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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国

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害獣ボルアッカ

 昼食が終わり、集合の時間には少し早いが、俺とオウカは集会場へ向かった。

 薬屋のアイラさん特性の軟膏が効いたのか足の痛みは少し引いてきて、一人で歩けるくらいにはなった。


 集会場に到着すると、すでに何人かは来ているようで、その中には八百屋のカワマタさんがいた。


「おう、エイタじゃねえか、って、その足どうしたんだ?」

「いやあ、ボルアッカに襲われて避けたときに……」


 俺は苦笑しながら答えた。せいぜい、足を挫いた程度だ。ヨウコの話では、カワマタさんの管理している畑はかなり荒らされてしまったらしい。


「カワマタさんの畑は、結構荒らされた感じですか?」

「ああ、結構やられちまったよ。特にジャガイモは半分近くやられちまってな」

「それは……災難でしたね」


 思わずそう返す。自然の獣とはいえ、被害は容赦ない。


 しかし、畑を荒らし、あの突進力で襲いかかってくるとなると、もはや現実世界のイノシシと大差ない。……いや、待て。


 イノシシと同じということは、つまり――食えるのではないか?


 あの見た目はどう見てもイノシシの亜種だ。角が一本生えたようなイノシシ。ならば、肉として利用できてもおかしくはない。


「そういえば、ボルアッカって食えるんですか?」

「ああ、食えるぜ。元はボルアッカを家畜用にしたものがボアッカだからな」


 なるほど、現実世界でも、イノシシを家畜化したものが豚と聞いたことがあるしな、それと同じだ。


「ほっほっほ、皆揃っている様じゃのう。そろそろ時間だし、始めるとしようではないか」


 村長さんとともに何人かが集会場に入ってきた。話し込んでいたらいつの間にか時間になっていたようだ。

 人数も揃っているとのことなので、ボルアッカ対策の話し合いが始まった。 


「さて、我が村では現在ボルアッカの被害に晒されておる。これは決して放置できる事態ではない。 このことは広報を通じて村全体に知らせてある」

「ええ、今日の夕方には広報をだし、掲示板でも知らせてあります」


 広報のクダンさんも来ていたようで、こういう非常事態に関してはスピードが命だからな。

 

「私の聞く所によりますと、エイタさんが襲われ、カワマタさんの畑が荒らされたとお聞きしております」

「ああ、カワマタの畑だけじゃねえ、うちにも来たぜ。奴ら、ドドの餌でもあるおからが置いてある倉庫に潜り込んで食い荒らしやがったんだよ」


 アカシさんの所にまで来たというのか!?

 凄い話だ。普通、他の動物がいれば遠慮するものだと思っていたが、どうやらそんな常識は通用しないらしい。あの時、俺に向かって問答無用で突進してきた様子を思い出せば、納得もいくが。


 さて、オウカの屋敷の畑で起きた“あの異常な反応”について話すことにしよう。


「あの、皆さん、実は俺も畑で襲われたんですけど、ちょっと不思議なことが起こりまして」


 俺は、オウカの畑で起きた出来事――ボルアッカが追撃をやめてまで執着した、糠漬けの匂いについて説明した。


「で、これが、その糠漬けの臭いを閉じ込めた風の妖石です」


 俺は今回の集会場での話し合いの為にこいつを持ってきた。俺は起動棒で風の妖石を起動する。


「うわ、凄い臭いだな」

「これが糠漬けの臭いって、あの料理本に書いてあったやつか。臭いが発生するって書いてあったけど、こんな臭いがするのか」


 カワマタさんも糠床作ったのか。糠床は作る人によって味が変わると言われているし、どんな味がするのか気になるところだ。

 ってか、ヨウコは料理本に糠漬けの作り方まで書いたのか。


 料理本を渡した日から計算して、まだ1週間くらいしか経っていないからな。まだ、臭いが発生していないはずだ。

 

「恐らく、あと1週間くらいで臭いが出るので、ちゃんと糠床をかき混ぜることをお勧めしますよ。あと、蓋の上に空の風の妖石を置くと臭いが防げます。あ、よろしかったら今度糠漬け食べてみます?」

