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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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マヨネーズという名のチートアイテム

「失礼いたします。旦那様とご家族の皆様がお席に着かれました」


 ディケムは静かに厨房へ入り、恭しく一礼をする。


「分かりました。ガロ、サンドイッチの準備をしてくれ」

「うっす、分かりやした!」


 ガロはスライスしたレタス、トマト、焼いたベーコンを焼いたバゲットで挟んだ。

 後はこれを包丁で切って完成だ。


 下働きたちが完成した料理を器に盛りつけていく。トマトソースは別の器に入れて一緒に提供してもらおう。


「今日の昼食はポテトサラダ、オニオンスープ、サンドイッチ、ドドカツです。一応料理の説明をすると――」


 俺はディケムさんに料理の説明を伝えた。


「かしこまりました」


 ディケムさんは一礼し、給仕係たちが料理を食堂へ運んでいった。



***



 食堂では、アルバートをはじめ、その家族やオウカ、カナメたちが昼食の到着を今か今かと待っていた。

 中でも、朝食で口にした“柔らかいパン”の衝撃は、未だ誰の心にも色濃く残っている。


 これまで食べてきたパンとはまるで違った。


 外は程よく香ばしく、中は驚くほど柔らかい。しかも、スープで湿らせずともそのままで美味しく食べられるのだ。


 それはまさに――革命だった。


「……オウカ、屋敷にも石窯を設置しよう」

「むう、そうじゃのう。パンがここまで美味いものとは思わなかったのう」


 今朝の食べたパンは今までパンが嫌いだったカナメをここまで言わせるくらいの衝撃だった。

 そしてオウカの胸には、別の期待も芽生えている。


「パンだけではあるまい。あやつなら、また見たこともない美味いものを作ってくれるやもしれんのう」


 そう呟きながら、本気で屋敷への石窯導入を検討し始めていた。


「父さん、やっぱり今朝のパンは凄いよ。あれを町のパン屋にも作らせるべきだ」


 興奮気味に語るオルフェウスに、母セラフィナも深く頷く。


「ええ、私も賛成よ。美味しい食事って、自分たちだけが幸せになるものじゃないわ。この町全体を豊かにしてくれると思うの」


 二人の熱弁を聞きながら、ミルフィスはくすくすと楽しそうに笑った。


「その心配なら、もう必要ないみたいよ?」

「え?」


 オルフェウスが勢いよく顔を向ける。


「たぶん、エイタさん。柔らかいパンの作り方を教えたんだと思うわ。さっき厨房でパン屋のコボッタを見かけたってディケムが言っていたもの」

「もし本当なら、この町のパン事情は一気に変わるぞ……!」


 興奮を隠せないオルフェウス。

 だが、その一方で――父アルバートは静かに考え込んでいた。


(……あまりにも優秀すぎる)


 卓越した才能を持つ者は、必ず誰かの目に留まる。

 そして多くの場合、その才能は権力者によって囲われる。


 かつてこの町でも、名の知れた鍛冶職人が王都へ引き抜かれたことがあった。

 優れた人材は、地方に留めてはおかれないのだ。


(まあ……彼は東の国の人間だ。そう簡単に干渉はされないと思うが……)


 そう胸中で呟きながらも、アルバートの表情にはわずかな警戒が残っていた。


「お待たせいたしました。ただ今昼食をお持ちいたします」


 執事長ディケムが恭しく一礼すると、従者たちが次々と料理を運び込んできた。


「「いただきます」」


 オウカとカナメは手を合わせいただきますを言う。

 伯爵家が全員、右の手のひらを胸に当て食前の祈りをする。

 全員が目を開けるとディケムが料理の説明を始めた。


「本日の昼食はポテトサラダ、オニオンスープ、サンドイッチ、ドドカツでございます」


 料理名を聞いた瞬間、オルフェウスは眉をひそめた。


 ――サラダ?


