害獣ボルアッカ2
朝、いつも通りの時間に目を覚ました俺は、井戸へと向かい、水の妖石を回収していた。
そのときだった。
――ブギィイイイイ!!
獣の断末魔のような叫びが響き、続けて金属を強く叩きつけるような鈍い衝撃音が鳴り渡る。
(……そういえば、オウカの屋敷の近くに箱罠を仕掛けてたっけ)
しばらくして別の声が重なった。
「おい、ここにも掛かっているぞ!!」
「すげえ効果だな、これで3頭目だ!」
――3頭目?
思わず足が止まる。
現実世界でもそうだが、野生動物というのは基本的に警戒心が強く、そう簡単に罠にはかからないはずだ。それなのに3頭目とは、どういうことだ。
恐る恐る、音のする方へと向かう。
そこではすでに、箱罠の周囲にアズキダさん、アカシさん、タタラさん、それにカワマタさんまで集まっていた
「あ、おはようございます」
俺が声をかけると、アズキダさんが振り返る。
「おう、エイタか、見てくれこいつを、もう3頭目だぜ!」
その視線の先には、荷車に積まれたボルアッカの死体が二体。
さらに、アカシさんが槍のような得物を手に、箱罠の中で暴れる個体へと止めを刺しているところだった。
まさか、糠団子がここまで効果があるとは思わなかった。
さすがに止めを刺すところはあまり見たくないしな。俺は軽く挨拶するとその場を後にした。
***
「おう、エイタとオウカはいるか!?」
朝食を食べ終わると、早速、訪問者が現れた。
俺とオウカは屋敷の玄関に向かうと、そこにいるのはアズキダさんと、タタラさんだった
「実はな、箱罠の成果なんだがよ」
「ええ、確か三頭ほど掛かったという話でしたよね」
「ああ、それなんだが……オウカはアカシの所へ来てくれ。捕えたボルアッカは全部で七頭だ。箱罠の後処理と運搬、全部やらねぇといけねぇ。お前の力が必要になる」
「なんじゃと!? そんなに捕まえたのか!?」
昨日仕掛けた罠は八か所。そのうち七か所が成功だと……? 捕獲率としては異常と言っていいほどの高さだ。
「それとエイタ」
アズキダさんは視線をこちらに向ける。
「いつでもボルアッカをおびき寄せられる餌を作れるようにしておいてくれ。必要になったらすぐ声をかける」
「分かりました。来週には他の家の糠床も仕上がる予定ですし、今よりも多く作れると思います。それにしても、まさかこれほどの数が掛かるとは思いませんでした」
「ああ、俺もだ。もしもの時にはまた頼むぜ」
アズキダさんはそう言うと、オウカと共にアカシさんの店へと向かっていった。
***
オウカが屋敷へ戻ってくると、乾いた竹の葉に包まれた塊を抱えていた。
「見ろ、ボルアッカの肉じゃ。今日の昼はコイツで何かを作るのじゃ」
「マジか……、随分貰ってきたな。しかし、7頭もいるんじゃ、村全体に配ったとしても余るんじゃないか?」
「大丈夫じゃ、3頭は生かしておる。」
「生かして……って、そういうことか」
なるほど、確かに生かしておけば肉は腐らない。そういう管理の仕方もあるのだろう。そもそも今回オウカが呼ばれたのも、箱罠ごと持ち運ぶためだったらしい。
彼女の鎖は、自身の腕のように自在に操れるという。重い獲物であっても軽々と運べるらしいが……まぁ、実際に俺はその鎖でぶん投げられた身だ。疑う余地はない。
受け取った肉を眺めると、部位はロースとバラ。
ロースは赤身と脂のバランスが絶妙で、そのまま焼けばステーキでもいけそうだ。いや、イノシシならボアステーキか? それともボルアッカだからボルアッカステーキか……などとどうでもいいことが頭をよぎる。
まぁ無難にいくなら生姜焼きだろう。
そしてバラ肉。こちらは脂と赤身の層が美しく、薄くスライスして丼にしてもいいし、じっくり煮込んで角煮にするのも悪くない。
「なんでそんなにニヤついておるんじゃ」
「え、ニヤついていたか?」
いかんいかん、新しい食材を見るとつい顔が緩んでしまう。
昼は生姜焼き、夜は角煮にしよう。生姜はまだ残っているけど、角煮に使うスパイスがあるかもしれないし、薬屋に行って見てみるか。
「ちょっと薬屋に、昼食と夕食で使う材料を買ってくるよ」
「うむ、まだボルアッカが残っておるかもしれん、気を付けるのじゃぞ」
……確かにオウカの言うとおりだ。
今日で全てのボルアッカを捕まえたという訳ではない。用心するに越したことはないな。
オウカから食費を受け取るとボルアッカに用心しながら薬屋へ向かった。
「いらっしゃい。おや、アンタかい」
「こんにちは、アイラさん」
