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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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ギャウル・ブルギニョン②

 食堂ではアルバートとその家族たちが、穏やかな笑い声を交わしながら談笑していた。


「しかし、彼の料理には毎回驚かされるね」

「うむ、そうじゃろそうじゃろ」


 オウカは満足そうに何度も頷いた。

 褒められているのは自分ではなく従者だというのに、その主であるというだけで誇らしい気持ちになるらしい。


「そういえば父さん。実は今日の昼、パン屋の様子を見に行ってきたんだ」


 オルフェウスは楽しそうに笑いながら話す。


「パン屋の店主がさ。そりゃもう凄い張り切ってパンを捏ねててさ。その日はパンの注文は断っていたみたいだよ」

「長年のパンが硬いという常識が覆されましたからね」

「ああ、これは街全体のことではない。西の国全てに関わることになるだろう」


 たかがロールパン一つ、されどロールパン一つ。エイタの作ったパンは国を動かしかねないレシピだということを、当の本人はまだ知らない。


 そんな料理番が作る料理を、6人は期待して待ち望んでいた。


「失礼いたします。本日の夕食をお持ちしました」


 ディケムが恭しく一礼すると料理が運ばれてくる。


「最初のお料理は、前菜、トマトのキッシュでございます」

「な!? こ、これは!?」


 アルバートの声が思わず裏返った。

 それは昨日、デザートとして供された“パイ”に酷似した見た目をしていた。しかし、そこから漂う香りは甘味ではなく、むしろ香ばしさとトマトの酸味が混じり合った、全く別の料理だった。


「キッシュとは、卵とギャウルの乳を基調とした液をパイ生地に流し込み、焼き上げた料理でございます。本日は、その中にトマトを主材として用いております」


 家族全員が目を閉じ、右手を胸に添える。

 

