魔物の国と人間の国
むかしむかし、深い森の奥に「魔物の国」がありました。
その国は魔王と呼ばれる王様が治めていて、国民からとても愛されている王様でした。
ある日、遠くの国から人間という種族が魔物の国に戦争を仕掛けてきました。
その人間の中心にいる勇者はとても強く、鋭い剣や魔法で多くの国民を苦しめていました。
しかし、魔物の国も負けませんでした。
魔王は、大切な国民に特別な力を与え、一緒に戦ってくれと願いました。
魔王は愛する国民とともに勇者を打ち倒し、そのまま人間の国へ向かいました。
人間の国では多くの魔物が奴隷のように働かされており、魔王は悲しみ、怒りに燃えました。
魔王は巨大な龍へとその姿を変貌させ、人間の国へ攻め入りました。
勇者を失った人間たちは、その姿を見ただけで戦意を失いました。
やがて戦いは終わり、人間の国は滅びました。
捕らえられていた魔物たちは自由になりました。
誰もが喜びました。
しかし、魔王が使った特別な力は、代償がとても大きいものでした。
昔から伝わる言い伝えがあったのです。
――特別な力を使いすぎれば、神の怒りに触れる。
――そして世界には罰が下される。
魔物たちはその後も生き続けました。
幾千年も続く罪を背負いながら――。
そこで童話は終わっていた。
俺は本を閉じ顔をあげる。
前に俺は人間だって言った時、人間はおとぎ話の中にしかいない存在だって聞かされて驚いたけど、これで納得がいった。
この世界の人間は数千年前に絶滅しているんだ。
「そういえばエイタ、お主は人間じゃったな」
「え!? エイタさんは人間ですの?」
ミルフィスは興味深そうに俺を見てくる。やっぱりこの世界で人間は珍しい存在なんだな。
「別に私たちと変わりはないんですのね」
「うむ、変わらんぞ。腹が減ったら飯を食って、酒を飲んで。眠くなったら寝るからのう」
「ははは、なんだそりゃ。確かにそうだけどさ」
オウカや村のみんなも、俺が人間と聞いても態度を変えるわけでもなくいつも通りに接してくれるしな。
「そういえばエイタさん。一昨日の夜に言っていた、料理本を広めたいって話は本当なのかしら?」
「あ、ああ、ヨウコがガロに渡したやつなんだけど」
ミルフィスは少し考え、くすりと笑った。
「さっきも言ったけど、この世界では料理の本はとても貴重なの。例え、広めようとしても強欲な者たちがそれを独占したがるわ」
「ああ、それはなんとなくだけど分かっているよ。だから貴重なものにしなければいい」
「貴重なものにしない?」
ミルフィスは首を傾げるが俺は構わず話を続ける。
「値段が高かったり、数が少なかったり、知っている者がいなかったりするから貴重になるんだろ。だったらみんなが知っていれば貴重な物にはならないだろ?」
「……エイタさん、それはつまり、あなた自身が財を築くチャンスを捨てるってことよ」
東の国でクダンさんにも、似たようなことを言われたな。
でも、俺が金目当てで料理本を広めるなんて、強欲な貴族と同じだ。
俺は現実世界の転売ヤーとか大嫌いだからな。そういう奴らは……。
「むしろ、料理本を独占したり転売して儲けを出そうとしている奴がいるなら、逆に破産させたくなるっていうか」
「ふふふ、あなた面白い事考えるのね」
ミルフィスは俺の答えに、楽しそうに笑った。
「いいわ。あなたの料理本を広めるのを協力してあげる。私も見たいの――独占しようとして、落ちぶれていく貴族の顔をね」
……どうやら、このお嬢様はかなりのドSのようだ。狙われた貴族の方、ご愁傷様です。
俺たちは本屋を後にして、次の店へと向かう。次の店も,
オウカが寄りたい店のようだ。
「着いたぞ。ここじゃ!」
「……なんでお酒の売っている場所だけ覚えているのよ」
そう言って連れてこられたのは……酒屋。いや、正確にはワインショップという方が正しいな。
オウカの目がキラキラと輝いている。
「おお! やはり船で運ばれてきた物とは品ぞろえが違うのう」
なるほど、輸入品以外の酒がここにあるってことか。
「ふむ、こいつはいくらじゃ?」
「はい、そちらは金30でございます」
「よし、買うぞ。2本じゃ!」
マジかよ。金銭60枚ポンと出しやがった。
オウカは大事そうに2本のワイン瓶を抱えている。酒にかける金額がヤバい。さすが酒呑童子だ。
オウカの店と違い、棚にワインボトルが並べられ、店の奥には樽もあるらしい。
ふと、俺は疑問に思ったことを口にした。
「そういえばさ、水の妖石あるよな。あれって酒とかも入れられるのか?」
その瞬間、オウカがぴたりと動きを止め、強い口調で否定した。
「入れられるには入れられるが、絶対に入れるのではないぞ!」
……ん? そんなに危険なものだったか?
