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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国

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おはぎと座敷童

 俺はベタイモをじっと見つめた。

 前々から思っていたが、このイモには妙な可能性がある。

 見た目はジャガイモに近い。白っぽい皮に覆われ、包丁を入れた感触もよく似ていた。

 すりおろして水にさらすと、大量の片栗粉になる。


 ――いろいろ試してみる価値はあるな。

 まずは薄く切って焼いてみた。

 平鍋に油を垂らし、火にかける。だが、焼き始めた途端、ベタイモは鍋底へぴたりと張り付いた。

 無理に剥がそうとすると、表面だけがバリバリと砕ける。


 「……なんだこれ。まるで餅じゃねえか」


 次は茹でてみることにした。


 沸騰した湯へ切ったベタイモを放り込む。しばらくすると柔らかくなり始めたが、同時に表面がどろりと溶け、鍋の底へべったりと張り付いた。


 箸で持ち上げても、糸を引くように伸びる。


 「また餅かよ……」


 ならば、と今度は油で揚げてみる。

 熱した油へ投入すると、ベタイモはじわりと膨らみ、やがてぷかりと浮かび上がった。

 悪くない見た目だ。

 油を切り、冷めないうちに一口かじる。

 ――ガギッ。


 「固ってえ」


 イモという名前だから少しは期待していたんだが……駄目だな、これは。

 かき餅どころか、下手をすれば石ころを噛んでるみたいな硬さだ。こんなものを食うくらいなら、普通に餅を揚げた方がまだマシだろう。


 ……餅?


 そこで俺の頭に、ふと思いつきが浮かんだ。


「いや、待てよ……試してみる価値はあるか」


 俺は少量の米を研ぎ、鍋に水を張る。

 そこへ細かく刻んだベタイモを放り込み、そのまま火にかけた。


 しばらくして湯気が立ち始める。沸騰する頃には、ベタイモは少しずつ形を崩し、粘り気を帯びながら米全体へと広がっていった。


「……やっぱり、溶けるのか」


 そのまま俺は、普段通りに炊き上げる。


 やがて炊飯が終わり、蒸らしの時間も済んだ。

 鍋の蓋を開けた瞬間、ふわりと立ち上る湯気と香りが鼻をくすぐる。


「ん?」


 しゃもじを差し込んだ瞬間、俺はすぐに違和感を覚えた。


 重い。

 いや、違う。この粘り気――。


「この感触……もち米か?」


 恐る恐る全体を混ぜてみる。

 米粒同士がねっとりと絡み合い、まるで炊きたてのおこわみたいになっていた。


 水加減は変えていないはずだ。

 それなのに、出来上がった飯は完全に別物だった。

 試しに一口運ぶ。


「……おお」


 もちもちとした弾力がある。

 食感はまさにおこわそのものだ。


 そういえば以前、餅を少し入れて米を炊くと、おこわみたいになると聞いたことがある。

 たぶん、原理はそれに近いんだろう。


「なるほどな……」


 俺は炊き上がった飯を眺めながら、自然と口元を吊り上げた。


「これは使える。もう少し試してみるか……」




 ***




「こ、これはどうしたのですか……?」

「ははっ、ちょいと張り切りすぎたみたいでな」

 俺の目の前には、器に小分けされたおこわの山が並んでいた。

 一つ一つの量は少ない。だが数が問題だった。完全に調子に乗った結果である。

 しかも昼飯を食ってから、まだ一時間ほどしか経っていない。

 流石にこの量をそのまま食うのは厳しい――そう思った瞬間、俺の脳裏にある料理が浮かんだ。

「ごほんっ! じ、実はだな。これは新しいおやつを作ろうとしていた途中なのだ!」

 苦しい言い訳だったが、勢いで押し切る。

 俺は誤魔化すように鍋を取り出し、小豆を煮る準備を始めた。

 あんこは先に作って冷ましておかないと扱いづらい。ここは早めに動くべきだろう。


 ヨウコが手伝ってくれるので、あんこ作りはヨウコに任せよう。

 俺は作りすぎたおこわ――いや、もち米を使っていないから、正確には“おこわもどき”か――それらを一つの鉢にまとめていく。


 そして木べらで潰し始めた。


 全部ではない。

 米粒が程よく残る程度、半分ほど潰す。


 これを“はんごろし”と言う。


 ……いや、物騒な響きだが本当にそう呼ぶのだ。

 ちなみに完全に潰すと“みなごろし”とか“ぜんごろし”になる。

 料理で使う言葉とは思えないよな。


 本来なら、あんこだけは前日に作っておくのが理想である。

 しっかり冷めたあんこの方が形を整えやすいからな。


 だが今回は急遽決まった話だ。


「仕方ない、水で一気に冷やすか」


 俺は鍋ごと水の入った桶へ突っ込み、木べらでかき混ぜながら粗熱を取っていく。

 さて――即席ではあるが、悪くないおやつになりそうだ。


 適度に潰したおこわを丸く整え、それをあんこで包めば、おはぎの完成だ

 1つが結構大きめだが仕方がない。

 

