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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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街で宝探し①

「失礼、お邪魔するわよ。エイタさんはいるかしら?」


 昼食を終え、食器を洗っていると、厨房の入り口からミルフィスがひょいと顔を覗かせた。


「あ、はい。どうしました、ミルフィスお嬢様」

「これからわたくし、街へ出かけますの。せっかくだから今日はあなたに、この街を案内して差し上げようと思いまして。どうかしら?」


 ガロが言っていた通り、本当に来たな。

 まあ、街を見て回れば新しい食材や調味料が見つかるかもしれない。この街はかなり広いし、断る理由もなかった。


「ぜひ、お願いします」

「ふふっ、決まりね――それから」


 ミルフィスは人差し指を立て、少しだけいたずらっぽく笑う。


「“お嬢様”は無しよ。ミルフィスでいいわ。そういう特別扱い、あまり好きではありませんの。オウカと同じように接してちょうだい」

「あ、ああ……分かった。よろしくな、ミルフィス」


 そう言うと、彼女は満足そうに微笑んだ。


「うう~、待たんかミルフィス」

「……到着した」


 廊下の向こうからオウカの声が響く。そちらへ振り向けば、そこにいたのは見慣れた着物姿ではなく、ドレスに身を包んだオウカとカナメだった。


「むう、この“どれす”とやらは、どうにも着慣れんのう」

「……カナメは結構好き」


 いつもと違う装いのせいか、どこか落ち着かない様子のオウカ。その姿に、ドキリとしてしまった。


「あ、ああ、悪い、俺も着替えてこないとな」


 慌てて視線を逸らし、そう言う。

 さすがにコック服のまま街へ出るわけにはいかない。俺は一度自室へ戻り、外出の準備を整えることにした。


 準備を終えた俺たちは、屋敷の門を抜けて街へ向かった。


 地面は綺麗な石畳で整えられており、周囲に建ち並ぶ家々も石造りだ。

 東の国とは違い、この街には妖ではなく魔物たちが普通に暮らしている。


 羊や山羊のような角を生やした者。

 紫色の肌をした小柄なゴブリン。

 頭に花を咲かせ、髪が植物の蔓のようになっている種族までいる。


 知らない人間が見れば、まるでモンスターの街そのものだろう。


「どこか気になるお店とかはあるかしら? なんなら必要な調理器具とかあれば揃えますわよ」


 おお、つまり必要な調理器具ってことで買っていいってことだな。

 そういえば、昨日パンを作ったとき、麺棒がなかったな。まあ、パンはコボッタさんのところで作ってもらえるが、パイを作るときには必要になる。あって困るものでもない。


 それに、焼き型のような調理器具も欲しいところだ。

 必要な物を頭の中で並べ、俺は答えた。


「パイを作るときに使う麺棒と、焼き型みたいな調理器具があるといいんだけど」

「パイって、昨日の夜に出てきたブラドベリーパイのことかしら?」

「おお、あれは美味かったのう。エイタ、東の国に戻ったらあれを作るのじゃ」

「……屋敷に石窯は無い」


 無茶を言わないでくれ。第一カナメの言う通り、屋敷に石窯が無いだろう。

 俺が必死に生地を伸ばしている姿を想像したのか、ミルフィスがクスリと笑った。


「木製の長い円柱があればいいんだけど……」

「そうなると木工屋かしらね」


 歩き出そうとしたら、ミルフィスは何かを思い出したように立ち止まった。


「あ、でも焼き型でしたっけ。鍛冶屋が近いからまずはそちらへ行きましょう」


 ミルフィスの提案により、一行は先に鍛冶屋へ向かうことになった。

 しばらく歩くと、金属を打つ甲高い音と、むわりとした熱気が辺りに広がってくる。どうやら近くまで来たらしい。

 鍛冶場の中では、身の丈2メートル近くはあろうかという、額に目が一つある巨躯の男が、巨大なハンマーを振るい鉄を打っていた。

 ――サイクロプス、だろうか。


「ごきげんよう、クロス」

「ミルフィス様、いらっしゃいませ。今日はいかがなされました?」


 クロスと呼ばれたサイクロプスは、手にしていた巨大なハンマーをゆっくりと下ろし、こちらへと視線を向けた。


「今日はお料理で使う容器を見に来ましたの。さあ、エイタさん、お好きなのを選んでくださいませ」

「ほう、この辺じゃ見ねえ顔だな。新しい料理番か?」

「ええ、私の親友のオウカの所で料理番をしておりますの。少しお借りしてましてよ」

「うむ、妾の従者じゃ、こやつはいろんな料理を作れるのじゃぞ」


 そんなやり取りが交わされている最中だというのに、俺の意識はすでに別世界へと飛んでいた。


 ……なんだこれ。宝の山じゃねぇか。


 あの型……絶対に食パン向きだろ。いや、待て。あっちの形状もいい。焼き色が均一に入るやつだ。

 気づけば俺は、まるで異世界に召喚された勇者がスキル選択画面を見ているかのように、真剣な眼差しで棚を睨みつけていた。

 ……いや、俺もう異世界来てたわ。

 これも欲しい、あれも欲しい……全部試したいんだが?

