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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国

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返事がない、ただの狐のようだ

 さて、今夜の夕食は予定通り角煮だ。


 まずは鍋に水を張り、塩をひとつまみ。そこへ卵をそっと落とし、火を点ける。今回は半熟ではなく、しっかり火を通すタイプだ。ゆで時間はおよそ10分。


 茹で上がった卵を冷水で締め、殻を剥く。こうしてゆで卵の完成……と言いたいところだが、もちろんこれは序章に過ぎない。角煮の主力部隊として後ほど投入される運命にある。


 ボルアッカのバラ肉は、約3cm角にカット。生姜は薄切りにして香りを引き出すように。長ねぎは青い部分をそのまま残し、臭み消しとして使用。白い部分だけ3cmほどに切り揃える。

 

 さらに今回は大根を入れるぞ。大根は5cm角に切って面取りをする。


「こうすることによって、煮崩れ防止になる」


 続いて平鍋を熱し、油は引かずにバラ肉の表面を強火で焼き付ける。余分な脂をしっかりと拭き取ったあと、かぶる程度の水を加え、ねぎの青い部分と生姜を投入。そこから水の状態からじっくりと煮ていく。


 煮立ってから30分くらい茹でて、バラ肉を取り出す。


「水から茹でるとゆっくりと熱が入るんだ、そうすることによって、肉が硬くなりにくい」

「なるほどなのです」


 別の鍋に茹でた肉と大根、水を入れ、砂糖、酢、醤油、みりんもどき、酒を入れてさらに八角をひと欠片いれ20分程煮るのだが……。


「あの、エイタさん、お鍋の蓋が小さいのですが……。」

「問題ない。こいつは“落し蓋”だ」


鍋の中を見下ろしながら、俺は得意げに言った。


「少ない煮汁でも全体に味を回しやすくなる上に、煮崩れ防止にもなる」


 ゆで卵、ネギの白い部分を入れ、再び10分ほど煮る。ゆで卵は酢の酸味が飛んだ頃が丁度良い。


「完成だ」

「エイタさん、あの……」


 ははは、分かっているって、夕食までまだ時間があるって言いたいんだろう。


「煮物って、どの工程で味が染みると思う?」

「ええと、火にかけている時ですか?」

「残念、実は冷めている時なんだな」


 味は冷めている時、正確には温度が下がっている時に味が染み込んでいく。ちなみにこの工程を「鍋止め」と言う。


「後は、このまま置いておいて、夕食の時に火をかければ完了だ」

「楽しみなのです」




※※※




 さてと、まだ夕食まで時間があるし、 久しぶりにおやつ作りでもするか。


 ……と言うのも。


「なんじゃ、これは……いい匂いがするのう」


 ボルアッカの角煮の匂いに釣られてオウカが炊事場へと来るのだ。このまま目を離せばこの前の羊羹の時みたいにつまみ食いされるかもしれない。


 とりあえず、小豆を煮て興味をこちらに向けるしかないな。


「お、なんじゃ、小豆なんか煮て……、まさかおやつを作るのか!?」


 食いついた。実に分かりやすい。


「ああ、今日作るのは米粉で作る饅頭だ」


 小豆が煮終わったので冷ましておく。おっと、つまみ食いされないように高い所に置いておこう。

 そして、今回は洗濯場にあるこいつを使う。


「エイタさん、それはお洗濯に使う重曹ですよ」


ヨウコが怪訝そうに声を上げる。


「ああ、問題ない。重曹には膨らませる性質がある」


 湯を二つ用意する。一方には砂糖を溶かし、もう一方には重曹を溶かす。


 器の中にある米粉に、まずは砂糖を溶かしたお湯を少しずつ入れ混ぜ合わせる。

 さらにそこへ重曹を溶かしたお湯も入れる。

 

「こいつをよく捏ねる。これが饅頭の生地になるからな」


 俺とヨウコで分担してしっかりと捏ねていく。


「この生地の中身になる餡子はこうやって丸めておく」


 冷ましたあんこをピンポン玉よりも少し小さめに丸めておき、それを先ほど捏ねた生地で包むのだ。


「あとは蒸し器に紙を敷いて10分ほど蒸すだけだ」


 蒸している間にヨウコがお茶を用意してくれている。


 どこで聞いていたのだろうか、天井裏からカナメが下りてきておやつを待っている。


「そろそろ蒸し上がる頃かな」


 蒸し器を開けると熱々の饅頭が顔をのぞかせる。

 今日の夕食はボルアッカの角煮だからな。なるべく軽めの量と言うことで一人1個だ。



「「「「いただきます」」」」



「はふはふ、こいつは熱いけど、美味いぞ」

「ほふほふ……美味い」

「ふ~ふ~、冷まさないととても熱いのです」


 熱々の饅頭ってのは、なんでこんなに美味いんだろうな。


 土産物の饅頭じゃ味わえない。

 出来立てだからこその、あの柔らかさと甘み。

 湯気ごとかぶりつく、この瞬間がたまらない。


「なんじゃ、今日はこれだけか」

「……饅頭美味い、もっと欲しい」


 まあ、一人一個しか作ってないからな。

 だが――もちろん理由はある。


「なるほど、そうか残念だなぁ、今日はボルアッカの角煮なんだけどな。よし、待ってろ今から山ほど饅頭を作ってやるからな」

 