「全部で12個、か。思ったより多くなったな……」


 潰したおこわは綺麗に使い切れたものの、今度はあんこがかなり余ってしまった。

 捨てるなど論外だ。せっかく作ったのだし、食材にも申し訳が立たない。


 明日にでも、別の菓子に加工して消費するとしよう。

 ……まあ、その分しばらく甘味尽くしになる未来が見えているのだが。


「となると、今夜の夕食は少し控えめでいいか」


 甘い物には、やはり温かい茶が欲しい。忘れずにお茶を沸かさないと。


 ヨウコはオウカを呼びに酒蔵へと駆けていき、俺は出来たてのおはぎを大皿に盛って居間へ運んだ。


 ちゃぶ台の上に皿を置いた、その時だった。

 ふと、視界の端に赤い影が映る。

 開け放たれた戸の向こう――庭のさらに先、小道のあたりで、赤い着物を着たおかっぱ頭の少女が、ぽん、ぽん、とまりをついていた。


 年の頃は10歳前後。

 カナメと同じくらいだろうか。

 まあ、妖怪だから、実際の年齢なんて分からんが……。


 その姿を見た瞬間、脳裏に浮かんだ言葉がある。


 ――座敷童。



「あ、取り皿を忘れてた」


 俺は居間から炊事場へと引き返し、戸棚から取り皿を4枚取り出すと、再び居間へ戻った。


「……え?」


 小道にいたはずの赤い着物の少女が、なぜか庭先でまりつきをしていた。


(いや、まあ……たまたま庭に転がっていっただけかもしれないしな)


 深く考えないことにして、俺は取り皿をちゃぶ台に並べる。


「あ、ちゃぶ台拭いてなかった」


 今度は布巾を取りに炊事場へ戻り、水で軽く濡らしてから居間へ。

 ――が。

 さっきまで庭にいたはずの赤い着物の少女は、どこにもいなかった。


「まあ、気にする必要はないか」


 俺はそう結論づけて、ちゃぶ台の上に置いてあった大皿と取り皿をいったん下ろし、布巾で丁寧に拭いていく。拭き終えた皿を元に戻す頃には、ちょうど湯も沸いた頃合いだった。


(さて、お茶だな)


 俺は再び炊事場へ向かう。


 そのとき――


 居間の縁側の下から、コロコロと何かが転がり出てきた。


 まり、だ。


 さらに同時に、縁側の下からおかっぱ頭の少女がひょっこりと顔を出していたが、俺はそれに気づくことはなかった。


「お~い、おやつが出来たぞ」


 炊事場から声を張り上げる。

 すぐにカナメが降りてくるだろう。俺はお盆に急須と湯呑みを4つ載せ、居間へと戻った。

 そして――


 俺の視界に飛び込んできたのは、ちゃぶ台の上の大皿。その上に盛られたおはぎへと、今まさに手を伸ばそうとしている少女の姿だった。



「……あ、こら」

「ひっ!」

 思わず声をかけてしまった。さっき庭先で見かけた、赤い着物を着たおかっぱの子だ。


 彼女は泣きそうな顔でこちらを見たまま固まっている。気まずい空気が流れる。どうしたものかと一瞬考えて。

 ――そうだ。

「ちゃんと手、洗ったか?」

「……え?」

 女の子はきょとんとした顔をしている。

 勝手におはぎを持って行こうとしたのに、怒られるどころか手洗いを心配されたのが意外だったのだろう。


「さっきまで外でまりつきしてただろ。手が汚れてるから、ちゃんと洗ってから食べるんだ」

「あ……う、うん!」


 素直に頷くと、女の子は小さな足音を立てて俺の後をついてくる。

 炊事場へ向かう途中、ちょうど居間へ向かおうとしていたカナメと鉢合わせした。


「あ……エンジュ」

「カナメ!」


 知り合いらしい。年も近そうだし、まあそういうこともあるか。


「御父がろくろを直してほしいって言ってて、カナメを呼んでこいって……」

「……分かった。えっと」


 カナメは言いかけたまま、居間のほうへ視線を向けて固まっている。

 大皿のおはぎに釘付けだ。

 ああもう、分かった。食べてから行きなさい。


 俺は取り皿と湯呑を持って居間へと戻ると、丁度、オウカとヨウコも戻ってきた。


「なんじゃ、エンジュも来ておったのか、まあ、座れ座れ」


 エンジュはカナメと俺の間にちょこんと座ると大皿のおはぎを凝視する。

 おはぎは全部で12個。5人なら1人2個ずつがちょうどいい。


 俺は箸で取り分け、取り皿にそれぞれ2個ずつ配っていく。ヨウコは急須を手に、お茶を丁寧に注いで回っていた。


「え~、それでは」


「「「「いただきます」」」」

「え、えっと、いただきます?」

 

