伯爵家の料理番②
厨房へ足を踏み入れると、そこでは二人の男女が何やら打ち合わせをしている様だ。
その裏では数人の下働きたちが厨房の清掃をしていた。
「オーグランド、オーグリア。少しいいかな?」
「はっ。いかがなさいました、伯爵様」
二人はすぐにこちらへ向き直り、下働きたちの仕事していた手を止め、恭しく頭を下げる。
オーグランドと呼ばれた男は長身で、緑色の肌を持つ大柄な男だ。
隆々とした筋肉に、下顎から突き出た鋭い牙。料理番というより、歴戦の戦士と言われた方が納得できる風貌だ。
まるでファンタジー世界のオークそのもの――しかも筋肉タイプのマッチョ系オークだ。
一方、オーグリアは女性だった。
同じく緑色の肌を持っているが、牙はなく、引き締まった体つきをしている。無駄のない立ち姿は、熟練のアスリートを思わせた。
おそらく彼女も、同じオーク族なのだろう。
「本日の夕食だが……、彼に作ってもらおうと思ってね」
アルバートはそう言って、俺を前へ促した。
途端に、二人の視線が俺へ集中する。
驚愕、困惑。そして、隠しきれない不満。
長年、伯爵家の料理を任されてきた料理番からすれば当然だ。
なぜ、どこの馬の骨とも知れない若造が任されるのか。そういった表情だ。
「失礼ながら、伯爵様」
先に口を開いたのはオーグランドだった。
「我々は長年、料理長として伯爵家の食を預かって参りました。しかし、その者がどのような腕を持つのか、我々には分かりませぬ」
「ああ。それは私も同意見だ」
伯爵はあっさりとうなずく。
「彼の料理を食べたことがあるのは、娘のミルフィスだけだからな」
「……っ!?」
オーグランドの目が見開かれた。
まさか伯爵自ら、素性も実力も分からぬ男に、大事な夕食を任せようとしているのか。
信じられない――そんな感情がありありと表情に浮かんでいる。
しかし、アルバートはどこか愉快そうに笑った。
「だからこそ、確かめてみたくてな。この料理本が真実なのかどうか」
そう言って、伯爵は二人にガロから預かった料理本を見せる。
2人はその料理本をめくり驚きの表情を見せる。
「これは東の国の調味料を使ったものか? まさか、このような調理法が……!?」
「凄い、この食材、聞いたことないよ。それに、カビを使ってるの!?」
ああ、ネコタさんのカタオ節だな。初見じゃどう見たってカビだもんな。あれ。
「今日の夕食で彼の腕前を見せてもらおうと思っている。ミルフィスを唸らせ、ガロを完膚なきまでにしたのだそうだ」
2人の視線は本からミルフィスとガロへと移る。
「ガロ、アンタ負けたの?冗談でしょ?」
オーグリアが口を開いた。その問いに対してガロは申し訳なさそうに頷いた。ミルフィスは隣で少し笑っている。
その様子をみていたオーグランドとオーグリアは顔を見合わせる。
「伯爵様がそこまでおっしゃるのなら分かりました。しかし、伯爵様が口にするものを作る以上、彼を見張らせてもらいます」
「ああ、それは構わない。私も毒を盛られては敵わないからね、ははは」
いやいや、さすがに盛りませんって。
「それでは期待しているよ。ああ、それと、下働きの子たちも自由に使って構わない」
「それじゃあ、期待しているわね。エイタさん」
アルバートとミルフィスはその場をあとにした。
「む? ヨウコ、どうしたのじゃ?」
オウカは厨房を出ようとしたときにヨウコが厨房にとどまっているのを見た
「私はここに残るのです。何かお手伝いをするのです!」
「え、いいのか?」
「ふむ、そうじゃのう。お主ならこの厨房を使ったことがあるし、エイタが分からないことはお主が教えるのじゃ」
オウカはそう言い残すとカナメと共に厨房を後にした。
サポートのヨウコが残ってくれるだけでも大分ありがたい。俺とヨウコはガロからエプロンを受け取り身に着ける。
しかし、引き受けたはいいが少しばかり問題がある
オウカの屋敷で料理していた時とは、まるで勝手が違うからだ。
醤油はない。味噌もない。そしてもちろん米もない
出汁を取るためのカタオ節や昆布といった乾物も見当たらない。
となると、使えるのはドドやボアッカ、それにギャウル……恐らく牛に近い生き物だろう。その骨くらいか。
「夕食いつも何時からですか?」
「伯爵とそのご家族たちはいつも7時に召しあがる。1分でも遅れることは許されぬぞ」
