ジョニーと卵かけごはん
「ヘイ、エイタ! 日本人ってさ、なんでこんなにクレイジーなんダ!?」
目の前で大げさに両手を広げてるのは、職場の同僚のジョニー
――みんなはジョンって呼んでるから、俺もそう呼んでる。
アメリカから日本に憧れて来た男で、文化もアニメも漫画も全部“最高!”ってテンションで吸収してきたタイプだ。
ただし問題はひとつ。食文化にぶち当たると、毎回ちょっとしたパニック映画になる。
「おいおいジョン、日本人がクレイジーなんて今さらだろ」
「クレイジーなのは分かってるサ! 君も十分クレイジーだけどネ!」
失礼なことをサラッと言うなこいつは。まあいい。
発端は数日前の旅行らしい。こいつ、温泉が好きすぎてアメリカから彼女まで連れて来て、日本中の温泉を制覇する勢いだったらしい。
写真を見せてくるんだけど、彼女は美人、ジョンはドヤ顔。ムカつくセットだ。
で、その旅館の朝食で事件発生。
「モーニングの中にさ、エッグがあったんだヨ。しかも殻付きサ。普通ボイルドエッグだと思うだろ?」
「いや、それ生卵だろ」
「シャラップ! 僕の国ではそれはボイルドエッグなんダ!」
また始まったよこの文化衝突。
「で、僕はこう思ったワケ。“おっ、ゆで卵だな”ってネ。でも割ったらサ……」
「うん、生卵だな」
「なんで君は先に答えを言うんダ!? 僕のミステリーを返してくれヨ!」
いや、誰だって分かるだろそのオチ。
「でも納豆は食べられたんダヨ! そこは自分でもビックリしたネ! でもフレッシュエッグはムリだったネ! クレイジーだヨ!」
いや納豆いけて生卵ダメなの逆にすごい適応力だろ。
「でさ、口直しに彼女とギュードン屋行ったんダ。日本に来て初めて食べた思い出のフードだからネ」
それは前にも聞いたな。初来日の勝利飯が牛丼ってやつだろ。
「そう、でも気づいたんダヨ。ギュードン屋にもあるんダヨ……フレッシュエッグが!」
「たしかにおいてあるよな」
「そうなんだヨ! なぜ日本人はどこにでもフレッシュエッグを仕込むのか!?」
いや、それが嫌ならもう外食全部アウトだろ。
「ちなみに俺はネギ山盛りの牛たま丼が好きだけどな」
「ほら出たァ! また“フレッシュエッグ”ダ!」
ジョンは天井を見上げて、深刻そうな顔をした。
「エイタ……日本は、エッグの国ダネ……」
いや、違う。たぶん文化の理解がまだ一歩ズレてる。
「日本人ってマジでクレイジーだヨ。牛丼だけじゃない。うどん、そば、カレー、ラーメン、ライス……ありとあらゆる料理に“フレッシュエッグ”を落としてくる」
そりゃそうだ。日本の卵は徹底的に衛生管理されてるし、卵かけご飯専用の醤油まであるくらいだ。
「しかもさ、どこ行っても出てくるからサ……試しに食ってみたんだヨ、フレッシュエッグ」
「は!? あれだけ拒否ってたのに食ったのか!?」
思わず声が裏返る。こいつ、生卵だけは絶対NOマンだったのに。
「で!? どうだったんだよ!」
もはや野次馬そのもののテンションで聞く俺。友達の恋バナの結果待ちくらいの勢いだ。
ジョンはゆっくり天井を見上げて、静かに言った。
「……やっぱ日本人、クレイジーだヨ」
ほらきた。やっぱダメだったか。まあ外国だと生卵は抵抗あるしな。
「こんな“グッドテイスト”なもん作るとか、マジでクレイジーだろ。天才かヨ」
ん?
「ライスに落としてスクランブルした瞬間だヨ。あれはもうドラッグ。止まんねぇの、アンスタッパブル! もう、イッちゃうやつ」
やめろ、英語とスラング混ぜて早口でまくし立てるな。脳の翻訳が追いつかない。
まあ……要するに、ハマったな。
俺も久々に卵かけご飯いくか。そう思いながら俺は生卵を手に取った。
「なあエイタ、僕も一緒に食っていいカ?」
「もちろん」
って言いかけて、俺は手を止めた。
……あれ?
