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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国

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糠漬けと害獣

 朝食を終えて、食器を片付けて洗い物をすると、ヨウコが出かけて行った。

 料理本が1週間分貯まったのでクダンさんの所へ持って行くそうだ。


 ……そういえば、最近畑の方へ行っていないな。


 今日は畑の草むしりをするか。ついでに風の妖石を空にしないとな。

 俺は桶の中に、風と水の妖石と起動用の棒、草むしり用の鎌を入れ畑へと向かった。



***




「……ん?」


 フゴフゴフゴ……

 

 そこには、全身灰色の毛に覆われた“何か”がいた。


 鼻先を土に押し付け、俺たちが以前ジャガイモを植えた場所を、夢中で掘り返している。

 ってそこは、前に俺とヨウコがジャガイモを植えた場所じゃねえか!?


「うおおおおい、なんだこいつ!?」 


 俺の声に反応したその生き物は顔をあげ、こちらを睨みつけるように頭を下げる。

 その生き物は現実世界のイノシシに近い。鼻は出てて、牙もある。

 唯一違うところと言えば、額に角まで生えているということだ。イノシシもどきと言った所だろうか。

 俺とそいつは互いに動きを止め臨戦態勢になる。


 逃げる気だろうか、右か左か……。


「フゴォオオオオ!!」

「真正面かよ!?」


 次の瞬間、イノシシもどきは俺めがけて一直線に突進してきた 。

 あんな角に一突きされたらひとたまりもないぞ!?


 俺は咄嗟に横へ飛び込むように回避する。紙一重。だが、勢いのままバランスを崩し、そのまま地面に転がってしまった。


 イノシシもどきはすぐさま方向転換し、再びこちらへ突進の構えを取った。前足で地面を掻き、威嚇するように鼻を鳴らす。


(マズい……!)

 そう思った瞬間だったが、イノシシもどきは、ふと動きを止めた。

 そして──俺が落とした桶へと視線を向けると、迷いなく頭を突っ込んだ。


「フゴ……フゴフゴ……」


「ボルアッカめ、離れるのじゃ!!」


 その声と同時に、オウカが駆け込んできた。

 俺とイノシシもどきの間に滑り込むように割って入り、腰に提げていたひょうたんの中身を勢いよく撒き散らす。

 イノシシもどきは桶に顔を突っ込むのをやめ、一目散にその場から逃げ出した。


 よかった、助かった。


 俺は大きく息を吐いた。

 オウカが来てくれなければ、どうなっていたことか。


 安心した途端、俺はその場に立ち上がろうとして──


「痛ってぇぇぇ!?」

「エ、エイタ!? どうしたのじゃ!?」

「ははは……さっきのやつを避けた時に、足首やっちまったみたいだ」

「肩貸してやるから、このままカクマ先生の所へ向かうぞ、よいな」


 カクマ先生、この村で診療所をしている医者だ。

 そのままオウカに肩を貸してもらって村の診療所へと向かった。


「先生、おるかのう!」

 

 オウカは返事を待たずに診療所の戸を開ける。

 中は家の一角を改装して作った診療所で、他の家とは違い布団ではなくベッドが置かれている。


 その部屋のさらに奥から猿のような体毛をしたカクマ先生がやってくる。

 カクマ先生は近くの椅子に座るよう指示をし、それに従う。


「はいはい、どうしました?」 

「畑仕事しようとしたら変な動物がいて、そいつが突っ込んできたんです。それを避けたときに足を捻って」

「なるほど、ちょっと触りますね」


 カクマ先生はそう言うと、俺の脚を伸ばして足首に触れる。

 足首を軸にゆっくりと動かすと激痛が走った。


「痛ってぇっ!?」

「ああ、失礼。なるほど、ここですね。ええと、その動物ってどんなのでしたか?」

「あいつはボルアッカじゃ、妾も見たから間違いない」

「なるほど、ボルアッカですか。もうそんな季節なんですね」


 さっきもオウカが言っていたがなんなんだそいつは!?

 朝食の時ボアッカっていうのを聞いたけど、そいつの親戚か何かなのか!?


「まあ、親戚に近いかもしれませんね。ボルアッカとは放牧場から逃げ出して野生化してしまったボアッカのことを言うんです」


 へぇ~、現実世界のイノシシに近いものなのかな。もし、噛まれでもしたら大変だった。

 いや、噛まれる前に、あの頭の角で刺されるか。


「ええ、あの角で死者が出た事も過去にありまして」

「へぇ~、そうなんですか」


 ……あれ? 俺、声に出してないよね?