相変わらず、この店だけこの村の雰囲気からかけ離れている。周りの家が和風だとするなら、この家だけ洋風なんだよな。西の国もこんな感じなのだろうか。
「アンタがこの村に来てから、処方箋以外も売れるようになってねえ。ふぇっふぇっふぇ、嬉しい悲鳴ってやつだよ」
「ははは、それはどうも……」
料理本が広まって以来、砂糖や干し椎茸、調味料の類がよく売れているのだろう。この店は薬屋でありながら、スパイスや保存食材まで扱っている。
視線を巡らせると、ある棚で足が止まった。
「お、これは八角か」
「おや、そいつはアニスだね。鎮痛効果や食欲不振に効くんだよ」
アニスか、八角は別名スターアニスって呼ばれているスパイスで、なかなか癖のある香りがする。
角煮にこいつがあると無いとで結構変わるんだよな。
あと、生姜焼きと、角煮でも使うからな。生姜もついでに買っていこう。
***
さて、昼食の準備だ。今日はもちろんボルアッカ生姜焼きを作るぞ。
その前に、ボルアッカがどんな味なのか確認しておかないとな。ロース部分を軽くスライスして焼き、塩だけで食べてみる。
「ふむ、少し癖があるけど、あまり気にならないな」
「エイタさん、生姜焼きのたれが完成したのです」
今回の味付けはヨウコに任せてみようと思う。前回作ったドドの生姜焼きのボルアッカバージョンだ。
ボルアッカのロース肉をスライスして生姜焼きのたれに10分くらい漬け込んでおく。味が染み込んだらあとは焼くだけだ。
たれ自体に酒や生姜が入っているし、臭み抜きは必要ないだろう。
漬け込んでいる間に副菜を作ってもらおう。今日は卯の花にするか、前回はしっとり系だったから今回はちょっと長めに炒ってもらおう。
「その間に、俺はこいつを切っておく」
「大きなキャベツなのです」
この時期のキャベツは普段のキャベツよりも軽くてふんわりと巻いてあるものがある。こいつは春キャベツと言って柔らかく甘みがあって生食に向いている。
もちろん、生姜焼きの付け合わせとして千切りにすることにしよう。
「うぉおおおお!!」
「凄い速いのです!」
ふっふっふ、山盛りキャベツの完成だ。やはり生姜焼きにはこれが欠かせない。
ついでに、味噌汁用の大根の葉も刻んでおこう。
「そろそろ10分経ったのです」
ヨウコは平鍋に油をひいて熱し、たれに漬けていたボルアッカのロース肉を焼き始めた。
前回は焼いたあとに鍋へたれを戻して絡めていたが、今回は漬け焼きだ。バラ肉なら後から絡めてもいいが、ロース肉はそうもいかない。
肉はそのままだと固くなりやすいが、生姜に漬けることで繊維がほぐれ、柔らかく仕上がる。
焼き上がった生姜焼きを、山盛りの千切りキャベツの上に盛り付ける。
「出来たのです」
本日の昼食
ご飯、大根の葉っぱのみそ汁、ボルアッカの生姜焼き、卯の花、大根の糠漬け
「「「「いただきます」」」」
「おお、美味いぞ。前に食った時は臭かったんじゃが、このボルアッカは全然臭くないな」
「アカシさんの処理もあるけど、生姜は臭みを抜いたり肉を柔らかくしたりする効果があるんだ」
「……このキャベツ、肉が乗っかっていた所が美味い」
カナメがキャベツをたれに付けて食べている。ふふふ、分かっているではないか、生姜焼きに付いているキャベツはそれが美味いんだよ。
「このキャベツがあるからこそ、たれは濃い目に作ってあるって訳さ。そして、俺はこの肉でキャベツを巻いて食う」
「む、それは美味そうじゃな。妾も真似してみるぞ」
最初はイノシシに似て獣臭いかと思ったけど、思ったほどでもないな。これなら豚肉の代わりになりそうだ。
「夕食もボルアッカを使うのか?」
「ああ、夕食はボルアッカの角煮にしようかと思ってる」
「なんじゃカクニって?」
「そうだな、ボルアッカのバラ肉を四角く切ってとにかく煮込んで味をとことん染み込ませた奴だ。こいつも飯が進むぞ」
角煮だけじゃない、煮卵に、大根も入れよう。味が染み込んでうまいんだよな。まさに“飯泥棒”というやつだ。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
ボルアッカ(豚)の生姜焼き(漬け焼きバージョン)
材料(2人分)
ボルアッカ(豚)ロース薄切り肉:200〜250g
玉ねぎ:1/2個(薄切り・好みで)
漬けだれ
醤油:大さじ2
みりん:大さじ2
酒:大さじ1
砂糖:小さじ1〜2
おろし生姜:大さじ1(多めが香り良い)
おろしにんにく:少々(お好みで)
※猪を使う場合、酒、生姜を多めでしっかり臭み抜きをしましょう。