 やがて、目を開き、目の前の料理に視線を落とした。


「昨日のパイと酷似しているが……さて」


 アルバートは慎重にナイフを入れフォークで口に運ぶ。

 途端、口の中にまろやかな卵とギャウルの乳の味が広がる。続けて、それと調和するようにトマトの酸味が広がる。


「これは!? 昨日のパイとはまったく違う料理だぞ!」


 いい意味で裏切られた、とアルバートは内心で呟く。味だけではない。食感までもが計算され尽くしていた。

 ふわりとほどける卵の柔らかさと、サクサクとしたパイ生地の歯ごたえが絶妙に混ざり合い、一口ごとに表情を変えていく。


 ミルフィスは大好きなトマトが入っていてご満悦だ。トマトファルシ、ドドのトマト煮込み、そしてトマトキッシュ。

 同じ食材を使っているにもかかわらず、ここまで別物の料理に昇華できるものなのかと、素直に感嘆する。


 昨日よりも少しペースが速いかもしれない。

 そう感じた給仕係の一人でもあるシェイルは、音もなく影の中に溶け込み移動する。

 厨房の入り口に移動したシェイルは影から人の姿に戻るとすぐに厨房内へ報告する。


「失礼します。そろそろ前菜を食べ終わる頃です」

「分かりました。ガロ、頼んだぞ」

「了解っす!」


 ガロはブイヨンの中に1㎝角に切ったキャベツを入れ、ひと煮立ちさせた後、溶き卵を鍋の沸騰している所に落として鍋を軽く揺すり、火を止めた。

 こうすることによってたまごに余計な火が入るのを防ぎ、フワフワの卵になるのだ。


 ちょうどパンも焼きあがったのでミネルヴァがオーブンから取り出し、籠に入れていく。

 この先オーブンを使う予定はないので従者たちのパンを焼いておこう。俺はミネルヴァに指示をし、次のパンをオーブンへ入れさせた


「完成っす! 給仕お願いします」


 すでに食堂にいた給仕係は厨房に集まっており、スープとパンが手際よく運ばれていく。

 すべて運ばれていった後で、ガロが大きく息を吐いた。


「ふぅ~、あんな感じでよかったっすか?」

「ああ、卵は入れてすぐ混ぜてしまうと、スープと混ざり合ってしまうからな。しばらく置いて軽く揺する方がいいんだ」

「なるほど、軽く揺する……と」


 ガロは今日のレシピも真剣にノートに書き込んでいる。西の国はここから料理本が広がっていくのかもしれないな。


「これって作る担当は固定させた方がいいよね?」


 オーグリアはキッシュに使った型を洗いながら聞いてきた。担当にするというのは各自の持ち場を決めその場所を責任をもって仕事をすると意味合いもある。

 今回は前菜はオーグリア、スープはガロ、デザートが下働きたち、そしてメインディッシュはオーグランドさん。


「基本は固定にした方がいいな。ただ、中には作り置きできるものもある。今回のプリンや、サラダ、前菜にも作り置きできるものがある」

「なるほど、その時の状況で切り替えていくのアリってわけね」


 オーグリアもノートに書き込んでいる。それだけではない、下働きの子たちもノートを持ち込み書き込んでいる。みんな勉強熱心で感心するな。


 そして……。


「……」


 かれこれ数時間、目の前の鍋を見つつ、火の調整をしているオーグランドさん。

 メインディッシュはもちろん彼に固定させた方がいいだろう。自身の失敗を絶対に許さない鋼の男というイメージがある。


 この世界の竈だが、基本的に薪と炭であり、それは西の国も変わらない。

 その為、常に火の管理をしていないと火力が変わってしまうときがあるのだ。燃料を追加しなければ消えてしまうし、もしもの時の自動消火機能なんてあるわけない。


 もし、ここで火加減を間違え焦がしてしまおうものなら、今までの時間が無駄になってしまう。

 

「うむ、火加減は問題ないな」


傍から見ると職人にしか見えない。


 オーグランドさんは手が離せなさそうだし、ここは俺が賄いを作ってしまおう。


 まずはドド肉を大きめに切り分け、塩とこしょうを振ってから、軽く小麦粉をまぶす。玉ねぎは薄切りにして準備しておいた。


 鍋にオラブオイルを引き、ドド肉を皮目からじっくりと焼き上げていく。強すぎない火加減で脂を落としながら焼くことで、香ばしい匂いが厨房に広がった。


 こんがりと焼き色がついたところで、一度肉を取り出す。


 空いた鍋へ刻んだニンニクと玉ねぎを投入。

 肉の旨味を吸った油で炒められたそれらは、すぐに香りを放ち始めた。


 十分にしんなりしたところで、先ほどのドド肉を鍋へ戻す。そこへワインを注ぐと、ジュワッと音を立てて湯気が立ち昇った。

 軽くアルコールを飛ばしたあと、ブイヨンを加えていく。


「あれ? こっちはブイヨンを入れるのね」

「ああ、フォン·ド·ギャウルだと、ドドの味が負けてしまうからね」


 さらに少量の水を加え、中火から弱火でじっくり二十分ほど煮込む。

 やがてワインの酸味は角が取れ、肉の旨味と溶け合って深い香りへと変わっていった。


「コック・オ・ヴァン……、いやドド・オ・ヴァンになるのかな」

「失礼します。そろそろスープを食べ終わられます」


 給仕役の声に、俺は頷く。


「わかりました。オーグランドさん、お願いします」

「うむ、承知した」


 オーグランドさんは頷くと、シャンピニオンを下働きのエルスから受け取り、仕上げの準備へ取りかかった。

 平鍋にオラブオイルを少し引いてシャンピニオンを炒め水分を飛ばしていく。


「焼いていると音が変わってくるくらいまでです」


 シャンピニオンからじわじわと水分が染み出してくるが、慌てて動かしてはいけない。

 そのまま焼き続け、水分を飛ばしていく。

 やがて、ジュージューという重たい音が、チリチリと軽やかな音へ変わった。


「そこです。焼き色が付いたらバターを入れて塩コショウで味付けを!」


 オーグランドさんは手早くバターを絡め、塩コショウで味つける。

 器にギャウル・ブルギニョンを盛り付け、そこに先ほど焼いたシャンピニオンを添え、ソースを少し絡める。


「完成だ、給仕を頼む」


 3時間じっくりと煮込まれ、濃厚なソースと香ばしいシャンピニオンの香りが重なり合う。

 ほろほろになるまで煮込まれたギャウル肉の圧倒的な存在感。


 立ち上る芳醇な香りに、給仕係のメイドですら思わず喉を鳴らした。


「それと、追加でこれを持って行ってあげてくれ」


 俺はメイドの一人にあるものを渡した。

 やがて、メインディッシュは運ばれて行き、俺たちの仕事はデザートの提供だけとなった。




***



「失礼いたします。こちら、メインディッシュのギャウル・ブルギニョンでございます」

「ギャウル・ブルギニョン?」


 オルフェウスは首を傾げる。昨日からというもの、料理に聞き覚えの無い言葉ばかり出てくる。だが、不思議と不安は無い。どの料理も、ひと口食べれば常識を覆されるほど美味だったからだ。


