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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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従者たちのボアッカビーンズ

 一方その頃食堂では、戦いの後処理が如く雑談タイムだ


「なあ、ガロ。何でお前だけ執事兼料理番なんだ?」

「いやあ、これはお嬢にやれって言われまして」


 ガロは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「もともと俺、料理番としてこの館に入ったんすけど、なんかお嬢に気に入られたみたいで……」


 で、執事兼料理番やっているって訳か。


「ねえ、この余ったブラドベリーパイはどうするの?」


 オーグリアが指を指して訪ねてくる。少し大きめに作ったせいで8等分で切ったものだから2切ほど余ってしまった。


「よろしかったら味見してみます?」

「い、いや……さすがに伯爵様が食べている最中に味見など……」

「いいの!? あたし食べる!!」


 ……おい、お父さん。娘に負けてるぞ、頑張れよ。

 結局、オーグランドも折れる形で“味見会”が開催されることになった。


 一切れを俺たち5人で、もう一切れを……。


「君たちも食べな。小さいから分けてもらうことになるけどさ」

「え!? いいんですか?」

「やったあ!」


 下働きの子も分けたらすごく喜んでいた


「じゃあ、早速」


 オーグリアはナイフで5頭分にし、フォークで1欠片のパイを口に運ぶ。


「んん~~、これ美味しい!!」

「うお! 本当だ美味えっす!!」

「美味しいのです!」

「うむ、これほどとは・・・!!」


 俺もそのまま味見をする。

 口の中いっぱいに広がるのは、ブラドベリーの甘みと、それに続く心地よい酸味だった。


 ――ヤバいな、これは。

 現実世界だったら、間違いなく行列ができるレベルだ。


 ブラドベリー。色は真っ赤だけど、味がブドウに近い。大きさは巨峰程度だ。ジャムにしたら美味しそうだな。

 いや、パンが固すぎてジャムパンにしても食いたくないな。


 ……待てよ。

 パンとブドウ。いや、ブラドベリー。

 恐らく滞在中には間に合わないけど、今のうちに”あれ”を仕込んでおくか。

 俺が小学4年生の時、夏休みの自由研究。


「なあ、ガロ。ブラドベリーって乾燥させたものとかってあるのか?」

「ありやすよ、ドライブラドってやつっす。ええと、こいつですね」


 ガロが棚から瓶に入った乾燥させたブラドベリーを見せてくれた。


「これ、一瓶もらってもいいか?」

「大丈夫じゃないっすかね。どうっすか、オーグランドさん」

「別に構わん、結構残っているしな。だが、それをどうするんだ?」


 俺は許可をもらったので瓶のふたを開け、砂糖を少し入れると、浸かるくらいまで水を入れた。


「な、何してんすか、兄貴!?」

「こいつでパン酵母を作る」


 俺は空気が少し入るくらいにふたを軽く締める


「パン酵母? パンに使う材料か何かか?」

「ええ、今、皆さんが食べているパンって凄く固いじゃないですか。でも、このパン酵母を使えば柔らかいパンにできるんですよ」

「柔らかいパンってそんなこと可能なのか!?」


 なるほど、どうやらこの世界ではパンは固いものとされているようだ。

 恐らく保存性重視で水分を極限まで無くして焼き固めたものだろう。


「こいつを常温に置いて一日一回振って発酵させるんだ。大体2日から長くて5日くらいで完成するんだけど……」


 最短で二日。

 オウカがここにどれくらい滞在するかは分からないけど、普通に間に合わない可能性がある。


「もし完成しなかったときは、ガロ、お前が引き継いでくれないか。作り方とか全部教えるからさ」


 俺はあくまでもオウカの従者、突如参戦って形になっただけだ。

 でも、中途半端なことはしたくない。教えられることは全て教えていく。


「分かりやした! ぜひ教えてください、兄貴」

「私ももちろん知りたいのです」

「おいおい、ガロばっかりずるいじゃねえか。俺にも教えな!」

「もちろん、あたしも!」


 俺は目を丸くした。まさか弟子が4人に増えているなんてな。


「そうだ、兄貴、他にも乾燥した果物の瓶詰があるんですよ」


 ガロはそう言うと、棚の奥へ駆けていき、次々と瓶を抱えて戻ってきた。

 卓の上に並べられた瓶の中身を見て、俺は小さく唸る。

 全部ブラドベリーかと思ったが、微妙に違う。

 ブラドベリーに似ているが粒が小さいもの。逆に大きさは同じでも青みがかったもの。中には白い実まである。

 ……いや、白いならホワイトベリーか?


