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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
西の国

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伯爵家の料理番①

 料理対決が終わると、俺たちは客間へと移動し、静かな時間を過ごしていた。

 上品な紅茶の香りが広がる中、先ほどまでの熱気が嘘のように落ち着いていく。

 

「まさか、あんな凄い料理を作る料理番だったなんて思わなかったわ」

「そうじゃろ、ヨウコも料理対決をして、今じゃ弟子入りしておるからのう」


 俺も椅子に腰を下ろし、紅茶を一口すする。

 ――これ、なかなか美味いな。屋敷でも飲みたいくらいだ。


 ふと視線を上げると、ヨウコがガロに本を手渡しているところだった。


「はい、これが教えてもらった料理の本なのです」

「……あ、ああ。ありがとう」


 ガロは頭をかきながら受け取っている。

 やっぱりあの二人、デキてるよな。お似合いだと思うぞ

 俺は二人の様子を遠巻きに見守っている。


「そういえば、エイタさん、でしたわね。あなた、他にも色々な料理を知っていますの?」

「まあ、それなりには知っています」


 現実世界じゃ元々レストランにいたしな。洋食はそこで鍛えられたようなものだ。


「エイタは色々な料理を知っておるぞ。特に妾はだし巻き卵が大好物じゃ」

「だしまきたまご?」


 ミルフィスは頭にハテナマークを浮かべながら首を傾げる。


「兄貴、他にどんな料理知ってんすか!?」

「そうね、わたくしも興味がありますわ」


 ミルフィスもガロも食いつき気味に聞いてくる。

 俺がたじろいでいると、それを見たオウカが一言呟いた。


「だったら、今日の夕食、作ってみたらどうじゃ? そうすれば教えられるじゃろう」

「いやいや、何を言い出すんだオウカ。伯爵の家の夕食だぞ!?」


 そこらの一般家庭とはわけが違うんだぞ。そんなの許されるわけ――


「あら、いい提案ね。わたくしは構いませんわ」


 いや、いいのかよ!?


「あ、でも、お父様に一言言わないといけませんわね」


 お父様ということは、この館の主か。確かに夕食となると家族全員分になるからな。家族分の食事を自分の娘の友人の従者。もう、ほぼ赤の他人に任せるようなことはさすがにしないだろう。

 その時、不意に客間の扉を叩く音が響いた。


「お入りくださいな」


 ミルフィスがそう返事をすると、静かに扉が開かれ、一人の男性が客間へ姿を現した。


 すらりとした長身に、無駄のない引き締まった体躯。ミルフィスと同じ雪のように白い髪を後ろへ流し、ダンディな顔立ちに鋭さと気品が同居している。一目見て俺はこのイケオジがこの館の主だなと思った

 彼は部屋へ入るなり、柔らかな笑みを浮かべる。


「やあ、ミルフィス。戻ったよ」

「あら、お父様、お帰りなさいませ」


 そして、こちらへ視線を向けると、どこか楽しげに目を細めた。


「おや、オウカ嬢、それにそのご友人方も……、おっと、どうやら君とは初対面のようだね」

「あ、は、はい、葉山栄太です。家名がハヤマで名前がエイタです」


 その眼差しには貴族らしい冷たさではなく、どこか人を安心させる柔らかさがあった。

 彼は胸に手を添え、流れるように優雅な一礼をする。


「私はアルバート・フォン・ブラッドヴェイン伯爵。代々この地を治める、ブラッドヴェイン家の現当主を務めている」


 名門貴族の名乗りであるにもかかわらず、その口調は驚くほど穏やかだった。


「オウカ嬢のお連れなら、歓迎しよう。どうかこの屋敷では、ゆっくりしていってくれたまえ 」

「おお、アルバートも久しぶりじゃな。そうじゃ、これ土産じゃ受け取るがよい」


 そう言うなり、オウカは携えていた酒瓶のうちもう1本を、伯爵へと気軽に手渡した。

 ……いやいや、相手は伯爵だぞ。そんな雑に渡していいのか?

 そんなこちらの心配などどこ吹く風で、伯爵は満面の笑みでそれを受け取る。


「おお、これは東の国の酒ではないか。いつも気を遣わせてしまってすまないね、オウカ嬢。私はこれが何より好きでね」


 なるほど、2本のうち1本はミルフィスとの勝負用。もう1本は土産用て訳か。

 どうやらこの世界では、東も西も貴族も平民も、揃いも揃って酒好きらしい。


「お父様、実はお願いがありますの。こちら、オウカの従者のエイタさん。料理番ですの。しかもただの料理番じゃありませんわ。色々な料理を知っていて、先ほどガロにも勝つほどの腕前ですのよ」


 いや、まあ、その勝敗下したのはそこのお嬢様なんですけどね。


「ふむ、それでお願いと言うのは何かな?」


アルバートは俺をチラリと見ると興味深そうに眉をひそめる。


「彼に今晩の夕食を任せてみたいの」

「なるほど、面白い提案だが、私は彼の料理を一度も口にしたことが無いからね。信用に値するかは……」

「伯爵様、こいつを見てください」


 そう言ってガロはヨウコが持ってきたレシピ本を見せる。

 アルバートはその本をパラパラとめくり驚きの表情を見せる。


「これは、彼が考えたものなのか?」


 彼が興味を引いたのはレシピだけではない。聞いたこともない食材や意外な使い方が書かれたものまであった事だ。


「このコンブというものは……。いや、ベタイモにこんな使い方が!?」


 あ、ベタイモはこの国にもあるんだな。まあ、ジャガイモがあるくらいだからな。


「米は食べたことがあるが、あまり好きにはなれなかった。しかしこれは私が食べた時の調理法と大分違う!?」


 彼はすでにその料理本に興味津々だ。まるで未知の魔導書を発見した魔法使いの気分だろう。

 やがて、料理本を閉じると、しばらく目を閉じ、考え込んだ。そして静かに口を開く。


「オウカ嬢。彼を貸してはくれないだろうか。私も、彼が作る料理を是非とも食べてみたい」

「うむ、よいぞ。そういう訳じゃエイタ。今日の夕食はお主が作るのじゃ!」


 マジかよ。西の国に来てまで料理を作ることになるとは。

 しかも、伯爵って結構なお偉いさんだぞ。こいつは下手なもんは出せないな。

 まあ、俺に拒否権は無いようだしな。仕方ない。


「分かりました。本日の夕食作らせていただきます」

「ありがとう。おっと、家族構成を話していなかったね。私の他に、私の妻のセラフィナ、息子のオルフェウス。そして、娘のミルフィスの4人だ」


 なるほど、そこに来賓扱いのオウカとカナメとヨウコの3人が加わるから計7人分か。


「そろそろ、厨房に我が館の料理長が来る頃だ。君のことは私から直接話すとしよう」


 俺たちはアルバートに連れられ、厨房へ向かった。

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