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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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ヴァンパイアの館攻略戦……ただし、ご飯で②

 ――そろそろか。

 俺は静かに壁掛け時計へ目をやった。

 時刻は18時30分。予定より少し早いが、問題はない。


「そろそろ始めるか……」


「皆さん、まずは前菜――ジャガイモのガレットを作ります。俺の手順を見ながら、同じようにやってみてください」


 俺は平鍋を火にかけ、そこへオラブオイルを垂らす。

 ……あ。

 しまった。オラブオイル、シェイルに返すの忘れてたな。

 ごめんなさい、あとでちゃんと返します。


「オラブオイルって、あの髪油の!?」


 オーグリアが驚いて聞き返す。俺は構わずに調理を続ける。


「平鍋が熱くなったら、切って塩を振っておいたジャガイモを入れ、平らにならします」


 俺はヘラを使い、ジャガイモを円形に整えていく。


「処理の段階で気をつけることは、切ったジャガイモは決して水で洗わないということです」

「洗わない? 洗うんじゃなくて?」

「はい、洗いません。ジャガイモを切ったときの面に“でんぷん” という成分が残るんです。これは素材同士をくっつける 役割があるので……」


 説明しながら、俺はヘラを差し込み、タイミングを見計らって平鍋を返した。

 こんがりと焼き色のついたガレットが宙を舞い、綺麗に裏返る。


「このように、平たく焼くことが出来ます」


 これを見ていた他の4人も同じように、平鍋に火をかけ、焼いていく。

 俺も追加でも1枚焼いて、合わせて6枚。

 無事6人分のガレットを焼き終えることが出来た。


「給仕をお願いします」


 俺の声にメイドや執事たちが給仕に取り掛かる。

 その中には、燕尾服を着た老紳士――ディケムさんの姿もあった。


「ディケムさん、少しよろしいですか」

「御用でございますか、エイタ様」

「ディケムさんには給仕の際に、料理の説明をお願いしたいんです」


 俺は今日の料理の流れや名前、コース料理についても説明した。



「――という流れでお願いします」

「かしこまりました」


 ディケムさんは一礼すると、給仕係のメイドたちとともに食堂へと向かっていった。


 「さあ、次の準備をしましょう。ガロはスープの準備を。オーグリアさんはパンをカットしてください。オーグランドさんとヨウコは俺と一緒にハンバーグの準備をしましょう」



 一方、食堂ではアルバートとその家族たちが和やかに談笑していた。


「父さん、今日は新しい料理人が夕食を作るって本当かい?」


 ミルフィスの兄、オルフェウスが興味深そうに問いかけると、アルバートはワインを揺らしながら頷いた。


「ああ。オウカ嬢の屋敷で働いている料理人だ。なんでも、ガロが勝負を挑んで……不戦敗したそうだ」

「不戦敗というより、無駄な時間を省いたのよ」

「うむ、賢明な判断じゃな」


 くすくすと笑ったミルフィスは、悪戯っぽく兄を指差した。

 オウカもうんうんと頷いている。


「だって、あのお料理を一口食べた瞬間に分かってしまったんですもの。“ガロでは絶対に勝てない”って」

「へえ……そこまで言われると、ますます楽しみになるな」


 オルフェウスは苦笑しながら肩をすくめる。

 すると、隣に座るアルバートの妻、セラフィナが心配そうに口を開いた。


「あなた、ヨウコさんならまだしも、私たちが知らない料理番で大丈夫かしら?」

「オウカ嬢の料理番だ。問題はないだろう」

 

 アルバートは意味深に笑みを浮かべる。


「もっとも――彼の腕がどれほどのものかを見極めるための、今夜の夕食でもあるのだがね」

「失礼いたします。ご夕食をお持ちしました」


 執事長ディケムの指示とともに、給仕たちが食堂へ入ってくる。

 ――だが。

(料理が一皿だけ……だと?)