 給仕によって深皿が静かに置かれる。

 ふわり、と立ち上る芳醇な香り。


 そこには、濃い赤褐色のソースをまとった大ぶりの肉が鎮座していた。添えられた野菜は艶やかに輝き、見るだけで食欲を刺激してくる。


「こちらはギャウルの肉を、赤ワインでじっくり煮込んだ料理でございます」

「なっ……ワインで煮込んだだと!?」


 アルバートが目を見開く。

 彼にとってワインとは“飲むための酒”であり、料理に使うなど考えたこともなかったのだ。

 だが、漂ってくる香りは信じ難いほど食欲をそそる。

 肉の旨味とワインの芳醇な香りが混ざり合い、鼻腔を刺激するたび、自然と喉が鳴った。


 いったいどのような味がするのだろうか――


 彼だけではなく、その場にいた全員が同じ考えに至る。

 アルバートはフォークを取り、器の中で輝くソースを纏った肉へと、それを沈める。


「……これは……! 柔らかいっ」


 フォークで触れるたびにほぐれ、それをソースと絡め口へと運ぶ。

 その瞬間、アルバートの味覚は一斉に覚醒した。


 甘み、塩味、酸味、旨味、重厚だけどとても上品で奥行きのあるコク。ワインが肉を殺さず、むしろ引き立て、肉がワインに深みを与えている。


 味わったのはたった一口、だが、その一口に全てが詰まっているような感覚だった。


「……まるで奇跡だな」


 アルバートが言葉を漏らした。未知なる味の奇跡を目の当たりにしたアルバートはすでに感動の域を超えている。


「んん~! こいつは前に食った角煮に似ておるな。肉がとろけるように柔らかいぞ!」


 オウカはギャウル・ブルギニョンを満足そうに食べている。一昨日食べたボルアッカの角煮は衝撃を受けたが、こちらも衝撃的だ。肉とはここまで柔らかくなるものかと感心している。


 そこに覚えのある匂いが漂ってきた。


「この匂い……パンか?」

「こちらはエイタ様より伺っております。どうぞ、そちらのソースをつけてお召し上がりください、とのことです」


 パンをソースにつけて食うだと!?

 そんな食べ方があるとは、アルバートは内心で激しく動揺した。

 だが同時に、抗いがたい誘惑が鼻腔をくすぐる。

 このソースをつけてパンを食べたなら、一体どれほどの味になるのか――。


「……パン! ちょうだい!」


 カナメはパンを我先にと掴む。ギャウル・ブルギニョンは美味しくてあっという間に平らげてしまった。しかし、器にはまだソースが残っており、このソースをいかにして食べるかを模索していた所にパンが運ばれてきたのだ。

 これはもう、”さっさと付けて食え”と言われているようなものである。


「……ソースとパン、うまうま」

「はっ! わ、私はいつの間にパンを!?」


 アルバートはすでにパンを手にしていた。

 そして、導かれるようにパンをちぎり、ソースをつけ口に運ぶ。


「これは……恐ろしいな。いくらでも食べれてしまうぞ」


 そう苦笑しながらもパンをちぎりソースに絡め口に運ぶ。

 オルフェウスはすでに肉を食べ終わり、パンも2個目を食べているようだ。


「まさか、ワインを料理に使うとは……。聞いたこともないぞ」


 気づけば自分も肉を食べ終わり、パンも2個目を手にしている。

 明日は大変なことになりそうだなと心の中でそう思った。


(どうしましょう。デザートは食べられるかしら?)


 ミルフィスは少し心配になった。まさか、ワインを使った料理がここまで美味しいとは思わなかった。パンは1個だったけど、この後のデザートが何が来るのか心配していた。


「失礼いたします。こちらデザートのプリンでございます」

「プリン?」


 運ばれてきたそれは、小さなコップほどの大きさの器に収められ、丁寧に蓋が添えられていた。

 静かにその蓋が外されると、現れたのは淡い黄色の表面。ただそれだけ。

 過剰な装飾も香り立つ演出もない、あまりにもシンプルな料理だった。


「なんか、今までの料理を見た後だとなんか拍子抜けしてしまうね」


 オルフェウスは器の中身を見てそう呟く。が、内心、この料理はどんな味がするのか興味津々である。

 器からスプーンで一口、もう一口、さらにもう一口。


「ははは、なんだこれ。止まらないよ」


気がつけば、器はすでに空になっていた。

先ほどのメインディッシュとパンの量も絶妙だったのだろう。デザートとしては、まさに計算された分量だった。


(……これは、ずるいですわね)


 ミルフィスは頭の中でそうぼやきながらプリンを運ぶ手は止まることはなかった。

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