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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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パンが変われば街が変わる

 朝食を終えた後、俺はアルバートさんに連れられ、街へと繰り出した。


「いきなり呼び出してすまないね。今日はどうしても君に来てもらいたくてね」

「いえ、それで一体どちらへ?」

「ここだよ」


 示された先に視線を向けた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。

 そこは――コボッタさんのパン屋だった。


 店の前には人、人、人……いや、正確には“魔物”の群れがひしめいていた。

 まるで祭りでも始まる前夜のような熱気だ。

 中には、以前の石のように硬いパンを大事そうにバスケットへ入れて持参している者までいる。


「実は昨日、ミルフィスから聞いてね。宣伝を打っておいたんだよ」

「伯爵様、来て頂きありがとうごぜえます!」


 コボッタさんが地面に額が擦れそうな勢いで頭を下げる。

 アルバートさんが軽く手を挙げて応じると、集まっていた魔物たちから歓声が上がった。


「皆、朝早くから集まってくれて感謝する」


 アルバートさんの声が、広場に響き渡る。

 ざわめきが一瞬で静まり、全員の視線が彼へと集まった。


「実はこの度、この街の主食であるパンを――一新することにした」


 アルバートさんはゆっくりと視線を巡らせ、話を続ける。


「それもこの街のパン屋の店主であるコボッタ。そして……、我が館にいる料理番の力があってこそだ」


 広場にいる大衆から溢れんばかりの拍手が鳴り響く。


「本日、コボッタの店のパンは無料で配布する。さあ、一新されたパンを味わってくれたまえ!」


 彼はそう言うと店の奥からバスケットを持った従業員たちが出てきた。そのバスケットの中には、大量の焼きたてのパン。

 その見た目、匂い、柔らかさに、手に取った客が皆歓声を上げる。


「すげえ! これ柔らかいぞ!?」

「いい匂いがする」

「ママ! もう一個食べたい!!」


 バスケットの中にあるパンはあっという間に完売。しかし、さすがパンに人生を賭けてきた男、その程度で無くなる訳がない。


「よっしゃ、次だべ! 今日はたくさん焼いたべさ。そう簡単に無くならねえべ!」


 店の奥からさらに焼いたパンが出てくる。一体どれだけ焼いたんだ?


 さらに、以前食べていた硬いパンを持ってきた客には。


「ほい、こいつだべ」


 パンを預かり代わりに木の札のようなものを渡している。


「こいつは後でこの店で使える。フレンチトーストの引き換えの札だべ。以前のパンを持ってきてくれた客にはこうして配っているだよ」

「なるほど、これが昨日言っていた秘策ってわけですね」


 しかし、お客さんが引っ切り無しに来るな。さすがに伯爵であるアルバートさんが宣伝しただけあって凄い効果だ。


「それではコボッタよ。これからもこの街のパンを頼むぞ」

「は、はい! おら、精一杯頑張ります!」


 俺とアルバートさんはその場を後にし館へと戻る途中で――


「これだけの為に足を運んでもらって申し訳ないね」

「い、いえ、気にしないでください」

「正直、君を紹介できないことを申し訳なく思っている。本当なら、皆の前で正式に紹介したいところなんだがね……」


 アルバートさんは俺を紹介する時、あえて”我が館にいる料理番”と言っていた。

 あの大衆の中に貴族たちの手先が紛れ込んでいるかもしれない。ガロたちも言っていたが、優秀な者ほど権力者に囲われるというやつだ。

 さすがに伯爵家に仕える者へ強引に手を出す者は少ないだろう。仮に何か仕掛けてきたとしても、その頃には俺は東の国へ戻っているはずだ。

 それに、あのパンを作った本人が誰なのかまでは分からない。


「もちろん、パンのレシピも印刷してすぐに公開しよう。そうすれば貴族たちも諦めがつくだろう」


 どうやらアルバートさんは、自ら矢面に立って俺を守ってくれるらしい。

 さすがは、この街を治める領主だ。

 こういう人がいるなら、この街はきっと大丈夫だろう。

 それに――。


「美味しいものを食べれば、人は幸せになれますからね。それはいつの時代も、どこの国でも変わらないと思います」

「ははは、たしかに君の言う通りだな」


 さて、戻って昼食のレシピについてみんなに説明をしないといけないな



***


 昼食の準備も前もって整えておこうと、厨房の面々を集めた。

 俺は紙に書き出した昼食のレシピを見せながら、必要な食材や仕込みの手順、切り方、おおよその分量などを説明していく。

 焼き物、煮物、揚げ物、蒸し物。

 一通りは教えてきたつもりだが、まだまだ伝えたいことは山ほどある。とはいえ、今回も俺自身は現場に入らない。できるだけ皆だけで回せるようになってもらわなければならないからだ。


「はい、兄貴! 昼食なんですけど、実は俺、試しに作ったものがあるんです!」


 試しに作ったもの? 一体何を作ったというんだ?

