天井下がりと猫又
昼食ができるまでの間、俺はオウカからこの屋敷での仕事について説明を受けていた。
ちなみに、この鬼娘の名前はオウカ。
そしてこの世界では、苗字のことを“家名”と呼ぶらしい。
オウカの家名は――シュテンジ。
酒店寺?
朱点字?
いや違う。
酒呑子……酒呑童子。
……って、おい。
酒呑童子かよこいつ!?
鬼の頭領じゃねえか!
そりゃあ俺を片手でぶん投げられるわけだ。
とんでもない奴に目を付けられてしまった。
しかも50年タダ働きのオマケ付きだぜ。
この世界では、住み込みで働く者を“従者”と呼ぶらしい。
ヨウコもこの従者の部類に入るそうだ。
借金を背負おうが、奴隷同然に扱われようが、住み込みで働く以上、俺も同じ立場になるらしい。
休みの日は無し。
給料は出るがヨウコの半分ほど
洗濯、掃除。
……とんでもないブラック企業だ。
現代日本だったら労基が飛んでくるレベルだ。
さらに、もう1つ仕事があるらしい。
「店の手伝い?」
「うむ、妾は酒屋をやっておる、その手伝いじゃな」
なるほど、俺がぶちまけちまった酒は店の商品だったわけだ。
そりゃ怒るのも当然か。
この屋敷に住んでいるのは鬼の少女オウカ、狐少女ヨウコ。
そのほかにもう1人
「お~い、カナメ、そろそろ飯にするぞ~」
オウカが天井に向かって声をあげると、天井の板の一部がスライドする。
「ん……、ご飯、食べる」
逆さまの顔が、ぬっと現れる。
現れたのは、ヨウコよりさらに幼く見える少女だった。
眠たげな目。
ぼさっとした黒髪。
全体的にやる気がない。
いわゆるダウナー系ってやつだ。
そうだな、妖怪に例えると……天井下がりか。
カナメは天井を逆さまのまま歩いている。
不思議なのは、肩まで揃った髪が逆立っていないことだ。
そのままカナメは天井を蹴って跳躍し、空中でくるりと1回転。
忍者のように軽やかに着地すると、何事もなかったように廊下を歩いていった。
……妖怪屋敷すぎるだろ、ここ。
「カナメ、こいつは新しい従者のえ~と、お主の名前は何じゃ」
「葉山 栄太だ」
「……名前はカナメ、よろしく」
名前も聞かずに雇い入れようとしたんかい!?
ってか、カナメって子も全然興味無さそうに言ってしまったぞ。
「ハヤマエイタ!? なんじゃ、変わった名前じゃな」
「葉山が苗字、家名、で、栄太が名前だ」
「ふむ、エイタが名前じゃな」
オウカが納得したようにうんうんと頷いた。
とりあえず、俺もこいつを名前で呼ぶことにしよう。
「オウカ様、ご飯ができましたよ~」
腹が減っては戦もとい仕事はできぬ。
というわけで、俺たちは居間へ移動した。
***
「こ、これが昼食…か?」
「カッカッカ、さあ食うぞ、飯じゃ飯じゃ」
ちゃぶ台の上に並んだ料理――いや、“料理らしきもの”を見て、俺は絶句した。
茶碗ほどの器に入っているのは、お粥状の物。
匂いからして米なのは間違いない。
恐らく、米のまま水を入れそのままお粥にしたのだろう。
目の前の皿にはきゅうりに味噌を乗せた物。
それから茶色と黄色を混ぜたそぼろのような物。
汁椀に入った黄土色の汁、匂いからして、みそ汁だろう。
別に俺だけ虐げられているわけではない。
オウカも含め他の2人も同じものを食べている。
「やはり卵焼きは美味いのう」
オウカが満足そうに頬張る。
――いや、これ卵焼きなのかよ!?
試しに食ってみる。
……うん。
卵に醤油混ぜて焼いただけだこれ!