 あ、そうだ。ミルフィスに聞いておくことがあった。


「ミルフィス、館に蒸し器ってあるのか?」

「蒸し器ですの? そういうことはシェイルに聞けばわかりますわ。……シェイル」


 すると、近くの影が移動し、人の形に変わる。次第に色彩を帯びるとシェイルが姿を現した。

 マジか、ずっと近くにいたのかよ!?


「はい、お嬢様。蒸し器は館に3つほどございます」


 シェイルは懐から小さなノートのようなものを取り出し確認している。


 よし、そこにある金属製の蒸し器は除外だ。

 俺は半ば無意識のまま、足を進める。


「なんか、エイタの顔、やけに輝いておるのう」

「……俺の店であんな顔する奴、初めて見たぜ」


 オウカと店主の声が遠くで聞こえる。

 引いているのは分かる。だが知ったことか。

 今の俺は会話している暇なんてない。


「エイタさん、欲しいものは決まりまして?」

「ああ。まずはこの容器だ」


 俺は、棚から大きめの皿状の容器を手に取った。

 これにパイシートを貼れば、パイやキッシュくらいなら簡単に作れるだろう。


「それから、これだ」

「あら、それは二つで一つのセットなのかしら?」


 次に手に取ったのは、ケーキの型にそっくりな金属容器だ。ちゃんと底板も取り外しができるので、型から簡単に抜けそうだ。

 これがあれば、ケーキが作れる。


 ひとまず、目についたのはこの二つだ。

 本当は食パンを作るための型もあったのだが――あれはコボッタさんが使った方がいいだろう。


「あら、それはいらないのかしら?」


 俺が食パン用の容器に視線を向けていたのに気づいたのだろう。


「ああ、いや、あれはパンを焼くためのものだからな。俺たちにはあまり必要ないかな」

「なるほど、つまりパン屋向けというわけね」


 ミルフィスは少し考える素振りを見せると、店主に指示を出した。


「今、彼が手にしているものと、それからあれも3つずつ買うわ。それと、その容器はパン屋に届けていただけるかしら?」

「え!? コボッタさんの分も購入するんですか?」


 館の厨房で使う分ならまだしも、まさかパン屋の道具まで揃えるとは思わなかった。

 そんな俺の驚きをよそに、ミルフィスは静かに言った。


「いいのよ。これは試験的な導入、そしていずれは街全体へと広げていくためのものですもの」


 どうやらコボッタさんのパン屋はこの近くにあるそうだ。

 結局、鍛冶屋の店主とともに、俺たちはそのままコボッタさんの店へ向かうことになった。

 店に入るなり、コボッタさんは目を丸くしてたよ。

 それも無理はない。食パン用の長い金属容器を手にしたまま、いきなり店に現れたのだから。


「あ、コボッタさん。実はですね……」


 俺は、食パン用の長い焼き型を持ってきた理由と、その使い方を説明した。


「なるほどのう。この型に生地を入れて焼けば、パンが四角く仕上がるっちゅうわけだべな」


 さすがはパン焼きのプロだ。こちらがざっくり説明しただけで、すでに要領を掴んでいる。


「はい。焼き上がったらスライスして、バターやジャムを塗ったり、具材を挟んだりして食べられるんです」

「わがった。明日、こいつを使って試しに焼いてみるべさ」


 コボッタさんはそう言うと、焼き型を手に取り、まじまじと眺めた。

 ──これで、明日はロールパンやバゲットに加えて、食パンも配達されてくるだろう。


「ミルフィス様、ありがとうございます! おら、頑張って美味いパン作るべさ!」

「ええ、期待しているわ」


 ミルフィスは穏やかに微笑みながらそう返した。その声には、職人への信頼とわずかな誇らしさが滲んでいるようだった。

 俺たちはパン屋を後にする。次の目的地は木工屋だ。

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