもいいよ」
これも知っている料理だった。トマトを潰してペースト状にし、数種類の具材を入れて煮込んだスープ。
「ミネストローネか。こいつは驚いた」
「みねすと……なんじゃ?」
「ミネストローネ。トマトをペースト状にして作るスープだよ。そこに他の具材を入れて煮込むんだ」
まあ、本場イタリアでは具がたくさん入ったスープって意味合いがあって、トマトを使わないものもある。日本だと、トマトの酸味と野菜の甘味をいかして作ることが多いイメージがある。
「……エイタ。これ屋敷に戻ったらまた作って」
「カワマタさんの店、トマトが売ってないからな~」
トマトジュースとか売ってればいいんだけどな。明日、東の国に戻る前に店とか寄っていきたいな。
「ああ、少しだけ、味が濃く感じてしまうかな」
ブイヨンが効きすぎて少し味が濃かったかもしれない。失敗してしまうのは仕方がない。ここは調整が必要だが、失敗した分、さらにおいしいものを作ろうと努力できるからな。
あ、でも、パンを浸して食べるには丁度いいかもしれない。
さて、続いて本日のメインディッシュだな。一体何が来るのだろうか?
「失礼いたします。本日のメインディッシュ、ハンバーグカツのトマトソースがけでございます」
ん? 今なんて言った? ハンバーグカツ!?
目の前に置かれた皿にはきつね色に揚がった丸い形のカツが……、いや、まさかこれは!?
「は、ハンバーグは分かる。一昨日食べたからな。カツは昨日の昼に食べたドドカツのことか?」
「つまりこれって、ハンバーグを揚げたってこと?」
アルバートもオルフェウスも戸惑っている。メインディッシュの皿とは別にソースが入った器が置かれる。
それよりもだ。このハンバーグカツ……。絶対あれだろ。
「マジか、これ、メンチカツだ」
「めんちかつ? なんじゃそれは」
「俺の世界じゃハンバーグカツじゃなくてメンチカツって言うんだ。まあ、中は見ての通り、ひき肉が入っている」
俺はナイフでメンチカツを割って中を見せた。しっかりと火が通って肉汁を閉じ込めているようだ。
そこに俺はトマトソースをかけて食べてみる。
「ん! これ、トマトソースとの相性がいいな」
メンチカツはどうしてもこってりしがちだ。
しかし、それを補うようにトマトソースの酸味が丁度いい組み合わせとなっている。
「ふむ、こいつはハンバーグとはまた違った味わいだな」
「ええ、この揚げるという調理法はとても素敵な食感を生み出すのね」
「……でも、少し多いかしらね」
ミルフィスはナイフとフォークを置いた。もちろん完食したが、彼女には少し量が多く感じたようだ。
「デザートは楽しみだけど、食べられるかしら」
確かに、メンチカツは決して軽い食べ物ではない。揚げ物の後に来るデザート。一体何が来るのだろうか。
「失礼いたします。本日のデザート。ブラドベリーでございます」
「……え? ブラドベリー?」
俺は小さな器に入ったブラドベリーを見る。
普通のブラドベリーだ。何もかけていない。何も手を加えていない。房から取って器に盛っただけ。
ただ、今の俺たちにとってはそれが一番いい。
「ははは、今日はなかなか食べ応えがあってさ。デザートが食べられるかどうか心配だったんだけどさ」
そう言いながらオルフェウスがブラドベリーを掴んで口の中に入れる。
「こういう時はこういうのが一番いいよね」
その気持ちすごくわかる。脂っこいものを食べた後は胃袋を休めたい。そんな時に軽くつまめる果物。こういうのが嬉しいものだ。
「ふむ、今日の夕食も大変満足のいくものだった。ディケム」
「はい。何でございましょう。旦那様」
「料理番たちを連れてきてくれ」
「かしこまりました」
ディケムさんは厨房へ向かっていった。