「お、ちょっと試してみてえからな、あとでもらいに行くぜ」

「むむ、そうなのですね、私も広報でお知らせに乗せておきます故」


 ……いけない。話が逸れてしまった。

 今は糠床談義ではない。糠床仲間、いわば“糠友”の輪を広げるのは後だ。

 本題は、害獣ボルアッカについてだ。

 俺の推測では、このボルアッカという害獣は、どうやら糠床の発酵臭を好んでいるらしい。でなければ、あの異常な執着の説明がつかない。

 もし糠床の臭いが常時発生していたなら、オウカの屋敷はボルアッカの群れに雪崩れ込まれていた可能性すらある。

 風の妖石による消臭に気づけたのは、まさに偶然とはいえ幸運だった。


 そして――俺の中に、一つの対策案が浮かんでいた。


「あの、ボルアッカを捕えるための箱罠とかあったりしますか?」

「おう、あるぜ。ただ、ジャガイモとか仕掛けるんだけどよ、仕掛けるときに俺たちの臭いが付いちまうだろ。そのせいで警戒してあまり掛からねえんだよ」


 カワマタさんの隣にいるのはタタラさん、と、その隣にいるタタラさんに顔つきがよく似た男性、恐らく息子だろう。

 箱罠は彼らが用意できるとのことだ。あとは餌だが、今回用意するのはジャガイモではない。


「今回使う餌はジャガイモじゃなくて、発酵した糠床の糠を使いましょう 」


 発酵した糠が好物なのは好都合だ。あれなら臭いを発するので遠くからでも奴らは感知するだろう。

 せっかく完成させた糠床をこんな形で使うのは少し惜しいが、仕方がない。放置すれば、この村全体に被害が及ぶのは明白なのだから。


「よし、俺達は箱罠を準備する。エイタ、お前はおびき寄せる餌を準備してくれ。準備が出来たらここに集合だ」

「分かりました。アズキダさん、少しおからを分けてもらえますか。糠だけだと餌としては心許ないので、かさ増ししたいんです 」

「おう、いいぜ。うちのかみさんに言えば分けてもらえるはずだ」


 俺は早速餌づくりのためにアズキダさんの店へと向かう。

 店でアズキダさんの奥さんに理由を説明すると、快く譲ってくれた。

 このおからと、あと米粉、糠床の糠を混ぜてボルアッカをおびき寄せる”糠団子”を作るのだ。

 屋敷に戻った俺は早速糠団子の作成に取り掛かった。と言ってもただ混ぜてこねて団子にするだけ。

 おからでかさ増し、米粉が繋ぎで糠が臭いの元という訳だ。


「よし、完成だ」


 この世界に来てから初めて作る、動物用の餌。まさかこんなものを作る日が来るとは思ってもみなかった。


 ……っと、まずい。このまま持って行けば、臭いに反応したボルアッカに襲われる可能性がある。あいつらは嗅覚が異常に鋭い。

 桶に入れ、消臭用の風の妖石を一緒に仕込んでおこう。

 準備を終え、集合場所へ向かうと、アズキダさんの息子の一人が待っていた。


「おう、あんたか。親父から聞いてるぜ。ボルアッカを誘き寄せる餌を作ってきたってな」

「はい、この中に入ってます。それで、皆さんはもう罠の設置に向かったんですか?」


 そう尋ねると、彼は懐から紙を取り出し広げた。

 それは村全体の地図だった。所々にバツ印が記されている。おそらく罠の設置ポイントなのだろう。


「親父たちはここから時計回りに仕掛けていくみたいだ。俺たちはその後を追って仕掛けてくれって言ってたからよ、早速向かうぜ」


 俺たちは早速1か所目の罠の場所へと向かう。

 そこには横になれば人一人が入れそうなほどの大きな箱罠が置いてあった。


「中の鉤に餌を付けてくれ。それに食いつけば、仕掛けが外れて蓋が落ちる仕組みだ」


 なるほど、仕組みとしては現代の野生動物用トラップと大差ない。

 俺は鉤に糠団子を取り付ける。すると息子が、檻の蓋を支えていた仕掛けをその鉤へと連結させた。

 これで、餌に食いつけば即座に蓋が落ちるというわけだ。

 地図を頼りに、次の設置場所へと移動していく。

 罠の場所は全部で8ヵ所だ。

 


 ***



 4ヵ所目に到着したところで箱罠を運んでいるのを目撃したのだが……。


「え、あれを一人で持ち上げている!?」


 鍛冶屋の店主、タタラさんが当たり前のように、あの巨大な箱罠を担いで運んでいる。

 いや、タタラさんだけじゃない。

 アカシさんもまた当然のように箱罠を抱えているし、極めつけはオウカだ。

 彼女に至っては、俺を軽く投げ飛ばした時と同じ“鎖”を使い、箱罠を宙に浮かせて運んでいるのだから意味が分からない。

 鎖の一本一本が生き物のようにうねり、重さなど最初から存在しないかのように箱罠を支えていた。


 ……いや、まあ、驚くのも今更か。


「おう、小僧、そいつがボルアッカをおびき寄せる餌か!?」

「はい、今は風の妖石で臭いを消してますけど、十分臭うと思います」

「そうか、よし、今設置するからすぐに仕掛けてくれ」


 タタラさんはそう言うと、担いでいた巨大な箱罠を降ろし、蓋を開ける。

 箱罠の中に入り鉤に餌を仕掛け、支えを鉤に取り付ける。


「よし、これで完了です」


 地図で次の配置場所を確認し、そこへ向かう。

 アズキダさんとその息子たちが箱罠を一緒になって運んでいる所だった。


「親父ぃ、手伝いやす!!」


 一緒についてきたアズキダさんの息子がその仲間に入っていった。

 さすがに俺は足を怪我しているので運べないな。

 