「すまない、ディケム。今、サラダと言ったか?」

「はい、オルフェウス様。ポテトサラダにございます。茹でたジャガイモを潰し、マヨネーズと呼ばれる調味料で和えた料理でございます」

「ジャガイモを……潰す? マヨネーズ?」


 オルフェウスは目を丸くした。

 彼にとってジャガイモとは、焼くか茹でるかして温かいうちに食べるもの。わざわざ潰すなど考えたこともない。

 それにマヨネーズという聞いたこともない名前が彼の頭を混乱させる。


「オウカ嬢、あなたはマヨネーズというものはなんなのか知っているか?」

「いや、妾も知らん。初めて聞く名前じゃな」


 あの料理番の主も知らないものだと?

 半信半疑のまま、オルフェウスはフォークでポテトサラダを掬い、口へ運んだ。


「――っ!? な、なんだ……この味は!?」


 思わず声が漏れる。

 濃厚でありながら滑らかな舌触り。ジャガイモの甘みに、ほどよい塩味。そして後から追いかけてくる、爽やかな酸味。


 今まで味わったことのない風味が、口いっぱいに広がっていく。

 茹でて潰したジャガイモに、一体何を加えればこんな味になるのか。誰一人として想像もできなかった。

 従者たちでさえ興味を隠せず、料理へ視線を向けていた。


 ――マヨネーズ。

 それは、この異世界の住人たちにとって、まさに未知なる革命の味(チートアイテム)だった。


「……パンだ。でも今朝のより少し固い」


 今朝のロールパンが衝撃的だったのか。今回のパンは少し固い気がする。しかし、今までのと比べたら全然柔らかい。

 カナメはサンドイッチを両手でつかみかぶりついた。

 表面を軽く焼き上げたため、カリッとした食感が響き、音で楽しませてくれる。今までのパンとは違った心地よい硬さ。

 そして、そのパンの間に挟まれたベーコンや野菜が見事な調和を生み出していた。


「……このパンも美味い!」


 アルバートはスプーンでスープを静かにすくい上げ、その湯気と共に立ち昇る香りを確かめた。


(なんだ……この香りは)


 玉ねぎとベーコンだけの、ありふれた具材。

 それなのに鼻孔をくすぐる芳醇な香りは、まるで何種類もの食材を凝縮したかのように深く、重厚だった。


 炒め玉ねぎの甘み。燻製ベーコンの香ばしさ。

 そこへさらに、言葉にできない旨味の層が幾重にも重なっている。


 アルバートは無意識のうちに唾を飲み込み、ゆっくりとスープを口へ運んだ。


「――っ!?」


 その瞬間。


 閉じ込められていた旨味が、一気に口内で弾け飛ぶ。

 深いコクが舌を包み込むのに、後味は驚くほど澄んでおり、余計な香辛料で誤魔化していない。

 素材そのものの旨味だけを極限まで引き出した、純粋にして完成された味。


 たった一口。

 それだけで、アルバートの全身に衝撃が走る。


「ば、馬鹿な……ただのスープだぞ……!?」

「はい、そちらのスープはドドの骨と共に数種類の野菜を入れ、3時間ほど煮込んだものでございます」

「3時間も……」


 あまりの手間暇に、セラフィナは思わず言葉を失う。


 だが、それこそが彼にとっては当たり前だった。


 都会で料理人として生きていた頃から、客に出す一皿のために時間を惜しまない――それが彼の仕事だったのだ。


「なんじゃ、こいつは。妾が以前に食った唐揚げとはまた違うものじゃのう」

「はい、そちらはドドカツでございます。ドドのもも肉に小麦粉、溶き卵を付けパン粉をまぶして揚げたものでございます。そちらのトマトソースをかけてお召し上がりください」

「パン粉? こやつはパンなのか!?」


 オウカは興味深そうに観察し、トマトソースをかけてドドカツを口に運ぶ。


「んん~! これは唐揚げとはまた違った美味さじゃのう!」

「唐揚げ? そんな料理もあるのね。気になるわ」


 オウカの反応を見たミルフィスは、きつね色に揚がったドドカツにトマトソースをかけてそっと口へ運んだ。

 噛んだ瞬間、サクリとした食感の後、柔らかな肉から濃厚な旨味が溢れ出し、それを包み込むようにトマトの爽やかな酸味が広がる。


「……おいしい」


 思わず小さく呟く。

 ジューシーなドド肉を衣で包み込み、上にかかるさっぱりとしたトマトソースの味わいは驚くほど相性が良く、まるで口の中で一つの料理として完成されていた。


(ふふ……昨日食べたトマトファルシも美味しかったけれど、このドドカツも素敵ね)