オーグランドが厳しい顔つきで答えた。
俺は厨房にある時計で時間を確認する。現在3時30分。残り時間は3時間30分。
「さて……まずは今日の献立を決めるか」
和食は厳しい。
ならば、方向性は洋食だ。
これまでのような一汁三菜ではなく、今回はハーフコース形式でいく。
前菜。
スープ。
パン。
そしてメインディッシュに、最後はデザート。
しかし、今から骨を煮込んでスープを取っていては、時間が足りない。
骨出汁は乾物の出汁と違い、完成までにどうしても時間がかかるのだ。
俺は調味料が置いてあった棚を調べる。
「おお、これは香草か! これ匂いがローリエっぽいな。こっちはローズマリーの匂いに近い」
「そこはスパイスやハーブ類が置いてあるっす。肉とか魚にかけたりしてるんすよ」
なるほど、香草が置いてあるのは大きい。これは東の国にはなかったからな。
次に俺は厨房に置いてあるパンを手に取る。
「しかし、随分硬いパンだな」
ガロの料理の時に使ったが、この世界のパンは恐らく保存性重視で固いのだろう。
「西の国はパンでは、基本的にスープに浸して食べるのが普通なのです」
「夕食はいつもどんなものを作っているんだ?」
「ええと、基本はサラダにスープ、それから肉料理か魚料理っすね」
なるほど。献立自体は現実世界と大差ない。
だが、気になるのはスープだ。
――出汁はどうしている?
「一応聞きたいんだけど、スープの出汁ってどうしてるんだ?」
「ダシ? なんすか、それ?」
……やはり、そこからか。
どうりで、この時間になってもスープの仕込みをしていないわけだ。
俺は再び冷蔵庫の中を確認する。さっき一度見たが、見落としている食材があるかもしれない。
監視役のつもりなのか、オーグランドも一緒についてきた。
足元に蓋のついた鍋がある。蓋を開けるとひよこ豆のようなものが水に浸されていた。今日の夕食にでも使う予定なのだろうか。
俺は野菜が並んでいる棚に目を向ける。
「ジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、おっと、カボチャにカブやセロリもあるのか」
その代わり、白菜や大根、ゴボウといった食材は見当たらない。
ネギやキュウリはあるにはあるのだが……。
「これはネギというよりか西洋ネギに近いな。こっちのきゅうりはピクルスに使うような形だな」
次に肉の棚へ目を向ける。
さっきはボアッカにばかり気を取られていたが――。
「すみません。このボアッカの隣にある肉は?」
「それはギャウルの肉だ。今日届いたばかりでな。骨と筋は取り除いてある」
なるほど、すでに下処理済みか。
……いや、待て。
「今、骨って言いました?」
「あ? 骨ならそこだ。ゴミ箱に放り込んであるぞ」
オーグランドが指差した先には大きな樽があり、中には麻袋が突っ込まれていた。
俺はすぐさま袋を開き、中身を確認する。
「おおっ……! 牛骨……いや、ギャウル骨か。ほとんど同じじゃないか! こっちは鶏ガラ……いや、ドドガラか!!」
俺は急いで骨を取り出し、バットに並べて冷蔵庫へしまう。
その様子を見ていたオーグランドが、突然ものすごい形相で掴みかかってきた。
「き、貴様ぁっ! 伯爵様に何を食わせる気だ!!」
「ぐぇっ!? く、苦しい……!」
「お、オーグランドさん、落ち着いてくださいっ! 兄貴だって、きっと理由があるはずっす!」
ガロが慌てて仲裁に入り、ようやくオーグランドは俺を解放した。
「げほっ……。こんなものを捨てるなんて、むしろもったいなさすぎますよ」
「なに?」
「こいつからは極上の出汁が取れるんです」
「ダシ……? この骨が料理に使えるというのか!?」
「ええ。ただ、使うのは明日の昼食と夕食ですけどね」
その言葉に、オーグランドは目を見開いた。
「待て。今、明日の昼食と夕食って言ったのか? 貴様、今日の夕食はどうするつもりだ!?」
「え? もう考えてありますけど」
オーグランドはその言葉に唖然としている。俺は構わずに、近くにいた下働きの子に紙と鉛筆を持って来るよう指示した。
「兄貴、必要なことがあれば俺に言ってください」
「私もお手伝いするのです」
今日はヨウコの他にガロもいる。彼の実力を見るいい機会かもしれない。
俺は二人に調理補助を頼むことにした。




