西の国へ
「さあ、西の国へ向かうのじゃ」
昼食が終わり、片づけをしているとオウカが切り出した。
確かに昨日言っていたけどさ……。
さあ、これから動物園に行ってキリンさんを見に行こうみたいなノリで言うな。
「ちなみにどれくらいかかるんだ?」
「うむ、そうじゃのう、船で行くとするなら1週間から2週間ほど掛かるぞ」
マジかよ。
船使うってことは完全に大陸間移動じゃねえか。
動物園に行ってライオンさんを見に行こうレベルを余裕で超えてるぞ。
「それは昔の話なのです。今は2時間ほどで着くのです」
「……2週間を2時間で!?」
なんだその超文明。
現代の飛行機でも使ってんのかってレベルだ。
「今日はネコタが城下へ向かう予定での。その途中にある“龍門”まで送ってもらうのじゃ」
「だからなんなんだ、その龍門っていうのは」
昨日の夜にも聞いた単語だ。
名前からすると、巨大な門みたいなものを想像するが……。
「……龍門は華の国が作ったおっきな門、その門を潜ると遠くへ行けるの」
「すげえな。それがあれば、移動どころか物資だって自由に行き来できるじゃん」
俺の問いに対してオウカは首を傾げた。
「何を言っておるんじゃ? 大量の荷物は送れんぞ?」
「え、そうなの!?」
「大量の物資を送ろうとすると弾かれてしまうのです」
「……少しなら大丈夫。小さな竹籠くらいの量なら」
なるほど、つまり現代社会で言うところの飛行機みたいなもんか。
移動は早いけど、少量の荷物と生き物だけって感じだな。世の中そんな上手く出来ていないってわけか。
「移動が早くなるだけでも儲けもんか」
「もちろん、利用には金が掛かるがのう。何事もタダではないということじゃ」
「まあ、それはそうか」
むしろ無料のほうが怖い。
安全に移動できるなら、必要経費みたいなものだろう。
……いや、ちゃんと安全なんだよな? その龍門。
「あ、そうじゃ。ヤマネの所に一言言っておかんとな」
「ん? ヤマネさんの所にか? なんでだ?」
「屋敷を数日空けるとなると、ドドの餌やりが出来んじゃろ」
「なので、ヤマネさんに頼んでいるのです。もちろん卵は食べてもらっているのです」
確かに留守の間、ドドが飯無しは酷すぎるしな。こういう時のご近所づきあいって大切だよね。
ってか、泊まる前提の旅なのか。
家事を一通り終えた俺たちは、ネコタさんの店へ向かった。
さすがに昨日決まった話なので、完全にアポなし訪問である。だがネコタさんは嫌な顔ひとつせず、快く馬車に乗せてくれた。
ありがとうネコタさん。
あんた、本当にいい人――いや、いい妖怪か?
いや、いい猫……?
……まあ、細かいことはいい。とにかくいいおっさんだ。
「旦那は西の国は初めてですかい?」
「ええ、と言うよりか、この村以外行くのが初めてというか」
――じゃあお前はどこから来たんだ。
そんなツッコミを入れられそうだが、仕方ない。
気がついたら、この世界に飛ばされていたのだから。
俺の内心など気にも留めず、ネコタさんはそのまま話を続けた。
「西の国は果実が豊富だにゃ、後は小麦とか調度品ですかにゃ」
ほう、果実か。
そういえば、この村じゃ一つも見ていない、時期的なものもあるかもしれないけどね。
「後はそうだにゃ、西の国は全部で7つの区に分けられているんだにゃ。今回旦那たちが行くのはグリーディアっていうところだにゃ」
「そうじゃな、そこに妾の友とヨウコの幼馴染がおる」
ヨウコの幼馴染か。
ということは、同じ料理番だったりするのだろうか。
そんなことを考えていると、ふと気になるものが目に入った。
「ところで、その大事そうに抱えている酒瓶はなんなんだ?」
「む、こいつはやらんぞ、向こうに持って行く酒なんじゃ」
いや、別に飲もうってわけじゃない。
だが、いつものヒョウタンではなく、瓶を2つも抱えているあたり、相当な代物なのだろう。
「こいつは裏の3番じゃ、手ぶらじゃ悪いからのう、手土産というわけじゃ」
マジか。
確か、“1番”よりさらに高価な酒だったはずだ。
それを手土産にするとか、スケールが違う。
「酒と言えば、向こうは果実酒が盛んですにゃ、たしか、ワインと言う名前の酒ですにゃ」
ワインか。
洋食を作るなら欠かせない酒だ。
ということは、向こうには広大な葡萄畑でもあるのだろうか。
「たまにですが龍門が使えない時がありますので、注意して下さいにゃ」
「使えなくなる時って例えばどんな時なんだ?」
「……何度も使ったりすると力が無くなっちゃうの」
ネコタさんの代わりにカナメが答えてくれた。
しかし、随分不安定な代物なんだな、その龍門って。
「龍門は各地に張り巡らせている龍脈という道を通るらしいのです」
「……通る時にその龍脈の力を少し使う。だから、沢山力を使うとその分休ませるしかない」
なるほど。
要するにメンテナンス期間みたいなものか。
人間も道具も、酷使すれば壊れる――それは異世界でも同じらしい。
「お、見えて来ましたぜ、旦那。あれが龍門でさあ」
……いや、着くの早くないか?