 アルバートは思わず目を見開いた。


 いつもであれば、サラダ、スープ、パン、肉や魚料理と、複数の皿が一度に並べられる。だが今日、料理を運んできた給仕はわずか四人。その手にも、一人につき一皿しか載っていなかった。

 異変を感じたのは他の三人も同じらしい。妻も、息子も、揃って困惑した表情を浮かべている。

 しかし、娘のミルフィスはわずかに目を細めて何かを考えている様子だった。

 そんな空気の中、ディケムが静かに口を開いた。


「本日の料理番、エイタ様のご意向により、本日は“コース料理”という形式で提供させていただきます」

「……コース料理?」


 聞き慣れない単語に、アルバートは思わず聞き返した。


「はい、コース料理とは複数の料理を順番に提供し、全体として一つの流れを楽しむ食事形式です。順番はオードブル、スープ、パン、メインディッシュ、そしてデザートとなっております」


 スープとパンは理解できる。

 だが、“オードブル”や“メインディッシュ”といった言葉は初耳だった。

 アルバートは説明の続きを促すように、ディケムへ視線を向ける。


「最初はオードブル。食欲を高めるための軽めのお料理です。本日は“ジャガイモのガレット”をご用意しております」


 ディケムの説明が終わると同時に、皿が静かに置かれた。


「「いただきます」」


 オウカとカナメは手を合わせる。

 アルバートの家族全員が目を閉じ、右手を胸に添える。

 

 やがて、アルバートは目を開き、目の前の料理に視線を落とした。

 薄く切られたジャガイモを円形にまとめ、表面をこんがりと焼き上げた料理。焼き色は美しく、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。


「ふむ、この香り、オラブの香りか?」


 西の国では髪油として使われているオラブオイル。

 かつてはランタンや照明の油としても使われていたこともある。

 オラブの実自体は食用だが、そのオイルを食用として使う者はいなかった。

 

 未知への警戒から、アルバートは一瞬ためらう。

 そして視線を向けた先では、ミルフィスがすでにガレットへナイフを入れていた。

 躊躇いなく切り分け、フォークで口へ運ぶ。


「――凄いわ! 外はカリッとしているのに中はホクホクしています。それに、このオラブの香りがたまりませんわ」


 その様子を見て、アルバートは小さく息を呑んだ。

 娘に毒見のような真似をさせてしまった自分が情けない。

 意を決したアルバートも、ガレットを切り分け、口へ運ぶ。


「こ、これは!」


 瞬間、オラブの芳醇な香りと、ジャガイモの濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。

 香ばしい表面の食感。

 対照的に、中は驚くほど柔らかい。

 そして後を引く香りが、自然と次の一口を求めさせる。

(なるほど……“食欲を高める料理”とは、こういう意味か)

 この料理ですら、まだ前座であり、本番はこの先に控えている。

 そう思った瞬間、アルバートの胸は自然と高鳴った。

 そして、それは妻も息子も同じらしい。


「ふむ、こいつはまだ食べたことない料理じゃ。なかなか美味いのう」

「……美味い」


 二人とも満足げな表情を浮かべながら、次はどんな料理が出てくるのかと期待に目を輝かせていた。


 一方、厨房では……

 ジャガイモのガレットを提供し終えて、俺はすぐさま次の仕事へと移った。


「平鍋は全部交換だ。頼んだ」

「は、はい」

「スープはいつでも提供できるように器を用意してくれ」

「分かりました」

「パンはスープに浸しやすい大きさで切ってください」

「は、はい!」

「冷蔵庫からハンバーグのタネとギャウルの脂を」

「こ、こちらです」

「パイが焼きあがった。外へ出しておいてくれ」

「はい!」


 俺は下働きに指示を出し次の料理の準備に取り掛かる。まさに戦場だ。

 下働きの一人が用意した、火を入れていく。


「平鍋でギャウルの脂を溶かしたら中火でそのハンバーグを焼いてください」

「おう、分かった!」


 平鍋1つに対して1個のハンバーグを焼いていく。

 料理番は俺を含め5人、俺は2個焼いている。


 ジュウゥゥ……ッ。

 肉の焼ける音と香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。


 ……なんだろう。マッチョのオーグランドさんが肉を焼いている姿が妙に板についている 。


「そろそろ前菜が食べ終わる頃です」

「了解です。みんな、スープを出してくれ」


 俺は下働きたちに視線を指示を出すと、一斉に動き出し、スープを器に盛っていく。


「それでは次、スープとパンをお願いします!」


 次の料理が食堂へと運ばれていった。


「お次のお料理はスープ、”キュルティバトール”でございます。野菜の甘みを生かしたスープで、じっくりと煮詰めた野菜による旨味を楽しむ一品です。パンを浸してお召し上がりください」


