花祭り④
「器を取ったらこちらへ並んで下さい」
東屋にある大釜の前には長蛇の列が出来ている。
……まさか、ここまで妖怪が集まるとは思わなかったな。
流石に1人じゃ間に合わないと思ったのか、ヨウコも手伝ってくれる。
おにぎりやお稲荷さん、唐揚げなどは容器ごと茣蓙の上に置いて各々で取ってもらえるが、大釜を使っているけんちん汁はそうはいかないからな。
大釜の中身が作った量の4分の1くらいになった所でようやく列が捌けたようだ。
「ふう、ようやく一息付けるな」
「すごく大変だったのです」
ヨウコもほっとした様子で胸を撫で下ろす。
周囲を見渡せば、花祭りは大盛況だった。
あちらでは酒を酌み交わして笑い合い、こちらではおにぎりを頬張る者がいる。少し離れた場所では、子供たちが楽しそうに駆け回っていた。
なんとも平和な光景だ。
「エイタ! 飲んでおるか!?」
そこへ、ひときわ大きな声を上げながらオウカが東屋へ乗り込んできた。
右手にはいつものひょうたん酒。左手には箸に刺した唐揚げ。
顔色こそ変わっていないが……あれはもう、かなり飲んでるな。
「いや、こっちが忙しすぎて、飲むどころか、まだ食ってすらいねえよ」
「なんじゃと!? それはいかん! ほれ、今すぐ食え!」
そう言って、オウカは唐揚げの刺さった箸をぐいっと差し出してきた。
さらに近くの茣蓙から、おにぎりやお稲荷さんまで持ってきてくれる。
「お、おう、ありがとう」
気づけばヨウコは隣で、大好物のお稲荷さんを幸せそうに頬張っていた。
さっきまでは忙しさで忘れていたが、ひと息ついた途端、猛烈な空腹が襲ってくる。
俺はおにぎりを頬張り、唐揚げにかぶりつく。
さらに熱々のけんちん汁を器によそって流し込めば――。
あっという間に平らげてしまった。
「あぁぁぁ……っ! 仕事終わりの飯って、なんでこんなに美味ぇんだ!!」
思わずそう叫んでしまった。しかし、周りはどんちゃん騒ぎなので、俺の叫びなど、誰も気にしないようだ。
「そうじゃろそうじゃろ、ほれ、酒じゃ、飲め飲め」
「お、悪いな」
オウカはそう言うと、俺の盃へ並々と酒を注いでくる。
俺はそれを一気に飲み干した。
途端、身体に溜まっていた疲れがじわりと溶けていく。
「くぅ~っ! 酒が染みる……!!」
「かっかっか! いい飲みっぷりじゃのう!」
なるほど、これが花祭りか。
現実世界じゃ、世間体だの、上司との付き合いだの、周りの客に迷惑をかけるなだの、酒ひとつ飲むにも気を遣うことばかりだった。
だが、この異世界は違う。
本能のままに飯を食い、本能のままに酒を飲む。
――少なくとも、今日この時だけは。
「お主が来てから、毎日が驚きの連続じゃ。これからもよろしく頼むぞ」
オウカがそう言いながら、俺の盃へ酒を注ぐ。
「おう。これから毎日、美味いもん作ってやるからな」
注がれた酒を、俺は一気に飲み干した。
そういえば、俺が20歳になった日のことを思い出す。
あの日、親父と初めて酒を飲んだんだ。
なのにあの親父、酒初心者の俺にいきなり日本酒を勧めやがった。
普通、最初はビールとか軽いやつからだろ……。
まあ、そのビールですら苦くて、ろくに飲めなかったんだけどな。
そして、その時に親父が言っていた言葉を思い出す。
『人生ってのは苦い。だが、その苦さを飲み干せるようになった時、酒は美味くなる』
――今はどうかって?
