昼食とピクルスサラダ
――昼食が運ばれてくる少し前
食堂には俺のほかにオウカ、ヨウコ、ミルフィスがいた。
昼食まではまだ少し時間がある。せっかくなので、軽く談笑しながら時間を潰すことになった。
「そういえば、お父様からお聞きしましたわ。街のパンが一新されたそうですわね」
「ああ。今日は今までのパンを回収して、新しいパンを無料で配っているところだ」
「ふふっ。これで毎日柔らかいパンが食べられますわね」
ミルフィスは嬉しそうに微笑んだ。
確かに俺も食べたけどあれは硬すぎる。まるで石を食っているみたいだったよ。
「のう、エイタ。パンには柔らかいものと少し硬いものがあったじゃろう? なぜ柔らかいパンだけを作らんのじゃ?」
ヨウコが首を傾げながら尋ねてくる。
「ああ、それはコストの面も考えたからだよ。それに柔らかいリッチパンは少し甘みがあるだろ?」
「ふむ、そういえば少し甘い味がしたのう。妾はあの味がなかなか好きじゃ」
確かにリッチパンはそのまま食べても美味しい。
ほんのりとした甘さがあって、気付けば何個でも食べられてしまう魅力がある。
だが、その分だけ牛乳やバターを多く使うためコストが高い。さらに食べ応えもあるので、毎日食べ続けると意外と胃に負担がかかる。
「バターをたっぷり使ったパンは確かに美味しい。でも毎日だと重たく感じることもあるんだ。だから、たまには軽い口当たりのリーンパンも必要なんだよ」
「なるほどのう。毎日同じものでは飽きてしまうということか」
「そんなところだな」
そう答えながら、俺は少し苦笑する。
とはいえ、屋敷では毎朝だし巻き卵を作っているんだけどな。
まあ、卵は毎日食べても飽きにくいし、何よりオウカが毎日飽きずに美味いと言ってくれているし問題ないだろう。
「館でも米や醤油、味噌をもう一度検討しようかしら?」
「そういえば、米や醤油や味噌は厨房には無かったな。知っているってことは前は扱っていたのか?」
「そうね。でも、米の食べ方なんて料理本に書いていた食べ方なんてしていなかったし、パンに味噌や醤油を合わせてもなんか合わないのよね」
みそ汁にパンをつけて食うようなものか。
一応洋食にも味噌や醤油を使ったものはあるにはあるけど、今教えてもあまり意味はないしな。
そんなことを考えていると、食堂にカナメとアルバートがやってくる。
「……一度調整しないと分からない。お昼ご飯の後に見てあげるね」
「うむ、助かるよ」
「あら、お父様。カナメに懐中時計を見てもらっていたの?」
よく見たらアルバートが懐中時計を大事そうに抱えている。
「ああ、最近調子が悪くてね。やはりここは専門家に任せるのが一番だろう」
「……お腹減ってると集中出来ないからご飯が先」
カナメはウキウキしながら昼食を待っている。
しばらくしてオルフェウス、セラフィナも食堂にやってくる。
「お待たせいたしました。本日の昼食はかぶのピクルスのサラダ、ロールパン、ジャガイモとベーコンのスープ、ドドのトマト煮込みとなっております」
執事長のディケムさんが一礼をし、給仕たちの手によって料理が運ばれてくる。
さて、昼食の時間だ。今回は朝食と違って少しだけ難易度が上がっている。
伯爵家の料理番たちは上手く作ることが出来ただろうか。
伯爵家の4人は胸に右手を当て目を瞑り祈りをささげる。
俺たちは変わらず手を合わせ。
「「「「いただきます」」」」
さて、最初はガロが漬けたピクルスを使ったサラダをいただくとしよう。俺はサラダをフォークで口に運ぶ。
ピクルスの味は濃いめだが、それをレタスがいい感じに中和してくれている。時折見せるカリカリに炒めたベーコンの食感が素晴らしい。
「おお、こいつは凄いな。ピクルスとレタスがうまく調和しているぞ」
「うむ、なんだか手が止まらんのう」
ピクルスの酸味による食欲増進効果だろう。これはコース料理の前菜としても十分に成立しそうだな。
「わたくしはこのドドのトマト煮込みが気に入りましたわ。ドド肉とトマトがこんなにも合うなんて」
「このスープ、朝に飲んだものと少し違うね。香りというか、風味っていうか」
オルフェウスはスープを飲んで驚きの表情をしている。
今まで飲んでいたのがドドガラで出汁を取ったブイヨンだが、今回はフォン・ド・ギャウルの2番出汁で取ったものだ。
ブイヨンはすっきりとした味わいで、野菜の甘味が感じられる飲みやすいスープだ。
フォン・ド・ギャウルの2番出汁で取ったスープは骨由来のコクや、焼いた骨の香ばしさがある。
高級フランス料理では、フォンドヴォー2番出汁をベースにしてブイヨン的なスープを作ることもあるので、非常に贅沢なスープとも言えよう。
「フォン・ド・ギャウルの二番出汁で取ったスープだけど、これを取るのに12時間くらいかかるかな」
「じゅ、12時間って半日じゃないか」
オルフェウスは呆気に取られている。
そりゃそうだ。半日も鍋に付きっきりなんて狂気の沙汰だろうな。
「こんな手間暇をかけて作るなんて、本当に料理って凄いのね」
セラフィナも感心しながらスープを味わっている。
「そういえば、エイタ。東の国だと汁を作るのにこんなに時間はかけておらんな」
「ああ、カタオ節や昆布は早く出汁が出るからな」
「ほう、興味深いな」
俺たちの話にアルバートさんが食いついてきた。
「カタオ節と昆布と言ったか。確かそれも料理本に書いてあったな」
少しの時間でそこまで覚えていたのか、すごいなこの人。
「はい。カタオ節や昆布は乾物の一種で、いい出汁が取れるんですよ」
「ほう、乾物か。長期保存に向いているし輸入向きではあるな」
「米や醤油、味噌なんかと同じで保存が効きそうですわね」
「乾物なら輸入してもいいんじゃないかな?」
伯爵家の面々で東の国から何を輸入するかで盛り上がっているようだ。
もし、次来た時に館全体が和食になっていたら俺笑う自信があるぞ。
「そうじゃ、エイタ。昼食が終わったら、また街を見て回るぞ。よいな?」
「ああ、構わないぜ」
昨日は調理器具ばかり見ていたからな。
せっかくなら、この街のことももっと知っておきたい。断る理由はなかった。
昼食を終えたら、再び街へ繰り出そう。
思わぬ掘り出し物が見つかるかもしれないしな。
「「「「ごちそうさまでした」」」」