 エンジュも真似してくれた。しかし、目の前にある真っ黒の塊をどうしていいのか分からずキョロキョロしている。


「こいつはおはぎって言ってな。こうやって手で持って食べるだけだ」

 

 俺はおはぎを手でつまみ一口かじる。


 ベタイモと一緒に炊いて作ったおこわもどき、それを潰して作ったおはぎだが、普通のおはぎとあまり変わらないようだ。


 俺の様子を見たエンジュは、おそるおそるおはぎを口に運び――そして目を見開いた。


「……っ!」


 驚いたように固まったあと、もう一口、さらにもう一口と食べ進める。その勢いのまま、あっという間にひとつを平らげてしまった。


「やっぱりあんこは美味いのう、妾は2個じゃ足りんぞ、もう一個食う」

「……食べる」


 あっという間に2個食べ終わった2人は、3つ目を大皿から取り寄せる。

 これでおはぎは完売となってしまったようだ。


「……あっ」


 隣を見るとエンジュが寂しそうな目で大皿を見ている。取り皿の上には、もう何も乗っていない。

 まったく、あの2人は遠慮ってもんを知らないな。


「食うか?」


 俺はまだ手をつけていなかった自分のおはぎを取り箸で掴み、エンジュの皿へと移してやる。

 すると、エンジュの顔が一瞬でぱあっと明るくなった。


「ありがとう!」


 嬉しそうに受け取ったエンジュは、その3つ目のおはぎも、幸せそうにぺろりと平らげたのだった。

 おやつを食べ終えたカナメは、満足げに頷くと天井裏へと戻っていった。しばらくすると、道具箱を抱えて再び姿を現し、そのままエンジュと連れ立って外へ出ていく。


 どうやらエンジュの家のろくろを修理しに行くらしい。ということは、あの家は陶芸でも営んでいるのだろうか。


 突然現れた小さな来客――まさかの座敷童。思わず苦笑が漏れる。


(座敷童か……。俺にも幸運が舞い込んでくる、なんてな)


 そんな他愛もないことを考えていた、その時だった。

 ――バタバタバタッ!

 誰かがこちらへ駆けてくる足音。

 顔を上げると、乾物屋のおっさん猫――ネコタさんの姿があった。手には黒い紙のようなものを握っている。


 「お~い、旦那! 待たせたにゃ。例のハリツキが出来上がったにゃ」

 

 息を弾ませながら差し出されたそれが、以前俺が試した“ハリツキ”だった。

 現実世界でいうところの焼き海苔に近い海藻。だがあまりに塩辛く、とても食材にはならず一度は断念した代物だ。


「試しに一度、真水に浸けて塩抜きしてから乾かしたにゃ」

「なるほど……ありがとうございます。早速試してみましょう」


 俺は炊事場へ向かい、火を起こす。

 ネコタさんが持ってきたハリツキを軽く炙ると、みるみるうちに表面が乾き、パリッとした質感へと変わっていく。香ばしい匂いがふわりと立ち上った。


「さて……味の方はどうか」


 小さくちぎり、口へ運ぶ。

 ――その瞬間。


 塩気はすでに完全に抜け落ちていた。代わりに広がるのは、海そのものを閉じ込めたかのような濃密な磯の香り。


「……これは」


 思わず息を呑む。

 間違いない。これは現実世界でいう“海苔”に極めて近い。


「これですよ……! これなら、料理の材料として十分使えます!」

「ほぉ~……これは凄いですな。まるで海の香りをそのまま凝縮したような味ですぞ!」


 聞けば今日は試作品として持ってきただけで、店頭に並ぶのは明後日あたりになるという。

 ――座敷童の訪れは、幸運どころか“新たな食材の誕生”だったようだ。

 俺は思わず苦笑した。


(これはこれで、十分すぎるほどの幸運だな……)

材料(約10個分)

もち米部分

もち米:200g

うるち米:50g(もち米だけでもOK)

水:適量


あんこ

つぶあん:200g(市販のものでも手作りでもOK)


トッピング(好みで)

きなこ:適量

砂糖:大さじ1

塩:ひとつまみ

ごま:適量

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