 ガロはそう言って8頭分に切ったカブやきゅうりの輪切りが入った瓶詰を持って来る。


「実は昨日の朝、こいつを作ってみたんです」


 瓶のふたを開けると中から独特の酸味がかった匂いがする。まさか、これは!


「ピクルスか!?」

「え? これ、ヨウコが持ってきた料理本の漬物ってやつを見て思いついたんすけど」


 ヨウコの料理本の漬物か。確かにあれには酢漬けなんかもあったはず。なるほど、そこから発想を得てこれを作り上げたというのか。


「問題は味なんですけど。まだ確認していないんですよ」


 そう言ってガロは瓶の中からきゅうりを取り出し、包丁で小さく切り分ける。


「ちょっと、匂いがすごいけど……。別に変な匂いってわけじゃないわね」

「ううむ……」


 オーグリアとオーグランドさんは少しためらっている。その隣でヨウコが躊躇いもせず口へ運んだ。


「ん~。美味しいのです。これはご飯が欲しくなるのです」


 ヨウコの言葉にガロの顔がぱあっと明るくなった。俺も試しに食べてみる。


「うん、美味いけど、少し味が強いな」


 今度は落ち込んだ顔になる。……分かりやすいなこいつ。

 味的には市販の瓶詰のピクルスの味が濃いやつと言った感じだ。


「いや、これはこれでいいかもしれないな。例えば細かく刻んでキャベツとあえてサラダにしたりとか」

「あ、確かにそれなら前菜にもなりそうっすね。あ、あとこいつも試してください」


 そう言って今度はカブを取り出し、包丁で切り分ける。


「ん? カブの味は丁度いいわね」

「きっと大きめに切ったから丁度良く漬かったんだろうな。きゅうりは薄く切ったから漬かりすぎてしまったんだろう」

「な、なるほど、次からは大きさを合わせた方がいいっすね」


 しかし、これは驚いたな。まさか料理本から発想を得て作り上げてしまうなんてな。よし、今日の昼食はこれを使ったサラダを作ってもらおう。

 俺は昼食の献立のサラダをピクルスを使ったサラダへ書き換えた。

 今日の昼食の献立はかぶときゅうりのピクルスのサラダ、ロールパン、ジャガイモとベーコンのスープ ドドのトマト煮込みだ。


「それと、今日の夕食だけど……」

「どうしたんすか? 兄貴」

「夕食の献立はみんなで決めて欲しいんだ。昨日作った料理を組み合わせて組んでもいいし、レシピを参考に新しい料理を考えてもいい」

「え? あたしたちが献立を決めるの?」


 やはり最終的にはそうなってもらいたい。今は俺が献立を考えているが最終的には自分たちで考えなくてはならない。ちょっと早いかもしれないけど、いずれは通る道だ。


「うむ、そうだな。我らは作るだけではない。計画を立てるのも料理番の仕事であるという訳か」

「分かりやした兄貴。俺ら頑張ります!」


 俺とヨウコは厨房を後にし、伯爵家の料理番だけが残された。


「よし、それじゃあ、早速昼食作りだな!」


 ガロは手のひらに拳をたたきつけ気合を入れなおす。


「そうね。いつまでも頼ってばかりじゃいられないものね」

「うむ。さあ、我らの仕事をするぞ」


 オーグリアとオーグランドも気合を入れなおし、下働きの5人もお互いで頷きあった。


「今日の昼食のサラダは俺が作る。こいつは俺が作ったものだしな。ある程度は使い方を掴みたいしな」

「じゃあ、あたしがスープだね。昨日のフォン・ド・ギャウルの2番出汁が残っているからね。こいつを使うわ」

「うむ、私がメインだな。本日は煮込み料理だ。下処理の配置はリントンとレントン、お前らはガロに付け」

「「はい!」」


 二人はガロと共にサラダの準備を始める。


「エルスとアルマはオーグリアに付け。ミネルヴァは私の補助だ。まずはドドの処理を頼む」

「はい」


 ミネルヴァはドドを一口大に切り塩コショウで下味をつける。


「終わったら、トマトの処理だ。頼んだぞ」