味噌汁も出汁ゼロ。
ただ味噌をお湯で溶いただけ。
きゅうりも切って味噌を乗せただけ。
なぜだろう、唯一これがまともに見えてきた。
異世界に醤油や味噌があるのにも驚きだが、全く活かせていない。
「…いつも、こんなものを食っているのか?」
「かっかっか、そうじゃ、ヨウコは妾専属の料理番じゃ、他にも色々なものを作れる予定じゃ」
「はわわ……! わ、私はまだ修行中なのです!」
俺は絶望的な状況から一筋の光を見つけたようだ。
「なあ、オウカ、1つ提案がある」
「なんじゃ?」
「俺を料理番として雇わないか? ヨウコと同じ給料で」
「料理番じゃと?」
オウカは不機嫌そうな顔で俺を見ている。
俺はオウカの機嫌を損なわせないように話を続ける。
「俺の実家は定食屋だったし、俺自身もレストランで修行経験がある」
「れすとらん?」
「とにかく――」
俺はちゃぶ台を指差した。
「俺はこれより美味い飯を作れる」
「これよりも美味い飯じゃと!?」
お、食いついたようだ。どうやら美味いものは古今東西、異世界でも通用するようだ。
「き、聞き捨てならないのです!」
俺の挑発に反応したのはオウカだけではなかった様だ。
「オウカ様のお屋敷の料理番は私だけなのです!」
「ふむ、そうじゃな…」
オウカは少し考え込み――ぽん、と手を打った。
「おぬしたち、それぞれ料理を一品作れ! どちらが美味いか、妾が決めてやる!」
あー、料理対決ってやつか。
分かりやすい。
ヨウコの方は……、やる気満々のようだ。
「そうじゃのう、今日の夕食は卵じゃ、妾は卵が食いたいぞ!」
オウカは袖の中から巾着を取り出し、中から銀色の貨幣のようなものを一枚ずつ投げて寄こした。
「それで必要なものを買うとよい、今夜の飯は楽しみじゃのう、カッカッカ!」
さて、夕食までに材料を仕入れ、勝負に挑む準備をしなくてはならない。
ちなみに卵や調味料、料理器具は使っていいとのことだが、器具の方で苦戦しそうだ。
何しろ、現代の器具とこちらの世界の器具では使い勝手が違うであろうが、火さえ点けば何とかなると思う。
多分。
あとは、オウカから渡されたお金を使って材料を仕入れるしかないが……。
「とりあえず、屋敷の外を回ってみるしかないか…」
オウカに出会って、投げ飛ばされる前に色々な家があった。
どこかに店もあるであろう。
屋敷から出て直ぐの所に何軒か家が並んでいる。
入り口の横や上には看板があり、何やら文字が掛かれている。
明らかに現実の世界では見ないような形をしているが…。
「異世界の文字ってやつか…、何で読めるんだ、俺」
頭の中では見たことのない文字なのだが、見ただけで読めてしまう。
翻訳機能を付けてくれてありがとう、異世界の神様。
油屋。
織物屋。
何軒か見て回り――ようやく目当ての店を見つけた。
軒先に吊るされているのは、干物や野菜。
看板にはこう書かれていた。
ヒモノ 「フタマタヤ」
店を眺めていると、奥から店主らしき人物――いや、妖怪が現れた。
「いらっしゃい、何かお探しですかにゃ?」
その人、いや、その妖怪は猫耳を生やし、腰の辺りからは尻尾が二本ゆらゆらと揺れていた。
なるほど、この妖怪は猫又だ。
しかし、残念なことに顔はおっさんだ……。
例えるなら、少しくたびれた中年のおっさんが猫耳と尻尾を付けてコスプレをしている感じだ。
そのおっさん猫はニコニコと手モミをしながらこちらを見ている。
「ああ、お構いなく、自分で探しますので…」
「私のお勧めはですねぇ、こちらのアージェの干物でして…」
おっさん猫は俺の事はお構いなしに喋り続ける。
ってか、このアージェって言ったか。
鯵に似ているが、微妙に形が違う。そうか異世界だもんな……。
「それから、こちら、ヨワシの干物、小腹が空いた時にピッタリですぜ」
む、これなんか、そのまんま煮干しじゃないか。
なかなかいいもの使ってるなここ。
「それからそれから、この私自らが丹精込めて作ったカタオ…」
おっさん猫の店主が店の奥から網に入った何かを持ってこようとしている。
いや、頼むからじっくりと見させてくれよ。
「おい、ネコタさん、そんなカビの塊なんて置いといて、アージェの干物3つ売ってくれよ」
どうやら、俺以外の客がいたようだ。
おっさん猫店主はいそいそと吊るしてある鯵に似ている魚。
アージェの干物を取り、乾いた竹の葉っぱに巻いた。
「なあ、旦那、ついでにこのカタオ節はいかがかにゃ」
「いや、いらねえって、そんなカビの塊なんて」
客は干物を受け取ると店を出ていった。
客の背中を見ておっさん猫のため息が聞こえてくる。
「はぁあ~、何で売れねえんだろう、こんなに美味えのに…」
そう言いながら、店主は“カビの塊”を短刀で削り、口に放り込んだ。
――待て。
削った?
あの硬さ。
あの形。
あの削り方。
まさか――。
俺は勢いよくネコタさんへ詰め寄った。
「なあ、店主さん!」
「にゅわ!? な、何だ!?」
驚いた店主は、危うく手元の塊を落としかける。
「それ、いくらだ!?」
「……へ?」
ネコタさんはぽかんと固まった。
「か、買ってくれるんですかにゃ?」
店主は信じられないという顔で俺のことを見ている。
……いや、そんなに売れていないのかよ。
確かに見た目はただのカビの塊にしか見えないが、今の俺からしてみればお宝も同然だ。
「ああ、すまないが持ち合わせがこれしかなくて」
「銀銭1か、ちょいと待ってくれ、今量るからよ」
店主はそう言うと天井から吊り下がっている籠にサイズの違うカビの塊を載せては下してを繰り返した。
「この重さだと銀銭1に銅銭3なんだけどよ、負けてやらあ、持って行きな」
店主はそういうと乾いた竹の葉のようなものでカビの塊を巻いてくれた。
この店主、いい人……、いや、いい妖怪だなぁ…。
用があったら、またここに寄らしてもらおう。
ネコタさんは猫みたいな顔のおじさんではなく、猫耳生やしたおじさんです。