「はは、驚かせてすみません。僕、触れたらある程度分かってしまうんですよ」


 マジか、凄いな。これが覚りってやつか。

 その後、先生は軟膏のようなものを塗り、包帯を巻いてくれた。

 この軟膏、湿布みたいにスースーして、気持ちいいな。


「今日はあまり動かずに安静にして下さい。あと、アイラさんの所で替えの軟膏を、処方してもらって下さい」


 そう言って、紙を1枚渡してくれた。これが処方箋という訳だな。


 治療代はオウカに払ってもらい、そのまま薬屋さんへ向かう。始めはあまり気にしなかったが、だんだんと痛みが増してきた。

 俺はオウカに肩を借りながらなんとか薬屋に到着する。


「いらっしゃい、あら、どうしたの?」

「ちょっと足首をやっちゃいまして、これ、お願いします」


 処方箋を渡すとアイラさんは、替えの包帯と棚から小さな容器に入った軟膏を渡してくれた。

 

「朝と昼、あとお風呂のあとに忘れず塗るようにね」


 湿布と軟膏の代金もオウカに出してもらい、そのまま帰路につく。


「しかし、大事にならずによかったのう」

「ああ、最初は避けられたけど、この足じゃ2回目はさすがに無理だったな」


 そういえば、2回目の突進のとき、あの動物は急に動きを止めて桶に頭を突っ込んでいた気がする。


「なんじゃ、珍しいのう、ボルアッカはとにかくしつこいんじゃ。一度避けても、二度、三度と何度も突進してくるのじゃ。しかも、奴は鼻が良いからのう」

 

 鼻が良いということは、つまり作物のある場所をすぐに嗅ぎ当てるということだ。

 だとすれば、畑の野菜そのものよりも、奴の好みに合う“別の匂い”が、あの桶の中にあったということなのか。


「なあ、オウカ、ボルアッカって何か好んで食べるものとかあるのか?」

「そうじゃのう、昔は味噌を食っていたこともあったし、腐りかけた野菜も好んで食うぞ。逆に酒の臭いが苦手でのう、ボルアッカ避けの為に酒を撒いたりするんじゃ」


 やはり臭いか。


 俺はオウカの肩を借りて、畑まで来るとあるものを拾い上げる。それと同時にオウカが顔をしかめた。 


「なんじゃそれ、糠漬けの臭いがするぞ」

「ああ、さっき避けた時に妖石に棒が当たって起動したおかげで、俺は助かったらしいな」

 

 桶の中で異臭を放っていたものと言えば、これしかない。

 まさか奴は、この糠漬けの臭いに反応して、臭いを放つ風の妖石を食おうとしていたのか。


 実際、風の妖石には奴の唾液がべっとりと付着している。

 そういえば糠床の上に置いていたせいで、表面に糠が付着していたはずだ。


 さすがに汚れもひどい。ボルアッカが再び現れても困る。俺は風の妖石を水で洗い流し、再び叩いて臭いを封じた。


 助かったのは良い。だが――腹が立ってきた。

 せっかく植えたジャガイモを全て食われるところだったのだ。


 このまま放置すれば、他の畑にも被害が広がるのは間違いない。

 そんなことを考えていると、ドタドタと慌ただしい足音が響き、ヨウコが屋敷へと駆け戻ってきた。


「大変なのです。ボルアッカが出たのです!!」

「知っておるぞ、うちの畑にもさっき出たらしいからのう」

「おかげで俺はこのザマって訳さ」


 俺はヨウコに自分の足に巻いてある包帯を見せた。


「だ、だだ、大丈夫なのですか!?」

「ああ、軽くひねっただけだからな、それよりも、俺を襲ったやつはそっちに行ったのか」

「凄かったのです。群れでカワマタさんの畑を荒らしていて、追い払うのが大変だったのです」

「……群れ?」


 俺が遭遇したのは一匹だけだ。

 だが、群れで行動しているだと?


 しかも、カワマタさんの畑まで襲っているとは……。


「オウカ、こいつはただ事じゃねえ、すぐに対策を立てないとヤバいことになるぞ」

「うむ、そうじゃな、センジュ爺に集会場で対策を立てる様言ってくるぞ」


 オウカが村長の所へ報告しに行っている間、ヨウコからボルアッカについて詳しく聞くことにしよう。


「ヨウコ、ボルアッカについて詳しく教えてくれないか」

「ええと、ボルアッカと言うのは、朝に話したボアッカが逃げ出して野生化したものなのです」


 そこは診療所のカクマ先生も言っていたな。


「ボルアッカはボアッカと比べて非常に攻撃的で、敵と認識すると、すぐに突進してくるのです」

「ああ……俺も思いっきり敵認定されたらしくてな。危うくあの角に串刺しにされるところだった」

「家畜化されているボアッカは成長と共に角を切り落とすので危険はないのですが、ボルアッカの角は非常に危険なのです。あれで死んでしまうこともあるのです」


 そう思うと、なかなかにヤバい生き物なんだな、ボルアッカって。

 本当に生きててよかった……。いや、現実世界で一度死んでるか、ははは。


「あとはオウカから聞いたけど鼻が凄くいいらしいな」

「そうなのです、遠くからでも餌を嗅ぎ分けて畑を荒らすのです。冬の間は冬眠しているのですが、目覚めた後は空腹で、1頭で畑が全滅させられることもあるのです」

「マジかよ……それはまた厄介だな」


 害獣被害というのは、どうやら異世界でも現実世界でも変わらず存在するらしい。


「あと、これもオウカから聞いたんだけど、酒の匂いが苦手らしいな」

「そうなのです、対策として案山子にお酒をかけたりするのですが、あまり長くは持たないのです」


 確かに畑の周りに酒を使いまくるのも勿体ないしな。根本的な解決が必要になってくるんじゃないか。


「戻ったのじゃ」

 