 その言葉とともに供された一杯のスープを口にした瞬間、オルフェウスは思わず目を見開いた。


「……本当だ……確かに甘い……けど」


 驚愕に満ちた声が漏れる。


「砂糖のような単純な甘さではない。これが……野菜そのものが持つ甘みか?」


 信じられないものを味わったかのように、彼はもう一口をすくう。


「ええ。それに、この中に入っている野菜も、口の中でほどけていくようですわ」


 セラフィナはうっとりとした表情でスプーンを運ぶたび、その味わいに酔いしれていた。

 煮込まれた野菜の旨味と自然な甘みが、舌の上で静かに、しかし確かに調和し、優しく広がっていく。


「まるで……野菜そのものがスープに溶け込んでいるかのようだわ……」


「パンはいつものパンだけど、もしかしたら彼なら何かを変えてくれるかしら? ねえ、オウカ」


 ミルフィスは手に持ったパンを見つめながら、小さく首を傾げて問いかけた。


「そうじゃのう。エイタなら柔らかいパンの一つや二つ知っておるかもしれんのう」

「……カナメ、ぱんは嫌い」


 カナメは渋々パンをスープに付けて食べている


 そんな穏やかな食卓と正反対の厨房で、俺は指示を飛ばす。


「ハンバーグは両面にある程度の焼き色が付いたら、弱火にして蒸し焼きにします」

「なるほど、焦がさないように内部まで火を通すためだな」


 俺はトマトソースの仕上げにオラブオイルをひと回し入れ皿を準備する。

 本当は付け合わせも考えたいところだけど、いい感じの野菜が無かったからな。

 

 ハンバーグは蒸し焼きで火が通るのを待っている状態、ソースも完成している。ブラドベリーパイも切って出すだけだ。


「そろそろスープを食べ終わります」


 さて、最後の仕上げにいこう。


「ハンバーグの火の通りは棒で刺してみることです」


 俺は細い竹の棒でハンバーグの中心を突き刺した。すると、そこから透明な肉汁がじわりと溢れ出してくる。


「この時、もし肉汁が赤みを帯びていれば、まだ中まで火が通っていない証拠です」


 焼き上がったハンバーグを皿に盛り付け、その上からたっぷりとトマトソースをかける。

 その皿に乗った初めて見る料理を見て、料理番たちだけでなく、下働きの子も興味津々で顔をのぞかせる。


「給仕、お願いします」


 その声と同時にハンバーグは食堂へと運ばれていった。

 入れ替わるように、俺はブラドベリーパイをカットしていく


「わあ……すごくいい匂い……!」

「す、すごい」

「美味しそう……」


 オーグリアがうっとりと目を細め、焼きたての香りに陶然としていて、リントンやレントンは目を輝かせてブラドベリーパイを見つめている

 表面の焼き色も均一、膨らみも申し分ない。まさに完璧な仕上がりだ。



「お次の料理はメインディッシュ、トマトソースのハンバーグでございます。ハンバーグとは肉を細かく刻み固めて焼いたものでございます。特製のトマトソースでお召し上がりください」


