コボルトのパン屋さん②
「おお、エイタ殿よ、ギャウルの骨とスジを鉄板に並べてオーブンに入れておいたぞ」
オーグランドさんに頼んだ仕事はフォン・ド・ヴォー作り。牛ではなくギャウルの骨で作るからフォン・ド・ギャウルになるのだろうな。
正確に言えば、ヴォーは仔牛、ブフは成牛を指す。
だが、この世界に仔ギャウル文化があるのかまでは知らない。
なら細かいことは気にしなくていいだろう。
骨は大体40分、スジは20分から30分くらい焼いていく。
途中で何度かひっくり返しながら、全体にこんがりと焼き色を付けていく。
ただし、焦がしてはいけない。
ここで焦げを作れば、スープの仕上がりにまで苦みと焦げ臭さが残ってしまうからだ。
オーブンで焼いている間にオーグランドさんには並行で作業をしてもらう。
下働きの子たちが朝のうちに野菜の仕込みをしてくれてたおかげでスムーズに進められる。
玉ねぎは縦4つ割にカット。人参は皮付きのまま縦半分、横半分にカット。
セロリも同じくらいの大きさに切って、ニンニクは横半分。トマトはざく切りにしてそれぞれを分けてもらっていた。
「まずは香りを出すように焼いてください」
ジュワ、と油が弾け、香ばしい匂いが漂ってくる。
ニンニクがうっすらきつね色になったところで、トマト以外の野菜を一気に投入し、木ベラで混ぜながら、じっくり火を通していく。
「ここも焦げないように注意してください。焦がしてしまうと最後まで焦げ臭さが残ってしまいます」
ざく切りしたトマトを加え水分を飛ばしながら炒める。
ここで、少し水を足して鍋底の旨味をこそげ落とす。
焼き終えた骨とスジ肉を鍋へ投入する。
そこへたっぷりの水を注ぎ、強火で沸騰させた。
ほどなくして、灰色のアクと脂が、静かに表面へと浮かび上がってきた。
「これを丁寧に取るのが大切です……卵の白身を使うと、驚くほど綺麗に取れますよ」
そう言いながら、俺は卵を手に取り、慣れた手つきで卵黄と白身を分ける。
そして白身だけを鍋へと落とした。卵黄はお昼に使う予定なので冷蔵庫に入れておく。
白身はゆっくりと広がり、浮かんでいたアクや脂を絡め取るように吸着していく。
「ほら、こうやって」
俺はお玉を使い、白身ごとアクをすくい上げながら説明した。
「ほう、綺麗に取れるものだな」
「雑にすると臭みが残るのでこの作業は気を付けてください」
アクを取り終えると、紐で束ねた香草を取り出した。
「香草類はこうやって紐でまとめておくとあとで取り出しやすくなります」
香草を鍋へ放り込み、火を弱める。
さらに塩と胡椒を加えるが、塩はほんのわずかでいい。
スープは煮込む間にも味が凝縮される。
最初から塩を入れすぎれば、取り返しがつかなくなるからだ。
そして――
「この大きさだと6時間から8時間くらい煮込んだ方がいいでしょうね」
「は、8時間も煮込むのか!?」
「ええ、このフォン・ド・ギャウルはソースや煮物料理に使われます」
オーグランドさんの仕事はいったんここまでだが、他にももう一つ作ってもらう予定だ。
そろそろ二次発酵が終わる頃だな
俺は手早く卵を割り、ボウルの中でしっかりと溶きほぐしていく。
「あとはこれに仕上げをするだけです。えっと、へらか筆みたいなのあります?」
「ええと、こういうのならあるけど」
へらはなかったけど筆のようなものはあったので借りることにする。卵を溶いて筆で塗る。これで綺麗なつやと焼き色が出るはずだ
俺と下働きたちとコボッタさんでパンを並べた鉄板をオーブンに入れる。
「あとはこれをオーブンで12分位焼けば完成だ」
「トマトソース完成したよ」
オーグリアは火を止めトマトソースを仕上げの準備を整えて待機させる。
今日のメインはオムレツ、すでに下働きたちが卵を割り入れて混ぜてもらってある。俺はそこに塩と生クリームを加えよく混ぜ合わせた。
しばらくすると、ディケムさんが静かに厨房へ入ってきた。
「失礼いたします。旦那様とご家族の皆様がお席に着かれました」
俺は壁に掛けられた時計へ視線を向ける。 現在の時刻は6時40分。