まだ体感では、予定していた時間の半分ほどしか経っていない。
「……マジか、あれが龍門!?」
ネコタさんが指差した先を見た瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
そこにそびえ立っていたのは、巨大な石造りの建造物だった。
――いや、“巨大”なんて言葉では足りない。
現実世界なら、首都に建つ高層ビルに匹敵するほどの大きさだ。
天へ昇る龍を思わせるその姿は、圧倒的な存在感を放っていた。
「ここからまだ少しかかりますにゃ」
その後も馬車に揺られること数十分。
ようやく俺たちは、龍門の根元へと到着した。
馬車を降り、改めて真下から見上げる。
「……すげぇ。こんなの、どうやって作ったんだ?」
さすが異世界、常識では考えられないことが色々ある。
そう思い見上げているとネコタさんが声をかけてきた。
「それでは、私は城下に向かうのでこれで」
ネコタさんは軽く手を振ると、馬車を走らせ、その場を後にした。
龍門の根元には入り口があり、この塔の内部へ入れるようになっているらしい。
入り口はそこそこ大きいが、馬車は入れないらしい。
俺たちはそのまま、龍門の内部へ足を踏み入れた。
中は、数え切れないほどの妖怪たちでごった返していた。
いや、妖怪だけではない。
頭から羊のような角が生え、蝙蝠のような羽を持つ者。背が低く肌の色が紫色の者。
そして、見た目がそのままトカゲの姿をしているもの。
そう、それはまるで
「ゲームに出てくる魔物みたいだ」
「……オウカ、あと5分で開くよ」
カナメが首に下げている懐中時計で確認している。
「なに、本当か? 急ぐぞ、門が開く時間じゃ」
「え? 門が開くって、どういうことだ?」
「エイタさん、急ぐのです。乗り遅れると、次は30分後なのです!」
3人に急かされるまま、俺は慌てて後を追った。
建物の奥には受付のような場所があり、オウカが銭を支払う。すると、係の者は木札のような手形を4枚差し出した。
「そいつは向こうに着いたら渡すのじゃ。無くすでないぞ」
オウカはそのうちの1枚を俺に渡し、そのままさらに奥へ進んでいく。
「……なんだ、あれ」
思わず息を呑む。
俺たちの前にそびえていたのは、巨大な石造りの門だった。
まるで城門のようなそれは固く閉ざされ、周囲には妖怪や魔物たちが列を作って待機している。
異様な光景に圧倒されていると、門の左右に立っていた、角を生やした兵士風の男たちが声を張り上げた。
「まもなく締め切りとする! 通行希望者は準備せよ!」
「開門まで、しばし待たれよ!!」
その瞬間――。
ゴォォォン……。
低い地鳴りのような音と共に、門の枠が淡く発光し始めた。
「なっ……!?」
青白い光は次第に強さを増し、やがて石の門全体を包み込む。
そして、重々しい音を響かせながら、巨大な扉がゆっくりと開き始めた。
中から吹き抜けてきた風に、思わず目を細める。
「開門する! 係の指示に従い、順に進め!!」
門の奥は眩い光に満ちており、その先がどうなっているのかは一切分からない。
「……あの扉を潜るのじゃ。行くぞ、エイタ」
「あれが龍門かよ。とんでもねぇファストトラベルだな、おい」
俺はオウカたちと共に、光を放つ門へと足を踏み入れた。
白光が視界を塗りつぶし、思わず目を閉じる。