そりゃもちろん。
最高に美味い。
「おう、飲んでるかエイタぁ!!」
「がっはっはっは、こんな日に飲まねえって選択はねえわな!」
豪快な笑い声と共に、俺たちの輪へ乱入してきたのはタタラさんとアズキダさんだった。
2人は巨大な盃を片手に、日本酒をまるで水のような勢いで飲み干していく。
「かっかっか、アズキダにタタラも来たか、飲むぞ飲むぞ!!」
……いや、無理だろ。
俺だって酒は好きだが、あんな化け物みたいな飲み方には付き合えない。
酒を飲んでいる大人たちと別に、子供たちはご飯の後のおやつタイムとなっている。
「これ、ヨモギ餅って言うのか、甘くて美味え!」
「美味しい!」
子どもたちは目を輝かせながら、次々とヨモギ餅へ手を伸ばしている。
そういえば、去年の花祭りでは酒ばかりが並んでいたらしい。
子どもたちにとっては、正直退屈な集まりだったのかもしれない。
「……エイタは色んな料理を知っている。団子にういろう」
「私はおはぎが好き」
カナメやエンジュは子どもだったな。子どもたちの中でもリーダー的な存在なのかもしれない。
いや、水車小屋やリールは作るし、ろくろの修理の為に呼ばれるし、絶対そうだろう。
「やっぱり、お稲荷さんは美味しいのです」
「私は特にこのおにぎりに入っている佃煮が好きね。これだけでご飯食べられちゃう」
ヨウコと各家庭の奥様方、食べながらこの料理の材料はなんだ、作り方など、料理の事は話しながら食べている。
俺はそれらの光景を少し離れた所から眺めている。
近くでカナメたちとは違うグループの子どもたちが歌を歌いながら鞠つきをしている。
「わ~れらう~きよの あやかしの
と~おいせきじの えにしなり~」
軽やかに弾む鞠。
無邪気な笑い声。
その光景は、まるで時代劇の中を見ているようだった。
昔の子どもって、こうやって童歌を歌いながら遊んでいたんだっけか。
伝承や昔話を歌にした、子ども向けの遊び歌――。
「ひ~とをくらいて さけをのむ
み~ながおそれし もののけよ~」
――え?
背筋がぞくりと震えた。
酔いでぼやけていた頭が、一瞬で冷える。
今……人を喰らいて、って言ったか?
「2番なんだっけ?」
「私忘れた〜」
子どもたちは笑いながら、そのまま駆け去っていく。
あとには、妙な寒気だけが残った。
俺は黙ったまま、子どもたちがいた場所を見つめる。
脳裏に浮かぶのは、以前、村長が口にした言葉だった。
『かつて我らの祖先は、人を喰っていた』
――やっぱり、この村の妖怪たちは……。
「ほっほっほ、そんなに考え込んでどうしたのじゃ」
「おわぁ!?」
いきなり声をかけられ慌てて振り返ると、そこには村長さんがお盆に急須と湯呑を乗せて立っていた。
そのまま俺の隣に座り、お茶を淹れてくれる。
短時間で一気に飲み過ぎたからかな、醒めたと思った酔いが戻ってくる。
こういう時のお茶は本当にありがたい。
「こんな光景を見られるのもお主が来てくれたおかげじゃ。ほれ、見てみい、わしの孫もあんなに喜んでおる」
村長が指差す方向にカナメとエンジュのグループがある。
エンジュは持ってきていた鞠で鞠つきをしている。
「我ら浮世の妖の
遠い昔時の縁なり
人を喰らいて酒を飲む
皆が恐れし物の怪よ」
俺の隣で村長が鞠の動きに合わせて歌い出す。
「……この歌」
「うむ。昔から伝わる童歌じゃ」
村長は湯呑みに口を付けながら続ける。
「わしが以前言った、“祖先が人を喰っていたかもしれぬ”という話も、元はこの歌から来ておる」
やっぱり、完全な作り話じゃなかったのか。
昔の妖怪たちは、本当に人を襲っていたのかもしれない。
そう思うと、胸の奥が少しだけざわついた。
そんな俺を見た村長はにやりと笑い、俺を指差した。
「わしは絶対に人間は食わんぞ。何故だかわかるか?」
「えっと、何でですか?」
「人間より、羊羹の方が断然美味いからじゃ」
「ぶっ……!」
思わず吹き出した。なんだそれ。
同時に、少しだけ肩の力が抜けた。
そうだ。