俺、今どこにいるんだっけ。
「異世界で妖怪に飯作ってる途中なんだけどな……」
ジョンはもう聞いてなかった。
ご飯に卵を落として掻き込んだ彼の目は……完全にキマっていた。
***
そこで目が覚めた。
まったく、なんて夢だ。脳裏にはまだ、ジョンのドヤ顔が焼き付いている。あいつ、元気にしてるだろうか。
俺は布団を畳み、いつも通りの朝を始めた。井戸から水の妖石を回収し、ドドに餌をやり、そして卵を集める。
「……卵か」
ドドの卵は、現実のニワトリのものと遜色ない色と形、そして大きさだった。
オウカの要望で、今朝はだし巻き卵を作ることになっている。だが、この卵はどうにも出来がいい。餌がいいのか、それとも環境がいいのか。
割ってみれば、黄身はこんもりと盛り上がり、濃いオレンジ色に輝いていた。白身もだれることなく、まるで澄んだ水晶のように透き通っている。
――これは、間違いなく“当たり”の卵だ。
もし、そんな卵でご飯を食べたのなら……。
「試しに食ってみるか」
俺は卵を竹籠に入れ、炊事場へと向かった。
今日の朝食
ご飯、ワカメと豆腐のみそ汁、だし巻き卵、葉わさびの醤油漬け(昨日の残り)、大根の漬物、そして……。
「「「「いただきます」」」」
「なあ、エイタ、何じゃその卵は」
器に入った生の卵と醤油差しが俺のご飯の横に置かれている。
卵かけごはん――それは、完成された料理であると同時に、まだ誰の手にも完全には解き明かされていない“無限の可能性”だ。
卵を割った、その瞬間からすでに運命は分岐する。
まず、どこに落とすのか。
器か、それとも白いご飯の上か。
ご飯の上に直接落とす者はさらに分かれる。
黄身と白身をあえて分ける繊細派か、それとも一体のまま豪快に落とす直情型か。
一方で器に一度受ける者にも運命の分岐点は存在する。
全力でかき混ぜ、均一な黄金液へと変えるのか。
それとも、軽く混ぜる程度に留め、卵の個性を残すのか。
そして醤油だ。
先に垂らして卵と馴染ませるのか。
あるいは後から回しかけ、味の濃淡に変化を生むのか。
中には、醤油ではなく塩という異端の選択をする者さえいる。
ご飯にかけたあとの行動もまた、分岐の連続だ。
全体をしっかり混ぜ込んで一体化させるのか。
それとも、あえてそのまま口へ運び、層ごとの味の違いを楽しむのか。
そう――卵かけごはんとは、単なる朝食ではない。
一杯の白米と一個の卵に宿った、無限分岐の思考実験なのだ。
――さて、今日の俺の食べ方は。
「・・・・・・な、何じゃと!?」
「エイタさん、それ、生の卵なのです」
俺は卵を器に割り入れ数回混ぜると、そのままアツアツのご飯の上にかけ、醤油を一回りかけ、そのまま、掻き込んだ。
俺の突然の行動にみんな呆気にとられている。
――たった一人を除いては
「か、カナメ、まさかお主も!?」
カナメは炊事場の冷蔵庫から生卵と器を持ってくる。
俺と同じように卵を器に割り、混ぜてからご飯にかけ、上から醤油を一回りかけた。
「……エイタの作るご飯は美味い。……つまり、これも美味い」
カナメも卵かけごはんを少し食べてみて、しばし味わったのち、一気に掻き込んだ。
「ぬう、妾も食ってみるぞ」
「わ、私も食べるのです」
二人も真似して冷蔵庫から生卵を持ってきて、器に割り、かき混ぜる。
ご飯にかけ、醤油を一回り垂らして掻き込んだ。
「うむ、美味いぞこれ、いくらでも食えそうじゃ」
「こんな食べ方があるなんて驚きなのです」
ふっ……。
そうだろう、そうだろう。
卵かけご飯――それは“無限の可能性”を秘めた食の極み。
さて、俺もおかわりを――
「……って、もう無い」
気づけば、お櫃は空。
さらに卵のストックまで綺麗さっぱり消えていた。
犯人は言うまでもない。
満足げな顔のオウカとカナメである。
……あとで買い出し確定だな、これは。