 ちょうどそのとき、オウカが村長の家から戻ってきた。

 

「どうだった、オウカ」

「うむ、昼過ぎに一度集会場で対策を話し合うことになった。すまんがエイタ、お主も来てくれ。今回はお主の知恵を借りたいんだと、センジュ爺が言っておったのじゃ」


 村長直々の要請か。なら行かないわけにはいかないな。

 それにしてもボルアッカか……。イノシシみたいなものだが、あれよりも厄介そうだ。

 とりあえず昼飯の準備を――と思った、そのときだった。


「痛ててっ!」

「あ、ダメなのですエイタさん!」

「そうじゃぞ、今日はお主は休んでおるのじゃ。これは雇い主である妾からの命令じゃ。よいな」

「……エイタ、怪我した。大人しくしてて」


 気づけばカナメまで来ていて、完全に包囲されていた。

 ここまで言われては仕方がない。

 今日は素直に休むとしよう。無理をして悪化させるのも本意じゃない。

 

「今日は私が作るのです」


 そういえば、一部料理を任せることはあっても、全部任せるってことはしていなかったな。


 ――どれどれ、それでは我が弟子ヨウコの腕前、とくと拝見するとしよう。


  朝のうちに昼食用の米はすでに水に浸してある。それを火にかけ、沸騰するまでの間に、彼女は手際よく別の作業へと移っていた。


 まずは手鍋に水を張り、出汁の準備。昆布を水から静かに沈め、沸騰直前で引き上げる。そして追い鰹。――うむ、基本に忠実、実に良い。


 メインは、ドドの胸肉をそぎ切りにし、キャベツは水で軽く洗い、やや大きめに刻む。おや、先ほど取り除いた昆布を細切りにしているではないか。なるほど、具材として再利用するつもりか。


 平鍋に油をひき、まずドド肉を投入。そこへ酒と塩で軽く下味をつける。肉に火が通り始めたところでキャベツを加え、しんなりとしてきた頃合い――ヨウコは冷蔵庫から“それ”を取り出した。


「今日はこれを使ってみるのです」

「そ、それは……塩麹か」


 実は便利調味料シリーズとして、めんつゆ、みりんに続き仕込んでおいたものだ。以前、ドド肉の焼き料理には使ったが、炒め物での投入は初めてとなる。


 ヨウコは迷いなく塩麹を加え、さらに刻んだ昆布もここで投入。鍋を軽やかにあおり、全体を一気に馴染ませていく。


 ……ほう。見事に手際が上がっているではないか。


 そして、もう一品。おや、あれはアズキダさんの店の――おからがんもか。しかも揚げたてを買ってきたときた。忙しき日常の味方、惣菜の活用も抜かりなし。


 さらにみそ汁には油揚げと大根。自分の好物をさりげなく取り入れている。いいじゃないか。

 そして香の物は……やはり糠漬けか。

 ふふふ。どうやら、すっかり糠漬けの沼に落ちたようだな。


「完成なのです!」


 本日の昼食

 ご飯、油揚げと大根のみそ汁、ドドとキャベツの塩麹炒め、おからがんも、きゅうりの糠漬け



「「「「いただきます!」」」」


 

 早速、塩麹炒めを食べてみる。


「お、これはご飯が進むな、美味い!」

「これは飯の上にのせても美味いのう」

「……うめうめ」

「喜んでもらって、よかったのです!」


 一人でレシピを考えて、並行して調理していたからな、ヨウコも大分レベルが上がったようだ。

 俺は糠漬けを食いながらしみじみと思っていた。


「……まさか、こいつに助けられるとはな」

「ん? 何がじゃ?」

「いやな。もし二週間前に糠漬けを仕込んでいなかったら、俺はただの足首の捻挫じゃ済まなかったって思ってさ」


 ボルアッカは、俺への攻撃をやめてまで、その“臭い”に強く興味を示しているようだった。

 ――その瞬間、俺の脳裏に閃きが走る。

 今のは偶然の防御に過ぎない。だが、次は違う。これを攻めへと転用するのだ。

 そうだ。奴の“鼻の良さ”そのものを、逆に利用してやる。

「なんじゃ、そんなニヤついた顔をして」

「いや……海老で鯛を釣る作戦じゃなくてな。糠でイノシシを釣る、ってところかな」

 俺はそう言いながら、糠漬けをひと口放り込んだ。

 さて、集会場に行ったらこの提案を話さないとな。


「「「「ごちそうさまでした」」」」

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