 どれも乾燥処理はしっかりされている。

 ここに置いてあるということは、自由に使っていいのだろう。

 失敗する可能性もあるし、この際だからいろんな乾燥果実で酵母を作っておくのもありだな。

 俺はガロに出された乾燥果実が入っている瓶に砂糖と水を入れ振っておいた。


「ところで兄貴、そもそも酵母ってなんすか?」

「そうだな、酵母って言うのはとても小さな生き物だと思えばいい」

「小さい生き物って蟻とかっすか?」


 ガロは首を傾げている


「いや、それよりもさらに小さい。しかも無数にいて目で見えないくらい小さいんだ。で、そいつらは、まあ簡単に言う生きていているから空気を吐き出す」

「小さくて無数にいて空気を吐き出すんすか」

「その空気の力を使ってパンを膨らませるって感じだな。すまん、説明下手だったわ」


 俺は腕を組み、考えるがどうも上手くまとまらない


 「要するにだ。パンを作るときに酵母を混ぜ込めば、生地が勝手に膨らむ。まずはそれだけ覚えとけ」


 うん、もうあきらめた。


 そんなことを考えていると、オーグランドが冷蔵庫から大きな鍋を運んでいた。


「あれ? オーグランドさん、それは?」

「ああ、これは今から従者たちの賄いを作るんだよ」


 そう言いながらオーグランドは、冷蔵庫からトマト、玉ねぎ、ボアッカの肉を取り出し、細かく刻み始めた。


「今日はお前の影響も受けたからな、色々試してみるつもりだ」

「オーグランドさんの賄いは従者たちにも人気なんすよ」


 オーグランドさんは黙々と作業をしている。無骨ながらも他の従者も大切にする男。

 見た目は怖いけど絶対いい人、いや、いいオークだよね。オーグランドさん。


「失礼します。エイタ様、旦那様がお呼びです」

「あ、はい。分かりました」


 アルバートさんが俺を呼び出し。まさか、今日の料理がお気に召さなかったとか。いやいや、そんなはずは……。やばい、緊張してきた。

 俺はディケムさんの後についていき、食堂へと向かった。


「やあ、エイタ君、今日の夕食は本当にありがとう。まさに驚きと感動の連続だったよ」

「あ、いえ、恐縮です」


 よかった。喜んでくれたみたいだ。


「おっと、紹介が遅れてしまったね。こちら、我が妻のセラフィナと息子のオルフェウスだ」


 その言葉に、まず反応を示したのは水色のウェーブヘアを揺らす貴婦人だった。


「あなたがこの料理を作ってくれた料理番ね。私は特にあのスープが気に入ったわ。野菜の甘味が溶け込んで、とても感動的だったの」


 柔らかく微笑むその姿は、まるでスクリーンの中から抜け出してきたハリウッド女優のような美貌だった。


「僕はあのハンバーグが気に入ったよ。柔らかいながらも食べ応えのあるあの料理。とても素晴らしかったよ」


 アルバートさんによく似た整った顔立ち。さらにセラフィナと同じ水色の髪を持つその青年──オルフェウスは、年齢的には俺とそう変わらないように見える。

 もし彼が現実世界に居たら、すれ違う女性の視線を片っ端から奪っていくだろう。それほどのイケメンだった。


「わたくしは最後に食べたブラドベリーパイかしらね。お腹いっぱいだと思っていたのに食べてしまったもの。紅茶との相性も抜群よ」


 ミルフィスは口元に手を当て、笑顔を見せる。よく見るとセラフィナによく似ているな。


 ……しかし、なんなんだ、この家族。

 父親はダンディなイケオジ。

 母親は絶世の美女。

 息子は王子様系イケメン。

 娘はお人形みたいな美少女。

 ――美形しかいねぇ。

 どうなってるんだ、このヴァンパイアハウス。

 吸血鬼って顔面偏差値まで人外仕様なのか?