「よぉし、ここだ! 降ろすぞ!」


 掛け声とともに、箱罠がゆっくりと地面へ降ろされる。


「エイタ、餌を仕掛けてくれ!」


 箱罠に餌を仕掛けて支えを取り付け、次の箱罠へと移動する。



 ***



「よし、これで全ての箱罠に餌を仕掛けられたみてえだな」


 タタラさんが箱罠をバンバン叩く。

 あとは明日の結果次第だな。


 明日は夜明け前に何人かが仕掛けた箱罠を見て回るそうだ。

 そろそろ日も落ちてくる時間なのでその場で解散となり、俺とオウカは屋敷へと戻ることにした。


「なあオウカ、ボルアッカって食ったことあるのか?」

「うむ、昔食ったことあるぞ、でも、なんというかボアッカと違って非常に臭かったのう」


 やはり元は家畜用だとしても、野生に戻って何世代も経つだろう。その間に獣臭さが戻ってしまうのだろうか。

  もしイノシシに近い肉質だとすれば、しっかりとした臭み抜きが必要になるだろう。


(……取らぬ狸の皮算用ならぬ、イノシシの肉算用か)


 まだ捕獲できるかどうかすら分からないというのに、気が早すぎる。


「なあ、エイタ、お主はボルアッカをどうやって食うつもりじゃ?」

「そうだな、俺がいた世界にもボルアッカに似た奴がいるけどな。生憎向こうも獣臭が強かったな、一応酒とかで臭みは抜けるけどな」


 あとは酒の他に水とか牛乳に浸けておいて、ちゃんと臭み抜きをすれば美味いんだけどな。


「とりあえず、屋敷に戻ったら夕食にするか」

「うむ、そうじゃのう、今日は何にするつもりじゃ」


 そうだな、今日はいろいろ忙しくて何も考えてなかったな。屋敷の冷蔵庫を見て確認するか。


 

 ***


 

「あ、お帰りなさいなのです。そろそろ戻ってくると思って、夕食の準備は出来ているのですよ」


 屋敷に戻ると、すでにヨウコが夕食の支度を整えていた。……本当に気が利くやつだ。将来、いい嫁さんになりそうだな、なんて柄にもないことを思う。

 

「はい、今日の夕食はこれなのです」


 それは大皿に盛られた……大量のお稲荷さんだった。


 副菜は厚揚げと根菜の煮物、ナスと大根の糠漬け、みそ汁の具材は大根のようだ。


「ははは、今日はほとんどヨウコに任せてしまったな」

「構わないのです。エイタさんは怪我しているので今日はお休みなのです」


その気遣いが少しだけ胸に染みる。


「さて、いただくとするか。今日は色々あったし、腹も減った」



「「「「いただきます」」」」



 早速お稲荷さんにかぶりつくと、思わず目を見開いた。


「おお……これ、中のご飯に刻んだ昆布を混ぜてあるのか」


 ほんのりとした旨味が酢飯に溶け込み、油揚げの甘みと絶妙に絡み合っている。明らかに以前より完成度が上がっていた。


 ヨウコのお稲荷さんスキルは、確実に進化している。これはもはや“お稲荷さんマスター”と呼んでも差し支えないレベルだ。


 厚揚げと根菜の煮物も、味がしっかり染みていてちょうどいい塩梅だ。


「……ナスの糠漬けおかわり」


 ヨウコは糠床からナスを取り出し、切って皿に盛ってあげる。カナメはナスの糠漬けを満面の笑みで食べている。

 まさか、糠漬けがここまで人気があるとはな。なんせ、野生動物にまで認められたんだぜ。いや、奴は糠床の方だろうな。

 

「ボルアッカが動くとするなら夜明け辺りじゃのう。奴ら夜はあまり動かんのじゃ」

「そこは現実世界と違うところだな。夜行性だったらもっと厄介な生き物だろうな」


 夜行性で、辺りが暗い中であの突進をされたらたまったもんじゃないからな。

 とにかく、奴らの活動は夜明け辺りか。

 このまま奴らを野放しにしていたら、大変なことになるからな。


 無事に捕まってくれるといいんだけどな。

 


「「「「ごちそうさまでした」」」」


刻み昆布入りお稲荷さんレシピ(約8個分)

材料

油揚げ:4枚

だし汁:200ml

醤油:2大さじ

砂糖:2大さじ

みりん:2大さじ

酒:1大さじ


ご飯:2合分(温かいもの)

刻み昆布(乾燥):大さじ2

砂糖:小さじ1〜2

塩:小さじ1/2

ごま:小さじ1

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