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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国

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糠漬け完成

 朝の炊事場。俺は桶の蓋をそっと開け、中を覗き込んだ。

 ふわり、と鼻を突く独特の酸味。発酵が進んだ証だ。


 ――ついに。

 ついに、この時が来た。


 俺は念入りに手を洗うと、桶の中に満ちた茶色い糠へ腕を差し入れる。

 指先に伝わる、しっとりとした感触。

 

「よし……まずは、これだな」


 そこから取り出したのは……、きゅうり。

 そう、ついに糠床が完成したのだ。


あまりの嬉しさに俺は糠床から取ったきゅうりを掲げる。


「す、凄い臭いなのです!? エイタさん、それ絶対腐ってるのです!!」

「はっはっは。違うぞ、ヨウコ。これは腐敗ではない。“発酵”というやつだ」


 俺は得意げに笑いながら、続けて糠床からナスを取り出す。

 代わりに新しい野菜を埋め込み、丁寧に表面を均した。


 そして最後に、糠床の上へ小さな緑色の妖石を置く。


 すると――。


「……あれ? に、臭いが消えたのです?」


 驚いたようにヨウコが目を丸くした。


「風の妖石だ。空気を吸い込む性質があるからな。臭いごと吸わせてる」

「そ、そんな使い方があったのです!?」


 本来、風の妖石は風を蓄える道具だ。

 ふいご代わりに使ったり、空になった妖石を壁へ埋め込み、暴風時の風除けとして利用するのが一般的である。


 ただし放置すると、勝手に周囲の空気を吸い込み続け、すぐ満タンになってしまう欠点がある。

 そのため通常は、水の中に沈めて保管するのが常識だった。


 だが俺は、その“空気を吸い込む性質”に目を付けた。


 つまり――天然の消臭剤として利用したのである。

 いっぱいになった妖石は外で桶に張った水の中で起動させて置けばいい


「なんじゃ、凄い臭いじゃな」

「おはよう、オウカ。……お前、二日酔いは大丈夫なのか?」


 昨日の花祭り。あの酒宴で、こいつは見事に潰れるまで飲み、最後には俺が背負って屋敷まで運ぶ羽目になったのだが――。


「なんじゃ、二日酔い? 昨日は酒をたんまり飲んだからのう。今日は絶好調じゃ!」


……いや、絶好調って何だよ。


 二日酔いどころかフル充電状態とか、流石は酒呑童子といったところか。常識が酒と一緒に溶けている気がする。


「それだけ絶好調なら、お粥にしなくても問題ないな」

「お粥じゃと!? あの、妾たちが今まで食べておったドロドロのやつか!?」


 二日酔いや病気の時は、胃腸も弱っているのでお粥が望ましいのだが……。


「ダメじゃ!! 妾はご飯が食いたいのじゃ、あと、だし巻き卵じゃ」

「へいへい、仰せの通りに」


 俺はいつも通り、だし巻き卵に大根おろしを添え、副菜として五目煮を用意する。さらに味噌汁はワカメと豆腐。


 そして今日の目玉は――香の物の進化版だ


 俺は糠床から取り出したナスときゅうりを水で洗って糠を落とし、切って皿に盛り付ける。


「よし、完成だ」


 本日の朝食

 ご飯、ワカメと豆腐の味噌汁、だし巻き卵、五目煮、ナスときゅうりの糠漬け


「「「「いただきます」」」」


「む、さっきよりかは臭いは抑えられているのう」

「ああ、さっきのは糠から出したばかりだからな」


 カナメが早速ナスの糠漬けを食っている。気に入ったのか、なんと、糠漬けのおかわりを要求してきた。

 俺は、急いで糠床からナスを取り出し、糠を落とし、切って盛り付けつやる。糠漬けを食っているカナメは満足そうだ。

 オウカは未だに手を付けずにいるが、ヨウコは意を決して口に運ぶ。


「ん、美味しいのです」

「むぅ、そ、それじゃあ妾も」


 オウカは恐る恐る糠漬けを口にする。


「お、なかなか美味いではないか」


 良かった、好評のようだな。これで香の物にバリエーションが増えたぞ。

 普通の糠漬けだけじゃなくて違うのも作ってみるか、そうなるとやはりたくあん、古漬けなんかもいいな。


「もうちょっとバリエーションを増やしたいところだな」

「なんじゃ、その“ばりえーしょん”というのは」

「そうだな、料理の種類っていった所だな。材料が増えれば、それだけいろんな料理が作れるんだ。例えば肉だって、今はドド肉しか使っていないだろ。他に何か肉はあるのかなってさ」


 確かに、この村の肉屋にはドド肉しか売っていない。

 豚や牛に似た肉があればいいんだけど、見たことないんだよな。


 というか――この世界に、豚や牛に相当する生き物自体がいるのだろうか。


「他の肉となると……ギャウルとかボアッカじゃのう」


 ギャウル、ボアッカ……?

 なんだ、その聞き慣れない名前は。


 いや、ギャウルという単語には覚えがある。確か織物屋の女郎蜘蛛の店主が、俺のズボンのベルトを見て「ギャウル製」だと言っていた。アズキダさんも、豆乳のことを「ギャウルの乳みたいだ」と言っていたはずだ。


 ということは――ギャウルは、牛に近い生き物なのかもしれない。


「そのギャウルとかボアッカって言うのはどんな生き物なんだ」

「ええとですね。まずギャウルはとても体が大きいのです。大体、そこからそこくらいまでの大きさで」


 ヨウコが教えてくれた大きさは、現実世界の牛よりも少し大きい位だ。


「それからお乳とか皮とかが取れるのですが、生まれてから大きくなるまで2年くらいかかるのです。あと、ご飯をいっぱい食べるのと、広い放牧地がないと、とても飼えないのです」

「あとは1頭辺り結構な値段がするのう。馬や竜を買うくらい高いんじゃ」


 馬の呼び方は共通なのはいいのだが、いま、竜って言わなかったか?

 まあ、異世界だ、竜の1匹や2匹いても驚かないぞ。


「例えば、買うだけじゃなくて、それを維持するのも大変なんじゃ。入れておくための厩舎、エサ代、どれもそう易々とは手が出せん」


 馬でも牛でも、そこは現実世界と変わらないか。むしろ維持費の方が金が掛かると聞いたことがある。

 竜の維持費? そんなの知るわけないだろ!?


「それに比べたらボアッカの方が買いやすいと聞くのう。数も増やしやすいし、半年くらいで結構な大きさまで成長するしのう」


 なるほど、ボアッカは現実世界の豚みたいな感じだな。

 豚肉、いや……ボアッカ肉と呼ぶべきか?

 もし料理にするなら、やはりアレだろう。


 生姜焼きだ。


 以前、ドド肉で生姜焼きを作ったことがあったが、やはり生姜焼きといえば豚肉……つまりボアッカ肉だろう。


 ――ああ、無性に生姜焼きが食いてぇ……!


 いや待て落ち着け。ここは異世界だ。ないものを求めても仕方がない。自制心、自制心だ……!


「「「「ごちそうさまでした」」」」

五目煮(豆・にんじん・椎茸)レシピ

材料(2〜3人分)

大豆(水煮):150〜200g

にんじん:1/2本

乾燥椎茸:3〜5枚(または生椎茸4〜5枚)

椎茸の戻し汁:100〜200ml(乾燥の場合)

だし:200ml


調味料

しょうゆ:大さじ1.5〜2

みりん:大さじ1

砂糖:小さじ1〜2

酒:大さじ1

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