 オーグランドさんは鍋にオラブオイルをひいて、ドド肉を皮目から焼いていく。焼けたら一度取り出して、ニンニクと玉ねぎを炒める。

 程よく炒めたらおたまでブイヨンを鍋へと注ぎ込む。すると底にこびりついた焦げがほどよくこそげ落ち、旨味がスープへと溶け出していく。

 ぐつぐつと沸き立っていた鍋の火を少し落とし、このまま15分ほど煮込んで塩と胡椒で味を整えれば完成だ。


サラダ担当のガロは下働きと同じようにベーコンや野菜、ピクルスを処理していく。今回はドレッシングを使わないので、味付けはベーコンとピクルスの塩味のみだ。

 スライスして3㎝幅くらいに切り、軽く炒める。

 レタスは一口大にちぎり、かぶのピクルスは薄切りにする。あとはオラブオイルをひと回ししてコショウをかけて完成だ。


 スープ担当はオーグリア。スライスして細切りにしたベーコンを炒め、そこにフォン・ド・ギャウルの2番出汁を入れ旨味をこそげ落とす。

 そのまま沸騰させ、一口大に切ったジャガイモを入れ塩コショウで味付けして完成。


 パンはロールパンを軽く温めて準備完了。


「失礼いたします。旦那様とご家族の皆様がお席に着かれました」


 ディケムは静かに厨房へ入り、恭しく一礼をする。


「分かった。すでに準備は出来ているから給仕を頼む」

「かしこまりました」


 下働きたちがスープを器に盛りつけ、給仕が食堂へ運んでいく。

 今日の昼食はスープもメインも大きめの鍋で作ってある。それが従者たちの昼食となるのだ。


「お前たちは先に昼食を食べてていいぞ。ガロ、オーグリア、夕食について少し話し合おう」

「うっす、分かりました」

「分かったよ、パパ」


 昼食づくりが終わると同時にオーグランドたちはすぐさま会議に入る。夕食はエイタの協力を得られない。つまりレシピから自分たちで考えなくてはならない。


「って言っても、何を作ればいいか分からないよ」

「一応、今まで作った料理のレシピは全て書いてありやす」

「うむ、今まで作ったものをそれぞれ出すか。それとも……」


 ふとガロの目が止まった。

 彼は二冊のレシピを何度も見比べながら、首を傾げる。


「……俺、サラダで試してみたいのあるんですけどいいですか?」

「え? 何か思いついたの!?」

「私もスープで試してみたいものがあるんだが……」

「え!? パパも!?」


 二人は立ち上がり新たな料理を試そうとしている。オーグリアは頭を抱えレシピを見つめている。


「ヤバい、あたしだけ何も思いつかないよ」


 ヨウコが持ってきたレシピをパラパラとめくる。いろんな料理があるけど肝心の調味料が無い。東の国の料理はほとんどが醤油や味噌を使う料理ばかりだった。


「何この豆腐って料理……。え?豆を絞って固めるってそんなことできるの?」


 さらに続きをめくる。そこには豆腐からさらに違う材料の作り方まで書いてある。


「材料から材料に加工して……それを料理に使うって。もう発想が思いつかないことばかりだわ」


 オーグリアはため息をつきページをめくる。


「これなんかすごいわね。豆を絞ってから固めて、それを切った後揚げて、さらにそれを煮る。凄いわね、まるで袋みたいに使ってるわね」


 オーグリアの頭の中で何かが引っ掛かる感じがする。


「そういえば、レシピの中に似たようなものがあった気が」

 

 ヨウコの持ってきたレシピではなく、ガロが書いたレシピを見る。この中にあるレシピを見て、オーグリアの頭の中で歯車がかみ合うように閃いた。


「あれとあれを組み合わせて。……いけるんじゃないかな」


 オーグリアは早速試してみることにする。材料は冷蔵庫にあるのは知っている。一度試しに作って確認しないといけない。後は夕食までに間に合うかどうかだ。

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