「分かりました。それじゃあ始めましょう。今日は昨日の夜と違って、料理は一斉に出します。タイミングを間違えないように気を付けてください」
「かしこまりました」
ディケムさんは丁寧に一礼すると、そのまま厨房を後にした。
「最初は俺がやりますので、同じ手順で作ってください。ガロはそのままトマトソースを頼む」
「了解っす!」
平鍋を火にかけ、バターを落とす。
じゅわっと香ばしい音を立てて溶け始めたところへ、溶き卵を一気に流し込んだ。
箸で軽く混ぜながら熱を通していき、半熟になったところで端へ寄せる。
そのまま鍋を返し、卵を折りたたむようにして楕円形へ整えていく。
「ここがポイントだ。手首を軽く叩くようにして返すと形が崩れにくい」
厨房の料理番たちだけではない。下働きの子たちも真剣な表情で俺の手元を見つめていた。
形を整えたオムレツを皿へ滑らせるように盛り付ける。
完成したそれは、表面に皺一つない綺麗な黄金色をしていた。
「これで、オムレツの完成です。――では、みんなもやってみてください」
みんなは緊張した様子で平鍋を握る。俺ももちろんあと一つを作るために平鍋を握る。
慎重な手つきで卵を混ぜ、形を整えようとしていた。
……まあ、気持ちは分かる。
俺だって、最初の頃は何度も失敗した。
綺麗なオムレツを作るのって、本当に難しいんだよな。
「ああっ、やっちゃった!」
オーグリアは卵を返そうとした瞬間、勢い余って平鍋の外へ落としてしまった。
「大丈夫ですよ。失敗した分は、俺たちで食べればいいですから」
俺は苦笑しながらそう言うと、再びボウルに卵と具材を入れて準備を始める。
するとオーグリアは悔しそうに唇を結び、もう一度平鍋へバターを落とした。
「よし、こんな感じか!」
オーグランドさんは一回で成功したようだ。少し皴があるけど、十分な出来だ。
「出来たのです!」
さすがヨウコだ。だし巻き卵で卵料理は鍛えてあるからな。
ガロはオムレツ作りには苦戦しているようだ。
その間に俺はオーブンの様子を見に行く。ちょうどいい焼き色になっていた。
下働きの子に指示を出し、オーブンから鉄板を取り出してもらうと、綺麗な焼き目のついたロールパンが焼き上がっている。
「わあ、すごくいい匂い」
「お、美味しそう」
焼きたてのパンから漂う香ばしい匂いが厨房を満たしていく。その香りに取り出した下働きたちは感嘆の声をあげる。
「こいつが柔らかいパンか。すげえべさ!」
コボッタさんも、綺麗に焼きあがったロールパンを見て感動しているようだ
「よかったら、一個食べてみてください。少し多めに焼きましたから」
「え!? い、いいんだべか……」
「うむ、コボッタ、何かあったら私の責任にするといい。お主はこの街のパンの未来を背負っているのだからな」
オーグランドさんの後押しもあってか、コボッタさんは意を決したように頷いた。
「それじゃあ、頂くべ」
コボッタさんは焼きたてのパンを掴むと、まずその柔らかさに驚いた。
「な!? つ、潰れちまっただ!」
驚きの声を上げながら、慌ててパンを見つめる。
「こんなに柔らけえべか!? しかも手で簡単にちぎれるべ!」
恐る恐るちぎった一欠片を口へ運ぶ。
そして――。
「すげえ……。パンの歴史が変わっちまっただ……」
感極まったように天を仰ぐ姿に、思わず苦笑してしまう。
まあ、この世界のパン事情を考えれば、その反応も無理はないか。
「よし、今度はうまくいったわ!」
「俺も……できた!!」
おっ、みんな上手くできたみたいだな。
出来上がったオムレツにトマトソースをかけ、厨房の外へ声を張る。
「給仕、お願いします!」
すると待機していたメイドたちが、手際よく料理を運び始めた。
そんな中、ディケムさんが厨房へ姿を見せたので、俺は今日のメニューを伝えた。
「本日の朝食は、レタスとトマトのサラダ、カボチャのポタージュ、ロールパン、そしてオムレツです」
「かしこまりました」
ディケムさんは一礼すると、そのまま食堂へ向かっていった。