入るなら運搬に使えば便利そうだが、何か問題があるのだろうか。
「エイタさん。水の妖石には“水以外を入れてはならない”というのは常識ですわ」
ミルフィスまで当然のように言ってくる。むしろ知らない俺の方が非常識扱いだ。
「酒を入れることは出来るんじゃが、出すときに水で薄めたような味になってしまうんじゃ」
「そうね。ワインも同じよ。成分の一部が石の中に残ってしまうから、結果として元の味には戻らないの」
なるほど、入るには入るが、出すときに水以外の成分が石の中に残ってしまう感じか。そうなると、大量に運べるのは水のみってことか。まあ、水だけでもそれはそれで凄いけどな。
「そうじゃ、エイタ。お主どこか行きたい店はあるかのう?」
「そうだな。館で飲んだ紅茶が美味しかったからな。紅茶はどこに売っているんだ?」
「紅茶はこちらでございますわ。どうぞわたくしについていらしてくださいませ」
そう言って、彼女に導かれるまま俺たちは次の店へと向かった。
ミルフィスに案内された店は、紅茶専門店だった。
西の国の各地から取り寄せた茶葉が集められているらしく、店内には無数の缶が整然と並べられている。
見渡す限り、その数は数十どころではない。いや、百に届くのではないかというほどだ。
「すごい数だな。何種類あるんだ、これ」
「ふふ、驚かれまして? ここには西の国各地の茶葉が集められておりますのよ」
確かに、これでは選ぶのに迷うのも無理はない。
そんな俺の様子を見て、ミルフィスが提案してきた。
「あら、迷われているのなら……試飲なさいますか?」
「え? できるのか?」
彼女が店員に軽く声をかけると、店員は奥へ一度下がり、しばらくして戻ってきた。手には、小さな急須とカップがいくつも抱えられている。
「こちらの紅茶は”紅月の雫”といいまして、ミルフィス様もお気に入りのお茶でございまして」
名前は物騒だな。けど、香りはとてもいい。
俺は一口飲んでみる。なるほど、これは館で飲んだ味だ。ベリー系に近い酸味と柔らかい甘さがいいな。こいつは買いたい。まずは一つ確保だ。
「こちらは”紅蓮茶”です。こちらは少し刺激が強いですが、とても香り高く上品な味わいが特徴でして」
「おお、妾はこいつが気に入ったぞ。」
オウカも気に入ったのを見つけたようだ。後は店員がおすすめしてくれた”太陽花茶”という紅茶を買った。いや、正確には買ってもらった。
「いいわよ。わたくしが買って差し上げますわ。もっと西の国の紅茶を知っていただきたいの」
そう言って、店員が出したノートにサインをしていた。
「そろそろ館の方に戻りましょう」
「うむ、そうじゃのう。エイタ、夕飯は何が出るのじゃ?」
「夕食に関しては俺も何が出るかは分からない」
「なに? そうなのか!?」
今日の夕食に関して、俺は一切手を貸していない。レシピも流れも全て自分たちで考えてもらうためだ。
「今日は言わば試験みたいなものかな」
さて、館の料理番たちがどこまで出来るかだな。
俺たちは館へと戻ることにした。