 俺はウキウキしながら席を立つ。


「ま、待て、待つのじゃ。今日のおやつはこれぐらいで我慢するぞ。ごちそうさまじゃ」

「……饅頭、怖い、ごちそうさま」


 前回、おやつを食いすぎた経験が生きたな。




***




「失礼しま~す。ヨウコさんはいらっしゃいますか?」


 玄関先で声がしたので向かってみるとそこには、やたらと鼻が高くて、背中に羽が生えている、一本歯の下駄を履いた男が立っていた。

 ……うん、どう見ても天狗だ。

 しかし、この妖怪は村で見かけたことないな。


「あ、こちらのお屋敷の方ですか?」

「ええ、まあ、そうですね。ヨウコは今、出かけていて」


 男は肩にかけてある鞄から、上質な紙でできた封筒を俺に渡してくる。


「こちら、ヨウコさん宛のお手紙です。お手数ですがお渡ししてください」


 俺は手紙を受け取ると天狗は一礼し飛び上がる。


「それでは失礼いたします」


 そのまま、木々を飛び回り、あっという間にいなくなってしまった。

 ……すげえな。天狗が郵便やってんのか、この世界。


 俺は改めて封筒を眺める。

 蝋で封がされており、赤い印が押されている。どこか西洋風の上品な封書だ。


 そんなことを思っていると、ヨウコが帰ってきた。


「ただいまなのです」

「ヨウコ、今さっきヨウコ宛に手紙が届いたぞ。ほら」


 俺はひらひらとその封書をヨウコに見せると、ヨウコは慌てたように俺から封書を奪い取った。


「あ、こ、これは、お友達からなのです!!」

「え? あ、うん。そうなのか」


 あんな慌てた様子で、何かあったのだろうか?

 まあ、深くは聞かないでおくか。そろそろ夕食の準備でもすることにしよう。



***



 本日の夕食

ご飯、けんちん汁、ボルアッカの角煮、きゅうりの糠漬け



「「「「いただきます」」」」



「ほう、これは花祭りの時に作ったけんちん汁というやつだな」

「ああ、角煮だけで結構な量あるけど、野菜が足りないと思ってな」


 そう言いながら、俺は箸で角煮を割る。


 つやつやと照りのある肉は、赤身と脂身が美しく層を作っていた。箸を入れただけでほろりと崩れる柔らかさに、思わず頬が緩む。


 一口食べた瞬間――濃厚な脂の旨味と、とろける肉の繊維が舌の上でほどけた。


「うっま!」

「んんんん、んまいな、これ!!」

「大根も味が染みて美味しいのです!!」

「……」


 三人が感動の声を上げる中、カナメだけは無言だった。

 ……いや、違う。

 黙々と角煮を崩してご飯の上に乗せている。

 こ、こいつ……! 即席で角煮丼を作りやがった!?


「……美味い、ご飯が進む」


 角煮は時間がかかるけど、掛けた分だけの価値はある美味さだよな。


「ボルアッカのおかげで料理の幅が広がったけど……」

「ん、どうしたのじゃ?」

「いや、ボルアッカは野生動物だろ? アカシさん、ボアッカは扱わないのかなって……」


 ボアッカが安定供給できればいつでもこの肉を食うことができるんだけどな……。


「アカシさんはボアッカを飼わないと思うのです。動物は併用して飼うのはとても難しいのです」


 そうか、今はドドを飼っていて、そこにいきなりボアッカをぶち込むって訳にもいかないしな。当然放牧地やら飼育小屋等も増築しないといけなくなる。 


「そういうことじゃな、それにボアッカの肉は城下で買うこともできるのじゃ」

「城下って確か馬車で2時間くらいの所か?」

「うむ、そこで買うのもいいかもしれんのう。それか、行商が来ることもあるのう」

「行商? そんなのこの村に来たことあるか?」


 この村に来て2週間くらいだが行商が来ればすぐ分かる。まだ一度も見かけたことはないな。


「そうじゃのう、今は害獣が冬眠から覚める頃じゃからのう、あまり頻繁には来れんのじゃろう」


 たしかに、輸送中にボルアッカに襲われたら大変だしな。遅れているのだろう。

 そんなことを考えていると、ヨウコがボーっとしながら下を覗いている。


「ヨウコ、なにしてんだ?」

「……」


 返事がない、ただの狐のようだ。……いや、違う。

 ヨウコはさっき届いた手紙を読んでいるようだ。


「お、なんじゃ、西から手紙が届いたのか」

「は、はい、そ、そそ、そうなのです」


 西? 西って西の国のことか。織物屋でも聞いたけど、なんか中世というかファンタジー世界の国って感じなのかな?


「そういえば、最近西の国へ行ってないのう」


 オウカはしばらく考えた後、ポンと手を打つ。


「よし!明日、西の国へ行くぞ!」

「……はい?」


 いや待て。

 そんな「ちょっと隣町行ってくる」みたいなノリで国を跨ぐな。


「西の国って、そんな気軽に行ける距離なのか?」

「うむ。龍門を使えばすぐじゃ」


 龍門?

 また聞き慣れない単語が出てきたな……。


「それに、久しぶりに友にも会いたいしのう」


 オウカはどこか楽しげに笑う。

 西の国か……。

 いったいどんな場所なんだろうな。

 異世界に来てから、毎日のように新しい発見ばかりだ。

 ――そして明日。

 俺はまた、この世界の知らない一面を見ることになるらしい。



「「「「ごちそうさまでした」」」」

米粉の饅頭

材料(約8〜10個)

米粉:150g

砂糖:40〜50g

重曹:小さじ1/3(ベーキングパウダーの場合は 小さじ1)

水:100〜120ml(調整)

あんこ:適量



豚の角煮レシピ

材料(4人分)

豚バラかたまり肉:600〜800g

長ねぎ:1本

大根:1/2本(3cm厚の半月切り)

ゆで卵:4個

しょうが:20g(薄切り)

八角スターアニス:1〜2欠片

水:適量


煮汁

水:500ml

しょうゆ:80ml

酒:100ml

砂糖:大さじ3〜4

みりん:50ml

酢:大さじ2〜3

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