 ミルフィスはそんなことを思いながら、幸せそうにドドカツを味わった。


「どうやったら、こんな食感になるのかしら?」

「はい、そちらは熱したオラブの油の中に入れて調理する。”揚げる”という調理法でございます」

「揚げる。初めて聞くわね。オウカ、唐揚げという料理も揚げているの?」

「うむ、唐揚げもそうじゃのう。作っているときに美味そうな匂いがするんじゃ」


 オウカは屋敷で食べた唐揚げを思い出していた。


(やれやれ、何が権力者に囲われてしまうかもしれない……だ)


 アルバートはスープをもう一口飲みため息をついた。


(私が彼を囲っておきたいくらいだね、まったく……)



***



 厨房では伯爵一家の昼食作りがようやく一段落し、俺たちは間髪入れずに従者たちの昼食の準備へ取りかかっていた。


「ガロ、昼食が終わったら少し街を見て回りたいんだ。何か面白い食材が見つかるかもしれないしな」


 そう声をかけると、ガロはなぜか言い淀む。


「あの、兄貴……実は……」

「ん? どうした?」


 普段のガロらしくない歯切れの悪さに、俺は首を傾げた。


「この時間になると、お嬢はいつも街へ出かけるんすよ」

「ああ、なるほど。ガロは付き添いをしなきゃいけないってわけか」


 ガロは料理番でありながら、ミルフィス専属の執事でもある。

 それなら俺を案内する余裕なんてないだろう。


「多分ですけど、今日はお嬢が兄貴を街案内したがると思いやす」

「え? 俺を?」

「はい。昨日の夜、そんな話をしてましたから」

「夕食の仕込みは俺たちに任せておけ。せっかく西の国に来たのに任せっきりってわけにはいかないからな。街へ行くなら、しっかり見てこい」


 そう言いながら、オーグランドさんは冷蔵庫から数種類の野菜を取り出していく。


「このブイヨンは俺たちの昼食に使って新しいのを作っておく。今から3時間だから夕食までには間に合うしな」

「このフォン・ド・ギャウルは午後の3時位に止めればいいんだよね。その後はどうすればいい?」

「それじゃあ、今日の夕食の仕込みを書いておきます。書くものと紙はありますか?」


 俺がそう言うと、オーグリアがすぐに紙と鉛筆を用意してくれた。


「ええと、時間になったら一度濾して、もう一度ガラに水を入れて2番フォンを取ります。煮込む時間はまた6時間くらいですね」

「えっ!? まだここから取れるの!? 凄いわね……!」

「ええ。一番フォンはソースや煮込み料理向きで、二番フォンは少し薄くなるのでスープに使いやすいんです」


 俺は夕食で出す料理と、必要な仕込みを書いた紙をオーグリアに渡した。やはり、いつまでも介入していては成長しないからな。どこかで俺が指導のみで立ち回れる方がいいのだろう。

 何にせよ、これでようやく、心置きなく街を見て回れそうだ。

 その間にも、オーグランドさんはブイヨンへ野菜や切った腸詰を次々と鍋へ放り込んでいく。


「なんだかエイタ殿といると、次から次へと料理を思いついてしまうな」


 ……それ、完全にポトフですよね。


 完成までまだ時間があるし、俺は夜に使うパン生地でも仕込んでおくか。


「兄貴、俺も手伝いやす!」

「私も手伝うのです」


 ガロやヨウコも張り切って声を上げる。

 せっかくだし、多めに焼いておこう。

 夕食では従者のみんなにも、柔らかい焼きたてのパンを味わってもらいたいしな。

 その後、俺とガロは、オーグランドさんが作ってくれた熱々のポトフと、まだ大量に残っている硬いパンで昼食を済ませた。

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