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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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両手に鬼とフレンチトースト

「エイタ、今日も街を見て回るぞ!」

「今日も何か買いに行くのか?」

「うむ、今日は本屋に行くのじゃ」


 本屋か、それは興味深いな。もしかしたら料理本とかもあるかもしれない。


「よし、早速街の中を見て回るのじゃ! ミルフィス、まずは本屋への案内を頼むぞ!」

「まったく、いい加減この街の地図くらい覚えなさいよ」

「お、おい、ちょっと……」


 半ばオウカに引かれながら街へと繰り出した。隣にはミルフィスもいる。

 ……両手に花ならぬ、酒呑童子と吸血鬼、両手に鬼だ。そんなくだらないことを考えていたところで、ふと気づく。


「あれ? カナメやヨウコは来ていないのか?」

「カナメはお父様の所ですわ」


 オウカの代わりにミルフィスが応えてくれる。


「お父様の懐中時計の調整ですわね。いつもカナメに見てもらっているの」


 そういえば、さっきちらっとそんなことを言っていたな。伯爵相手に懐中時計のメンテナンスとか、カナメは相当の太客を持っているんだな。


「ヨウコはさっき厨房に入っていくのを見たぞ」


 なるほど、ガロが心配で見に行ったのかもしれないな。まあ、それくらいの手助けなら問題ないか。


 そんなことを考えていたら、ふとバターの焼けるいい匂いがしてきた。それはオウカとミルフィスも気が付いたようで、そちらに視線を向けている。


「む? なんじゃ、いい匂いがするのう」

「あら、本当ね。昨日はこんな匂いはしなかったのに、一体何かしら?」


 あの方角は、確かコボッタさんのパン屋がある方角だ。

 向かってみるとそこには長蛇の列が出来ており、店先にテーブルや椅子も並べられている。まさか、この匂いは……!