「うむ、エイタ。よくやったぞ」

「……ハンバーグ美味しかった。……けど」


 ぽつりと呟いたカナメだったが、なにやら言いたげな表情をしている。


「……パンが硬かった」

「うむ、硬かったな。のう、エイタ。パンは柔らかくはならんのか?」

「柔らかいパンか、出来なくはないんだけど……」


 一応酵母の仕込みはしたけど、すぐには使えない。


「一週間はかかるかな」

「……残念」

「それでのう、エイタ、さっきアルバートと話したのだがのう。西の国にいる間、館の料理番たちに料理を教えてやってはくれぬか」

「え? 俺がみんなに料理を教えるのか?」

「私からもぜひお願いした。今日の君の料理を食べて確信したよ。本当は君自身を直接雇い入れたい所だがね」


 アルバートはオウカをちらりと見ると肩をすくめる。


「そんなことをしたらオウカ嬢に怒られてしまうからね」

「当たり前じゃ妾の料理番じゃぞ」


 おいおい、俺は所有物か何かか? いや、借金しているから似たようなものか。


「もちろん、それ相応の報酬は出すし、必要なものがあればすぐにそろえよう。どうか引き受けてはくれないだろうか」


 そこまで言われちゃ断りづらいな。それに……。


「分かりました。ですが、一つだけお願いがあるのですが」

「ほう、なんだね?」

「俺が作った料理のレシピを、本にして広めてください。記録はガロとヨウコが取っているはずです」


 あの二人、調理中後に二人で話しながら紙にレシピを書き写していたからな。

 俺の提案にアルバートは驚きの表情を見せる。


「君はこれだけの料理を隠さずに広めるというのか? これだけでも十分な財を築けると思うのだが」

「ええ、もし隠してしまったら、そこで終わってしまうんですよ。でも広めれば新たな料理が出来る可能性が出てくるんですよ。その方が十分価値があることなんじゃないんですか?」

「……なるほど。目先の利益より、未来への投資か」


 アルバートは納得したように頷いた。


「いいだろう。君のその提案受け入れよう」




***



「兄貴、おかえりなさいっす……って、どうしたんすか?」

「ははは……いやあ、ちょっと緊張しすぎただけさ」


 あんな、あんな美男美女の軍団に料理の感想を直に言われるなんて、現実世界でもそうそう経験したことがない。思い出しただけで、変な汗が出てくる。

 しかも、滞在中はみんなに料理を教えるというオマケ付きだ。


 そんなことを考えていると、厨房の方からトマトを煮込んだ濃厚な香りがふわりと漂ってきた。


「アルマ、エルス。他の従者たちもそろそろ来る。器、用意しとけ」

「分かりました」

「はい、料理長」

「ミネルヴァはそれを洗い終わったら、食堂のテーブルを拭いてこい」

「はい!」


 下働きの子は慣れた手つきで棚から器をいくつも取り出していく。どうやら従者たちは、時間が空いた者から従者専用の食堂で順に食事を取るらしい。

(こうして見ると、オウカの屋敷とは少し違うな……)

 あそこは主も従者も同じ卓を囲むのが当たり前だったから、余計にそう感じるのかもしれない。


「ほら、お前らも飯にしちまいな」


 オーグランドさんがそう言いながら、器へと夕食を手際よくよそっていく。

 目の前に現れたのは、ひよこ豆とボアッカの肉をトマトでじっくり煮込んだ一品。いわば“ボアッカビーンズ”とでも呼ぶべき料理だろうか。


「おかわりもあるからな、遠慮せず食えよ」


 その料理を目にした瞬間、ぐぅ、と腹が正直な音を立てた。

 真っ赤なトマトスープの中に、ほくほくのひよこ豆とゴロゴロとした肉塊が沈んでいる。見ているだけで食欲を刺激してくるビジュアルだ。


「おお、ポーク、いや、ボアッカビーンズか! こういうのは腹が減ってるときに一番染みるんだよな……いただきます!」

「いただきますなのです」


 俺とヨウコは手を合わせてから、スプーンを入れる。

 口に運べば、トマトの旨味がじっくりと染み込んだひよこ豆がほろりと崩れ、優しい塩気と香草の風味が広がった。派手さはない。だが、確かに“美味い”と断言できる味だ。

 時折混ざるボアッカの肉の歯ごたえが、また良いアクセントになっている。

 隣を見ると、ガロがパンをスープに浸して食っていた。

(あ、それいいな)

 俺もすぐに真似をする。染み込んだトマトスープがパンに吸われ、さらに旨味が跳ね上がる。


「くぅう……仕事の後の飯はやっぱり最高だな!」


 思わず声が漏れる。

 ふと、昔の記憶がよぎった。現実世界でも、賄いはいつだって美味かった。みんなで交代しながら作って、くだらない話をしながら食べたあの時間。

 ああいうのも、悪くなかったな──。


「「ごちそうさまでした」」

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