 ディケムの説明が終わると同時に、皿に鎮座するそれへ、全員の視線が吸い寄せられた。


 ──香ばしく焼き色のついた肉の塊。その上には艶やかな赤のソースが静かに流れ、まるで芸術品のごとき存在感を放っている。


「おお、こいつは知っておるぞ。ハンバーグじゃ。かかっているたれは違うがのう」

「ほう、オウカ嬢は食べたことがある品か」


アルバートが、興味深げに目を細める。


「では、いただくとしよう」


 静かにナイフを入れた、その瞬間。

 ──す、と抵抗なく刃が沈み込む。


「おお……」


 思わず漏れる感嘆。

 切り分けられた断面から、閉じ込められていた肉汁がじわりと滲み出し、光を受けて艶やかに輝いた。

 フォークで一口運ぶ。


「……っ、これは……!」


 口内で溢れ出す濃厚な旨味。荒々しくも丁寧に整えられた肉の力強さが、舌を打つように広がっていく。

 さらに、それと合わさるように広がるトマトの酸味と甘み。


「……肉が、ここまで柔らかく……それでいて、噛むたびに濃厚な旨味が溢れてくるなんて……」


 セラフィナもまた、その極上の味わいに思わず息を漏らした。

 前菜で期待を抱かせ、スープとパンで心を掴み、高揚を重ね――そして満を持して運ばれてきたこの料理。

 誰もが、これこそ“主役”たるメインディッシュなのだと理解せずにはいられなかった。


「今までは肉を一枚焼くだけだったからね。まさか、こんな調理法があるなんて驚いたよ」


 オルフェウスは感心したようにフォークに差したハンバーグを見つめる。

 彼にとって肉料理とは、厚切りを豪快に焼くか、薄く切って炙る程度のものだった。

 味付けも塩と香草が中心。

 だからこそ、この“口の中でほどけるような柔らかさ”は、まさに未知の食感だったのである。


「……少しだけ、オウカに嫉妬してしまうわね」


 ぽつりと漏らしたミルフィスの言葉には、苦笑混じりの本音が滲んでいた。

 こんな料理人を、自分の傍に置いておけないことが。

 彼はあくまでオウカの従者。再び主の元へ戻ってしまう。

 そう思うと、胸の奥に小さな寂しさが芽生えるのを、ミルフィスは誤魔化せなかった。


「……ハンバーグ美味い」


 カナメは目を爛々に輝かせながらハンバーグを頬張っている。先ほどは硬いパンに不満だったが、このハンバーグで不満はすっかりなくなってしまったようだ。



 6人がそれぞれの想いを胸に、メインディッシュを 完食した。

 もう十分すぎるほど満たされた――誰もがそう思っていた。

 食後の紅茶が運ばれ、これで夕食も終わり。

 ……そのはずだった。



「それでは、本日最後の一品をお持ちしました」


 ディケムが恭しく一礼し、給仕が皿を運んでくる。


「デザート、“ブラドベリーパイ”でございます」


 途端、甘酸っぱい香りがふわりと広がった。

 ハンバーグで満腹だったはずの6人の前に、切り分けられたパイがそっと置かれる。

 こんがりと焼けた黄金色の生地。その隙間から、紅色の果実が艶やかな蜜を覗かせていた。


「ブラドベリーパイ?」


 ミルフィスは思わず聞き返す。ブラドベリーは分かる。ワインの原料でもあり、そのままでも食べられる果実。

 では、パイとはいったい何なのか

 そんな疑問を察したのだろう。ディケムは穏やかな笑みを浮かべ、丁寧に説明する。


「パイとは、小麦粉とバターを練り合わせた生地で具材を包み、焼き上げた料理のことです。果実や木の実を使った甘いものもあれば、肉料理として供されるものもございます」


 ディケムは一呼吸置くと料理の説明を続ける。


「本日はブラドベリーをたっぷり使用しております。焼き上げた果実の甘みと酸味、そしてサクサクとした生地の食感をお楽しみください」

「……おやつだ!!」

「うむ、おやつじゃな! まさか料理の最後に出してくるとは、エイタもやるのう」


 おやつとは一体何なのか? オウカとカナメの言った言葉を理解できなかったミルフィス。 

 ハンバーグで腹も心も満たされた――そう思っていた6人だったが、焼きたてのブラドベリーパイから漂う甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった瞬間、その決意はあっさりと崩れ去った。


 満腹だったはずなのに、不思議と「まだ食べられる」と錯覚してしまう。甘いものは別腹とは、まさにこのことだろう。

 ミルフィスは湯気を立てるパイへナイフを入れ、切り分けた一切れをフォークで口へ運んだ。


 サクッ――。


 まず広がったのは、熟したブラドベリーの濃厚な甘み。


 次いで爽やかな酸味が追いかけるように舌を刺激し、最後に幾重にも折り重なったパイ生地の香ばしい食感が心地よく弾けた。


 三つの味わいが見事に調和し、口の中いっぱいに幸福が広がっていく。


「ん~~っ、おいしい……!」


 思わず頬が緩む。

 もう入らないと思っていたはずなのに、気づけば次の一口へと手が伸びていた。

 ミルフィスは紅茶をひとくち飲み、余韻を楽しむ。

 ほのかな苦みで口の中が整えられた直後に味わうパイの甘さは、先ほど以上に際立って感じられた。


「……これは食べたことない。美味い!」


 カナメは満足そうにブラドベリーを口に運んでいる。屋敷で作ってあげたおやつは蒸しものばかりだったから、焼き物の甘味はこれが初めてだろう。


「いやいや……これは反則だって」


 呆れたように笑いながらも、オルフェウスのナイフとフォークは止まらない。

 一口、また一口と夢中で食べ進め、気づけば皿の上からパイは綺麗さっぱり消えていた。


「うまかった……」


 満足げに背もたれへ身体を預けるオルフェウス。


 アルバートはそんな家族たちの様子を眺めながら、食後の紅茶を口に運ぶ。

 部屋に漂う甘い香りと穏やかな空気。


 皆の表情には、隠しきれない幸福が浮かんでいた。


 ――これが、本物の料理。


 ただ腹を満たすだけではない。

 食べた者の心まで満たし、自然と笑みを零れさせるもの。


 アルバートは胸の内で、静かにそう実感していた。


「ディケム、エイタ君を呼んできてくれないか」

「かしこまりました」


 ディケムは恭しく一礼すると、厨房へと向かった。

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