「む、あやつら手に何か持っておるな」

「ええ、お皿に何か盛ってありますわね」


 列から外れ、椅子に座って何かを食べている。皿に盛った表面がこんがりきつね色に焼いてある何か。そう、俺はあれを知っている。


「あれ、フレンチトーストだ」

「ふれんちとーすと……? なんなのじゃそれは」

「わたくしも聞いたことありませんわね。なんなんですの、そのふれんちとーすとって」


 余ったパンを使ったから従者のまかないとしてしか出してないからな。ミルフィスが知らないのも無理はない。

 そういえば、今日の朝、硬いパンを回収していたな。朝に受け取った木札を渡し、フレンチトーストを受け取っている客もいる。


「なんじゃ。エイタ! お主があんな美味そうなもん作ったのか!? そうじゃろ! 妾も食いたいぞ!」

「そうですわね。わたくしもまだ食べたことはございませんわ。さあ、並びますわよ!」


 すでにできている行列を見て嫌な予感はしていたが、二人は当然のように突撃体勢だ。

 ――結果。

 気づけば俺も含めて、しっかり列に並ばされていた。


 数十分後。

 ようやく俺たちの番が来ると、コボッタさんが声をかけてきた。


「おんや、エイタさんでねえべか。それにミルフィス様まで!」

「ははは、凄い売れ行きですね」

「パンを持ってきたやつらだけじゃねえ。持ってきてねえ奴らも買ってくから凄い行列だべよ」


 確かにすごい。俺らの後ろにまだ行列ができている。


「とりあえず、そのふれんちとーすととか言うのを一つもらおうかのう」

「では、わたくしも頂こうかしら。この半分の量って頂けるかしら?」


 ミルフィスは近くのテーブルで食べていた客の皿を見る。

 先ほど昼食を食べたばかりなので、あれ一つはさすがに食べきれないと判断したのだろう。


「……オウカも半分にしとけ。夕食が食えなくなるぞ」

「う、うむ。そうじゃのう。妾も半分でよいぞ」

「分かったべ、ちょっと待っているべさ」


 コボッタさんは厨房へ戻っていく。しばらくしてバターの溶ける香ばしい匂いが漂ってきた後、コボッタさんが戻ってくる。


「お待ちどうさん、フレンチトーストだべ」


 そう言って皿に盛られたフレンチトーストを渡される。

 俺たちは空いている席を探してそこに座り、早速フレンチトーストを食べることにした。

 ……ちなみに俺は食わないけどな。


「こいつは以前の硬いパンを使っておるのじゃろう? 柔らかくて美味いのう」

「ちょっとエイタさん。どうしてわたくしたちにこれを出してくださらなかったの!?」


 いや、そんなこと言われましてもですね。こいつは元々従者たちの賄いから生まれたものでして、ははは。

 昼食を食べたばかりだというのに、見事に完食した二人。


「ふう、食ったのう。おい、エイタ! こいつをおやつとして出してもよいぞ!」

「いや、屋敷にパンを焼ける環境がねえよ」


 いや、石窯を設置するとか言っていたし、屋敷でパンが焼ける日が来るかもな。少し寄り道をしてしまったが改めて本屋へと向かうとしよう。



***



 コボッタさんのパン屋から少し進んだ通りに本屋はあった。現実世界だと駅中にあるような店構えで、店先に本を並べていた。


「おお、新作が売っておったぞ」


 オウカは店先にある本を掲げた。どうやら目的の本を見つけたようだ。

 俺は店に並んでいる本に目を通す。絵本や伝記っぽいものが色々ならんでいる。


「料理本は、さすがに置いていないか……」

「料理本なんてあったら、こんな場所には並べませんわ。あったら間違いなく貴族連中が確保するもの」


 そういえば、東の国でも料理本の値段を決めるとき、銀銭2枚と言ったら驚かれたっけ。

 この世界の料理本は価値が異常なくらい高い。

 それにアルバートさんにもレシピを広めるのを不思議がられたしな。普通に財を築けるって。


「そういえば、何でこの世界の住人は料理文化がこんなに遅れているんだ?」


 ふと、俺は疑問に思ったことを口にした。

 出汁を取れば驚かれ、米を炊けば喜ばれ、柔らかいパンを焼けば歓声が起こる。遅れているにしても程がある。

 なのにもかかわらず他の技術は高い。あまりにも矛盾した技術の偏りがこの世界にある。


「当たり前じゃろう。妾たちはつい最近までは酒以外の味というものを感じなかったんじゃからな」

「……は?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「味を感じないってどういうことだ?」

「どういうことって、そのまんまの意味じゃ。何を食っても味がしないんじゃ」

「わたくしも生まれた時から味というものを感じなかったわ。つい最近まで、それが日常だったもの」


 味を感じなかったって、つまり味覚が無かったってことなのか?


「つい最近ってちなみにいつ頃だ?」

「そうね、20年くらい前かしら」


 結構前じゃねえか……、いや、鬼や吸血鬼にとってはつい最近になるのか。


「東の国じゃそんな話、誰も話さなかったぞ」

「最初は皆驚いたがのう」


 オウカは肩をすくめる。


「一年もすれば当たり前になる。そんな当たり前のことを、いちいち話題にはせんじゃろ」

「料理番という職が増え始めたのもそれくらいからですわね」


 なるほど。

 言われてみれば、現実世界で『昔はスマホがなかった』なんて毎日話題にしないのと同じか。


 しかし、味覚が無かったってそんな話があるのか?

 でも、その話が本当なら、この世界に料理だけが発展していない理由に説明が付く。味を感じなければ食への喜びが得られない。つまり料理への探求が失われたと同じだ。


「でも、酒だけは味を感じたんだよな?」

「うむ、じゃから酒だけが楽しみじゃからな。酒造にはとにかく力を入れたぞ」


 だからこの世界の妖怪たちは酒好きが多いのか。なんか納得した。


「しかし、何で酒だけ味を感じれたんだろうな?」

「ふむ、昔から伝わる童歌にも酒のことが歌われておるからな。そのせいかもしれん」


 童歌か。

 そういえば花祭りのとき、村長から聞いた覚えがある。

 すると、オウカが懐かしむように歌い始めた。


「我ら浮世の妖の

 遠い昔時の縁なり

 人を喰らいて酒を飲む

 皆が恐れし物の怪よ」


 これを最初に聞いたときは驚いた。けど、これは意味的に昔のこの世界の妖怪は人を喰らっていたって感じの歌だよな。


「なあ、オウカ2番って知っているか?」


 そういえば子供たちが歌っていた時、2番を忘れたて言っていたよな。


「2番か、もちろん知っておるぞ」


 オウカはどこか得意げに胸を張ると、そのまま続きを歌い始めた。


「許されざりしその罪は

 神が怒りて罰受ける

 喰らう喜び奪われて

 許されたのは酒の味」


 オウカが童歌を歌いきると同時に俺は確信した。

 これは俺の仮説だが、この世界の妖怪やもしかすると魔物も人を喰っていたのかもしれない。


 そしてそれを見た神様が怒り罰を与えた。それが味覚の剥奪。食べる喜びを奪った。

 だが、全ては奪わず、酒の味だけが許された。


「そういえば、東の国には歌がありますのね。西の国には童話がございますわ」


 そう言ってミルフィスは本屋の棚から一冊の本を取り出した。そこにはタイトルでこう書かれていた


「えっと、『魔物の国と人間の国』?」


 普通、人間の国と魔物の国じゃないのかと思ったけど。この世界で作ったのなら魔物の国と人間の国で合っているのか。

 確かにさっき言っていた通り子供向けの童話のようだ。


 俺はその本をめくり内容を確認する。

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