仮に昔、本当に人を喰っていた妖怪がいたとしても。
それは遠い過去の話だ。
少なくとも、今ここで笑っている子どもたちとは関係ない。
もし今後、そんな馬鹿なことを考える奴が現れたとしても――。
「その時は、俺がもっと美味いものを腹一杯食わせてやりますよ」
「ほっほっほ! その時は羊羹も頼むぞい」
「了解です。ちゃんと一汁三菜、おやつ付きで用意します」
そう返すと、村長は満足そうに笑った。
***
花祭りという名の大宴会はそのまま夜まで続いて……。
結局、山ほど作った料理が余ることはなく――。
おにぎりや唐揚げが入っていた容器だけが、綺麗に空になって残されている。
「凄いな、あれだけ作ったのに全部食われちまった」
本当なら、少しくらい余って持ち帰ってもらうつもりだった。
だが、ここまで綺麗に食べ尽くされると、むしろ気持ちがいい。
茣蓙の上では、酒に潰れた妖怪たちが大の字になって寝転がっている。
俺は苦笑しながら、空になった容器を集めて東屋へ運んだ。
水の妖石で汚れを軽く洗い流し、たわしで擦っていると――。
「ほらほら! 男ども、いつまで寝てんだい!」
威勢のいい声が飛び、振り返る。
「悪いねぇ、エイタさん。何から何まで任せっきりでさ」
「ここはあたしらがやっとくから、少し休みなよ」
各家庭の奥様方が東屋に集まってきた。
あちこちに散らばっている空の容器をあっという間に集めて、数人がかりで洗い物を始める。
何人かは空の大釜を降ろして洗ってくれたり、茣蓙を片付ける為に、寝ている妖怪を起こしている奥様もいる。
「……オウカのやつ、あんなところで寝てるのか」
大桜のそばにある大岩の上で、オウカが仰向けになって寝転がっていた。口元からはうっすらと涎まで垂れている。
……せっかくの美人が台無しだな。
俺は呆れながら近づき、肩を軽く揺する。
「おい、オウカ、起きろ! そろそろ屋敷へ戻るぞ」
「うにゃ~、もう飲めんぞ」
いや、もう飲まなくていいんだよ。
何度か声をかけてみたが、反応はない。完全に出来上がっているらしい。
「はぁ……仕方ないか」
俺はしゃがみ込み、そのままオウカを背負った。
「っと……意外と軽いな」
しかし、あれだけあった酒をよく飲めるな、いったいどこに入っているのだか。
「うぃ~、ごちそうさまじゃ~」
「はいはい、ごちそうさま」
背中で幸せそうに寝言を漏らすオウカを背負いながら、俺は屋敷への道を歩き出した。
この世界に来て、もう2週間くらいか。
思い返せば、本当にあっという間だった。
右も左も分からないまま迷い込んで、最初に辿り着いたのがアカシさんの店。
そこから逃げるように走って――屋敷の前で、オウカとぶつかったんだっけ。
「……懐かしいな」
酒樽を落としてしまい、怒ったオウカに鎖でぶん投げられた。
そして次に目を覚ました時には、この屋敷で寝かされていた。
今思えば、あれが全部の始まりだったのかもしれない。
屋敷へ戻った俺は、玄関で靴を脱ぎ、そのままオウカの部屋へ向かう。
襖を開け、眠ったままのオウカをそっと布団へ寝かせた。
春とはいえ、夜はまだ冷える。
風邪でも引かれたら面倒だからな。
俺は布団を肩までかけてやり、小さく息を吐いた。
まったく、俺の雇い主様はこんなになるまで飲みまくって世話が焼ける。
「妖怪だから、最初は食われるかと思ったけどな……」
最初は妖怪なんて聞いて、本気で食われるかと思っていた。
けど実際に要求されたのは、割った酒代の弁償だけ。
……まあ、どう考えてもぼったくりだった気はするけど。
それでも――。
気づけば俺は、こうしてこの屋敷で普通に暮らしている。
オウカの部屋を静かに後にし、俺も自分の部屋へ戻った。
今日は花祭りのせいで湯屋も休みだ。
店主は茣蓙の上で潰れていたし、女将さんはその介抱で大忙しだった。
まったく、どいつもこいつも飲みすぎだろ。
「……さて、従者は明日も仕事だしな」
俺は欠伸を一つ漏らしながら布団へ潜り込む。
明日もまた、騒がしい一日になりそうだった。




